第四十一話 ~守り守られ想いは遠く~
玉座の間から出たアルヴェラ達は、滞在する部屋へ向かおうとしていた。
閉じかけた扉が止まり、再び開くと、アルヴェラは出し掛けた足を戻す。
自分達に続いて出て来たのはラディスだった。
アルヴェラもそれが解っていたので、彼を待つように止まったのである。
「ラディス殿」
「無用な争いを起こされては困るからな」
「はい。すみませんが、引き続きよろしくお願いします」
「煙たがるかと思ったが、文句はないのか」
少し意外そうにラディスが返すと、アルヴェラは笑った。
「ラディス殿がいて下さる方が、動きやすいのも事実ですし」
「……でも、アルは精霊が護ってくれるんでしょ?」
「まあね。そういう意味では身を守ることは出来るけど……」
ディリスティアが控えめに声を掛けると、アルヴェラも当然のように頷いた。
護衛としての役割を度外視されていると思い、ラディスは不快そうに眉をひそめる。
「俺の任はお前の護衛だ。
精霊はそこの二人を守るのに使えばいい」
「え?そのつもりですよ?」
きょとん、と小首を傾げるアルヴェラに、ラディスは言葉を詰まらせた。
迷いのないアルヴェラの言葉に、ディリスティアは感嘆する。
「珍しいね。アルがそんなに信用するなんて」
「他人を信用しないみたいに言わないでくれるかな……」
「ごめんごめん。そういう意味じゃなくて」
ディリスディアは、少し嬉しそうに続けた。
「アルって、自分のことは二の次だから。
周りが心配して前に立とうとしても嫌がるでしょ?」
「それは、立場が違うし……。
共に戦う仲間、なんてあっちじゃそうそう……」
気恥ずかしそうにそう答えたものの、アルヴェラはどこか困った様子である。
「……行かないのか」
「あ、すみません!ほら、行こう!」
助け船というわけではなかったが、ラディスの催促に乗る形で、アルヴェラはその話題を打ち切った。
一連の様子を黙ってみていたレオナは、話題が変わったところで、ディリスティアに耳打ちする。
「ねぇねぇ、もしかしてあの人、アルのこと……」
「……え?」
そういう考えはなかったので、ディリスティアは改めてラディスを見詰めた。
当たり前のようにアルヴェラの左隣を歩くラディスに、ディリスティアは頬を膨らませる。
いつもならば、そこにいるのは自分のはずなのにと。
アルヴェラは利き腕である右手側に立たれることを嫌う。
なので、並んで歩く時はいつも左側に陣取っていた。
ディリスティアは思わず二人の間に割って入り、これ見よがしにアルヴェラの左腕に抱き付く。
「ディリス?」
自分の居場所だと主張するように、ディリスティアはラディスを睨み付けていた。
向けられた敵意の理由が解らず、ラディスはひとまずアルヴェラの右側へと移動する。
あ、とディリスティアが声を上げる前に、ラディスは歩き出した。
そして、アルヴェラも何も言わない。
普段ならば右側に誰かいると不快そうにしていたというのに、ラディスは許された。
それが益々気に入らず、ディリスティアは抱き付く腕に力を籠める。
「……どうかした?大丈夫?」
「アルは……ううん、何でもない。大丈夫」
明らかに何でもないという雰囲気ではない。
不安になる要素はあり過ぎるほどなので、アルヴェラは申し訳なさそうに俯いた。
「まだしばらくかかりそうだけど……。
全部終わらせて、みんなで無事に帰る。
不安しかないだろうけど、大丈夫だよ」
安心させるようにそう言ってくれるアルヴェラに、ディリスティアは胸を痛める。
先の不安は確かにあるが、アルヴェラの傍にいれば何ということはない。
恐らく、アルヴェラにとってはディリスティアの抱える悩みなど些末なものに過ぎないだろう。
こんなことで気を揉ませてはいけないと、ディリスティアは精一杯の笑顔を返した。
すると、アルヴェラも安心したように笑みを返す。
それを後ろから見ていたレオナは首を傾げた。
「……これって三角関係っていうのかなぁ」
その呟きに応えてくれる者はいなかった。
それからは特に会話もなく、部屋に辿り着くとラディスが振り向いた。
「食事はどうする?」
「あ、折角なので、昨日みたく調理場の方で食べようかと」
「解った」
二人のやりとりにディリスティアとレオナは顔を見合わせる。
「調理場って……アル、自分で作るの?」
「材料が余ってれば作らせてもらうかな」
「ウチは出されたもの食べてたけどなぁ」
苦笑しながらアルヴェラは部屋へと入る。
食事は少し休んでからと考えていたのだ。
ディリスティアとレオナを先に部屋へと勧め、アルヴェラも入ると、最後にラディスが中へと入った。
「結構広いんだね」
「二人部屋みたいだから」
「角部屋で解りやすいし、いいじゃん」
レオナがベッドに腰掛けると、ディリスティアももう片方のベッドに腰掛ける。
「そういえば、精霊?だっけ?今もいるの?」
「いるよ。姿は消してるけど」
「紹介してよ!まだちゃんと見たことないし」
レオナの問いに答えたアルヴェラに、ディリスティアは期待の眼差しを向ける。
「……そんなに幻想的なのは出てこないよ?」
期待を裏切るのではと、アルヴェラは先に断っておいた。
「アモイ、ちょっといいかな」
「何だい、マスター」
すぐに姿を現したアモイに、ディリスティアは嘆息を漏らす。
「そんな姿だったんだね」
「うちはヴィアハスのとこで見たけど」
「アモイ、改めて紹介するね」
アモイにとっても、ディリスティアとレオナとは何らかの形で接触はしていた。
こうして面と向かって互いを認識したのは初めてではあるが。
「こっちがディリスティアで、こっちがレオナ。
そして、彼がラディスだよ」
「よろしくね、アモイ」
「……お見知り置きを」
どう応えたものか迷った末に、アモイはそう返す。
基本的には主以外との接触や会話はしない主義だが、その主から薦められたのだから、無下には出来ない。
「アモイ、二人と一緒にいる時は二人のこともお願いね」
「う……マスターがそう言うなら……」
「護ってくれないと、私が二人の盾になるからね?」
「おま⁉っ解ったよ!けど、俺が優先するのはマスターだ」
そこは譲れないとアモイは不機嫌そうに応える。
「貴様は精霊なのだから主の命令に従っていればいい。
心配せずとも、そいつを護るのは俺の役目だ」
冷たくラディスが言い放つと、アモイもムッとした表情で睨み返した。
「部外者は黙ってろよ。
邪王の命令一つでその役目とやらも消えるんだろ」
そんな軽薄なものと一緒にしないでほしいと、アモイは嫌悪を示す。
レオナは面白い展開だと、アモイとラディスを交互に見詰めて笑みを浮かべた。
「貴様は『特別な』精霊だと聞く。
主よりも優先される使命があるのだろう?」
負けじとラディスが言い返せば、アモイはすぐに反論できない。
「時の精霊」としての使命があるのは事実で、それが主よりも優先されるというのもまた事実なのだ。
それはアモイも理解しているが、反論するには一種の覚悟が必要だった。
「俺は、使命も主も、守ってみせるさ」
言い争いを止めようにも、二人の掛け合いに入り込めず、アルヴェラは困っている。
レオナの目には、少女漫画よろしく一人の女をめぐって争う男二人に映っていた。
そして、ディリスティアの目には、二人の男が勝手に意地の張り合いをしているようにしか見えない。
その中で、最初に動いたのはディリスティアだった。
「どっちも不合格。
守る意思は強くても、その原動力がダメ。
そんな人達に、アルを守れるはずないわ」
苛ついた口調で割って入る。
ラディスとアモイはどちらも怪訝そうな表情でディリスティアを見詰めた。
「役目だからとか、主だからとか。
自分の力を誇示したいだけにしか聞こえないよ。
アルのこと、ちゃんと思ってない人に任せられない」
言っていることはもっともらしく聞こえるが、難しいだろうとレオナは苦笑する。
片や契約でつながっている精霊で、それこそ主を守るのは当たり前のことだ。
むしろ、精霊でありながら個人の感情を持ち出すのは良い精霊とは言えないだろう。
片や王から命令されて護衛に付いている青年で、そちらも個人の感情を入れては王に対して示しが付かない。
そもそも、そんな感情をむき出しにして争われても困る。
それこそ、アルヴェラを巡る三角関係の争いになるのではないかと。
「え、えーと、私は魔術も習ってるし、自分の身は自分で──」
「アルはいつだって誰かの為に自ら危ない道を行くの。
そのアルが信頼して身を任せてるのに……」
それまで怒りを見せていたディリスティアの表情に、悔しさが滲み出る。
彼女の想いを察し、アルヴェラは困ったように苦笑した。
それから、そっとディリスティアの肩に手を置き、彼女を宥める。
「ありがとう、ディリスティア。でも、いいんだよ。
私は自分の想いを押し付けるつもりはないし」
「……アルはいつだってそう……」
「大体、出会って一日か二日でそこまで重い感情持たれても困るよ」
それぞれの役柄以上の関係はないと暗に言われてしまい、アモイは胸が痛むのを感じた。
ラディスも何かを感じているようだが、顔を背けたまま表情も動かない為、それ以上は解らない。
少し休もうと思っただけなのだが、微妙な空気になってしまった。
アルヴェラは人数が増えたせいだろうかと困った様子で溜息を漏らす。
人と人との間に立つのは苦手なので、思わず窓から遠くの荒野へと思いを馳せた。
アル「お腹すいたなぁ」
レオ「ちょっと当事者」
ディ「そういえば、今日はアルの手料理食べられるの?」
アル「材料余ってたら、だけどね」
ディ「じゃあ、早く行かなきゃ!」
レオ「ディリス、あの二人はいいの?」
ディ「アルの手料理の方が上に決まってるわ」
男二人は料理にも勝てないようです。




