第三十三話 ~食を通じて~
石造りの城は西洋風で、アルヴェラにとっては何もかもが新鮮だった。
長い廊下は城の広さを物語り、地上四階地下一階のその城はとても大きい。
当然、そこで働く者の数も多く、アルヴェラは城内でそんな者達の視線を受ける。
邪界の城に人間がいること自体は珍しくはないのだが、奴隷や最下層の働き手であり、保護された者などは前例にない。
見せ物ですらここまで多種多様な視線は受けないのではないだろうかというほど、アルヴェラは注目されていた。
あるものは好奇の、あるものは侮蔑の、あるものは嫌悪の──。
好意的な者は少なく、付き添うラディスも呆れるほどに周りの印象は悪い。
それが表に出て来るのであればいっそ潔いのだが、残念なことに陰でこそこそと文句を言う程度である。
「お前はそれでいいのか」
ちょうど城を一回りしたところで、ラディスはアルヴェラに尋ねた。
「え?」
「どこへ行っても毛嫌いされる。
嫌われるために歩き回っているようなものだ」
護衛として共にいるラディスへは、憐れみや嘲笑ばかりなので、彼もあまり良い気はしていない。
「ラディス殿には迷惑を掛けて申し訳ないと思ってます」
誰が自分の話をしたのだと、ラディスは眉間の皺を深くする。
「最初から好印象な訳はないですし。
概ね予想通りですから大丈夫ですよ」
「……ふん。それで?この後はどこへ行く?」
アルヴェラとラディスは玉座の間の横に位置する中庭で休んでいた。
玉座の間から出てすぐの広間から左右に伸びる廊下のうち、片側は中庭に面しており、部屋の総数は少ない。
代わりに大部屋が多く、会議室や兵の詰所など、皆で使う場所が殆どだった。
それらの部屋に付いた窓からも、この中庭は見渡せる。
実際、今も兵達が様々な視線を中庭に向けているくらいである。
「確か、調理場……厨房がありましたよね」
「ああ」
「そこへ行ってみたいです」
「人間は定期的に食事が必要だったな。
だが、担当がいるとは限らんぞ」
腹でも減ったのかとラディスが返すと、アルヴェラは首を傾げる。
「え?邪族は食事しないんですか?」
「魔力を取り込み栄養に出来る故、必要ない」
「必要ないのに厨房はあるんですね」
「一種の娯楽と同じだ」
確かに必要のない行為をするのだから、娯楽と言っても良さそうだ。
「後は、奴隷や捕虜がいた場合に必要だろう」
「この城にもいるんですか?」
「いや、今はいない」
「そうですか」
特に残念がることもなく、情報としてだけ受け止めるアルヴェラに、ラディスはつまらなさそうに顔を背けた。
会話が途切れたので、アルヴェラは立ち上がる。
一度しか通っていないが、一番解り易い場所にあったので、案内なしでも辿り着けそうだ。
地球の建物と違い、どれが何の部屋なのか立札や看板、表札といったものはない。
何処に何があるかを記憶しなければならず、アルヴェラは城内の地図を作ろうかと考えていた。
そんなアルヴェラの前で、先に厨房へと入っていく者がいた。
話が聞けるかもとアルヴェラも中へと入る。
「ラ……ラディス将軍⁉︎斯様な場所へ何用でしょう?」
先に厨房へと入った兵は、アルヴェラには目もくれずラディスに対して尋ねる。
「俺は付き添いだ。気にするな」
「え?いや、しかし……」
二人の会話などお構いなしに、アルヴェラは厨房を観察していた。
調理器具は一通り揃っているようだ。
冷蔵庫のような食材を保管するものがあるかまでは解らない。
火の周りはどうだろうとコンロらしきものを確認する。
薪を使った竈のようなもの、ではない。
地球にある二口のコンロに似ているが、火加減を調節する装置や仕組みがない。
「に、人間に出している食事の確認……ですか?」
「いや、そういうわけではないと思うが……」
「あのぉ」
控え目に割り込んで来たアルヴェラに、兵は訝しげな表情で応える。
「これから料理作られますか?」
「だったら何だ」
「見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は?」
にこにこと愛想よく話し掛けてくるアルヴェラに、兵は困惑していた。
「邪魔は致しませんので」
「……勝手にしろ」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑った後、アルヴェラは礼を言って頭を下げる。
人間から礼など言われたことのない邪族の兵は何やら動揺しているようだ。
「じ……邪魔になるようなら追い出すからな!」
「はい。居るだけで気が散る場合も遠慮なく仰ってください」
邪険にされても良いと公言しているようなものだが、それでも良いのだとアルヴェラは笑う。
最初に言われてしまうと、人間の言う通りにするのは抵抗があると考え、それを理由にできなくなってしまう。
邪族の兵は仕方がなく、アルヴェラを居ないものとして作業を始めた。
食材を保管している箱から葉の多い──キャベツのような──野菜を取り出し、ざく切りにする。
同様に玉葱と人参のようなものも食べやすい大きさにカットされた。
続いてコンロのようなものの下に付いている引き出しを開け、木炭のようなものをコンロの中央に置く。
それを見たアルヴェラはなるほどと頷いた。
何のことはない、それに火を点けるだけのようだ。
魔術を使うのだろうとは思ったが、意外にアナログである。
「“炎よ”」
兵が一言そう唱えると、置いた炭に火が点く。
予想通り、魔術による着火のようだ。
火に鍋を掛け、樽から水を汲み、注ぐ。
その水の出所を知りたかったが、怖いので気にしないことにした。
水がやがて沸騰すると、中に野菜を放り込む。
大丈夫、水は煮沸されている。
アルヴェラは不安を拭い、兵の作業の続きを見ていた。
野菜に火が通った頃合いをみて、調味料を手に取る。
棚に並べられたそれの数は多い。
あまり頻繁に使うことがないとはいえ、結構な種類が揃っていそうだ。
容れ物にラベルなど貼られていないので、置いてある場所とこれまでの経験から、兵は必要な調味料を選んでいた。
小皿に掬い取って味見をしながら味を整える。
「……よし」
どうやら完成したようだ。
「すごいですね!」
パチパチとてを叩きながら、アルヴェラが称賛する。
「それは皆さんで召し上がる用のものですか?」
「今日は何か食いたいと言う奴がいなかったからな。
これは人間用だ」
つまり、アルヴェラの元に運ばれて彼女の口に入るものだという。
再び出来上がったスープの入った鍋を見る。
三食以上の量がある。
「……いつもこれくらいの量を作られているのですか?」
「毎回同じ量の方が作るのも楽だからな」
先程の称賛を受けて、兵は気を良くしたのか質問に答えてくれた。
確かに同じ量であれば具材や調味料も一定量で良い。
「ちなみに、これは何日分なのでしょう?」
「一日分だ」
多い!と叫びたい衝動をアルヴェラは何とか抑えた。
「……余りません?」
「半分は棄てている」
「そのまま翌日も出したりはしないんですか?」
「冷めて不味くなったものを出すほど薄情じゃないぞ」
「再加熱すれば良いですよね?」
二人の問答はアルヴェラの言葉で終わりを迎える。
「……再加熱だぁ?」
「スープなどは翌日の方がより素材に味が染みますし。
再加熱すれば、温かいものを出せませんか?」
食事を常としない邪族にしてみれば、作ったものが余った際に、翌日も食べるという考えがなかった。
また、廃棄によって食材が無駄になるという考えもなかった。
食べたい時に食べることができればそれで良い。
食材は常に充足しており、食べずに廃棄したところで痛手にもならない。
金持ちや貴族の考え方に似ていた。
「私は幼い頃より食べ物を粗末にするなと教えられてきたので。
棄てられるくらいなら、冷めたままでも頂きますよ」
「お前の家は貧しいのか?」
「裕福ではないですが、捨てるほどの財はありませんね」
「再加熱などしたことがないな。やってみるか」
そう言うと、その兵は昨日のものらしい鍋を取り出した。
昨日分の廃棄はまだだったらしい。
鍋をもう片方のコンロのようなものに置き、火を点ける。
ぐつぐつと煮立つ頃合いで火を止めた。
小さめの皿に盛り、自分で味見がてら口に運ぶ。
「ホントだ。味が染みて具材もより柔らかくなってる」
一口食べたところで、兵が驚きの声をあげた。
「ほう、俺にももらえるか」
「え⁉︎は、はい!只今!」
将軍に対して昨日の食べ物など出すわけには、と兵は思ったが、乞われてしまっては逆らえない。
同じように小皿へと盛り付けて渡す。
渡す手が震えていたのは言うまでもない。
「……ふむ、なるほど。確かにこちらの方が美味いな」
「好みもありますけれど。
所によっては敢えて翌日のものを出すこともあるくらいです」
「いつものは具材も堅めであまり食べたいとは思わなかったが」
ラディスの言葉に兵は落ち込む。
手際を見る限り、この城での料理人は彼なのだろうと思うと、居たたまれなかった。
「噛むということを普段からしていないからな。
堅いものは食べ難いと感じるのだ」
兵に対するフォローなのか率直な感想なのかは解らないが、幾分か兵の気持ちも浮き上がってきた。
「ちなみに、スープ以外のものって……」
「手間や香辛料が揃わずあまり作らない」
香辛料が揃わないと言われ、アルヴェラは調味料などの置かれた棚を見やる。
これでも揃わない料理など、一体何を作るつもりなのか。
アルヴェラは先程の調理で残された食材を見て考える。
「この残った食材も……廃棄ですか?」
「残った……って、そもそも食べられないだろう」
芯の部分だったり、茎の部分だったりと、確かに廃棄箇所としては間違っていない。
その切り方の大雑把さを除けば。
例えば、人参のような野菜は、半分に切られているため、殆どが使われていない。
キャベツのような野菜は周りの葉を取り過ぎだし、芯を取り除く為か下半分がごっそり残っている。
これでは使う食材が倍になるのも頷けた。
本来ならば出来上がる量はもっと多いに違いない。
アルヴェラはむしろ、もう一品作るものだと思っていたので、廃棄されると聞いて愕然としたのだ。
「あの、残り物を使って私が調理してもよろしいでしょうか?」
「これを使うだって?……面白い、やってみろよ、人間」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げれば、兵はやはり驚いているようだ。
気にせずアルヴェラは袖を捲り、包丁を持つ。
少し大きめだが、切れ味は良さそうだ。
注意して残った野菜から使える部分を切り取っていった。
それから炒める為の器具を取り出す。
場所は先程の過程であたりをつけていた場所にあった。
手際の良さに少しばかり感心しながら、兵は置いてあったスープの鍋を運ぶ。
スープを再加熱するという技を覚えた兵は、昨日の残りのスープを皿に盛り付けている。
他の兵にも感想を聞くつもりのようだ。
さて、とアルヴェラは空いたコンロのようなものに向かう。
あの兵は術で火を点けていた。
他の火種がない以上、アルヴェラもそうしなければならない。
コンロに集中し、そこで燃える火を思い描く。
軽く右手を添えるように置き、魔力を流すと、上手く火が点いた。
「よし……っと」
「む、無詠唱⁉︎」
兵もラディスも大層驚いているが、アルヴェラにしてみれば、火を出しただけなのでむしろ詠唱が必要になる理由が解らなかった。
「お前……魔術が使えるのか」
「え?あ、はい。まだ習ってる途中ですけど」
「それでもう無詠唱で術を使えるのか」
「火を出したり、などの単純なものであれば……まあ」
ラディスはラグーザから簡易的にではあるが、アルヴェラについて事情を聞いていた。
この城に来てから二日足らずのはずだと。
勿論、精霊と契約したという話も聞いているが、詠唱魔術は簡単に扱えるような代物ではない。
現に、ここの兵も火を点けるだけの、アルヴェラ曰く「単純な」術でさえ、詠唱をしている。
そんなラディスの疑問などお構いなしにアルヴェラは調理を続けていた。
残った野菜を炒めるだけの簡単なものだが。
味付けは調味料を確かめつつ慎重に行う。
完成した料理を皿に盛り付け、アルヴェラは満足そうに頷いた。
「できました」
アルヴェラの声で、ラディスと兵士は我に返る。
そして、出来上がった料理を見やった。
「炒め物……?だが、棄てるようなもので作ったものだろう?」
本当に食べられるのかと、兵士は疑念の眼差しを向ける。
アルヴェラは昨日の残りのスープと自分が作った野菜炒めを別皿に取り分けると、テーブルの端に座る。
「ちょうどお腹も空いていたので、ここで食べさせてもらいますね」
両手を合わせて「いただきます」と唱え、了承を得るより先に食べ始めた。
「もらうぞ」
「そんなもので良ければどうぞ」
「ラディス将軍⁉︎」
「毒などは入っていない。人間が食べられるのなら問題はない」
ラディスは野菜炒めを小皿に取ると、まだ温かいそれを口に運ぶ。
数種類の野菜が程よい歯応えで炒められ、味付けも濃すぎず丁度良い。
何より、似た味付けばかりのスープとは別の食感と味が新鮮だった。
「……面白い」
「お口に合いませんでした?」
「いや……。お前は料理人でもやっていたのか?」
「いえ?それなりに知識があるだけです」
もぐもぐと食べ進めているアルヴェラに、ラディスは兵士が気付かないところで笑みを浮かべる。
何とも自由な人間だと。
なお、その後、兵士も野菜炒めを食べ、それはそれは悔しそうにしていたとか。
ア「調味料いっぱいあり過ぎて上手く出来たか不安でしたが……」
料「斬新な味付けではあるな」
ア「あまり料理しないので褒められるようなものではないですけど」
料「材料・分量・作り方、全て頭の中なのか?」
ア「レシピ……ですか?野菜炒めくらいなら適当ですね」
料「む……ぐぐ……」
料理人が野菜炒めのレシピを盗もうと必死です。




