第六十五話 〜古代魔術〜
ティフリスと肉体を共有した際に、アルヴェラは彼女の魂に刻まれた記憶と力を垣間見た。
そして、それは彼女が消滅する間際に己に託されてしまった。
アモイが「古代魔術」と呼んだそれは、己の魔力で大地に眠る力を呼び覚まし、一時的に借り受けるものだった。
詠唱にある「古の神」とは、本物の神を指すのではない。
古代の人々が信仰の対象とした母なる大地を表したものである。
古の魔術師は、精霊との契約の延長として、大地そのものの力を引き出す術を編み出した。
大地そのもの─つまりはその惑星自体のもつ潜在的な力を一時的に借りる。
己が魔力は眠る力を呼び起こす起爆剤のようなもの。
ティフリスはその力を自在に操る事を目標としていた。
その第一歩が、転移魔術だったのだ。
イスファハーン王国は極寒の大陸にあり、他国との物資のやり取りも困難な土地柄である。
貿易を船ではなく魔術で安定して行う。
全ては国を豊かにしたいが為の研究と実験だった。
それも、ティフリスが亡くなった事で頓挫し、彼女の研究や途上の成果は失われてしまった。
完成されたものでもなかったので、力を受け継いだところで、それを己がものとするのはアルヴェラの器量に託された。
「きっつい……」
聞こえないよう、アルヴェラは小声でそう吐き捨てた。
詠唱で「持って行かれる」魔力が想像よりも多く、その後に術へと還元する力は制御が難しく、一度使っただけでもかなりの負担が掛かっている。
天使へと効果のある、強力な一撃はお見舞いできたが、連発は出来そうになかった。
それでも、泣き言は言っていられない。
弱気な態度は見せられない。
自分にそう言い聞かせ、アルヴェラは深呼吸をすると、ガァラを正面に捉える。
その隣で、カシュガルが剣を構えた。
アスターから受け取った、光を纏う剣である。
「おおおぉぉおのれぇぇ!」
切断したはずの腕は、黒い魔力に包まれると再び歪な形を造り上げる。
ガァラは両腕をアルヴェラ目掛けて伸ばした。
だが、今度はアルヴェラに届く前に、カシュガルによって斬り落とされる。
剣は、カシュガルを拒絶しなかった。
「ああああああぁぁぁぁ!」
何度目かの咆哮が、その場に響く。
同時に放出された黒い魔力が邪鬼を生んだ。
「さらに増えた⁉︎」
「くそ!キリがないぞ」
ロンシャンとリューベックは一向に減らない邪鬼に辟易していた。
戦い慣れていないロンシャン達は元より、リューベックも延々と戦い続けていられるわけではない。
「アモイ、カシュガル、ひとつ……試したい事があるんだけど」
「こんな時に試したいとか言う余裕があるのか、主殿」
「まだ、これに慣れてないから上手くいくか解らなくて」
苦笑するアルヴェラに、カシュガルは一瞥を送ると剣を構え直した。
「問題ない。何をすればいい?」
「時間稼ぎ。詠唱長めになりそうだから、それまで」
「結局、何するんだ?」
「あの黒い魔力が邪鬼を生み出し、シャイレンドラ達にも作用してる。
それを、こっちの魔力で押し返す」
何を言い出すのかとアモイは頭を抱えた。
「天使の魔力はほぼ無尽蔵だ。
それを押し返すなんて無茶だぞ⁉︎」
「そうなんだろうね。だから、ちょっと複雑な術式になる」
その為の詠唱だとアルヴェラは涼しい顔で言う。
ただの力技で押し返す訳ではない。
アモイは溜息を吐くとカシュガルの隣に並んだ。
「ラディスはロンシャン達の援護。増えた邪鬼の対処お願い」
「……解った」
不満そうに眉間の皺を深くするラディスに苦笑し、アルヴェラは再び集中する。
「みんな、もう少し堪えて!」
アルヴェラが動く。
事態を打開するために。
その意思が伝わるだけで、ロンシャン達は勝ちを確信するかのように笑みを浮かべた。
「もう少しと言われてもな……」
「リューさん、アルは出来ないことは言わないんですよ」
「は?」
邪鬼や現状に対する焦りが消え、どこか余裕すら感じさせるようになったロンシャンに、リューベックは怪訝な眼差しを返す。
「今、アルは何かするつもりでいる。
そして、それは少し時間はかかるが状況を打開するもの。
それを口にするってことは、やり遂げる」
「成功するかも解らないんだろう?」
「いいえ、アルは……やり遂げます。
どんなに難しいことでも、やると言ったのなら……」
胸の前で手を組み、ディリスティアは祈るような姿勢を取りながら呟いた。
「私には祈ることしか出来ないけれど。
こんな些細な祈りでも、アルを支える力になりたい。
私が……私達が、アルを支える柱だと言うのなら」
負けないで、と心の中で強く願い、ディリスティアはギュッと目を瞑った。
「“古の神よ、我が声を聞き届けよ”」
アルヴェラが詠唱を開始する。
それを合図に、カシュガルとアモイはガァラに攻撃を仕掛けた。
「“この地を遍く照らす大いなる光、彼方より来たれ”」
胸の前で掌を向かい合わせ、アルヴェラは目を閉じ集中する。
「“昏き深き闇を呑み、全ては理へと還らん”」
両手で挟んだ空間に光が集まっていくのが、皆からも見えた。
アルヴェラを信じ、敵の攻勢を耐えきる。
その思いの元、ロンシャン達はアルヴェラがその術を成功させる未来を想像した。
それが砕かれないよう、それが実現するよう、力の限り抗う。
「“其は全にして一、すべからく等しきものなり”」
その詠唱から導き出される術の効果を、誰も想像出来なかった。
唯一、アルヴェラの精霊であるアモイだけが、その考えに触れていたが、全貌まで理解できてはいない。
「何をする気だ、マスター」
「主を疑うのか」
「は!まさか!何を成すのか、早く知りたいだけだ」
文字通り、全てを覆そうとしていることを感じているが、それをどう成すのか、アモイは知りたくて仕方がない。
アルヴェラは想像の遥か上を行く。
だからこそ、側に居るだけで楽しくなってしまう。
契約も使命も関係なく、こいつの傍に居たいと思わせてくれる。
そんな高揚感が、アモイの戦う力になっていた。
この主に負けていられない、そう思いながらアモイは右手に魔力を集中させる。
「マスターの光の力、借りるぜ」
ガァラには黒魔術が効きにくい為、アモイはアルヴェラの使っている光の力を、契約者として借り受けた。
アモイの体が白い光に包まれる。
その状態で魔術を放つと、ガァラを怯ませることができた。
アモイが得意とする火や風の術も白く明滅しており、堕天したガァラと対をなす力として炸裂する。
「っし!これならいけるな。さすがマスターの力だぜ」
ガァラは唸り声を上げ、両腕をアモイとカシュガルに向けた。
伸ばしてくるかと身構えると、ガァラの腕は不気味に蠢き、触手のように細く複数に分裂していく。
「ちょ、何あれ⁉︎キモいんだけど⁉︎」
邪鬼に正拳突きを見舞っていたロンシャンが身震いしながら叫ぶ。
「アルさんには悪いけど……。
あれと戦うのがうちじゃなくて良かったよ!」
隙のできたロンシャンの周りに群がろうとしていた邪鬼を、グラディズは風の魔術で一掃する。
分裂したガァラの腕は、不規則にうねりながらアモイとカシュガルに迫った。
「数を増やそうと、元がひとつならば……」
捕らえようと迫る複数のそれを躱しながら、カシュガルはガァラの懐に飛び込んだ。
そして、肩の付け根あたりを斬り落とした。
本体から切り離されてしまった腕は力を失い、塵と化す。
「“漆黒の刻は終わりを告げ、綺羅の刻へと移り行く”」
まだアルヴェラの詠唱は続いている。
「“悠久の理と共に移ろいし我らが光。
在りし日に想いを馳せ、ここに集え”」
だが、終わりが近付いていると、アモイは感じた。
魔力の定着、そして、力の増幅が止まったことでそれを判断した。
「“我らに、その恩寵を与え給え”!」
それが、詠唱の結びだった。
両手の間に留まっていた光が一気に膨張し、辺りを眩く包み込む。
不思議なことに目に刺さるような光ではなく、白一色の世界が広がるような感覚だった。
それが、アルヴェラを中心に広がり、やがてそこから元の色へと戻っていく。
静寂が、その場を支配した。
何が起きたのか、何が変わったのか、目に見えたものがなく、皆は戸惑っている。
「貴様……何をした……!」
これまで以上に、ガァラがアルヴェラを恨みの眼差しで睨め付けた。
「在るべき形に戻しただけ。
キミが闇を振りまくのなら、私はそれを光に還す」
「こんな……嘘だろ、マスター」
想像以上のことを成し遂げたと、アモイは愕然としている。
「えーと、説明プリーズ?」
劇的に状況が変わると思っていたグラディズは、大した変化のない周囲に首を傾げながら問うた。
結局、邪鬼も消えていないので、それの相手をしながらになってしまう。
「……この場に色濃く漂ってた闇の力が、消えた。
いや、正しくは……光の力に変換された」
「それって……あいつの力を打ち消したってこと?」
「そうとも言えるが、肝心なのは消すだけじゃないってことだ」
アモイがアルヴェラに変わって説明するも、ロンシャンにはピンと来ない。
その時、ヴィアハスとグラーツが対峙していた、シャイレンドラとダガーラの様子が変わる。
憑き物が落ちたかのように、突然崩れ落ちたのだ。
「シャーイ!」
慌ててヴィアハスが駆け寄ると、シャイレンドラは気を失い、ぐったりとしている。
「闇の力で意識を乗っ取られた奴らも、当然元に戻る」
「だが、あの二人はまだ……」
依然として敵対行動を取る、残りの四天王の二人を見やり、グラーツが怪訝そうに呟いた。
「あいつらは意識を乗っ取られてねぇよ。
闇に呑まれ、同調しちまってる。
さしずめ、闇堕ちってところだな」
「そうなんだ……。
でも、相手がシャーイじゃなきゃ、遠慮は要らないね」
容赦のない発言だが、グラーツも同じらしい。
笑みを浮かべ、再び剣を握る。
「効果として何がどうなったのか、言ってもらっていい?」
理解できるように説明して欲しいとロンシャンが目を細めながら尋ねた。
「シャイレンドラは元通り、邪鬼も新たに出ては来ない。
加えてガァラの再生能力も低下するだろうな」
「何そのサービスタイム。マジ最高なんだけど」
やはり、アルヴェラはやってくれた。
残っている邪鬼を倒せば、新たに湧かないなど、最高のグッドニュースだと、グラディズは拳を握る。
ガァラを除けば、厄介だったのはシャイレンドラの存在と、湧き続ける邪鬼だった。
それを両方とも解消したアルヴェラの功績は大きい。
各々、喜びを露わにする中、アルヴェラはなおもガァラを警戒していた。
カッ「よーし、ロンシャン!どっちが多く倒すか勝負だ!」
ロン「湧かないと知った瞬間わけわからん勝負ふっかけてきた⁉︎」
マー「あのぅ、セラがずっと唸ってるんですけど……」
ロン「え、どうしたの?」
セラ「闇の力を光に変換?理屈は解るけど、どうやって……」
カッ「セラ、考えるだけ無駄だよ」
セラ「は?」
カッ「アルさんのやる事を理解しようなんざ、無理!」
アル「全部聞こえてるからね?」
最後までこんな調子。




