第四十六話 〜急逝〜
「も、申し上げます!」
勢いよく玉座の間に転がり込んできた兵が、慌てた様子で叫んだ。
アルヴェラの件を除けば、ここ数日は問題などなかったので、ラグーザは何が起きたのかと険しい表情を浮かべる。
「どうした」
対照的にカシュガルは表情を崩さず応対している。
何が起きたにせよ、適切に対処すれば良いだけなのだ。
これまでと何も変わらない。
だから、今回も何が起きたかを聞き、指示を出すだけ。
そう思っていたカシュガルは、続く兵の報告に言葉を失う。
「に、人間の一人が……突然苦しみ出し、倒れたとのことです」
思わず立ち上がりそうになるのを堪え、身を乗り出す程度に留まる。
「どういうことだ。何があった!」
「ラグーザ、落ち着け」
「っ……悪い……」
内心ではカシュガルもかなり焦ってはいるが、まずは状況を正確に把握することが先決だった。
「状況を説明しろ」
「は、はい。
別の部屋に移った直後に倒れ……意識不明とのことで……。
どうやら、毒のようだと……ラディス様が……」
かすり傷だと自分で治癒魔術をかけていたが、毒の刃だったとしたら。
その毒が遅効性であったのなら。
悪い予感が浮かんでは消える。
それらの予感を払拭するためにも、カシュガルはアルヴェラの元へ向かいたかった。
だが、さらなる訪問者が玉座の間に現れる。
「申し上げます。
に、人間の娘が……逝去したとのことです」
嘘だと、叫ぶ間すら惜しみ、カシュガルはただ駆けていた。
毒が原因だとしても早過ぎる。
自分の目で確かめたいというのもあった。
「カシュガル!」
自分を咎めた時の冷静さなど残っていない。
ラグーザはカシュガルを追った。
二人は程なく部屋に辿り着く。
数人の兵が開け放たれた扉付近に立っていた。
その様子からも何かしらの騒ぎが起きたことが解る。
部屋の中からは絶えず嗚咽が響いていた。
兵の一人がカシュガルに気付き、慌てて部屋の前から立ち去る。
それによって他の兵もカシュガルに気付くことなり、兵達はすぐにいなくなった。
重い足取りで、カシュガルは部屋の前に立つ。
部屋の中にある、三つのベッドの真ん中に、アルヴェラは寝かされていた。
その体に縋り付くようにディリスティアが顔を伏せている。
その隣でレオナがディリスティアを宥めているようだ。
「……何……だ、これは……」
「カシュガル様……」
俯いていたラディスが、カシュガルの声に反応し、顔を上げた。
アルヴェラを一瞥すると、カシュガルへと近付く。
「……申し訳ございません。
毒の刃であると見抜けず……。
遅効性かつ強力な毒のようです。
倒れた後は……為す術なく……」
ラディスの報告に、カシュガルは思わずその首を掴み上げる。
「おい、カシュガル!何してるんだ!」
落ち度はあるだろうが、カシュガルもラグーザも毒の刃を見抜けなかったのだから同罪である。
カシュガルのそれは、ただの八つ当たりに等しかった。
「っ……すまない」
ラディスを放し、カシュガルはアルヴェラの元へと近付いていく。
アルヴェラは眠っているようだった。
眠る彼女に触れた、その温かさはまだ覚えている。
あの時と同じようにカシュガルはアルヴェラに手を伸ばす。
しかし、伸ばした手は思いもよらず弾かれた。
「みゆとちゃんに触らないで!」
初対面のアルヴェラと同じか、それ以上の敵意を向けられる。
ディリスティアは涙に濡れた表情で、カシュガルを睨みつけていた。
邪界のいざこざに巻き込んでしまった負い目から、カシュガルは目を伏せ、拒絶された手を戻す。
「勘違いしないで!
みゆとちゃんは自分の信念に従って行動した!
あなた達の所為なんかじゃないの!」
その死を安っぽいものにしたくはない。
ディリスティアは、ただアルヴェラの誇りを守ってあげたかった。
守られてばかりだった自分がアルヴェラにしてやれる、最後のことだと考えながら。
その時、ようやくラグーザも部屋に入って来た。
そして、カシュガルの肩に手を置く。
アルヴェラのことは無念だが、上に立つものとして自分達にはやらなければならないことがあるのだ。
感情を押し込め、目の前の出来事をただ事実として受け止め、動く必要があった。
「……グラーツとヴィアハスを呼ぶ。
お前達は二人の元に戻れ」
アルヴェラの死を知れば、より堅固な守りを敷いてくれるだろう。
何よりも、人間を見ていることが、カシュガルには辛かった。
「嫌よ!みゆとちゃんの傍を離れるなんて!」
「涼ちゃん……」
レオナが落ち着かせようとするが、ディリスティアは聞く耳を持たない。
こんなところに一人だけ残していくわけにはいかないと、ディリスティアはアルヴェラに縋り付く。
「……グラーツが来るまでは好きにしろ。
だが、グラーツが来れば、お前は連れて行かれる」
以前と同じようにな、とカシュガルが告げればディリスティアは悔しそうに拳を作る。
アルヴェラのように抗う力がない自分は、今回もやりたいことを貫けない。
「お前は、何も言わないな」
ラグーザが尋ねると、レオナは苦笑した。
「ウチは……ここよりヴィアハスのとこの方がいいから……。
涼ちゃ……ディリスには悪いけど」
アルヴェラとディリスティアがいるから、この城に共にいただけ。
このような状況ではヴィアハスの元に戻る方が、レオナには最善に思えた。
ディリスティアの様子を思えば心残りはあるが、この二人の絆や繋がりは他の者を寄せ付けない。
郁恵であれば入り込めるだろうが、レオナにはまだ無理だった。
薄情にも思えるが、周りが踏み入ることを躊躇する空気を纏うアルヴェラとディリスティアの方にも問題はある。
カシュガルは最後にもう一度だけ、動かないアルヴェラを見詰める。
これが「結果」だと胸に刻む。
正面に向き直ると、振り返らずに部屋を出て行った。
ラグーザはカシュガルとアルヴェラを交互に見やり、短くだが黙祷を捧げる。
その後、カシュガルを追って部屋を出た。
部屋に残されたラディスも、アルヴェラを見詰める。
それから、途方に暮れているディリスティアとレオナに視線を移した。
二人が視線に気付くと、気まずそうに俯く。
その様子に溜息を漏らしながら、ラディスは部屋の中を移動した。
「これはお前達が持っていろ」
テーブルの上に置かれた、アルヴェラの鞄を持ち上げ、ラディスがどちらともなく告げる。
「じゃあ、ディリスがいいかな?」
「……うん」
アルヴェラの傍から動かないディリスティアに、ラディスは自ら近付き、鞄を手渡す。
「……ありがとう、ございます」
「お前達は、生き残る事だけ考えろ。
アルヴェラも、そう言っていただろう?」
「……はい」
受け取ったアルヴェラの鞄を抱き締め、ディリスティアは顔を埋めた。
テーブルと椅子だけの殺風景なその光景が、今はより色褪せて見える。
緊急招集として邪王二人を呼び出したカシュガルは、気が重くなりながらも、深呼吸して落ち着ける。
程なくして現れたグラーツとヴィアハスに、カシュガルは立ったまま向き直った。
「何事だ、カシュガル」
「珍しいね、緊急招集なんて」
事実を伝えるだけの事だが、カシュガルは言葉が出せずにいた。
自分から口にしてしまう事で、現実を突き付けられ、それが己を責める。
只事ではないカシュガルの様子に、グラーツは眉を顰めた。
「……もしかして、アル絡みで何かあった?
それも、まずい方向で」
こういう時には、ヴィアハスの鋭さを疎ましく思う。
反応を見せたカシュガルに、ヴィアハスは呆れたように両手を広げ肩を竦める。
「何があったか知らないけど、アルなら心配ないんじゃないの?」
あれは簡単に折れる人間ではない。
どういう状況になろうと、全てを覆す。
そこまでヴィアハスは評価していた。
「説得に苦慮してるとか、やっぱ話すの辛いとか。
そんな事だったら──」
「死んだ」
ヴィアハスの言葉を遮り、たった一言だけ、カシュガルは告げる。
「……は?」
聞こえなかったわけではない。
だが、聞き間違いの可能性はある。
ヴィアハスはいつもの余裕ある表情を消し、カシュガルを睨みつけた。
「……アルヴェラは、死んだ」
「バカなこと言わないでよ。は?何で?
じゃあ、レオナは⁉」
「ヴィアハス、下がれ。
カシュガル、何が起きたか、説明しろ」
興奮気味のヴィアハスを下がらせ、グラーツが促すと、カシュガルは一度俯いた。
「人間を狙った襲撃があった。
アルヴェラは自らそれを撃退したが……かすり傷を負った。
その刃に遅効性の毒が塗られていて、気付かずそのまま……」
ヴィアハスは返す言葉が浮かばず、ふらふらと近くの椅子に座り込む。
「何で……そんな……」
「毒の耐性など、持っているわけがない。
どこぞの王族貴族ではないのだからな」
呆気ない死に様だが、人間の死などそんなものだろうと、グラーツは顔を背ける。
少しだけ、アルヴェラに期待していた自分がいたことに、ようやく気が付いたが、もう遅い。
同時に、やはりその程度かと失望もしていた。
アルヴェラがいなくなったことで、事態は振り出しに戻った。
「これからの事も考えなければな」
「……ひとまず、残った人間は返す」
「解った……。すぐ迎えに行くよ」
「ああ、致し方ないか」
今後の話し合いはまたする事になるだろうが、今は残った人間の保護を優先することとなった。
その場は解散となり、すぐにグラーツとヴィアハスはリヴォニア城を訪れる。
ヴィアハスはレオナに気を遣ってか、接触を避けているようだった。
グラーツの方はディリスティアが憔悴している様子を哀しげに見詰め、無言で手を差し伸べる。
彼の手を取り、ディリスティアは振り返った。
動かなくなった最愛の友へ、最後の別れをするかのように。
彼女達の様子を見ていたカシュガルは、多少落ち着いたのか無表情で佇んでいる。
「カシュ、アルのこと……この後、どうするの?」
「それは……」
「連れて帰るに決まってんじゃん。
家族もいるんだよ?」
当然のようにレオナは言った。
つまりはそれまで大切に保管しておかなければならない。
もちろん、腐敗が進まないよう処置も必要だった。
「我が責務ですので、お任せ下さい」
ラディスが申し出ると、ヴィアハスは目を細める。
「今更だし、言ってもしょうがないの解ってるけどさ。
やっぱり、カシュが大事に抱えておけば良かったんだよ」
「……恐れながら。
カシュガル様が傍に居られても、結果は変わらなかったと存じます」
アルヴェラは大人しく守られているだけの人間ではなかった。
傍にいたのがカシュガルだろうと、それが変わるとは思えない。
気まずい沈黙が訪れる中、ラディスはアルヴェラを一瞥する。
彼らしからぬ落ち着かない様子と、何かを気にする様に、ヴィアハスは眉を顰めた。
ヴィ「なんか、違和感」
レオ「なんかって何よ」
ヴィ「うまく言えないけど……なんか変じゃない?」
レオ「あまり不謹慎なこと言わないでよ?」
ヴィ「はっ……レオナがちゃんと会話してくれてるんだ!」
レオ「そこ⁉」
この後二人ともラグーザにお説教されました。




