第六十話 〜中心であること〜
制止の声は背後から聞こえたはずだった。
だからこそ、その声の主が目の前に現れた事に、カシュガルは驚いた。
両手で振り下ろす剣を、僅かにずらせたのは奇跡に近い。
それでも、剣先は「彼女」の肩を斬ることになった。
「ティフリス!」
目の前で斬られた彼女に、シャイレンドラは悲鳴にも似た声で叫んだ。
「もう……やめて……」
肩を押さえながら呟く彼女の声を受け、カシュガルは血の付いた剣を落としそうになる。
「彼女」を傷付けるつもりはなかったと。
「どれ程の血を流せば良いの?
血を流さなければ終わらないの?
それなら、私で最後にしなさい!
私は過去の淀みそのもの。
それを断ち、次の時代を築けばいい」
肩の痛みを共有しながら、ティフリスの言葉を聞いていたアルヴェラは、それも違うと内側から否定の言葉を投げる。
だが、ティフリスも感情的になっており、声は届かなかった。
「アルヴェラ、大丈夫か。
すまない、お前を傷付けるつもりは……」
ティフリスの言葉を全く聞いていなかったかのように、カシュガルは「アルヴェラ」へ言葉を投げかける。
そんなカシュガルに、ティフリスは我に返った。
これは、自分の体ではない。
血を流し、倒れるのはアルヴェラなのだ。
勝手な思いを押し付けて、共に倒れてくれと言っているようなものだ。
もっとも、アルヴェラはそれに関して違うと言ったわけではなかったが。
一方でカシュガルの言葉は確かにアルヴェラへと届いていた。
アモイから事情を聞いて「ここ」にいると解っていたのだろうが、真っ直ぐに見詰める瞳が自分を見ているのだと思うと、心が温かくなる。
それが、心の余裕を生んだ。
焦らず冷静に、だが、時間を掛けずに状況を落ち着ける必要がある。
まずは肩の傷を癒すところからだった。
痛いなどと言っている暇はない。
ティフリスに呼び掛けたが、自分の身勝手な発言に放心しており、動く様子がなかった。
仕方がないので自分で体を動かす。
ティフリスの意思が薄弱な為か、肉体の主導権がアルヴェラに戻っているようで、好都合ではあった。
「アル!」
少し離れた場所から、仲間の声がアルヴェラに届く。
顔を上げれば、蒼白な顔でこちらを窺うディリスティアが見えた。
この世界に来てから、心配ばかりさせている。
肩の傷を無詠唱で癒すと、アルヴェラは一度振り返った。
「ティフリス!大丈夫か⁉︎」
「大丈夫。ティフリスは少し休んでる」
「っ貴様……⁉︎」
肩から手を離し、アルヴェラは今一度周りを見渡した。
ラディスの剣を受けていたデュラッツォが、間合いを取る為に離れ、アルヴェラを睨め付ける。
「隙をついて戻ったか。だが、その状態、長くは続くまい」
「違うよ、デュラッツォ。私はずっと居た。
様子を見るのに身を潜めてただけ」
「馬鹿な……。中に異物があるのを受け入れていると?」
「異物なんかじゃない。一時だけ共に歩むと決めた相棒だよ」
アルヴェラは落ち着いていた。
ようやく、ティフリスではなくアルヴェラとして違和感なく受け入れられる状態になり、周りは少し安心している。
「デュラッツォ、過去の遺恨を今更持ち出してどうするの?
それで、キミは何を得られるの?」
「黙れ。貴様には関係ない」
やはりおかしい、とアルヴェラは眉を潜めた。
デュラッツォからは憎しみや怒りを感じない。
ただ、淡々と作業のように場を作っているだけのように思える。
何の為に?
どういう目的がこの状態から得られるのか。
人間と邪族の対立は深刻ではないだろう。
シャイレンドラがやや敵対心を強めているが、他の邪王でそれを抑えられる。
ティフリスの復活はどうだろう。
既に目的を達しているとも言えなくはない。
だが、デュラッツォはその先をまだ見ている。
これも違う。
「アル!そいつじゃない!上だ!まだ上がいる!」
唐突なグラディズの声に、アルヴェラは振り向いた。
「上……?」
デュラッツォよりも上位の存在については掘り下げようとしていなかった。
影も見えず、いるかも解らない。
だが、最初からその存在については考えていた。
即ち、今回の召喚を実際に行ったものである。
「考えても解るわけがない。
大人しく、流れに任せていればいい」
吐き捨てるようにデュラッツォが言うと、そのままアルヴェラに斬りかかってきた。
魔術で防御を、と考えていたアルヴェラの前にカシュガルが躍り出る。
さらにその前でラディスがデュラッツォの剣を弾いた。
「カシュガル……ラディス……」
「……カシュガル様、この男は自分が」
「ああ、任せる」
「何故その小娘を守る?ただの人間だろう」
挑発するようにデュラッツォが言うと、ラディスは不愉快そうに目を細め、振り下ろしと横薙ぎの二連撃を繰り出す。
後方へと下がりデュラッツォはそれを避けた。
「あれがただの人間ならば、我々は皆ここにはいない」
「では、何だ?」
「ただの大馬鹿ものだ」
笑みを浮かべ、ラディスはそう答える。
解らないとデュラッツォは眉根を寄せた。
「護衛の任がなければ、守ろうとはしないだろう?」
「俺がこの場にいるのは、俺の意思だ」
「……そうか、哀れだな」
「何だと?」
デュラッツォはラディスから離れ、中庭の中央に陣取る。
「どいつもこいつも哀れだ。
何も知らず、自分の意思でその小娘の周りに集まったと」
「お前……何が言いたい?」
それまで静観していたアモイが訝しげにデュラッツォを睨む。
「そうなるように仕組まれ、主上の駒を作る為にご苦労な事だ」
「主上の駒……?」
「お前……!」
「時の精霊、貴様は俺と何が違う?」
「黙れ!」
デュラッツォとアモイが睨み合う中、グラディズとアルヴェラは同時に考えを巡らす。
「それが、理由?キミの行動の、全ての」
「俺の意思すら、ここには存在しない。
全て主上とやらの意思だ。
だが、俺は奴らに報いる」
その視線は真っ直ぐにアルヴェラを見据えていた。
「……貴様を殺してな」
危険を察知したアモイが逸早くアルヴェラの背後に転移する。
目の前にデュラッツォが現れるより早く、アモイは結界を張った。
「させるかよ!」
「そんなにこの駒が大事か、精霊」
「駒じゃねぇし、守る意味も違ぇよ!」
「貴様の相手は俺だろう……!」
アモイに遅れてデュラッツォの背後を取ったラディスが斬りかかる。
「デュラッツォ……じゃないや、えーと、アスター?
護衛騎士さんの方に聞きたいんだけどさ」
しばらく考え込んでいたグラディズが、徐に話し掛けた。
「百年前のティフリス王女の話も、もしかして同じ?」
デュラッツォの言動からも推測し、グラディズは尋ねる。
「……何がだ」
「主上とやらが駒を作ろうとした。
王女がその駒に選ばれた、とかならだいぶ話が繋がるかなって」
アルヴェラはグラディズの推測に瞠目した。
同時に感嘆もしている。
やはり、彼女は最高だと。
自分では辿り着けないところへ、彼女は到達しているのだと。
「あんたが主上とやらを裏切るのも、百年前の復讐。
今回の件で、百年前の真相を知ったあんたはその為に暗躍した。
どう?かなりイイ線いってない?俺」
褒めろと言わんばかりにグラディズはアルヴェラへと視線を向ける。
「確かに、それなら百年経った今、動いたのも説明がつく」
「でしょでしょ?やっば、俺、天才じゃね?」
「その一言がなければ」
アルヴェラが苦笑すると、グラディズは気にも溜めずに笑った。
「これが、俺のアイデンティティだぜ!」
「はいはい……」
そういう掛け合いはまた後で、とアルヴェラが流す。
デュラッツォは一度も反応を見せなかったが、その間に攻撃してくる事もなく、グラディズに付き合っているようにも見えた。
「主上に駒、か。なかなか面白いじゃない。
で、今回その駒に選ばれたのがアルってわけ?」
「え?」
二人の考察を聞いていたヴィアハスの唐突な指名に、アルヴェラは目を丸くする。
「さっきの話も総合するとそうなるね?」
「え?え⁉︎」
グラディズも肯定するが、アルヴェラは付いていけない。
「ちょ……待って、何でそこで私?関係なくない?」
「アルさん、胸に手を当ててよーく考えてみなよ。
この場にみんなが集まったのは誰のおかげさ?」
「いや、ここが一番関係者多かったから集まりやすかっただけで」
「人間不信の邪王を動かしたのは誰さ」
「それこそ、私じゃなくてティフリス王女でしょう?」
駄目だとグラディズは頭を抱える。
アルヴェラは何かの中心に自分を添える考えをしない。
面倒だからというのもあるが、自分にはその器がないと決め付けて、やろうとしないのだ。
だからこそ、今回もアルヴェラは自分を中心には考えない。
「お前がどう思おうと構わないが……。
こいつがお前を狙っているのだけは確かだ」
「邪魔をしてる自覚はあるけれど……」
ラディスが口を挟むが、それでも不服そうに口を尖らせる。
命を狙われるには十分なので、アルヴェラはそれ以上の意味を考えようとしなかった。
「アルさんを殺す事が、主上に一矢報いる事になる。
こいつはそう言ったんだよ。
アルさんが死ぬと、主上にとって都合が悪い。
というか、全てが台無しになる。
つまりはそういうことだろ?」
アルヴェラは自分のこととなると一転して否定的になる節がある。
自分は特別ではないという考えが強いせいなのだが、この時も同じで、認めようとはしなかった。
「何にせよ、大人しく殺されたりはしないけど……」
「ああ、うん。アルさん、投げただろ、今」
「カッシーの言うことが正しい場合、私が特別になってしまうもの。
これ以上は詰めたくないかなって」
どうしても特別であることを嫌がるアルヴェラに、ディリスティアは俯いてしまう。
「アル……まだ……」
過去に彼女を守れなかった後悔は、呪縛のようにアルヴェラに絡み付いていた。
特別であったなら、あの時もその後も、自分は彼女を守れていたはずだ、と。
だからこそ、今更「特別な存在」などと言われて受け入れるわけにはいかなかった。
今は「特別」にも様々あるとアルヴェラを説いている時間もない。
歯痒い思いで、ディリスティアはアルヴェラを見詰めた。
ヴィ「僕達、出番ないねー」
グラ「暴れるシャイレンドラを押さえているだけだからな」
ヴィ「結構、大暴れしてるよね、シャーイ」
グラ「ティフリスが絡むと手が付けられなくなるのは昔から変わらない」
シャ「ティフリスの悪口は許さんぞ!」
ヴィ「誰も悪口言ってないでしょー⁉︎」
みんなで考察してる裏側で独自の展開があったりなかったり。




