第四話(別) ~召喚の儀~
魔法陣の間に力が満ちるまで、数日を要した。
力の貯まりやすい場であるとはいえ、意図的に力を留めながらでは時間が掛かってしまう。
それでも、ようやくこの時がやって来た。
虐げられる側である小国の、ささやかな反抗にしか見えなくとも構わなかった。
この選択が、救いをもたらすと信じて、縋るしかない。
「始めます」
杖をかざし、魔法陣の中心に立つ女性が声を掛けると、四人の術師がそれぞれ杖を構える。
中央の女性が魔法陣の中心部分に杖を置き、力を込めた。
淡い光が杖を伝って魔法陣へと下りていく。
すると、魔法陣全体が輝きを放った。
「ダミエッタ様、お下がりください。後は我々が」
ダミエッタと呼ばれたその女性は頷き、魔法陣から離れる。
魔法陣を囲む他の術師達は、一斉に詠唱を開始した。
「母なる大地と大いなる精霊の名の元に請う」
「遠き彼の地へ誘うは光の道」
「我らが標となりて光の繋がりを創らん」
「其はいかなるものも超越し、ただひとつの理をもたらすであろう」
詠唱に呼応するように、魔法陣に描かれている円と同じ太さの光の柱が現れる。
「これで、異世界と繋がったのですね……!オックス」
「はい。後は、こちらへ召喚するだけです」
ダミエッタの隣に控えていた男性は他の術師とは違い、位の高さを想起させる衣服を身に着けていた。
「来たれ、異世界の戦士よ」
男性が言っていた通り、後は召喚するだけのはずだった。
難しい術式ではあったが、相応の術師と力の満ちた魔法陣さえあれば、失敗はない。
誰もがそう信じていた。
「いらっしゃいました!こちらへ転移させます」
滞りなく進んでいると、誰もが思った。
次の瞬間に、魔法陣が放つ光が暗黒に染まるまでは──。
「これは……⁉︎」
「っ……邪界からの妨害です!」
「そんな!」
「この力は……邪王⁉︎しかも、4人全員の……」
蒼白な表情で、男性は杖を握る手に力を籠める。
「問題ありません。すでに我々の手で捕捉済です」
再び、魔法陣が白き光を放つと、光の柱が収束しはじめた。
その光は弾けるように消え、同時にその場に三人の少女が現れる。
「ああ……良かった……」
魔法陣が放っていた光は全て消え、静寂が訪れた。
現れた少女達は各々不安げに周りを見渡している。
術師達とダミエッタの傍にいた男性は、皆荒い呼吸をしており、激しい疲労が見て取れた。
「後は私が……。皆さんは休んでください」
ダミエッタは少女達に歩み寄る。
「はじめまして、異世界の戦士様。私はダミエッタと申します」
「異世界の、戦士……⁉︎」
狼狽した様子で少女の一人が声を上げた。
「驚かれるのも無理はありません。
ここはディヴァースという、あなた方の住む世界とは別の世界です」
「別の……世界?」
「あなたがたは今、アイユーブという国におります。
これからお三方には詳しい事情を説明させていただきます」
残りの二人を庇うように立っていた少女は、もう一度周りを見渡す。
「あの、他のみんなは……」
「……え?」
「あたし達以外の、仲間はどうなったんですか?」
召喚時に傍に他の人間がいたのかとダミエッタは俯いた。
「申し訳ありません。こちらに喚ばせて頂いたのはあなた方だけです」
「……じゃあ、みんなは……元の場所に戻ったの?」
「元の場所、とは……?」
「あたし達……八人一緒に真っ暗な場所にいきなり迷い込んで……」
想像していた状況と異なり、ダミエッタは戸惑う。
「白い光がまとわりついて来て……あたし達だけが今ここに来てて……」
「私達の行った召喚の儀は最高でも四人までしか対象に出来ません。
八人は、無理です……」
ダミエッタは途中で妨害に遭った事を思い出す。
術式は成功したように見えていた。
だが、実際には成功とは少々違った結果が残ったのかもしれない。
「何という事でしょう……」
「ダミエッタ様、我々で早急に手立てを考えます」
満身創痍の男性と術師達にこれ以上の負荷をかけるわけにはいかないが、他に方法もなかった。
「仲間の方々については私達も調べてみます。
今はまず、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ……。宮木 郁恵、です。
こっちが枝狛 莉音で、こっちは箱手 季織」
最初に姿を消した郁恵達は知らなかった。
残りの仲間達の身に、何が起きているのかを。
そして、今はまだ、その事を気に掛ける余裕もなかった。
局長として、後輩二人を守り抜く。
その為に、まずは状況を正確に把握しなければならない。
不安そうにすがる莉音と季織に、郁恵は決意を新たにした。
同じ頃、邪界では召喚の妨害を行っていた邪王達が、予期せぬ結果に驚いていた。
妨害をすると決めていたのは邪王四人のうち三人で、それぞれが一人ずつ「横取り」をするはずだったのだ。
「どういうことだ……!」
黒髪の邪王の元へ来るはずだった人間が、彼の手を逃れていた。
正確には、逃れたというよりも、抵抗に遭ったと言った方が良いかもしれない。
明らかに、手応えがあったのは感覚が証明している。
それが、何かに弾かれたかと思った次の瞬間には、手からこぼれ落ちていたのだ。
さらに、もうひとつ気掛かりなことがあった。
「シャイレンドラも動くとはな……」
三人が妨害する予定だったところに、最後の邪王──シャイレンドラも参戦してきた。
召喚される側はもはや、何が起きているのかなど解るはずもない。
「だが、一番の驚きは……数、か」
召喚されるのは、せいぜい三、四人であるとみていたのだが、いざ蓋を開けると、八人もの人間がいた。
咄嗟に邪王達が一人ずつ奪取したものの、結局は人間界へと何人かが連れていかれてしまった。
「シャイレンドラのところは二人か……面倒なことにならなければ良いが」
想定外の出来事が続き、今後の方針も検討し直す必要が出てきた。
彼は溜め息をつくと、胸の高さで腕を左から右へと動かす。
それだけで、目の前の空間が歪んだ。
黒い影に包まれたその歪みに躊躇いなく踏み込むと、彼の姿は消えてしまった。
郁「二人とも、離れないでね」
季「離れろと言われても離れません」
莉「トイレに行くと言っても離れません」
郁「それは離れて⁉︎」
まだまだ余裕がありそうです。




