第三話 ~異変~
改めて、今の状況を整理しよう。
放送室の大掃除をするという名目で夏休み中に呼び出された未由斗は、放送室に着いた途端に誕生日を祝われるというサプライズに遭遇した。
実際には未由斗の誕生日は2月で、まだ半年以上も先の話である。
それでも、本当の誕生日パーティーさながらに飲み物と食べ物は用意されていた。
「主役」が来たことで、パーティーが始まったわけだが、これが何の集まりだったのか、もはや解らなくなっている。
未由斗は頭を抱えながら炭酸飲料の入った紙コップを口へと運んだ。
「さみさん、楽しんでるかーい?」
「ゆいりん……」
話し掛けてきたのは、泣き黒子が目立つ女子で、名を「金子 唯李」といった。
放送局では会計を担当しており、費用が絡むことは全て彼女を通さなければならない。
「これ、まさか予算使ってないよね?」
「あっはっは!まっさかぁ!」
「みんなでカンパしたの?」
自分一人だけお金を出していないのが気掛かりで、未由斗は申し訳なさそうに視線を落とす。
「さみさんは仕掛けられる側だからね」
「仕掛人が勝手にやったことなのだよ」
唯李の横からひょっこり顔を出したのはポニーテールの女子─「壬生 弥栄子」だった。
「ドッキリ仕掛けられる人が、その費用出したりするかい?」
「壬生っち……」
複雑そうな表情で炭酸を飲む未由斗の前で仲間達は食べ物をつまんでいく。
「こうでもしないと、さみってば出てこないジャン」
お下げ髪の女子が頬を膨らませる。
彼女は「宮内 涼子」、未由斗とは郁恵と共に中学からの友人だった。
あまり背が高くない未由斗よりもさらに背が低く、未由斗はそんな彼女を可愛いと思っている。
「付き合いが悪いことは認めるけど、そんな引きこもりではないよ」
「普通に誘おうって言ったんだけどね……」
おどおどとお菓子を持って必死にフォローしようとしているのが「笠井 実星」、放送局では未由斗と同じくらい真面目な常識人である。
「先輩が普通に誘って来るわけないですって」
「りおん、そんなはっきり言わなくても……」
二人の後輩は黒髪の子が「箱手 季織」で、ショートボブの子が「枝狛 莉音」という。
明らかに先輩の数が多くて尻込みしそうな環境の中、臆せず和に入ってくる強者である。
以上、八人が現在の放送局のメンバー全員である。
全員が女だったのは何の因果か解らないが、現状では男は一人もいない。
少し前まで未由斗の先輩がいた時代は逆に男しか居らず、新入局員が全員女子で大層驚かれた。
現在は現在で、女子会のようなノリになることの方が多いものの、楽しい日々を送っている。
「うん、みんなの中で私が酷い扱いだっていうのはよく解った」
「ちょっと!何でこっちが悪いみたいになってるの!」
そんな掛け合いをする未由斗と郁恵は互いにクスクスと笑っている。
未由斗にとって、放送局の仲間達とこうして絡むことは決して嫌なことではなかった。
ただ、少し特殊な事情があり、人付き合いや馴れ合いが苦手なのだ。
「……で、掃除はやるの?」
「どこまでも真面目か!?」
唯李が手刀を未由斗の頭にトスンと乗せる。
「えっ⁉︎まさか、本当にこれだけのために集まったの⁉︎」
「まあ、掃除もやるけどさー」
郁恵が苦笑いを浮かべて答えた。
「楽しむ時は楽しむ!ね?」
「はいはい……」
仕方がないので、未由斗は皆の気が済むまで付き合うことにした。
お菓子をつまみながら、鞄にしまったスマートフォンを出そうと、置いていた鞄を拾い上げる。
その刹那、異変は起きた。
最初は辺りが真っ暗になったので、停電かと思った。
だが、これは明らかにそんなレベルの話ではない。
何故なら、机も椅子も、すぐ目の前にあったものでさえ、見えない──否、消えてしまったのだ。
誰も椅子に座っておらず、全員が立っていたタイミングだったこともあり、椅子や机が消えた事もすぐには分からなかった。
唯一見えるのは、仲間の姿だけである。
だが、それがおかしいことだとはまだ誰も気付いていない。
「ちょっ……何これ⁉︎」
「何なの⁉︎」
「停電……じゃない、の?」
ほぼ全員がパニック状態になっている。
落ち着け、と声を掛けようにも、落ち着ける状況ではないので、無意味だろう。
未由斗はひとまず仲間達が落ち着くのを待つ間に、得られる情報がないか周りを観察した。
「さみ……これ、何なの?怖い……」
少し離れていた涼子が駆け寄ってくると、未由斗は一瞬、顔を背ける。
「……解らない、けど、常識では考えられない事が起きてる」
「互いが見えてるってことは暗いわけじゃないよね」
未由斗と共に冷静なまま状況を把握しようとしていた唯李が、誰に言うともなく呟いた。
「そうなんだよ。真っ暗なのに……見えるんだ」
「そういえば、確かに……」
喚いてもどうにもならないと、ようやく皆それぞれが落ち着き始める。
「こうも何もないと、動くべきかどうかも判断しづらいね」
困った様子で郁恵が言うと、未由斗は持っていた鞄からペンを取り出した。
「よっ」
取り出したペンを力の限り投げてみる。
しばらく耳を澄ませていたが、落下したような音が聞こえない。投げたときは弧を描いて飛んでいったので、どこかには落ちたはずである。
「なるほど。よく解らない空間だっていうのは解った」
次に未由斗はスマートフォンをとりだす。
電波は届いておらず圏外のマークを表示していた。
しゃがんで床を照らすが、反射すらない。
こんこんと叩いてみると、確かに硬い何かなのだが、光を当てても黒いままで何とも不気味である。
「どうしよう……」
その問いに答えられる人は誰もいない。
「状況が変わるのを待つしかないね」
「移動したら何かあるかもしれないのに?」
弥栄子が何故だと不満げに未由斗に突っかかる。
「ここは恐らくどこでもない」
「どういうこと?」
「普通の空間ならペンを投げたときにちゃんと音がするでしょ」
どこかに当たったような音もなく、落ちた音すらしないのは、もはや説明のしようがない。
何かしらの建物であるという説は早々に消えた。
建物ではないとすると野外だが、木や障害物があるわけでもないのに、空が見えない。
新月だとしても、一切の明かりがないなどおかしい。
未由斗の中で、ひとつの仮説が浮き上がった。
だが、それを口にすることはできない。
確証があるわけでもなく、あまりにも滑稽だと自分で思うような内容なのだ。
──ここは、地球ではない、別の世界なのではないか。
実「怖いよぉ」
唯「みほ、郁さんが面白いことやるって!」
郁「勝手なこと言わないで!?」
莉「先輩、待ってました!」
季「さすが郁先輩!」
未「……何て言うか、強いわぁ」
みんな一緒だと怖さも半減する説。




