第三十六話 ~動き出すものたち~
ラディスに付いて玉座の間を出たアルヴェラは、出た先の広間で思わぬ邂逅を果たしていた。
「あ」
相手がアルヴェラに気付くと、驚いたように二、三度瞬きをする。
慌てた様子で兵が回り込んできた。
「ヴィアハス様、どうかここでお待ちを」
「あー……うん、解ったよ」
声を掛けられ、ようやく我に返ったヴィアハスは、適当に応える。
「も、申し訳ございません、ラディス様。
取り次ぎの間、ヴィアハス様のお相手をお願い致します」
「……構わんが、恐らく俺の出る幕はないだろうな」
「は?」
先程から、ヴィアハスはアルヴェラしか見ていない。
厄介なことになったと、ラディスは溜め息を漏らす。
「え?何でアルが普通にいるの?」
「城内であれば出歩いて良いと了承頂けまして」
「あ、そうなんだ。いや、そうなるかなとは思ったけど……。
何て言うか、予想以上に早くてびっくりしたよね?」
兵は目の前で起こっていることを理解できず、呆然としている。
「じゃあ、今からお散歩ってところ?」
「あ、いえ、今は部屋を移るところでした」
「部屋を?」
「今まではカシュガル様の寝室を占拠してしまっていたので」
「……え、それ、カシュが出てけって言ったの?」
「自分が進言致しました」
アルヴェラより先にラディスが割って入ると、ヴィアハスは目の前の二人を交互に見詰める。
「君、ラディスだったよね?
僕んとこのカディスと名前似てるって盛り上がった」
「その話はやめていただけますか」
ヴィアハスに妙な絡まれ方をされたのかと、アルヴェラはラディスに憐れみの視線を送る。
「君達二人っていうのも不思議な組み合わせだよね。
部屋への案内の途中?」
「ラディス殿は昨日から私の護衛として付いてくれているんです」
「え?護衛なの?ラグーザでもなくその下を宛がうとか本気?」
信じられないと、ヴィアハスは珍しく真顔になった。
「将軍職の方が護衛して下さるなんて、破格の待遇ですよ」
「えー?だって、アルは異世界の人間でとっても貴重な存在だよ?
それを一介の将軍に任せるなんて、僕には出来ないな」
「私自身は特別扱いを望んでいないので、むしろこれで良いです」
事情を知っている側であれば、特別待遇に文句はないだろうが、どう特別かを皆に説明するのは恐らく難しいだろう。
「アルがいいって言うならいいんだけどさ。
カシュも、もっと素直になって抱え込んじゃえばいいのに」
それはヴィアハスのように、という意味だろうかとアルヴェラは苦笑する。
そこまで話したところで、ヴィアハスが一人だということに気付いた。
「今日はお一人なんですね」
「ああ、うん。レオナには聞かせられないこと話しに来たからね」
ヴィアハスのところでも何か動きがあったのか、何かを掴んだのか。
つまりはそういった話だろう。
「そうですか。あまり引き留めてはいけませんね」
「アルなら大歓迎だよ。レオナにいい土産話も出来るし。
あ、最後にひとつだけ聞きたかったんだった」
「私に、ですか?」
「うん。先日、君のとこの精霊が来たんだけどさ。
時の精霊との契約について詳しく聞きたいんだよ!」
どう考えても手短に話せるようなものではない。
そして、ヴィアハスもそれを解った上で言っている。
「……お時間のあるときに、話せる内容だけお話しします」
「あははは!まあ、そうだよね!
またゆっくり話そう」
「呼びに来た兵が困っているのでそろそろ良いですか?」
呆れた様子でラディスが仲介すると、ヴィアハスは笑いながら兵に付いて玉座の間へと入って行った。
それを見届け、アルヴェラは再びラディスと向き合う。
「失礼しました。新しい部屋へ向かいましょう」
「ああ。こっちだ」
玉座の間から出てすぐの広間から、客室などの小部屋が多い東側の区画に向かう。
中庭とは反対側にあたり、こちらは通路の左右にたくさんの扉が見える。
部屋の場所を覚えるための目印を探しながら、アルヴェラはラディスに付いていく。
通路の突き当たりにある角部屋の前で、ラディスは止まった。
両隣に比べて広い間取りとなっており、他の客室よりも収納や家具の数が違っている。
角ということで余剰分の広さがあるせいなのだが、若干の特別待遇を感じた。
「ここだ。場所も迷わないだろう」
「解りやすいですね。襲う側からも」
「……嫌味か?」
確かに、とても説明がしやすく、一度聞けば間違うことはないだろう。
外敵が侵入することは考えてないが、内部の快く思わぬ兵達にも早々に知れ渡ることを思うと、良い配置には思えなかった。
「敢えてこの場所にした意味がある、ということですよね?」
無言で頷いたラディスに、アルヴェラは苦笑する。
ラディスが何をするのかまでは解らないが、自分は餌としてここに置かれる。
カシュガルとラグーザがどこまでそれを知っているのかということには疑問が残るが、アルヴェラに危害が及ばないようにするという宣誓は違わないようだ。
アルヴェラも、ラディスを信用しており、それ以上は何も尋ねない。
「ベッドがふたつ……」
部屋に入り、中を確認していたアルヴェラがポツリと呟いた。
「元々が二人部屋だ」
「同室の方がいるということは──」
「ない」
「ですよね」
「強いて言うならば、俺が仮眠を取りに来るかもしれないが」
「え⁉︎ラディス殿の部屋だった、ということではないですよね⁉︎」
部屋の主が王から将軍に変わっただけではあまり意味がない。
「執務室はあるが、寝台は備え付いていない。
休む場合は仮眠室を皆で使っている」
「そうなんですね……」
「休む場合はラグーザ様と相談する故、護衛は問題ない」
「いえ、そこは気にしなくても大丈夫です。
アモイも居てくれますから」
ラディスはまだアモイと面識がなかった。
特別な精霊とのことだが、自分の代わりに護衛として問題ないのかは、甚だ疑問のようである。
「お前の護衛は俺の仕事だ。それを妥協するつもりはない」
「でも……これからは私が寝ている間も、でしょう?
他の仕事や疲れも溜まるでしょうし……」
「寝ている間の護衛はそう長くは必要としない」
どうやら、それもこの部屋にしたことと関係があるようだった。
無理させていないのであればと、アルヴェラは言及をしない。
新しい部屋に荷物を置き、少しばかり休むことにした。
ラディスは、ヴィアハスの訪問を気に掛けている。
カシュガルを直接訪ねての話など、きな臭いというほかない。
玉座の間では、件のヴィアハスとカシュガルが睨み合っていた。
ヴィアハスは相変わらず笑顔で表情が読み難い。
カシュガルは彼がレオナを連れていない事に少しだけ安堵していた。
「あ、今そこでアルに会ったんだー」
だが、カシュガルの安心はその一言で潰される。
鋭い眼光をヴィアハスに向け、カシュガルは無言の威圧を掛けた。
「部屋を移るところだってね。
いいの?将軍職のやつなんかに彼女を任せて。
まぁ、自分で監視し続けなくなったのは進歩、なのかな?」
「そんな話をするために来たわけではないだろう?」
不要な問答を避けようと、カシュガルは早々に用件を尋ねる。
「しょうがないなぁ。
実はね、シャーイが……動いたんだ」
「シャイレンドラが……そうか」
視線を落としたカシュガルの表情はどこか悲しげである。
「四天王のデュラッツォに命じて、人間界の一国の城を襲ったんだよ」
どこかで聞いた話に、カシュガルは眉をひそめた。
「人間界の……どこかは解ってるのか?」
「アイユーヴっていう小国だって」
「……そうか」
アルヴェラが精霊から報告を受けたという、アイユーヴ襲撃の話が、ここにきて繋がる。
「あまり、驚かないんだね」
「あの人間から、聞いていたからな。確証はなかったが」
「アルから……?」
「契約した精霊に仲間の安否を確認させていたら居合わせたらしい」
「ああ、あの時の精霊ね。なるほど」
何故知っているのかと、カシュガルは怪訝そうにヴィアハスを見詰めた。
「僕、直接会ったからね」
「お前のところにも行ったからか」
「うん。僕も何か違和感がある、くらいにしか思わなかったよ。
動いた時の僅かな魔力の揺らぎでようやく解るくらい」
「特殊な精霊らしいからな」
吹き飛ばされた時の事を思い出し、カシュガルは苦々しく吐き捨てる。
「まぁ、精霊のことは一旦いいや。
それで、シャーイのこと……どうしようか」
「これまでも何度か人間界へ侵攻していたが……。
国に──城に攻撃を仕掛けたのであれば、擁護は出来ない」
「そう、だよね……。シャーイ……どうして……」
「グラーツとも、もう一度話す必要がある」
「……解ったよ。三人で、決めよう」
そう言うと、カシュガルは立ち上がり、ラグーザに目配せをする。
ラグーザが頷くと、カシュガルとヴィアハスはその場から消えた。
遂に事態が動き出す。
彼女達を容赦なく巻き込んで。
これからのことを思うと、ラグーザは心苦しかった。
ヴ「そういえば、アル、随分とラディスと仲良いね」
カ「そうか?」
ヴ「すごく信頼してるみたいだし」
カ「……意味ありげにこちらを見ても何も出ないぞ」
ヴ「カシュのことは様付けで遠巻きに見てる感じだよね」
カ「……余計な話はそこまでだ」
ヴィアハスはカシュガルで遊ぶのが好きです。




