第五十三話 〜「ティフリス」〜
一頻りカシュガルをネタにヴィアハスとレオナが楽しげに話すのを、周りは見ているしかなかった。
その中で、偽の訃報を聞いたカシュガルがいの一番に駆けつけた事など、彼らしからぬ言動が暴露される。
面白半分というのは彼らの悪いところだが、この話は今の邪王を知ってもらう為には必要だった。
少なくとも、ヴィアハスとカシュガルに対しては、警戒心が薄れるはずである。
「まあ、そんなわけで、主殿は死を偽装して黒幕を釣ろうとした」
「釣った後のことは?連れて行かれるところまで計画?」
グラディズの問いに、アモイは苦い表情で首を振る。
「いや、何かしら動くだろうとは思ったが……。
死体を持ち去るなんて、普通は考えねえよ」
「倫理とか道徳的な話は置いといて、そういう魔術はないの?
死体を利用するようなやつ」
「人形と同じように魔力で動かすってのは出来るだろうが……。
膨大な魔力が必要だし、やる利点はねえな」
だからこそ、死体を持ち去るという予想が出来なかった。
「デュラッツォが現れ、主殿の体を持ち去ろうとした時、
主殿は慌てずに何やら考え込んでいたよ。
そして、デュラッツォをそのまま泳がせる事にした」
「さすがにびっくりしたよね」
レオナが肩を竦めると、ディリスティアは俯いてしまった。
またアルヴェラと引き離され、自分は何も出来なかったのだ。
アルヴェラは魔術を使えるようになり、襲って来た敵を退け、ディリスティアを護った。
大抵のことは器用にそつなくこなすアルヴェラは、この世界でも目覚しい成長を見せていた。
自分は相変わらず護られているだけで、何も変わらない。
ディリスティアは不甲斐ない自分を呪った。
「この先は誰も知らない内容になる。
質問は後からで頼む」
そう、ここからが問題である。
グラディズは目の前で友が友でなくなる瞬間を見てしまった。
あれすらも、アルヴェラは想定しているというのか。
「デュラッツォは主殿の体に、別の魂を入れようとしていた。
生身の下界人がそんなこと出来るなんて、想定外だったが……。
あいつにはどうやらそれが出来るらしい。
すぐに主殿は体に戻ったが、別の魂も入れられちまった」
濁った瞳で、中空を見詰めるアルヴェラの姿を思い出し、フリースラントはゾッとする。
「デュラッツォはその魂を利用する気だったようだな。
器が必要で、おあつらえ向きに俺達が用意したってわけだ」
憎々しげにアモイは吐き捨てる。
「ひとつの肉体に異なる二つの魂がある状態は負担が大きい。
それでも、主殿はそれをやると聞かなかった。
利用されようとしている魂との共存。
主殿は乗っ取られてなんかいないし、まだ生きている。
形を潜め、起こる事を受け止めようとしてるんだ」
そこまで話すと、アモイは一度質問がないか皆に視線を向けた。
とりあえず、質問するまでの理解が追い付かず、グラディズは頭を抱えている。
「それってつまり……アルさんは無事なの?安全なの?」
「どういう視点で見るかによるが……。
デュラッツォにバレなきゃ、安全と言えるな。
ただし、今言ったように、体には負担がかかる。
あまり長い間あの状態でいるのはマズイだろうな」
アルヴェラが動けないとはこういう事かとディリスティアは俯いた。
無茶なやり方ではあるが、敵側の目的や情報を掴むためには懐に飛び込む必要がある。
「その……アルに入れられた別の魂って、何なの?」
グラディズとフリースラントは、その場に居たのでデュラッツォが呼んでいた名を聞いている。
だが、その名が示すものを知らない。
長き時を過ごしているアモイは、その名を知っていた。
だからこそ、口が重くなる。
ある意味でここが正念場だった。
「ティフリス・ゾーズリック=イスファハーン」
ゆっくりと、しっかりその名を紡ぐ。
カシュガル、グラーツ、そしてヴィアハスは目を見開き、言葉を失っている。
ダミエッタは辛うじて「イスファハーン」の名称に反応したが、他は誰もその名を知らなかった。
「イスファハーン……失われた王国の名ですね」
「どういうことだ……!何故そこでティフリスの名が出て来る」
珍しくグラーツが感情を抑えきれずにアモイを睨み付けている。
「デュラッツォは、ティフリスの魂をずっと保管していたんだ」
「そんなこと……可能なの?」
ヴィアハスの顔からも余裕と笑みが消えている。
元々、感情の起伏が現れないカシュガルでさえ、嫌悪の表情を浮かべていた。
「言ったろ。普通の奴には無理だ。
ただし、魂を見ることが出来るなら……。
魔力干渉でやれないこともないな」
対象を何かしらの手段で把握できるのであれば、捕らえること自体はさほど難しくはない。
そう説明するアモイに、ヴィアハスは眉間のシワを深くする。
「精神体や魂なんてものは本来目に見えないもんだ。
天界の奴らや俺様みたいな精霊でもない限りはな」
だからこそ、アモイも油断していたところがある。
「理由は解らないが……。
あいつにはそういった見るもしくは感じる力があるらしい」
今は解らない事を議論する時間ではない。
それが事実だと受け止めるしかないのだ。
「結局、そのティフリスって人?何なの?」
邪王達の様子が変わったことから、何かしらのキーマンである事は間違いない。
だが、一体何をした人物で、今回の件にどう絡んでくるのか。
グラディズの続けての問い掛けに、アモイはグラーツに目を向ける。
「その話は、邪王達の方が詳しいだろう。
俺は天界に召されなかった特例の魂ということしか知らん」
使命を帯びて人間界に降り立っている今だからこそ、こちらの情勢も把握しているが、天界にいる間は必要がなければ下界の事は調べない。
アモイからボールを渡され、グラーツは不愉快そうにアモイを睨み返す。
「僕から話そうか?グラーツ」
「……ああ」
まだ現実を受け止めきれないのか、グラーツは両手をきつく握り締めている。
ヴィアハスはそんな彼の様子に溜息をつき、代わりに話し始めた。
「百年くらい前かな。
邪界に、一人の人間が迷い込んだんだ。
ティフリスと名乗ったその子は、魔術の実験中だって言ってた。
新しい転移の術を開発してるんだって。
邪界の四つの国全部に間違って飛んで来た。
そんな馬鹿げた言い訳を、最初は誰も信じなかったよ」
まだ百年くらいしか経っていないならば、もう少し記録が残っていても良さそうなものだ。
ロンシャンとグラディズは同じ事を思い、顔を見合わせた。
「勝手に近付くなと警告して追い払っても、すぐまたやって来る。
武器も持たず護衛も付けない彼女は、それを繰り返した。
魔術は使えるみたいだから、警戒はしていたんだけど。
毎日それが続いて、最初に毒気を抜かれたのは僕だったよ」
レオナは自分もその性格に助けられた事もあり、すぐに納得していた。
「話してみて驚いたのは、ティフリスが王女だったってこと。
王女が護衛も付けず転移魔術であちこち飛び回るなんて思わないよ。
まあ、僕達にとっては都合が良かったんだけど。
色々話して……害もなさそうだから、シャーイに紹介した。
シャーイも話を聞いてすぐに警戒を解いたよ。
その後は僕よりシャーイの方がティフリスと親密になってた」
ティフリス自身の話は割愛されているようだ。
今は何があったかを聞いているので、誰も口を挟まずに耳を傾けている。
「あの時もグラーツとカシュガルは頑なに警戒解かなくてね。
でも、グラーツは話を聞かされるうちに受け入れるようにもなった。
最終的にはカシュガルもね。
ティフリスが邪界に現れるようになって一年くらいかな。
彼女が初めて城の人間を連れて来たんだ。
若い騎士だったよ。専属の護衛だと言ってた」
恐らく、ティフリスと長く居たせいで、彼女を盲目的に信じ過ぎてしまったのだろうと、ヴィアハスは悲しげに視線を落とす。
「城の人間に魔術の実験がバレてしまったんだって。
むしろ一年もバレない城の体制も緩すぎなんだけど。
実験は続けて良いが護衛は付けるよう言われたと。
ティフリスが信頼する騎士だっていうから、僕達も受け入れた」
ヴィアハスの瞳が一転して憎しみの色に染まる。
「それが、間違いだったんだ。
ティフリスは人間だけど、人間はティフリスじゃない。
僕達は、信じる相手を間違えたんだ。
その騎士が来るようになってから、おかしくなり始めた。
騎士が僕達を常に敵視していたんだ。
毎回のようにティフリスに近付くなとうるさかったよ」
話を聞く限りでは、その騎士はティフリスを慕っていたのだということが解る。
王女としてか、一人の女性としてかまでは解らないが。
「それでも、その騎士だけだと、僕達はまだ楽観視していた。
……その騎士が王への報告をしている事まで考えなかった。
してたとしても国に仕える者ならば、私情を挟むはずがないってね」
元々の悪人であれば、警戒の対象になる。
だが、純粋な想いが悪意に変わる場合、相手を知らなければ気付き難い。
邪王達は煩わしい人間の騎士に対して、知ろうと思わなかった。
「ある日、イスファハーン王国から会合の申し出があった。
ティフリスの魔術実験を公的なものとしたいと。
その為に、邪界と人間側とで盟約を結びたいと。
ティフリスはすごく喜んでて、自らお願いと頭を下げたよ」
純粋な魔術の研究の為であれば、邪王達も否と言う理由がない。
ましてや、ティフリスが頭を下げるのだから、応えてあげたいと思ったのだろう。
「僕達は真剣に議論して、提示する条件を決めた。
ティフリスの頼みでも……無条件というわけにはいかないからね。
……でも、それすら無意味だったよ」
怒りを通り越して呆れているように、レオナには見えた。
この後、何があったのかは想像に難くない。
「調停は邪界で行われることになった。
そして、その日……邪王四人が一つの場所に集まった。
今と同じ……こんな風にね。
まぁ、良からぬことを企んでても、潰すだけなんだけど。
あの時は、ティフリスもいたし……人間の事も解ってなかった。
だから、僕達を弓矢で狙うなんて、思わなかった」
さすがにここまで来ると、何が起きたか察することができた。
グラーツの拳に、より力が籠められる。
カシュガルは気まずそうに視線を逸らした。
「それを教えようと飛び出したティフリスが全ての矢を受けた」
ロン「漫画とかなら殺気で気付きそうな場面だけど」
ヴィ「向こうも一国の王を連れてたからピリピリしててね」
レオ「あ、殺気とかは感じられるのね」
ヴィ「油断はしてたつもりなかったんだけど……」
レオ「多少、矢が刺さっても死ななそうじゃない?」
ヴィ「レオナ酷くない?まあ、頭と心臓ご無事なら大した事ないけど」
昔話でテンション下がってても地球っ子はマイペース。




