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放送室は異世界への扉  作者: 雷華
第一部 初めての異世界召喚
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第三十五話 ~朝一の部屋騒動~

寝室に戻ってきたアルヴェラは、勢いよく寝台に倒れ込んだ。

柔らかい布団が彼女の体を受け止め、衝撃を和らげる。

心地よい柔らかさに、思わず笑みを浮かべ、同時に激しい睡魔に襲われた。

夢の世界に旅立つ手前で、アルヴェラは慌てて体を起こす。

睡眠も大事だが、僅かな時間も無駄にしたくない。

「アモイ」

『そこはそのまま寝てもいいんだぜ?マスター』

姿より先に声だけが響く。

やや呆れたような声の後に、アモイは姿を現した。

「いつ大きく状況が変わるかも解らないし。

 後で、あの時やっておけば、って思いたくないもの」

「備えておくのは良いことだが、体も労らないとダメだぜ?」

「無理はしないから大丈夫だよ。

 今、寝そうになったのは布団が気持ち良すぎただけ」

急激な眠気を布団のせいにして、アルヴェラは問題ないと意地を張る。

「そういうことにしておきますか」

「それより、魔術の講義の続きをお願い」

「ああ、解った」

早く新しいことを覚えたくて仕方がないと、アルヴェラは目を輝かせている。

それに苦笑し、アモイは教える内容を考え始めた。

「そうだ。詠唱魔術を無詠唱でやる場合、そんなに難しいの?」

「人によるな。向き不向きはあると思うぞ」

「え、そんな漠然としてるの?」

「詠唱に魔力を込めて威力を制御するのは一般的だ。

 精霊契約から順に力を付ける術士は無詠唱が難しいと言う。

 逆に俺様みたく、感覚的に魔術を使う術士は無詠唱のが楽だ」

肩を竦めるアモイにアルヴェラは嘆息を漏らす。

「頭ん中に明確な威力や範囲があれば、下手な詠唱は邪魔なだけだ」

「でもその分、魔力の消費も激しいんだよね?」

「そうだな。ただ、ちょっとしたことに使う場合は大したことねぇよ」

魔術にも相性がある、ということなのかもしれない。

「確かに。さっき火を点けた時とか全然魔力使ってないし」

「ああ、必要最低限の威力に魔力量。完璧だったぜ!」

「……やっぱり、見てたの?」

「当たり前だろ。他の奴が護衛してようが、俺の主は俺が守る」

ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らしながら、アモイは腰に手を当てる。

しばらくアモイを見詰めてから、アルヴェラは嬉しそうに笑った。

「ありがとう」

当たり前のことを、自分がやりたいことを、勝手にしているだけだというのに、アルヴェラは感謝し、笑う。

アモイは久しく忘れていた感情が込み上げてくるのを感じていた。

精霊である自分が持つはずのないもの。

アルヴェラに名を戴いてから、アモイはその変化に戸惑っていた。

だが、それを捨てずに受け入れ、彼はそっとアルヴェラの頭を撫でる。

「え、な……何?」

「褒めたら伸びるかと思ってな」

「え、褒めてるの、これ」

優しい手付きはすぐに乱雑に変わる。

髪をぐしゃぐしゃにされ、アルヴェラは口を尖らせた。

「あー、もう!またぐしゃぐしゃにするー」

「ほら、次に進むんだろ?」

「むう……。お願いします」

乱れた髪を直しながら、不満そうにしつつも、アルヴェラはアモイに教えを乞う。

「つってもなぁ。基礎は昨日のうちに全部終わったからなぁ。

 しばらくはその基礎を完璧にする方が先だ」

「はい!」

「基礎を練習する過程で、効率のいい魔力の使い方も体で覚えりゃいい」

「はーい」

こうして、アルヴェラはアモイの指導のもと、覚えたばかりの魔術を鍛練していった。

しばらくは詠唱と無詠唱での術の発動差異や威力の調整を試していたが、集中力が落ちてくると早々に切り上げた。

集中しにくくなる状況で続けても身にならず、危険も増すので、アモイはアルヴェラの判断に感心する。

城内を徘徊したことで疲れも溜まっていたので、アルヴェラはアモイが助言した通り無理せず休むことにした。


翌日、アルヴェラが目を覚ますと、程なく隣の玉座の間から声が聞こえてきた。

『それは危険すぎる。ここに置いた方が安全だろう?』

『しかし、いつまでも特別扱いでは兵達にも示しがつきません』

『それに、危険が増す分、お前の負担も増える』

『問題ありません』

声から察するにラグーザとラディスが話しているようだ。

『彼女も、その方が良いと言うはずですが』

『っ……それは、解らない、だろう?』

『いえ、ラグーザ様も解っておられるかと。

 ()()はそういう人間です』

人間で女とくれば、アルヴェラしかいない。

自分の話ならば、出ていっても大丈夫だろうかと立ち上がる。

『無礼を承知で申し上げます。

 お二人とも、あの人間を特別扱いし過ぎです』

『そりゃあ……異世界の人間なんだ。特別だろ』

『それは、待遇の特別扱いの理由にはなりません』

軟禁されている側からすれば、何がどう特別待遇なのか聞きたいところだが、もう少し成り行きを見守ることにした。

『アルは俺達と違って夜は眠るんだ。その間は無防備になる。

 ここであれば、簡単に入り込めないし、危険もない』

『自分が監視するので危険は及びません』

『しかしだな……』

『監禁する目的であればここでも良いかと。

 ですが、外に出すのであれば、別の部屋に移すべきです』

なるほど、とアルヴェラは話の内容を理解する。

ここはカシュガルの寝室なので、人間の女をそこに囲っているなどという噂が流れる恐れもある。

ラディスはそれを危惧し、別の場所を宛がうよう進言しているというところだろう。

『ラグーザ、下がれ』

『カシュガル⁉︎』

『ラディスの言うことも一理ある』

カシュガルがラグーザを制し、結論を告げる。

『もう起きる頃合いだ。移動はその後行えばいい』

『けど、何かあってからでは……』

『その為の護衛(ラディス)だろう。

 最悪の事態が起きた場合、責を負う覚悟をもっての発言だ』

自分の安否がラディスのその後を左右するなど、とても申し訳ない。

『それでいいか、ラディス』

『はっ。出過ぎたことを申しました』

『良い。引き続き頼むぞ』

どうやら、ここで寝るのは最後となったらしい。

場所が変わるのは問題ないが、この寝心地は少し未練がある。

とはいえ、元々はカシュガルが寝る為のものなので、致し方ないことだが。

会話が途切れたので、アルヴェラは今のうちにと扉を開けた。

「おはようございます」

「お──」

「アル!移動なんてしたくないよな⁉︎」

珍しく声を掛けようとしたカシュガルの言葉を遮り、ラグーザは不満そうな表情で尋ねてくる。

先程のカシュガルの発言でこの話は決着したと思うのだが、ラグーザはどうやら納得していないようだ。

挨拶くらい返せと言ったのはラグーザだったので、本人に邪魔をされカシュガルは見るからに不機嫌になった。

「ラグーザ、その話は終わりだ」

「まだ、アルの意見を聞いてないだろ!」

「それで変わるとは思っていないだろう?」

これまでのアルヴェラの言動を思えば、余程の事がない限りは覆るはずがない。

「えと、部屋を移る……という話で良かったでしょうか?」

「ああ、そうだ」

「普通の客室に移るなんて、嫌だろ?」

「私個人のことだけを考えた場合、ここに居られるならその方が良いです。

 とても寝心地が良いので、睡眠を必要とする人にはこれ以上ない環境ですね」

カシュガルの寝室の利点は、ベッドの質のみだった。

無論、広さや他の利便性もあるにはあるが、ベッドへのこだわりが一番である。

「ただ、それはより質の良いものを求める、いわば贅沢思考です。

 私自身は床でも眠れますし、宛がわれる部屋がここである必要性はありません」

一瞬だけ期待したものの、やはりアルヴェラは個人の感情だけでは話さない。

ラグーザは目に見えて落ち込んでいる。

「まだ何か言うことはあるか、ラグーザ」

「……お前はそれでいいのか?カシュガル」

「ここでは()の話はしていない」

「だからだよ!そうした方がいいのは解ってる。

 それでも……感情論を聞くだけ聞いとくのは、いいだろ」

決定に対してこれ以上は反論しない。

だが、合理性を排除して個人的な感情のみで考えた場合、すなわちカシュガル自身の思いだけは聞いておきたかった。

「……下らんな」

「ああ、そうかい。……ま、いいさ」

少しだけ、不機嫌そうな表情を見せたのが、質問自体に対するものなのかは解らない。

だが、ラグーザは満足そうに笑った。

「ラディス、提案通りにアルヴェラは別の部屋に移す。

 既に手配済みなんだろう?後は頼んだぞ」

「はっ」

ラディスは短く応えると、アルヴェラの方へと視線を向ける。

それを追って、ラグーザも名残惜しそうに彼女を見詰めた。

「あ、私の準備待ちです……よね?

 えと、荷物と服くらいなので……」

「服は後で用意させとくよ。荷物だけ持てばいい」

「解りました。少々お待ちを」

鞄を持ってくるだけではあったが、アルヴェラは断りを入れると寝室へと戻る。

初めてこの城に来て、気絶してしまった時に落とした鞄は、ラグーザが兵に回収させてアルヴェラの手に戻ってきていた。

魔術の講義でノートと筆記具を使ったりと、一応ここでもある程度は活躍中である。

慣れ親しんだ鞄を手に取り、念の為にと部屋を見回した。

鞄から出して使ったものは都度しまっているので、特に入れ忘れたものなどはない。

大きく柔らかなベッドとは今日でお別れなので、そこは少しだけ寂しかった。

気持ちを切り替え、寝室を出る。

「お待たせしました」

「早いな。もういいのか?」

「荷物と言ってもこれだけですし」

持ってきた鞄を持ち上げ、アルヴェラは苦笑した。

鞄がそれひとつなのはラグーザも承知の上だが、突然の移動となったのでもう少し片付けや準備があるかと考えていた。

「いつ、状況が変わるかは解らないので。

 いつでも動けるようにはしているつもりです」

心の疑問を見透かすように、アルヴェラは続けた。

「備えておくに越したことはないからな」

「はい」

つくづく、聡い娘だとラグーザは思う。

このような状況下でも「何が起きるか解らない」と最低限の備えをしておくなど、なかなかできる事ではない。

「……なぁ、アル」

「はい?何でしょう?」

ふと、ラグーザは考えの途中で気になった事を口にする。

「アルは……何歳なんだ?」

「16ですが」

淀みなく答えたアルヴェラだったが、その後には誰も続かない。

微妙な沈黙が流れてしまったので、アルヴェラは困った様子で首を傾げた。

「じゅう、ろく……」

「は、はい。あの、何か?」

「い……いや、俺もそんなに人間の事を知ってるわけじゃないが。

 もっと幼いのかと思ってたから、その……」

アルヴェラ自身は童顔ではないのだが、日本人はこの世界では幼く見えるのだろう。

然して気にすることもなく、アルヴェラはきょとんとしている。

この話をこれ以上掘り下げるのはやめておこうと、ラグーザは気を取り直した。

「まぁ、その……部屋が変わって不都合があればラディスに言ってくれ。

 こちらで出来ることがあれば検討しよう」

「ありがとうございます」

「……それでは、カシュガル様、ラグーザ様、失礼致します」

一礼するラディスに、アルヴェラもそれに倣う。

ラグーザはアルヴェラが扉から出て行くまで、その背中を寂しげに見詰めていた。

ラ「16かぁ……。思ってたより上で驚いたな」

カ「子供の言動ではないことは解っていただろう」

ラ「まあ、そうなんだが……。寂しくなるなぁ」

カ「城内にはいるんだ。会えないわけではない」

ラ「でも、あのアルが用事もないのにここへ来ることないだろ?」

カ(はっ)

ラ「報告に来るのはラディスだけで、アルはほとんど見なくなるんじゃないか?」

カ「……仕方のないことだ」

ラ「だから言ったのに……」


微妙に考えがずれてた邪王様。

報告できるものがなければ玉座の間に軽々しく近付かないよね、という話。

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