第四十三話 ~厨房再び~
気まずい空気を何とかしようと、アルヴェラは少し早いが厨房へと来ていた。
厨房番の例の兵士もいたので、丁度よいとばかりにお邪魔する。
兵の方は人間が増えていることを訝しがっていたが、ラディスが何も言わないので特に問い詰めはしなかった。
「お邪魔します」
「ああ、来たな」
兵はどこか挑戦的な笑みを浮かべている。
「前日のスープ、食事好きな兵にも好評だったぞ。
どれくらい置くのがいいかは今後の課題だな」
「それは良かったです。
再加熱せずに置き続けると悪くなるのでそこは気を付けて下さい」
自分の評価も上がったのか、兵はご機嫌だった。
「今日の分はこれから作るのですか?」
「ああ。丁度いい、材料を選ばせてやる」
「え?」
「お前が食べるものだろう。選べ」
言い換えると、これまでの食材以外のもので、かつ、新しい料理を作るのが見たい、といったところだろうか。
ただし、兵が作るのはスープだと思われるため、スープに出来るものを選ばなくてはならない。
「……解りました」
ディリスティアとレオナは兵が偉そうだな、と思いながら成り行きを見守っている。
アルヴェラは食材を一通り確認すると、そこからいくつか取り出した。
見た目は地球にある野菜と大差がなく、味も違わなければいいなと思いながら選んだ。
昨日の食材は地球で言うところの、キャベツとニンジンとタマネギだった。
そこで、今回はジャガイモとベーコン、ほうれん草に見える食材を選ぶ。
ベーコンがあったことに驚いたが、保存食としての干し肉のようなものだろう。
「お前が選んだのなら、スープに出来るということだよな?」
「私達の世界では……ですけれど」
「面白い、やってみるか」
そこから調理が始まったのだが、やはり兵の切り方は豪快で、ディリスティアとレオナも唖然としている。
だが、昨日これを見ていたアルヴェラは、予想通りの切られ方で満足そうだ。
ほうれん草は葉の部分だけを使うように半分にされている。
ジャガイモなどは皮を剥くという習慣がないのか、皮が残らないよう四角く切られた。
ベーコンも両端を切り落とすように三等分され、中央のみが使われる。
「これも使えるか?」
「はい。よろしいでしょうか?」
「ああ、どうせ廃棄するものだからな」
なるほど、とディリスティアは合点がいった。
この切られ方では食べられる大部分が捨てられてしまう。
その上、スープしか出てこないとなれば、自分で作るというのも頷ける。
兵がスープを作り終えると、入れ替わりにアルヴェラが調理を始めた。
ほうれん草は茎の部分になるので、茹でておひたしに。
ジャガイモとベーコンは火を通してジャーマンポテトに。
量としては付け合わせ程度だが、スープのみの寂しい食事に彩りを加えることには成功している。
「今日からは三人分でお願いします」
「ああ、好きなだけ食え」
兵はアルヴェラの使った食材の切り方や調理法を、必死に書き留めているようだ。
素直に聞けばアルヴェラは快く答えるのに、とディリスティアは不思議そうに兵を見ていた。
そんな兵には気にも留めず、アルヴェラは料理を取り分ける。
「少し貰うぞ」
「え?あ……はい、どうぞ」
大したものではないが、と苦笑するアルヴェラに、ラディスは少し面倒そうに手元へ取り分けていく。
皿は一つの料理に三つ用意してあり、ラディス以外に二人分取られていることが判った。
「あれ、ラディス殿の分……だけではないのですね」
「……次があれば持って来るよう仰せつかったからな」
「今から持っていくのですか?」
大したものではないのに、という言葉を飲み込み、アルヴェラはラディスに尋ねる。
が、そこでラディスの手が止まった。
ラディスがこの料理をカシュガルとラグーザに届けるということは、アルヴェラ達の側を離れることになる。
届けるのを後回しにすれば、料理が冷めてしまう。
「……これをカシュガル様とラグーザ様に届けてくれ」
葛藤した結果、厨房番の兵に届ける仕事を頼む方を選んだらしい。
「はっ」
兵の方はラディスからの直々の命令ともあって、ただのお使いにもかかわらず、嬉しそうに拝命している。
「それじゃあ、私達はご飯を頂こうか」
「やったあ!お腹空いてたんだよねぇ」
「アルの手料理、いつぶりだろう?」
「手料理なんて大それたものじゃないよ」
ディリスティアは家に専属の料理人がいるので、舌は肥えているだろう。
残り物を適当に処理しただけのそれが、口に合うとは思えなかった。
せめて、彼女のために、心を込めて料理したものであればまだ張り合う気も起きるのだが。
「いただきまーす」
三人は手を合わせると、食事を始めた。
ラディスも少し離れて同じものを食べ始める。
邪族にとって食事は娯楽のようなもので必須ではない。
そう言っていたラディスだが、アルヴェラの護衛を始めてからは共に食事を摂っている。
「美味しい!
ジャーマンポテトなんて久し振りに食べたよ」
「おひたしの方、これ……醤油?」
「それっぽいのを調味料の中から選んだんだ。
違和感ないならいいんだけど……」
おひたしなどという和食を、邪族側が受け入れられるかは解らないが、アルヴェラは食べたいなと思ったのであえてこれを選んだ。
「……これは……何だ?」
ラディスが問い掛けたのは、ちょうどおひたしを食べたところである。
「茹でた野菜に調味料を掛けただけです。
やはり、馴染みがなかったでしょうか……」
「いや……このような食べ方もあるのだな」
少し意外そうな表情で、ラディスはおひたしをもう一つ口に運ぶ。
「調理後に味を付けているのは初めて見た」
アルヴェラは苦笑する。
これは刺身などという文化を話した日には、卒倒されるのではないかと。
「野菜の中には生のまま食せるものもありますが……」
「火を通すことすらしないのか⁉︎」
「そういうものもあります」
サラダも無理だろうかとアルヴェラは今後の献立を考える。
「味付けの好みもありますし。
食べられなさそうなものがあったら教えて下さいね」
「大丈夫!その分は私が食べるもの!」
「ディリス、そういうことではないからね?」
食べ残しの心配をしているのではないのだと、アルヴェラはディリスティアを諭す。
「でも、ここは食材自体もいいものだし、調味料も多いし。
料理好きであれば理想な環境だと思うな」
自分は得意ではないが、それでも料理したくなる、そんな環境だった。
アルヴェラは兵が作ってくれたスープを口にする。
使った食材がいつもと違うこともあり、味も異なっていた。
だが、具材に合った味付けとなっていて、違和感はない。
あの兵はどこで料理を覚えたのだろうか。
聞けそうなタイミングがあれば聞いてみようと、アルヴェラは食を進める。
ふと気付けば、ラディスが既に食べ終わっている。
レオナとディリスティアも残り少しの状態なので、アルヴェラは味わいながらも早めに咀嚼していった。
「美味しかったね」
「ここでもスープなのはちょっとウケたけどねぇ」
「レオナのとこも?私のところもそうだったよ」
邪界の食事はスープが主流なのかと思ってしまう。
作りやすく、量も多めに出来るからだろうが、そもそも料理を教えた側の問題かもしれない。
「アルが色々作ってくれるなら、これからは食事も楽しみだよ」
「お茶の時間にはクッキーも焼いてほしいなぁ」
「二人とも、何のためにここにいるのか解ってる?」
この環境で楽しみを見出すのは難しいので、悪いとは言わないが、それでもアルヴェラは呆れてしまった。
「とはいえ、うちらはむしろどうしようか状態だし?」
「それはそうなんだけど……」
今のところ、二人の役割は邪王を説き伏せるくらいしかないが、すぐには無理だろう。
「……食べないのか?」
「え?」
「手が止まっているぞ。食べないのなら──」
「私がもらう!」
考え事をしていて、手が止まっていたアルヴェラにラディスが声を掛ける。
さらには残り物を狙ってディリスティアまでもが身を乗り出した。
ディリスティアに遮られたものの、どうやらラディスも残り物を狙っているようだ。
カシュガル達の分も取り分けたので、おかわり分など残っていない。
だからといって人の食べ残しを狙わないでほしい。
少なくとも、お嬢様育ちのディリスティアは。
「人の食べ残しを所望するのは品がないですよ、お嬢様」
「それでも、残すくらいなら食べたいもの」
皮肉で返すアルヴェラに、ディリスティアは不満そうに口を尖らせている。
その様子を愛おしそうに見詰め、アルヴェラはそっとディリスティアの頭を撫でた。
「じゃあ、食べる?」
アルヴェラがそう問い掛けると、ガタッと音を立てて残りの二人も立ち上がる。
「……あ、はい。こんなもので良ければ皆さんどうぞ」
三人の勢いに押され気味だが、アルヴェラは苦笑しながらも望む三人に勧める。
代わりにアルヴェラはスープをもう一杯頂くことにした。
器に盛り付けながら、カシュガル達の口には合っただろうかと、兵が持って行った料理に想いを馳せる。
これまでは自分が食べるだけしか考えていなかった。
評判が良ければ、次からは「食べてもらう為に」作ろうかと、アルヴェラは空になった皿を見詰めながら考えていた。
厨「ラディス様より承り、料理をお持ちしました」
ラ「ああ、すまないな」
カ「例の……アルヴェラが作ったという……」
ラ「(もぐもぐ)……へぇ、食べたことない味だな」
カ「だが、量が少ないな。味見用か?」
厨「ラディス様は均等になるよう取り分けておられました!」
カ・ラ(足りない……)
邪王と竜王は揃いも揃ってわがままです。




