第五十一話 〜託されて〜
「ほい、到着」
瞬時に場所が変わり、勢いについていけなかったグラディズとフリースラントは転倒する。
後方に倒れそうになり尻餅をついたフリースラント。
前方に倒れそうになり──というよりそのまま倒れたグラディズ。
なかなかに間抜けな図だが、この場所は安全が保証されている。
少なくとも彼はそう思いここを出現場所に選んだ。
太陽の光が差し込む中庭──。
眩しいと思える陽の光に感動する日が来るとはと、グラディズは呆けている。
上半身だけ持ち上げ、グラディズは辺りを見回した。
「ゆいりん……?」
そう呼ぶ相手は、この世界では限られている。
声のした方を振り向けば、知った顔が三つ並んでいた。
「郁さん?」
呟くように応えたグラディズは、走って来る友の姿に込み上げる何かを感じた。
時の精霊が選んだ安全地帯──それはアイユーヴ城だった。
「お前は時の精霊……だったな。何だ、これは」
「届けもんだよ」
金髪の青年──リューベックが尋ねると、時の精霊はさも当然のように答える。
互いの無事を喜び、きゃっきゃっと騒ぐ少女達を尻目に、その保護者役であるリューベックは溜息をもらした。
「勝手に増やすな」
「手違いはあれど、元々八人なんだぞ。
責任持って全部受け取りやがれ」
それに、と時の精霊は続ける。
「よく知りもしない世界で離れ離れなのは、落ち着かないだろ」
「……俺にはそういった友もいないから解らんな」
寂しい奴だという言葉を、時の精霊は飲み込む。
精霊として何百年という時を過ごしている自分も、友と言える存在はいない。
天界では天使どもと懇意にする事もない。
今回のように主に仕える事もあったが、友などとは呼べるわけもなかった。
余計な考え事を横に追いやり、時の精霊はひとつ息をついた。
「きちんと説明しろ。これは、どういう状況だ」
「それは、あいつらが落ち着いてから一緒に……な」
何度も同じ話をするのは面倒だと、時の精霊は苦笑する。
結局、リューベックは一頻り喜び合う少女達を眺める事になった。
普段から感情豊かなロンシャン達だが、ここまで嬉しそうにしているのは初めて見る。
常に金切り声を発せられるのは勘弁してほしいが、不快にはならない。
何より、自分が守っているものを、改めて認識させられたようなものだ。
しばらくはしゃいでいたロンシャン達は、冷静さを取り戻すと、欠伸をしている時の精霊に詰め寄った。
「ちょっと!呑気に欠伸なんかしてる場合じゃないでしょ!」
「何でさみさん置いて来たんだよ!」
今の今まで再開を喜び、輪になって肩を抱き合っていた事も棚に上げ、ロンシャンとグラディズは捲し立てる。
時の精霊は耳を塞ぐポーズを取り、煩わしそうな視線を向けた。
「さみを置いてきた……?え?どういうこと?」
「金子先輩、さみ先輩に会ったんですか?」
あまりにも状況が見えず、ロンシャンとセラヴィーンの質問がグラディズへと飛ぶ。
「おっと、今の俺は『グラディズ・ガジガ』様だ。
カッシーって呼んでくれよな」
「ツッコミが追いつかないからとりあえずカッシーって呼ぶね」
グラディズのペースに乗せられると話が進まないことを、ロンシャンはよく知っている。
だからこそ、今すべきでない問答は無視する。
「郁さんはさすがだな。俺の扱いを心得てるぜ!」
「そういうのは時間のある時ね。今は状況説明が先」
「まあ、それはウチも同じなんだけどさ。
呼び方、統一しないと混乱しない?」
「……一理あるか」
グラディズの口調がわざとらしく変わっていることには触れず、ひとまず互いに今の呼び名を名乗り合う。
「ロンシャン、セラヴィーン、マーシア。
グラディズ、フリースラント」
彼女達の話を聞いていた時の精霊は、順に聞いた名を復唱した。
呼ばれて五人は同時に振り向く。
「お前らを合流させた上で、一緒に行動するよう命令を受けた」
「え?」
「ちょっと待て。お前も居座るのか?」
彼女達が理解するより先にリューベックが横槍を入れてきた。
「俺は精霊だ。必要な時しか姿は現さねぇよ」
邪魔にはならない、と時の精霊は両手を広げ肩を竦める。
「一緒に行動する……の?
でも、主であるさ……じゃない、アルの命令しか聞かないって」
「ああ。俺はアルの精霊だからな。
基本的にアル以外の奴からの指図は受けねぇ」
「じゃあ、ただ見守るだけってこと?」
矢継ぎ早にされるロンシャンの質問に、時の精霊は首を振った。
どこか不満そうな表情だが、その理由もすぐに明かされる。
「アルはしばらく自分から動けない。
その間はロンシャン、お前の指示に従うよう言われた」
「え?あたし⁉︎」
名指しで指名され、ロンシャンは狼狽した。
「自分と似た思考なのがロンシャンとグラディズだと。
ただ、今の状況を一番理解しているのはロンシャン、だとさ」
「ロンシャンの言うことなら何でも聞くってわけ?」
「あくまで、主の代理だ。
つまり、主の言動と離れたものは聞かねぇよ」
チッとグラディズが舌打ちしたのを見逃さず、時の精霊は目を細める。
何を命令させるつもりだったのだろうか。
「……なら、早速だけどあと二人、連れて来てくれませんか?」
アルヴェラを除いてもまだ二人足りない。
何か行動を起こすにしても、状況の説明をしてもらうにしても全員揃っているのが望ましい。
「……それはアイユーヴの奴らを説き伏せてからだな」
「へ?説き伏せるって……」
「二人は今、邪王に護られている。
アルのことがあったせいで、簡単には手放したりはしねぇな」
例え、仲間の元へ行くのだとしても二つ返事で承諾してくれるとは思えない。
「その場合、説得は邪王にするんじゃないの?」
「いや、こっちの奴らだよ。
邪王の方は、お前らも来い、で何とかなるからな」
サラリととんでもないことを言うので、リューベックは思わず時の精霊の肩を掴んだ。
「正気か⁉︎」
「あと二人連れて来るってのはそういうことだ。
こいつも含め、邪王をこの城に招くことについて、承諾させれば動ける」
ロンシャンが正式な主でないから無理難題を言っているわけではない。
これは実際にアルヴェラがやろうとしていたことでもあったのだ。
ゼーランディアを──シャイレンドラを止めるために、邪界と人間界、どちらの協力も必要になる。
そして、協力を求めるのは仲間達のいるアイユーヴになる事も、決まっていた。
「俺達が邪王を受け入れたとて、奴らは信じないだろう」
これまで互いに無関心だった人間と邪族が、そう簡単に歩み寄れるはずはない。
「だから、ここが選ばれたんだよ。
異世界の人間同士でその溝を少しでも埋められる……この国がな」
時の精霊とリューベックのやり取りを聞きながら、ロンシャンは考え込んでいた。
この世界の情勢についてはまだまだ知らないことだらけである。
邪界と人間界との関係も、踏み入れるほど詳しくない。
それでも、説得する必要がある。
前に進むために。
「解りました。リューさん、ダミエッタ様に謁見願いを」
「正気か?ロンシャン」
「はい。仲間が信頼して身を預けているのなら、問題ないです」
ここへ来た当初ならば、自分も猛反対していたことだろう。
だが、時の精霊は「彼女達は護られている」と言った。
信頼する仲間が──友が邪王を信じ、頼りにしている。
あらゆる可能性は考慮しつつも、信じる価値はあるのだ。
「時の精霊アモイ、一緒に来てくれますか?」
少し前まで指名されたことに動揺していた少女の面影はなく、凛とした姿勢で問い掛けるロンシャンに、時の精霊──アモイは笑みを浮かべる。
「ああ。それでこそ、アルに選ばれたヤツだ」
どちらにせよ、グラディズ達を受け入れる事になった報告もしなければならない。
リューベックは溜息混じりに兵を伝令に走らせる。
それから、ロンシャン達を謁見の間まで連れて行った。
謁見の間に入ると、女王ダミエッタは柔らかな笑顔で彼女達を迎えてくれた。
「ようこそ、異世界の少女達」
中央まで進むと、ロンシャンはそこで一礼した。
「ダミエッタ様、聞き入れて頂きたいことがあり、参上しました」
「仲間と合流したことの報告ではない、と?」
「それは後程別で報告させて頂きます」
「解りました。続けて下さい」
ロンシャン達がこうしてダミエッタ女王に話をするのは初めてだった。
呼び出されて一方的に話を聞く立場だったロンシャンは、少しだけ新鮮だなと感じる。
だが、話そうとしている内容を思うと、あまり余裕はない。
「単刀直入に言いますと……。
邪王をこの城に……アイユーヴ城に招く事を許可頂きたいのです」
唐突な申し出に謁見の間は騒然となる。
「邪王を……ですか」
「はい。シャイレンドラを除く三人の邪王と話をする必要があります」
ダミエッタはしばらくロンシャンを見詰めていた。
真実を見定めるかのように。
「……解りました。
どうぞ、皆様の御心のままに」
「ダミエッタ様⁉︎」
周りが驚き口を挟もうとすると、ダミエッタはそちらを視線で制す。
「少なくとも、まだ対立の姿勢を見せていない邪王とであれば対話は可能でしょう。
そして、その傍らには異世界の方々がいらっしゃる。
無益な争いはこちらも望みません。
話し合いで解決……もしくは前進するのなら断る道理はありません」
周りは納得していないようだが、ダミエッタの決定に渋々従う様子が窺える。
ロンシャンはダミエッタの言葉に頭を下げた。
「感謝致します」
「しかし……どうするおつもりですか?」
「まずは全員が集まって状況を正しく把握する事が先決です。
その過程で、邪王側と認識の齟齬がないかも確認します。
あとは……」
成り行きに任せる、とは言えずロンシャンは言い淀む。
「俺の主がやろうとしてる事を知ってもらいたい」
「貴方は……?」
ロンシャンを助けるようにアモイが前に出ると、ダミエッタもそちらへ視線を向ける。
「時の精霊、主から戴いた名はアモイ。
少し前に城を騒がせた張本人だ」
「時の精霊……!貴方が……」
報告は受けていたので、ダミエッタは少しだけ驚いたものの、すぐに平静を保つ。
「何度も同じ話をするより、全員集めた方がいい」
「そう……ですか」
どのような話が出て来るのか興味はあれど、話すのは今ではない。
時の精霊に興味がないわけでもないが、それも個人の欲であり、彼の手を煩わせてはいけない。
ダミエッタはゆっくりと頷くと、柔らかな微笑みを湛えた。
ダ「お伽噺の中にも、真実はあるのですね」
ア「何かしら元になるものはあるさ」
ダ「では、今回の事も遠い未来、お伽噺とされるかもしれませんね」
ア「……そうならないよう、正式な歴史として刻めばいいさ」
ダ「ではコウライとコウセイに頼みましょう」
ア「それはやめとこうぜ?」
久し振りの登場で茶目っ気を隠せない女王様




