第四十五話 〜事後処理と推測〜
一通りの騒ぎを収め、アルヴェラはため息を漏らした。
アモイは彼女を一頻り心配してから襲撃者を灰にしてやると言い出し──。
ラディスは護衛として守りきれなかったことを悔い、またラグーザに謝罪していた。
ディリスティアは手当てするから見せろと蒼白な表情で迫り──。
ラグーザは薬箱を持ってくるからと何処かへ行こうとする。
カシュガルはいつもと変わらず静かだったが、いつも以上に機嫌が悪くなっていた。
かすり傷だ、薄皮が切れただけだと言っても、誰も落ち着かないのには困ったが。
騒がれている間に、自ら治癒魔術で傷を綺麗に治しておいた。
正直なところ、これしきの傷に術を使いたくなどなかったのだが、状況が状況なだけに仕方がない。
「部屋は……どうしましょうか?」
ようやく落ち着いてくれたラグーザ達に、アルヴェラは改めて声を掛ける。
「こうなっては、またカシュガルの寝室に戻った方が……」
「なりません。噂について、先程お話しした通りです。
人間への不審を抱かせる為の虚言だとて、助長させるわけには参りません」
「う……そうだな」
厳しい口調で咎められ、ラグーザは肩を落とした。
「別の部屋を用意しておりますので、ご心配なく」
また部屋を移ることになったので、アルヴェラは鞄を取りに部屋へと入る。
壁が爆発した際に内側にも瓦礫が飛んできたようだが、それ以外は綺麗なものだった。
「アルが攻撃したのに、部屋は何ともなかったのは何で?」
レオナが首を傾げると、アルヴェラは鞄を手に苦笑する。
「部屋を壊すわけにはいかないでしょう?」
既に壁が壊れていたとはいえ、ここはカシュガルの城で、自分が好き勝手出来る場所ではない。
「でもさ、攻撃全部外れてたよね?
制御とかそういう問題?」
「私の術は恐怖を与えるものとして放ったから。
元々、直撃させることは考えてなかったよ」
外れたのではなく、外したのだとアルヴェラは笑った。
「ディリスを怖がらせたんだ。
同等か、それ以上の対価を払ってもらわないと」
一瞬で笑みが消え、冷たい表情が表に出る。
アルヴェラの行動原理はとても分かり易いものだ。
感情で動くことも多いが、その行動は直情的というわけではない。
やるべき事や自分の信念は忘れず、突き通す。
その信念の中に、他人の命を奪わない、というのもあった。
自分が命を狙われたのだから、反撃してもそれは正当防衛だろう。
それでも、命を取ることまではしない。
そうすることでしか解決できない場合を除いて、アルヴェラは自己にそう課していた。
とはいえ、実戦で明確な敵に対し、初めて魔術を放ったのだが、思いのほか制御できていて良かったと、アルヴェラは思っていた。
「初めてにしちゃ上出来だったぜ、マスター!
むしろ、出来すぎててこっちが驚いたくらいだ」
「時の精霊に教えを乞う立場だもの。
無様な姿は見せられないでしょう?」
師から及第点以上をもらえたことは嬉しいが、ひとつだけ問題があった。
誰かの命を、感覚もなく奪うことが出来る、魔術への恐怖。
想像が形となり、容易く命を奪えるというのは、とても恐ろしい。
力の加減と制御、それ次第で魔術を習いたてのアルヴェラですら、襲撃者を殺すことができてしまう。
そして、相手を傷付けた感触が手には残らない。
自分がやったのだと解らない状況は、ある意味で都合がいいだろう。
だからこそ、自分が何をしているのかを、自分ではっきり自覚しておく必要がある。
今頃になって手が震えてきたのは、命を狙われた恐怖が遅れてやって来たわけではない。
これまで縁のなかった魔術というものが、幻想などではなく現実であることを理解したからだ。
「……やっぱ、主殿はすげぇよ」
考えていたことが筒抜けだったのか、アモイは少し哀しげな表情でそう告げる。
魔術というものが日常であればあるほど、そういった感覚は意識されないのだろう。
「移動しようか。邪魔になるし」
震えていた手をギュッと握り締め、アルヴェラは努めて平静を保とうとする。
ディリスティアが何かを感じ取り、アルヴェラの左腕を抱き締めた。
「大丈夫、何があっても私はアルの側にいるから」
少し驚いた様子でアルヴェラはディリスティアを見詰める。
自然と、笑みがこぼれた。
覚悟なら、とうにできている。
ディリスティアの頭を撫で、アルヴェラは深呼吸をすると前を見据えた。
カシュガルとラグーザはラディスに追い払われてしまう。
人間のいる場所に不必要に留まるのは示しがつかないので早く戻れと。
城を壊す騒ぎにはなったが、それはもう収まっている。
原因は解っており、排除もされた以上、王たるものがいつまでも現場にいるわけにはいかなかった。
名残惜しそうに、二人は玉座の間へと戻って行く。
彼らに背を巻け、三人はラディスと共に別の部屋へと移動する。
今度は角部屋ではなく、部屋自体も三人部屋が用意された。
中に入り、アルヴェラは部屋を観察する。
角部屋よりも手狭だが、テーブルと人数分の椅子があり、特に不自由することはなさそうだ。
「今度は角部屋じゃないんですね」
アルヴェラを囮にして排除したかったのはあの襲撃者達だけだったのだろうか。
まだ裏があるのではと首を捻るアルヴェラに、ラディスは苦笑する。
「暗殺を目論むような輩が何人も入り込めるような場所ではない」
それに、とラディスは続けた。
「襲撃者と付き合いのある者は徹底的に調べる」
これ以上、馬鹿な輩が増えないよう、ある種の見せしめにもなる。
となると、襲撃者達の末路は想像に難くない。
「あの三人は、雇われたようですが……」
「それも調べるが……難航するだろうな」
「ラディス殿が炙り出したかったのはあれで全部なのですか?」
「……ひとまずは、な」
詳しい事情などを尋ねたいが、踏み込んで良いものか判らず、アルヴェラは次の言葉を出せない。
「……お前の事をカシュガル様が通達するより早く、噂が流れ始めた」
唐突にラディスは話し始めた。
聞いても良いのだろうかと戸惑うも、彼が意味もなく話をすることはない。
アルヴェラは近くのベッドに腰掛け、話を聞いた。
「噂の後に通達があったおかげで、信じる輩が結構いた。
人間への感情は基本三つに分かれる。
俺のような中立の考え。
肩入れもしなければ拒絶もしない。
そもそも人間に興味がない者」
ディリスティアとレオナは思わずラディスを見詰める。
拒絶は解るが、肩入れや興味については、もはやラディスに当てはまらないのではと。
そんな視線を無視し、ラディスは続けた。
「もうひとつは人間を擁護する考え。
脅威がない人間に対しては友好的に接する。
ヴィアハス様もこちらに傾倒しているかと。
最後は人間は全て排除すべきという考え。
人間自体を拒絶し、嫌悪し、侮蔑する。
邪族にはこれが一番多い」
侮蔑まではいかなくとも、嫌悪や拒絶はよく表れている。
「一時期は好意的、もしくは中立の考えが多かったのだが……」
なるほど、とアルヴェラは顎に手を当てた。
人間に対する考えは邪王だけでなく邪族全体で変化があったようだ。
そうするだけの、歴史的出来事と言っても良いかもしれない。
種族間の衝突は珍しいものではないが、決定的な何かがあったことは確かだろう。
「今回の襲撃は中立だったものを使っている。
噂は……より効果があったことだろう」
「確かに、あの人の言葉に、人間への悔恨はなかったですよね」
簡単な仕事だと聞いた、あの襲撃者がこぼしたそれに、人間に対する感情は含まれていなかった。
「何者かが人間を排除しようとしている。
それを排除派が知れば、良い言い訳にのるだろうな」
「……ラディス殿は何故、襲撃者を炙り出そうと?」
「俺は元々、王に仕えリヴォニアを守るのが仕事だ。
余所者に雇われ、城内で暗躍するような輩を放置するわけにはいかない」
忠臣だなとアルヴェラは感嘆する。
何故リヴォニアに仕えるようになったのかも、そのうち聞いてみたいが、今は胸にしまう。
「……お前は雇った者に心当たりがありそうだな」
「心当たりというか、私の情報の中ではそれ以外に当てはまる条件の人がいないので」
可能性はいくらでも広げられるが、どれも証拠はなかった。
「相手の条件は三つ。
リヴォニアの兵とも簡単に話が出来る。
人間の存在を前もって知っていた。
その人間を排除することで利点がある」
アルヴェラは両手を広げ肩を竦める。
「最後以外の条件を満たす存在は、かなり限られるかと。
これくらいは既に把握済みなのでしょう?」
故意にアルヴェラへ振ったが、ラディス程の人物であれば簡単に辿り着けるのではと、彼女は呆れ顔である。
「だが、証拠がない」
「ですね。あくまでも推測です。
そして、推測では現状を動かすことはできない」
「ならばどうする」
「どうもしませんよ。何も出来ませんから」
この件で「黒幕」を特定し、責めることはできない。
だから、終わりである。
「……拍子抜けだな」
「そう言われましても」
何を期待しているのかと、アルヴェラは目を細めた。
「証拠を偽造したとて、相手には通用しないでしょう」
そう告げてから、アルヴェラは何かに気付く。
「どうしたの?アル」
黙り込んでしまったアルヴェラに、ディリスティアが声を掛ける。
ディリスティアを見詰め、アルヴェラは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
ディ「アル?大丈夫?」
アル「ちょっと思い付いた事があって」
レオ「さっすがアルじゃん。どんな事?」
アル「ちょっと……いや、かなり面倒な事……かな」
ラデ「面倒ごとなど今更だ。提案するだけしてみろ」
アル「……たぶん、後でラディス殿が絞られますが?」
ラデ「⁉」
この後しばらく将軍殿は悩んでおられたそうな。




