第三十二話 ~広がる小さな世界~
「監視をつけた上で、城内ならば出歩くのを許可する」
アモイとの魔術談義が一段落し、これから本格的に魔術を教わろうというところで、カシュガルとラグーザは戻って来た。
アモイはすぐに姿を消し、二人が見たのはベッドに腰掛けるアルヴェラの姿のみだった。
アルヴェラが口を開く前に、カシュガルが告げたのが冒頭の台詞である。
「監視、ですか」
「そうだ。城内には人間を快く思わぬものもいる。
いざこざを起こされては困るからな」
「要は、護衛だな」
ラグーザがフォローすると、アルヴェラはカシュガルに視線を向ける。
わざわざ監視と言ったのは、馴れ合うつもりはないということだろうか。
「解りました。ありがとうございます!」
「今日は大人しくしていろ。
まだ皆に話も通していない」
「はい。あ!そうだ」
念のために伝えておこう、とアルヴェラは訝しがるカシュガルに構わず続けた。
「アモイ……契約した精霊に仲間の様子を見に行ってもらったんですけど。
人間界の国──アイユーヴが襲撃されていたとのことです」
「襲撃?何に?」
「邪鬼です」
ラグーザの問いに答えるも、カシュガルはそれがどうしたとばかりに無反応である。
「まあ、邪鬼の襲撃くらいあるさ。
国なら、兵だっているし、な」
「誰にも気付かれることなく、急に大群に囲まれるのが日常なんですか?」
「何?」
対象が国だからこそ、それは不自然だった。
そうでなければ、能無しの集まりとしか思えない。
「視認できる至近距離にいるのに、誰も気付かなかった。
これは、意図的な襲撃じゃないかなと」
それが可能かどうかまでは解らないが、兵達の反応から普通ではないことは明らかである。
ならば、何者かが意図的に邪鬼を「置いた」と考えられた。
「……俺達がやったと言いたいのか?」
「え?やったんですか?」
大層驚いた顔で、アルヴェラは聞き返す。
「そんなことをする理由がない」
「ですよね。まあ、誰かがやったという証拠もないですし」
戯れ言と聞き流してくれと言うアルヴェラに、ラグーザは険しい表情で視線を落とす。
「どうする?カシュガル」
「……証拠はない。動くわけにはいかないだろう」
もしも、邪王の誰かが襲撃に関わっているのなら、黙ってはいられない。
だが、不確かな情報で動くのは得策ではない。
「アルと契約した精霊って、随分と役に立ちそうだね」
「仲間の安否だけ持ち帰るように言ったんですけど。
あまりにも不自然だったとのことなので。
情報は他人を経由すると、その人の視点が入ってしまうから……。
出来るだけ自分で見たものだけで判断したいんですけどね」
随分と注意深いものだ。
だが、真実を見る、という姿勢は理解できた。
「それって、その精霊も信用してないってこと?」
「信用してますよ?
ただ、全てを鵜呑みにはできない、ということです」
「それ、信用してるって言う?」
何だか精霊が憐れに思えてくる。
「首に触れただけで、首を絞めてる、と決め付けるのは間違いでしょう?」
突然の暴露にカシュガルは思わず噎せた。
何を言い出すのかとアルヴェラを睨み付ける。
そして、姿を消して様子を窺っていたアモイは密かに傷付いていた。
ここでカシュガルが反応しなければ、例え話のひとつで済んだのだが、噎せてしまっては無関係を貫くのは難しい。
ラグーザはにやにやと笑いながらカシュガルに視線を送る。
「へえぇぇ……」
「バカみたいに無防備に寝ている方がどうかしている」
「それだけ俺達のことを信用してくれてるってだけじゃないか」
「暗殺者が現れないとも限らん」
「その時はそれこそ城の防御体制がヤバいだろ」
「ここにいる間は守られても、外に出ればそうはいかない。
寝ている間であろうとも、気を緩めると死ぬぞ」
心配しているのか警告しているのか解らないなと、ラグーザは苦笑した。
「今はアモイがいるので。
現に、過剰反応ではありましたが、彼が止めに入りました」
「信頼しているのか何なのか、よく解らないな……」
「?とても頼りにしてますよ?」
自分を選んで契約してくれたアモイに、疑う理由などない。
確かに、自分を選んでくれたことに対する疑問はある。
だが、契約することで互いの記憶や知識が共有されることを思えばリスクの方が大きい。
意図的に記憶の一部に対しロックを掛けて秘匿する事はできるようだが、完全に隠すことはできない。
理論的な理由は幾つか挙げることはできるが、アルヴェラはもっと簡単に結論を出していた。
アルヴェラの目には、アモイがそういう類に見えなかったのだ。
人を見る目はそれなりにあると自負している。
そんな彼女の目に、アモイは信用できる存在だと映っていた。
「……それで?
この城を自由に歩けるようになってお前は何をする?」
「ここの人達と仲良くなりたいです」
「は?」
悪気もなくにっこりと笑うアルヴェラに、ラグーザは頭を掻いている。
「今の私には圧倒的に知識や情報が足りないですから。
それを補うために、とりあえず皆さんと仲良くしようかと」
情報を得る為の、打算による付き合いではたかが知れている。
そんな心持で相手をしてくれる者はこの城にはいないだろう。
「何か、出端を挫くようで悪いけど……。
そんな理由で人間と馴れ合う奴はここにはいないと思うぞ」
「でも……言葉は通じて、感情……心があるんですよね?」
「ああ、まぁ……それは……」
「なら、大丈夫ですよ」
何の根拠があってそう言っているのかは解らないが、とても自信満々である。
護衛も付けるとはいえ、早々に問題を起こしてくれそうな雰囲気しかしない。
それからアルヴェラは部屋に戻され、カシュガルとラグーザは城の者に通達を行う。
通達の内容はごく単純なものだった。
リヴォニア城で一人の人間を保護している。
城内を徘徊することもあるが、理由もなしに敵対することを禁ずる。
わざわざ「理由もなしに」と付けたのは、アルヴェラを試す目的も含んでいたからである。
城内に動揺が広がるも、それは一時のことで、翌日には皆いつも通りに動き始めた。
戸惑うものがいないわけではないが、勅命であれば逆らうわけにもいかない。
気に入らなければ、理由を付けて敵対すれば良い。
そう考える者も出てくるのは必定だった。
城内の様子を知ることのできないアルヴェラは、楽しそうにアモイに魔術を習っていた。
異様な空気を感じ取ったアモイが念の為にと進言したが、アルヴェラは大丈夫だの一点張りである。
アルヴェラが詠唱魔術の基礎を習得し、簡単な攻撃と防御と治癒が出来るようになったところで、その日は終わった。
寝る直前に、アルヴェラはようやく制服から着替えることにした。
ラグーザが着れそうな服を数着ほど持ってきてくれたのだ。
成人用の服だと大きすぎるので、子供用を持ってきたと言われたが、皮肉なことに丁度良かった。
翌朝、起床とほぼ同じタイミングでラグーザが護衛役を連れて部屋を訪れる。
青灰色の瞳と同色の短髪は毛先だけ外側に跳ねており、刺々しい髪型に見えた。
その青年は無表情のまま、アルヴェラを視界に捉える。
どことなく雰囲気がカシュガルに似ていると、アルヴェラは感じた。
「こいつはラディスだ。今日からアルの護衛をしてもらう」
「はい。アルヴェラと申します。
よろしくお願いしますね、ラディス殿」
「……ラディスだ」
ラグーザやカシュガルよりも低い声に、少しだけ驚く。
「私自身のことはどこまで話して良いのでしょう?」
「カシュガルからは人間を保護してるとしか伝えていない。
特に経緯やどこから来たかについて言うなとは聞いてないが」
「では、異世界から召喚された人間だというのは公言しますね」
「……あまり言いふらすものではないと思うぞ」
異世界の人間と聞いても、ラディスは眉ひとつ動かさない。
相当に訓練されているか、予め説明を受けたのか。
恐らく後者だと思いたいが、これが性格によるものだとすればやり難そうである。
「必要に迫られた時にしか話すつもりはないですよ。
問われて嘘はつきたくないので、助かります」
「何か不都合あったら言ってくれ。
ラディス、後は頼むぞ」
「はっ」
ラディスは短く応えると、頭を下げた。
カシュガルやラグーザがこの城の最上位なんだと、改めて感じさせられる光景である。
ラグーザが部屋から出て行くと、アルヴェラも未知なる城を探索しようと踏み出す。
が、すぐに止まり、ラディスの方に振り向いた。
「あの、案内は言い付けられていないと思うので良いのですが。
もし、入ってはいけない場所などあれば止めて頂けますか?」
「ああ、そのつもりだ」
「ありがとうございます。
手間はかけさせないようにしますので」
相変わらず表情は動かないが、ラディスはアルヴェラに対してしっかり受け答えしている。
差別意識のない者を選別したのだと思うと、何だか申し訳ない気持ちになる。
「ラディス殿は普段は何をしていらっしゃるんですか?」
「……将軍職を戴いている故、戦のない間は兵の管理くらいだ」
ラディスも結構な高位の立場だった。
「将軍職にはどらくらいの方がいらっしゃるんでしょう?
あ、教えても差し支えなければで構いません」
あまり軍の内情を根掘り葉掘り聞くのはいけないなと、アルヴェラは慌てて付け足した。
「俺以外に数人存在する」
「なるほど。ありがとうございます」
「……感謝の安売りは己を貶めるぞ」
無表情のままだが、声に怒気が含まれている。
不快にさせたのかと、アルヴェラは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ここでは、私は保護されている身です。
最下位のものが大きな顔はできません。
私自身の誇りや矜持はもちろんあります。
でも、私は心のままに行動していて、これもその一つです」
つまり、と一言区切りアルヴェラは微笑む。
「私が、感謝を伝えたくて言ってるんです。
安売りと言われても、それが偽りない本心ですから」
「……そうか」
少しだけ声が穏やかになった気がした。
必要以上の言葉を紡がないものの、ラディスとは上手くやっていけそうだと、アルヴェラは安堵する。
寝室から出ると、カシュガルとラグーザが視線を向けてくる。
「それでは、行って参ります」
たかが城の中だろうと、カシュガルは眉を潜める。
「いってらっしゃい。気を付けてな」
ラグーザがそう返すと、アルヴェラは嬉しそうに笑顔で頷いた。
納得がいかないと振り向いたカシュガルに、ラグーザは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
二人のやり取りを見て、ラディスはアルヴェラへと視線を向ける。
この人間はかなり気に入られている、というのが率直な感想だった。
少し言葉を交わしただけだが、邪族に対する偏見もなく、今の立場に不満を漏らすわけでもなく、自分の立ち位置も理解している。
踏み込むべきではない処も弁え、当然のように振る舞う。
多くの邪族が見てきた人間とは違うと、ラディスも感じていた。
カシュガルとラグーザに気に入られるのだから、当然ではあるのだが、目の当たりにするとさすがに驚くことばかりである。
ラディスは先程まで、この仕事を回された事に対し、疑念や不満を抱いていた。
だが、アルヴェラと言葉を交わし、カシュガルとラグーザのやり取りを見て、それもある程度は解消された。
そうさせる何かが、この人間には確かにある。
それだけは確信をもって言えた。
自分がそんな風に思われているとは知らず、アルヴェラは広間の外へと出られることに高揚していた。
ラ「何を求めてるのか、もっと察してやれよ」
カ「何故人間のことなど……」
ラ「人間じゃなくて、アルのことだけでいいさ」
カ「簡単に解るようならこんなことにはなっていない」
ラ「アルは解りやすいぞ。ちゃんと見てやれよ」
カ「……どうしてお前がなつかれるんだ」
ラ「取っ付きやすさとかじゃないか?」
邪王は拗ねているようです。




