第六十七話 〜収束に向けて〜
みんなの祈りを、感じた。
ロンシャンの、グラディズの、レオナの──。
フリースラントの、セラヴィーンの、マーシアの──。
そして、ディリスティアの──。
邪王達の願いも、感じた。
過去との決別、全ての決着、古き思いの清算。
それが自分の一部のように内側へと入って行って──。
大きな力となって吐き出された。
力の奔流に巻き込まれないよう、
中心を意識したのを、覚えてる。
けれど──。
覚えていたのは、そこまでだった。
── あ り が と う ──
誰かの声がして、目を開ける。
灰色の、石造りの天井が目に入ると、鳥のさえずりが耳に届いた。
ふかふかの柔らかな布団に包まれ、アルヴェラは寝ている状態である。
その寝心地も、天井も、アルヴェラには覚えのないものだった。
何より、差し込む光は暖かい陽の光で、久しく感じていなかったものである。
「起きたか」
完全に意識外だったところに声を掛けられ、大袈裟に体が跳ねた。
慌てて顔を向けると、困った様子のカシュガルが視界に入る。
驚かせた事を気にしているらしい。
「カシュガル……」
「丸一日眠っていた。体は大丈夫か?」
そう説明され、アルヴェラは少し驚いた。
それから起こした体を再び寝台へと埋める。
「アルヴェラ?やはりまだ辛いか?」
「ううん、疲れとか辛いとか痛いとか怠いとか。
そういうのは全然ない」
そう言ったものの、アルヴェラの口からはふうと息が漏れた。
「ただ、ちょっとだけ安心した」
「安心?」
「アイユーヴ城が元どおりになってて。
邪王が滞在してても許されていて。
その上、みんなが無事なんだな、って」
その目で見ていないというのに、アルヴェラはそうだと解っているかのように答える。
「……何故そう思う?」
「外は鳥がさえずるくらい穏やか。
戦いなんて『なかったくらいに』。
もう、アモイが元に戻した後なんでしょう?
そして、カシュガルがここにいる」
外の様子や陽の光が、この場所を人間界と示している。
その城にカシュガルが居て、騒動もないのなら、それは合意の元なのだろう。
「ラディスは?」
「外で見張りをしている。……念の為だ」
護衛というよりは、異変があった際に知らせる役目の方が大きそうだとアルヴェラは苦笑する。
「……とりあえずは、何とかなったんだね」
「とりあえず、だと?」
「ガァラは……力を使い果たして逃げた。
ように私には見えたけど?」
カシュガルは意外だったのか怪訝な表情でアルヴェラを見詰めた。
「凄まじい力の衝突以外は俺達にも解らなかった。
視界は真っ白で何も見えず、魔力感知も役に立たない。
双方の力が収まった時、周りには何もなかった」
あの力の衝突で周囲は地形を変えるほどだったので、ガァラも消滅したのではというのが、皆の考えだった。
無論、そう思いたかったというのも大きいだろうが。
「アモイに聞けば解るよ。アモイー」
『そこは大人しく勝利の余韻に浸るところじゃないのかよ』
呆れたような声の後に、不服そうな表情のアモイが姿を現わす。
「え?私、勝ったなんて微塵も思ってないけど?」
「あんだけの闇の力を退けたんだ。十分、勝ちだろ」
「形式として勝ちにしたとしても、あいつはまだ消えてない」
「……まあな。ただ、かなりの力を失ってる。
撤退するのが精一杯だったはずだ」
そこでようやく、アルヴェラは体を起こした。
「天界も全力で探してるが……上手く隠れてるらしい」
「あいつが回復するまでどれくらい?」
「解らん。効率のいい場でもあればひと月ってとこか。
そうそう、そんな場が見付かるとは思えねぇが」
二人の会話にカシュガルは眉間の皺を深くする。
「またあれが来ると?」
「表舞台に出て来ないよう、天界が頑張ってるよ。
だから、お前も今は『勝ち』だと笑っとけ。
『次』がありゃ天界の失態だし、それもすぐじゃねぇ」
「むう……」
釈然としない様子でアルヴェラは口を尖らせた。
「あ、そうだ、アモイ」
「今度は何だ?」
起きて早々に忙しい主人だと、アモイは苦笑いを浮かべつつ聞き返す。
「この辺、元に戻してくれたんだよね?ありがとう」
「っ……お前……」
驚きから呆れ、気恥ずかしさへとアモイは忙しなく表情を変えた。
最終的にアルヴェラの頭を押さえつけ、ぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。
「元よりそのつもりだったって言ったろ。
そうじゃなくても、命令できちんとやり遂げるさ。
なのに、このマスターは……まったく……」
「ちょ、いくら寝起きだからって……わ!」
ただでさえ寝起きで整っていない髪が、より乱れてしまう。
その様子を不機嫌そうに見ていたカシュガルは、部屋の戸を叩く音で我に返った。
『カシュガル様、アルヴェラの友人が訪ねて来ております』
人払いでもしていたのか、扉の前で見張っているラディスは、無害だと解る仲間ですら確認を入れている。
「ああ、もう良い。お前も中に入れ」
『はっ。失礼します』
外から声を掛け、ラディスは扉を開けた。
見やれば、扉を開けたラディスと、その後ろにロンシャン達が揃って立っている。
「あ!起きてる!」
「ウソウソ!あ、ホントだ!」
ラディスが部屋に入ると、皆からもアルヴェラが見えるようになり、起きていることに気付くと、慌てて駆け寄ってくる。
「アル!もう大丈夫なの?平気?頭、痛くない?」
「心配かけて悪かったと思うけど、最後のは関係ないかな?」
下半身を未だに布団の中へと入れたままのアルヴェラに、ディリスティアがのし掛かるように身を乗り出した。
「だって!……だって……アル、倒れたから……。
また、前みたくなったんじゃないかって……」
その時を思い出したのか、ディリスティアは辛苦の表情で俯く。
アルヴェラは困ったように苦笑しながら、彼女の頭を撫でた。
「それにしても、ホントにやっちゃったね、アルさん」
「どういう意味かな、カッシー」
「アルさんならやると思ったけどさー。
マジで倒しちゃうとか、すごくない?」
さすがだと笑いながら称えるグラディズだが、アルヴェラは申し訳なさそうに片眉を寄せる。
「完全に倒してはいないよ。撃退したってだけ」
「え?マジ?まだ生きてんの、あいつ。あれで?」
目を丸くしたグラディズの表情は、恐れよりも呆れが勝っていた。
「じゃあ、もしかしてまだ終わらない?」
「それは……」
問いを渡すようにアモイを見やれば、グラディズも釣られてそちらを見る。
アモイは肩を竦めて見せた。
「今すぐどうこうってのはねぇよ。
それに、一応は天界が後処理をすることになった。
だからお前らのやる事って意味では、終わりでいいと思うぜ」
最後まで見届けられない事に対しては消化不良となるが、これ以上の戦いは必要ない。
その答を聞き、ロンシャン達は一様に安堵し、嬉々とした様子ではしゃいでいた。
「これで帰れるんだね!良かった……」
何気ない、最もなその一言に、皆ははたと気付く。
突然の沈黙に、発言したフリースラントは戸惑った。
「あ、あれ?」
「そっか……帰るんだ」
「そんなに長く居たわけじゃないのに、忘れてたわ」
ロンシャンとグラディズが顔を見合わせ、後ろではセラヴィーンが何やら俯いてしまっている。
「あれ、セラ、もしかして……」
「な、何?何もないけど?帰れるんだーって思っただけで」
「その割には残念そうだったね?」
ニヤニヤとマーシアがセラヴィーンの顔色を伺いながら返すと、セラヴィーンは慌てて首を振った。
「べ、別に残念とかじゃないから!
まあ、やっと魔術に慣れてきたところだったってのはあるけど」
「へえ?ほお?ふーん?」
「何よ、意味深に!」
ポカポカと軽く叩いて抗議すれば、マーシアは意に介さぬ様子で笑っている。
ああ、放送室でよく見る光景だと、アルヴェラは目を細めた。
戦いが終わったと聞いた皆の緊張が解け、日常に戻ったという錯覚に陥っているのかもしれない。
だが、それで良いとアルヴェラは思っていた。
「何かもう、必死で色々忘れてたよ」
「まずは目の前の問題を、って感じだったしねぇ」
グラディズとロンシャンもようやく肩の荷が降りたように笑い合う。
「とりあえずは、そういうのも含めて……。
最後にもう一度集まってもらう感じになるかな。
あ、カシュガル、シャイレンドラはどうしてるの?」
寝ている間に揉め事はなかったようだが、この空白の時間の状況は聞いておきたいとアルヴェラがカシュガルに問い掛けた。
「あいつもまだ目覚めていない。
ただ眠っているだけではないようだ。
ダガーラ……四天王の一人の方はすぐに目覚めたんだが」
闇の力での乗っ取りが長かったシャイレンドラは、特に影響が強いのかもしれない。
少し考えてから、アルヴェラは立ち上がった。
「じゃあ、先にシャイレンドラのところに行こう。
みんなは中庭にでも行って待ってて」
「了解。何もないと思うけど一応気を付けてね」
「ヤバイと思ったらその辺の邪王でも盾にして逃げろよ!」
「ありがと、ロンシャン。
カッシー、それは人としてどうなの」
それぞれに応えると、固まった体を伸ばす。
「あ、もうひとつ。デュラッツォって……」
その名を出した途端に、全員の顔が一斉に歪んだので、アルヴェラは面白いなと逆に感心した。
「牢屋に決まってるっしょ」
「あの堕天使が後ろにいてもあいつが実行犯なんだから」
「まあ、ヘイトはあの人に集まるだろうけど……」
こればかりは仕方がない。
レオナとロンシャンの言うことに誤りはないし、アルヴェラも許せるかと問われたら許さないと答えるだろう。
「何をするか解らないからって、牢屋に結界も張ったって」
「どんな様子か知ってる人いる?」
ロンシャン達は揃って首を振る。
続いてカシュガルとラディスも知らないのかと顔を向けた。
「大人しくしているということしか知らない」
あとは帰るだけ、とはいかなさそうな状況に、アルヴェラは溜息を漏らす。
だが、ここまで来たのだから、途中で投げ出す方が気持ち悪いというものである。
「最後のひと仕事といきますか」
ロン「それにしても、綺麗に元通りになったよねぇ」
カッ「あっという間に戻ってく様はちょっと感動したわ」
ディ「逆再生してるみたいだったよね」
アル「……見たかったなぁ」
アモ「今度ちゃんと見せてやるからそんな落ち込むなよ…」
時を操る術を見世物みたく扱う危うい人達。




