第六十四話 〜闇に散る〜
アイユーヴの中庭は、元の美しさを完全に失っていた。
というよりも、アイユーヴ城自体が黒い魔力球体によって激しく損傷し、形を留めていない。
ガァラの黒い魔力は新たな邪鬼を生み、終わりのない戦いが続いていた。
デュラッツォ以外のシャイレンドラ四天王はガァラの魔力の影響で、シャイレンドラ同様に意識を侵食されている。
戦い慣れていないロンシャン達は徐々に疲弊し、情勢はアルヴェラ達の劣勢であることは明らかだ。
状況を打開する一手が必要だと、誰もが感じながらも、その一手を見出すことが出来ない。
だが、転機は突然訪れた。
カシュガルと撃ち合っていたガァラが間合いを取り、黒い魔力を溜め始める。
また広範囲への無差別攻撃は止めなければと、カシュガルは間合いを詰めた。
アルヴェラとアモイも同じ考えで同時に魔術を放つ。
しかしながら、ガァラはすぐに黒い魔力を放った。
右手を突き出し、そこから直線上に、威力を高めたものを。
咄嗟に横へと飛び退き回避したカシュガルだが、ガァラは突き出した右手を彼から向かって左方向へと払うように動かした。
「しまった…!」
焦りを含んだ声色でアルヴェラが叫ぶ。
そちらに居たのはロンシャン達で、フリースラントとセラヴィーンが交互に展開していた結界も一閃で破壊されてしまった。
彼女達はまだ良い。
結界が護ってくれたのだから。
一人だけ、結界に入っていない者がいた。
「デュラッツォ!」
彼が気付いた時には黒い魔力の光線が左手側から目前に迫っていた。
結界を張ろうとするが、間に合わない。
『アスター!』
アルヴェラは、自分の内から響く声にハッとした。
それから、しばらく共にあったもう一つの魂の感覚が消える。
体が、自分だけのものになり、軽くなった気がした。
それは、ティフリスがアルヴェラの肉体から出たことを示す。
デュラッツォに迫った黒い魔力光線は、彼の手前で何かに遮られ、そのまま当たることなく通過した。
助かったにも関わらず、デュラッツォはがくりと膝を折る。
「そんな……」
愕然とするデュラッツォに、アルヴェラも言葉を失っていた。
ティフリスが、デュラッツォ──アスターを庇ったのだ。
結界は張ったようだが、それは一瞬で砕け、ティフリスの精神体を横薙ぎにした。
アスターはそれを目の前で見ることとなる。
アルヴェラには姿は見えなかったが、自分から抜けた精神体の行方と起こった事象を考えれば、それしかないと悟った。
「ティフリス……さま……」
アスターは一点を見詰めたまま、四つん這いの状態で這うように進む。
「アモイ!ティフリスは⁉︎」
「……精神体が、砕けた」
「っ……そんな……」
精霊であるアモイであればその姿が見えるだろうと、アルヴェラが尋ねるも、返ってきたのは推測と相違ない事実である。
精神体は魂を守る鎧でもあるのだ。
それが「砕けた」という。
アスターの目にも、元の形を残さない光の粒子にしか、見えなかった。
最後にアスターを振り返り、ティフリスは何かつぶやいていた。
だが、その声が届くことはなかった。
「ああああぁぁぁぁ!」
身を引き裂くような叫びを上げ、アスターは立ち上がると目の前に一振りの剣を出現させる。
翼を模した鍔と柄に、刀身が光り輝くその剣を握り、アスターはガァラへと駆け出した。
「ダメ……!」
残されたティフリスの精神体の粒子が、揺らめく。
そんな状態になってなお、アスターを止めようとしているようとしているのか。
ガァラが向かって来るアスターに向けて手を翳すと、アルヴェラはアスターの前へと躍り出た。
そこへ、残ったティフリスの粒子も重なる。
『貴女と共に参ります。どうか、彼を救って……』
か細い声が、脳裏に響いた。
言われなくても、とアルヴェラは結界を張る。
目前を塞がれ、アスターは足を止めた。
「退け!」
「無駄に命を散らすのは駄目だよ」
「それはティフリス様を……!」
「そうだね。
でも、君にはもう、仇を討つ資格はないでしょう?」
突き放すようにアルヴェラが言えば、アスターは返す言葉が出ない。
一通りの攻撃を防ぎ、アルヴェラは胸に手を当てる。
ティフリスの魂が、アルヴェラの中へと消えた。
『私の……最後の力を、貴女に託します』
勝手だ、とアルヴェラは顔を歪めた。
託された者の末路も考えず、悔いを残したくがない為に押し付ける。
拒む術を知らないアルヴェラは、それをただ受け入れるしかない。
苛烈な攻撃が収まり、ようやく辺りの状況を確認できるようになった皆は、何が起きたのか解らないでいた。
精神体の見えない者には、その場で起こった悲劇に気付けるはずもない。
それでも、ディリスティアやグラディズは、アルヴェラとアスターの動きで察する。
「今、何が起こったの?アル、ねえ……」
恐らく、邪王達も同じように察したのだろう。
ヴィアハスは解っている様子で、それでも確認する為に尋ねた。
誰に向けられたものでもないそれを拾うのは、苦行である。
「……ティフリスが、消滅しました」
絞り出した声は届いただろうかと、アルヴェラは俯いたまま思っていた。
顔を、上げられない。
「そんな……」
グラーツは手から溢れそうになる剣を慌てて握り直す。
なおも震える手に、左手を添えた。
二度目の、喪失。
以前と違い、その瞬間を見てはいないが、ここに居たのがティフリスであった事実があるので、それは確かなものだった。
「はは……はははは!消えた!消えたぞ!
光がひとつ消えた!やはり私は正しいのだ!」
白目までもが黒く染まったガァラが高らかに叫んだ。
「……さすが悪者。人を不快にさせる天才だな」
「同意するよ、カッシー」
グラディズとロンシャンが憎々しげにガァラを睨む。
「アル!そいつ、黙らせて!」
邪鬼に囲まれ、ガァラに近付けないグラディズ達は、憤りをアルヴェラに晴らしてもらおうと叫ぶ。
「すごい無茶振りされたけど、気持ちは解るし同じだよ!」
顔を上げたアルヴェラは、内に宿るティフリスの遺したものへと手を伸ばした。
「“古の神よ、我が声を聞き届けよ”」
そう詠唱したアルヴェラに、邪王達とアモイは思わず振り返る。
「古の神、だと……?」
「初めて聞く詠唱だよ、これ」
グラーツとヴィアハスは顔を見合わせた。
「おいおい、主殿……。
いつの間に『古代魔術』なんか使えるようになったんだ?」
それを使える者を未だかつて見たことのないアモイは冷や汗を浮かべている。
得体の知れない魔術を、アルヴェラが使おうとしているのだ。
その焦りは不安と期待の両方を背負っていた。
「古代……魔術…?セラ、聞いたことある?」
「ありませんよ、そんなの!」
時の精霊すらそういったものが存在するという程度にしか知らないものを、セラヴィーンが知っているはずもない。
彼女に魔術を教えたコウライ、コウセイの兄弟が持つ魔術の知識は、さすがにアモイを上回ってはいなかった。
「ティフリスが遺した力……。彼女の想い。
託されてしまったのなら、背負うよ」
アルヴェラを、淡い青色の光が包み込む。
それは彼女の魔力が具現化したものだった。
「“穢れ纏いし大いなる闇よ、聖なる光の元に滅せ”」
右手をガァラに向け、アルヴェラは続けて詠唱した。
ガァラが使う黒い球体と同じ大きさの白い光の球体が、複数浮かび上がる。
その光は弾けるように拡散した後、ガァラ目掛けて収束していく。
細い光の帯が軌跡として残らなければ、その速さを追うことは難しかったかもしれない。
ガァラはそれらを防ぐ間もなく、全てをその身に受けた。
堕天した彼の体を、光が刺し貫く。
血は出ない。
黒い闇が漏れ出るだけだった。
「こんな……バカな……」
翼の先端から黒い粒子となって消えていく。
それを目にしたガァラは目を見開いた。
「消えて……たまるか……」
ガァラは顔を上げ、右手をアルヴェラに向けて伸ばす。
すると、腕が黒い光の塊に呑まれ、アルヴェラへと急速に向かって行った。
「アル!」
ディリスティアが叫ぶのとカシュガルがアルヴェラの前に出るのは同時だった。
迫る黒い光を両断するも、すぐに光が集まり元の形を作る。
「何……⁉︎」
実体のないそれを剣で斬ることは出来ない。
次の瞬間、カシュガルは黒い光に弾き飛ばされた。
「カシュガル!」
空中で体を捻り、カシュガルは離れた場所で着地する。
黒い光はなおもアルヴェラへと向かって行った。
アルヴェラは光の結界を展開するも、黒い光はアルヴェラを囲むようにぐるりと伸び、結界ごと彼女を締め付ける。
結界を挟んでいるものの、アルヴェラは黒い光に捕らえられた状態だ。
ガァラは続けて左手に魔力を集中する。
「やばい、アルさん!」
「アル!」
湧いた邪鬼を魔術で抑えながら、グラディズが焦った様子で叫ぶ。
アモイもアルヴェラの拘束を解こうと術を放つが、闇の力に呑まれ意味を成さない。
「くそ!アスター!それを貸せ!」
有効と思われる、彼の持つ剣をアモイは欲した。
呼ばれ、「アスター」はようやく我に返る。
手にした剣をしばらく見詰め、彼はアルヴェラを捕らえるガァラの腕へと視線を移した。
ガァラから与えられた、精霊にも効果があるだろう特別な剣。
それを強く握り、彼はガァラの腕目掛けて振り下ろす。
刀身が光り、ガァラの腕は両断された。
が、同時に彼は剣を手放していた。
剣自体が拒むかのように「アスター」の手を弾いたのだ。
「それは持ち主を選ぶ!
お前じゃ扱えねぇよ、貸せ!」
「……なるほど。つくづく、奴の愚かさに躍らされる」
彼は落とした剣を拾う。
持つだけならば問題ないようだ。
「貴様に渡したところで剣は扱えまい」
「それは……」
「ならば──」
鞘に戻したその剣を、カシュガルへと投げ渡す。
「使える柱に渡すまでだ」
アモイは舌打ちしながらも、渋々それを許容する。
渡されたカシュガルは少し驚いていたが、ガァラの腕を両断する光景を見ていたので素直にそれを受け取った。
ガァラの腕から自由になったアルヴェラは、再び魔力を集中する。
戦いは、佳境を迎えていた。
ディ「アルが超かっこいいんだけど♪」
アモ「古代魔術とかマジかよマスター、さすがすぎるぜ」
カッ「ちゃんとあいつ黙らせたし、言うことないよね」
アル「なんか……恥ずかしいからそろそろ戦いに集中しよ?」
アルちゃんを取り巻く仲間はハイテンション状態。




