第六十三話 〜黒い魔力〜
咄嗟に展開された結界は、アルヴェラが成したものだった。
地面から伝わる振動と、周囲の変化からその威力が凄まじい事が解る。
アイユーヴの中庭にあった木々や草花は折れ、無残にも散ってしまっていた。
ガァラを中心として一定距離にあった建物も崩れ、瓦礫となり地面に転がっている。
アルヴェラの結界が届いた範囲だけ、不自然に元の姿を保っているが、その中に居た者達は無傷で済んだ。
「すごい、あの一瞬でここまで強力な結界を張れるんだ」
アルヴェラ達から少し離れた場所に居たヴィアハスとグラーツはいつの間にか結界内に避難していた。
「強いと思ってないなら中に来る意味……」
「防ぎきれなくても時間は稼いでくれると思ったし」
自分達で何かする必要がなかった事に、ヴィアハスは驚いており、また素直に助かったとも思っている。
「でも、あれが連続で来たら、さすがにまずいね」
「それには同感です」
「避難しているとはいえ、戦禍が広がり過ぎるのは困る」
ダミエッタを始めとして、城内の兵士達も可能な限り避難させた状態にあるが、被害が大きくなればなるほど、後に待つ復興が大変になる。
リューベックは壊された城を見詰め、溜息を漏らした。
「お前がとんでもない考え方をすることは聞いたが……。
まさか『あれ』も救いたいとは言わないよな?」
「知らない間に私の評価がおかしい事になってます?
あと、『あれ』については正直どうしたら良いものか。
残念ながら同情の余地は全くないもので」
少しだけ安心した。その場の全員が。
堕天し正気を失ったガァラにまで情けをかけると言い出されては敵わない。
「アモイ、天使についてもう一度詳しく教えて」
「天使は天界に存在する神の御使を指す。
元から天界に居た、天界で生まれたものを純天使。
下界で死した魂が業を清算する為に働くのが慈天使。
あいつは純天使だったが…。
その言動が神の意志に反した為、堕天した」
スラスラと説明するアモイに、アルヴェラは困った様子で考え込む。
「率直に聞くけど、あれ、どうしたらいいの?」
「まあ、俺の仕事だな」
「……やっぱり?」
天界に関係したことなので、始末も天界のものが動くだろうことはアルヴェラにも解っていた。
時の精霊と契約している自分も堕天したガァラと戦う事に異論はない。
「巻き込まれたものへの対応は?」
「邪魔をすれば同じく粛清の対象になっちまうが……。
そうでなきゃ、保護の対象になる。
被害を受けた人工物を含めて、な」
聞きたいことに対し、アモイは正確に答えてくれた。
アルヴェラはそれに笑みを浮かべる。
「なら、全力で迎え撃つ事にも問題はないと」
「ああ。遠慮はなしだ」
アモイも、笑みを返す。
「ちょっと、アルさん⁉︎
まさか、一人で戦おうとか言い出すつもり?」
話がまとまったらしい二人に、グラディズが納得いかないとアルヴェラの肩を掴んだ。
「さっきのアレを躱しながら戦うのは無茶だよ」
「撃たせなきゃいいんだろ?
こっちは数で勝ってんだ」
「それはそれで邪魔になるっつってんだよ」
大人しくしていろと呆れるアモイに、グラディズは食い下がる。
「仲間が戦ってんの見てるだけとか、ありえないだろ!」
「あいつは、たぶん無差別に攻撃してくる。
レオナとディリスが狙われたら?」
「っ……それは……」
思わず、グラディズはアルヴェラから手を離す。
今度はアルヴェラがグラディズの肩を掴む番だった。
「よろしくね、カッシー」
「くそっ……」
「ねぇ、アル?それは僕達にも言うつもり?」
いつものような余裕のある笑みは持たず、ヴィアハスが不機嫌そうに尋ねる。
「いいえ?だって、あれを相手出来るのは他に居ませんもの」
アルヴェラが向けた視線の先には、黒い魔力に覆われたシャイレンドラが浮かんでいた。
デュラッツォの側からいつの間にか引き離され、俯いたままそこに佇んでいる。
「シャーイ……!」
「操ってる魔力の影響を受けたんじゃないかと」
「お前と精霊であれの相手が出来るのか?」
続けてグラーツが問うと、アルヴェラは苦笑した。
「出来なくても、やらなきゃいけない時もあるんです」
「シャイレンドラの相手は二人で十分だろう」
最後にカシュガルが口を挟む。
「いえ、もう一つ懸念がありまして」
「懸念?」
アルヴェラは膝を付いたままのデュラッツォを見やる。
「デュラッツォ、アイユーヴを邪鬼に襲わせた時、何をしたの?」
「……邪鬼の好む力をその地に蒔いた」
「それは、ああいう闇の力的なやつかな?」
「ああ、どうやらそのようだ」
ガァラからこれを使えと渡された物だったらしく、デュラッツォもそれをこうして肌で感じるまで何かは解らなかったようだ。
「おい、まさか……」
「デュラッツォは邪鬼がその場に現れるよう細工をした。
今、それと同じ状況にこの場所がなっている」
リューベックが辺りを警戒し始める。
それとほぼ同時に、多数の邪鬼が出現した。
ガァラから漏れ出た黒い魔力が一箇所に固まると、その空間が捻れ邪鬼が生まれる。
「乱戦になるでしょうね」
「のんびり見学とはいかないようだな」
「するつもりだったんですか?」
「ただの皮肉だ!」
飛び掛かる邪鬼を斬り捨て、リューベックは怒鳴りつけた。
「ラディス、露払いは任せるぞ」
「はっ」
「え?」
「奴も剣を持っている。結界で防ぐのも限界があるだろう」
武器を持たぬアルヴェラと精霊だけよりも、斬り結ぶ相手が居た方が良いと、カシュガルはアルヴェラの隣に並ぶ。
アルヴェラの隣でアモイが不服そうに成り行きを見守っていた。
「……主殿に任せるぜ」
「ええと……うん、じゃあ、お願いします」
他に断る理由が見つからず、アルヴェラはそう返すことしか出来なかった。
「そろそろ相手も大人しく待つのが限界のようだぜ」
再び黒い魔力が膨張するのを、アモイは固唾を飲んで見ている。
「広範囲を守るより……」
アルヴェラは結界を張るための魔力を両手に集中させた。
広がる黒い魔力ごと、ガァラを結界の中に閉じ込める。
一人を包むほどの大きさで良いので、強度も上げられた。
淡い光の球体の中で、黒い魔力が爆ぜる。
「すごい……ビクともしない」
その結界の強さにヴィアハスが関心を示した。
「よし、アル!そのままあと一回持ち堪えてくれ」
「え⁉︎あと一回⁉︎」
「結界内にありったけを叩き込む」
閉じ込めた状態の方が効果も高いだろうと、アモイもアルヴェラの結界を利用しようと画策する。
「さすがに壊れる気がするよ」
「その時はその時だ」
アモイはそう言うとアルヴェラの結界内に拳大の焔をいくつも出現させた。
「これが……開戦の合図だ!」
そう叫ぶと同時に、全ての焔を着火させる。
結界内で多段爆発が起こり、ガァラの黒く染まった羽が舞った。
アルヴェラの張った結界も耐えきれずに砕けている。
「ああああああああ!」
それは、叫び声というよりも鳴き声に近いもので、その場の皆の耳に突き刺さる。
その声に呼応するように、邪鬼が動き出した。
アルヴェラとカシュガルに向かって来る邪鬼は、ことごとくラディスが斬り捨てる。
その一振りは周囲の邪鬼をも斬るもので、彼が振るう剣は確実に敵の数を減らした。
邪鬼の邪魔が入らないことを確認すると、カシュガルはガァラに向けて駆け出す。
振り下ろされた剣を、ガァラも己が剣で受け止めた。
金属音を響かせ、二つの剣が撃ち合う。
隙を見てアモイとアルヴェラが炎や風の魔術で牽制するが、黒い結界がそれを阻んだ。
それでも威力の強さでガァラは怯む。
「そこだ……!」
すかさずアモイが魔力を集中させ、氷の矢を連続で降らせた。
それは結界を貫き、ガァラの黒い翼をも貫いた。
黒い羽が無惨に散っていく。
「下賤のものどもが……!」
傷付いた翼が黒い魔力に包まれると、ガァラの周囲に小さな黒い球体が現れる。
しばらく空中に浮遊していたそれらは、ピタリと静止すると一斉に放たれた。
黒い軌跡を残しながら縦横無尽に飛び回る球体は、何かに触れると膨張し、それに包まれた範囲が消滅する。
「当たるだけでヤバいとかどんなハードゲーだよ!」
セラヴィーンとフリースラントがそれぞれ結界を張り、仲間を守るがその結界も黒い球体が触れた途端にその部分が消滅していった。
「セラちゃん!交互に張り直さないともたない!」
「解りました!私、今いけるので先に展開します!」
幸いにも結界を貫通はしないため、強度の低い結界でも凌ぐことは出来る。
その特性を見抜いた二人は魔力消費の少ない、弱い結界の量産を選んだ。
黒い球体はなおも現れ続け、邪鬼も構わず攻撃している。
敵味方の区別なく無差別に飛び回るそれは、シャイレンドラにも迫った。
だが、黒い魔力に充てられ、意識を乗っ取られている彼女は、目の前のグラーツとヴィアハスしか見えていない。
「シャーイ!危ない!」
横から迫る黒い球体にヴィアハスが叫ぼうが、シャイレンドラは剣を振り回すだけだった。
咄嗟に結界を張ろうとしたヴィアハスだが、それより先にシャイレンドラは別の結界に護られる。
「これ、どういう状況?」
「さぁな。全力で暴れていいってことじゃないのか?」
「二人とも忘れるな。シャイレンドラ様の御身が第一だ」
風と共に現れた新手に、ヴィアハスは苦い顔を向けた。
「……四天王が揃い踏みだよ。面倒だなぁ」
「嘆いていても仕方があるまい」
グラーツが剣を構えると、赤い髪の男が前に出る。
「他の邪王が相手なんて、そうそうない状況だよな」
「ダガーラ……話を聞く気はなさそうか……」
「今がどういう状況でも、俺は戦えればいい。強い奴とな!」
両手で扱う曲刀を構え、楽しそうに笑みを浮かべる青年─ダガーラに、グラーツは溜息を吐く。
「理屈や道理が通じない相手ほど面倒なものはないな」
「じゃあ、僕はこっち。魔術で語ろうよ、邪王サマ」
深緑色の髪を一つに束ねた青年──シュレスヴィヒが歪んだ笑みを浮かべた。
未だに飛び続ける黒い球体を面倒そうに処理しながら、彼は遊び相手へと氷の塊を放つ。
「我は気高き天の御使ぞ。畏れ敬うがいい!」
新たな役者の登場に気を取られていたアルヴェラは、ガァラの声で我に返った。
嫌な予感がして、咄嗟に皆を包む結界を張る。
この時、アルヴェラは無意識に「光」の結界を展開していた。
それに気付いたのはアモイだけだったが、「光」は確かにその内側にいる仲間を守っていた。
ガァラが放出したのはより黒く澱んだ魔力である。
シャイレンドラを蝕むそれが、今度はその四天王に降り注いだ。
アルヴェラ側に混ざっていたデュラッツォは難を逃れたが、ダガーラ、シュレスヴィヒ、そして薄紫色の髪の女性はその魔力を浴びてしまう。
苦々しく唇を噛んだアモイは、ガァラを睨み付けた。
シャイレンドラを中心に、妖しく光る赤い目をした三人が一転して口を閉ざし佇んでいる。
ガァラから波及した黒い魔力が徐々に強まるのを、アルヴェラ達は感じていた。
アル「すごい!戦闘してる!」
アモ「マスター、そんなこと言ってる暇……あぶねっ」
アル「というか、四天王出て来たのに見せ場なく乗っ取られたよ」
アモ「だから、そんな悠長に……うおっ」
アル「アモイ、その調子!」
アモ「お前、実は俺を盾にしてるだろ⁉︎」
時の精霊の正しい使い方。




