第四十話 ~「好きにしろ」~
「僕らの負けだよ、グラーツ。それも完敗」
一頻り笑い終えたヴィアハスが告げると、グラーツは不快そうな表情で無言の抗議を返す。
だが、アルヴェラへ攻撃する為の弾を選ぶことも難しい。
何より、堂々とした彼女の姿を見れば、何を言おうと覆すのが難しいことだろう。
グラーツは似たようなことが過去にもあったことを思い出した。
過去がフラッシュバックし、現実と重なる。
一人の少女が、目の前に立っていた。
その少女は必死に何かを訴えている。
真っ直ぐにグラーツを見詰める瞳は、確固たる意思の光を宿す。
『私を信じて』
そう言った少女は、次の瞬間には、無数の矢に射られて倒れる。
『違うの、これは……』
哀しみを滲ませた表情は、誰かを恨んではいなかった。
『お願い、もう……争わないで……』
全身を血に染め、少女の幻影は消える。
「駄目だ!」
突然、グラーツが声を荒げたので、一同は驚いた。
すぐに我に返ったグラーツは、アルヴェラを見ないよう、背を向ける。
「グラーツ……」
ヴィアハスもどう声を掛けて良いか解らず困惑していた。
邪王同士ですらそうなのだから、アルヴェラが立ち入れるわけもない。
ただ、アルヴェラは人間と共闘する話を出してからのグラーツが、それまでとあまりに違うため困っていた。
恐らく、おいそれと踏み入って良い領域ではない。
だが、邪王の協力なしに乗り越えることは難しい。
何より、今回の騒動の根幹が垣間見えた気がしたのだ。
「失礼を承知でお聞きします。
過去に人間と何があったのですか?
どうも……それが今回の件に大きく関わっているように思えます」
そう尋ねた瞬間、広間の空気が凍りついた。
やはり、この話題は地雷だったようだ。
「ちょ……アル、ヤバイって」
慌ててレオナが止めるも、アルヴェラは引く気がない。
事態を解決したいと、可能な限り元の状態に戻りたいと、そう願っているのは彼らなのだ。
上部だけの解決では恐らく長続きしないだろう。
「……無理にとは言いません。
ですが、もしもそれが起因しているなら。
今後も同じようなことが起きるかもしれません。
その道を進むと言うのなら、それでも構いません。
ただし、次があった場合、同じように解決できるとは限りませんが」
そう訴えても、三人の邪王は口を噤んだまま、何も答えてはくれなかった。
ヴィアハスですら、アルヴェラから目を逸らしてしまっている。
「……解りました。
今はこれ以上の話し合いが出来ないということですね。
では、この集まりもお開きでよろしいですか?」
気まずい空気のまま、暇乞いとも取れる発言で締めようとするアルヴェラに、ヴィアハスは掛ける言葉を模索した。
「私達は今後、三人固まって行動します。
もう引き離す意味はないでしょうから」
「え⁉そ……それは……」
「それが、お互いの為かと思いますが」
人間に対し、蟠りを抱えたままであることが判明し、その理由もまだ話せない状況で、再び別行動となるのは不安がある。
自分達は「異世界の」人間という、特殊な括りでることは理解していた。
だが、明らかに異なる種族である邪族と、世界が違うだけで大きな違いのない人間では、やはり人間に傾倒してしまう。
その結果、邪王達を信じられなくなるという、悪循環に陥る可能性すらあった。
「え……えーと、でも、ほら!
三人に増えると、カシュもラディスも大変でしょ?」
「常に三人一緒に行動しますから、監視の負担は増えません。
護衛も、二人は私が護るので問題ありません」
ラディスの護衛の対象は増やさず、二人を守るアルヴェラをラディスが護るという形にする、と言っているらしい。
これにはラディスも一瞬、怪訝そうな表情を浮かべた。
まるで、二人くらい増えても問題ないと反論しているかのうようである。
「それでも不満だというのであれば……。
私達は邪界を出て人間界へ向かいます」
「な⁉」
驚いた様子でヴィアハスはアルヴェラを見詰めた。
はったりなどではない。
彼女の瞳がそう物語っていた。
「私達は『欠片』であっても『駒』ではありません。
あなた方が用意する盤上に乗るのではなく……。
皆で一つの基盤を作らなければ意味がないのです。
今のままではいつ動き出せるかも解らない。
ならば、可能性のあるところへ移りゆくだけです」
今のアルヴェラには、それを実行する為の力がある。
いつでも出て行けたのに、それをしなかったのには幾つかの理由があった。
だが、現状でそのどれもがほぼ意味をなさなくなっている。
邪王への誠意は見せたが、それでは届かないところで行き詰ったのだ。
ただし、二人の友人とは無事に合流できた。
これ以上、ここにいても、時間を浪費するだけである。
それでもまだ行動に移さないのは、少しでも近付けたであろう、邪王達を待つ為だった。
それすら無意味に思えるような事態ならば、即刻ここから立ち去る。
アルヴェラはそういう腹積もりでいた。
「好きにしろ」
それまで沈黙を保っていたカシュガルが、呟くようにそう告げた。
驚いたヴィアハスが振り向くと、カシュガルはアルヴェラ達から目を背けている。
グラーツも、それに対して何も言わない。
このままでは全てが振り出しに戻るどころか、悪化してしまうとヴィアハスは慌てる。
それとは対照的に、アルヴェラは面食らったようにぽかんとしていた。
我に返ると、視線を落とし考える素振りを見せる。
「……解りました。好きにさせていただきます」
不敵な笑みを浮かべながらそう言ったアルヴェラを見たのは、ラディスとラグーザ、そして、側に居たディリスティアとレオナだけだった。
どうするのかと、少し不安そうにするディリスティアとレオナに、アルヴェラはにっこりと笑い掛ける。
「それじゃあ、二人とも、付いて来て。
あの部屋、二人部屋だけど三人でも大丈夫だろうから」
耳を疑ったグラーツとヴィアハスは思わずアルヴェラを振り返った。
カシュガルは少しだけ驚いてはいたが、二人ほど取り乱しはしていない。
アルヴェラが動く直前まで、ラディスとラグーザも彼女が邪界を出て行く選択肢を取るだろうことを疑っていなかった。
お陰様で、彼女達の動きに誰もが一歩遅れての反応になっている。
「ちょ、ちょっと待って!え⁉どいういうこと⁉」
今まさに玉座の間の扉を開けようとしていたアルヴェラは、ヴィアハスの声に手を止めた。
困惑しつつもアルヴェラ達が出て行く前に引き留められたのは、ある種の執念にも見える。
「好きにしろ、とのことなので。好きにします」
「え?いや、うん、だから……つまり?」
「このまま居座りつつ、作戦を立てます」
悪びれることもなく、アルヴェラはそう言い放った。
「追い出すのではなく、自由を頂ける、という意味でしょう?」
少しだけ意地の悪いような笑みを浮かべ、アルヴェラはカシュガルを一瞥する。
「気が変わりましたら、いつでもお声掛けください。
それでは、失礼します」
恭しく邪王達に一礼すると、アルヴェラは扉を開けて出て行く。
「あ!……ラディス!」
「……はっ」
人間達だけで城内を動き回るのは危険だと、ラグーザは慌ててラディスに声を掛けた。
それを受け、ラディスも略式で皆に礼をすると、急いでアルヴェラ達を追い駆ける。
「まったく、相変わらず読めない奴だよ……」
アルヴェラがここに残ることを選んでくれたので、ラグーザは少しだけ安堵していた。
「それで?カシュガルの意図とアルの受けは合ってたのか?」
「……あいつは人間界へ行くと思っていた」
「まぁ、あの状態で好きにしろって言われたらなぁ」
だからこそ、ラグーザもアルヴェラの行動に驚いたのだが。
「でも、自由にするっていう意図は、違ってなかったんだな」
「これ以上、俺達の柵に付き合う必要はない。
邪王に近付き過ぎる人間の末路は……知っているだろう」
「……それは、この世界の人間、だろ?」
沈黙が訪れる。
それを破ったのはグラーツの足音だった。
「異世界の人間だろうと変わらない。
問題があるのは、あいつらではなく、それ以外だ」
憎しみを込めるように、グラーツはそう吐き捨て、歩いて行く。
扉を目指していると思いきや、グラーツは少し歩いたところで黒い影に包まれ、消えた。
「でも……でもね、僕は……ちょっと期待したんだ。
同じことにはならないんじゃないか、って。
あの子達なら、そういうのも吹き飛ばすかなって」
「さすがにそれは逞しすぎないか?」
苦笑するラグーザに、ヴィアハスも弱々しく笑みを返す。
「カシュ、あの子達のこと、お願いね」
「……勝手に押し付けるな」
「ふふ、そう言っても、カシュはやってくれるでしょ」
クスクスと笑いながら、ヴィアハスも黒い影に包まれ、姿を消した。
「どうするんだ?任せられたみたいだぜ?」
「つまりは、汚れ役を押し付けられた、ということだ」
「ごもっとも。だから『どうする』んだ?」
ラグーザの問い掛けを受け、カシュガルは答える代わりに溜息を漏らす。
あの異世界の人間は、厄介事しか運んで来ないな、と。
ラ「まあ、残ってくれて良かったな」
カ「……ああ」
ラ「お前の足りない言葉でも理解してくれるなんてなぁ」
カ「……ああ」
ラ「自分でも驚くくらいなら、もっとちゃんと言ってやれよ……」
しばらくカシュガルくんは上機嫌だったそうな。




