第三十一話 ~精霊と魔力と魔術~
目を開けると、まだ見慣れないながらも、見たことのある天井がそこにあった。
金髪の男の人が戻って来たのに驚いたら、目が覚めた。
あれが夢ならそういうオチで片付けたことだろう。
体を起こすと、ベッドの側に立つ人影に気付く。
「大丈夫か?マスター」
心配そうに声を掛けて来たアモイに、アルヴェラは首を傾げた。
「大丈夫だけど?」
「いや、最後……慌てて転移した上に意識も無理に戻したんだ。
同調も初めてなのに、結構長い時間してただろ?
負担が掛かっちまったかと思ってな……」
そう言われたので、改めてアルヴェラは自分の体調を確認する。
「シリアス展開に気疲れしたのが『そう』じゃなきゃ問題ないよ」
「まあ……意識だけで喋ってりゃ、気疲れもするだろ」
体は一切動かしていないが、脳は疲れそうだ。
「ところで、何で急に戻ったの?」
「……あいつの目がヤバかったから、つい」
「そんなヤバい目、してた?」
気付かなかったが、とアルヴェラは小首を傾げる。
「まあ、ちょうど話も終わってたし、いいだろ?」
「うん、それは……まあ」
釈然としないが、目的は果たされたので良しとしよう。
「まだ、カシュガル達は来ないみたいだし……。
精霊と契約のこと、もっとちゃんと教えてくれる?
何ができて、何が出来ないかも、ちゃんと知っておきたい」
「了解、マスター」
「……やっぱり名前では呼んでくれないんだね」
何がそこまで気に入ったのだろうと、アルヴェラは苦笑する。
「主って呼ばれることに、大体の魔術師は喜ぶもんだぜ?」
「元々、私、魔術師じゃないし」
「そういやそうか。じゃあ、アル、でいいか?」
「はい」
嬉しそうに返事をするアルヴェラに、今度はアモイが苦笑する。
「様付けとか敬語とか、気にする奴も多いってのにこの主殿は……」
「ほらほら、早く聞かせてよ」
それはそれは楽しみにしている様子で、アルヴェラはアモイを見詰めていた。
「アルの知識と差異はないぜ?」
「へ?」
「小説とか漫画とかゲームとか、そういうので知ってる精霊と一緒だ」
何とも夢のない話に、アルヴェラはがっかりする。
「精霊ってのはこの世の様々なものに宿る実体のない存在だ。
魔力が一ヶ所に溜まって、意思が宿ることで誕生する。
その場所の力の性質と、宿る意思によって属性が変わる。
意思と力が強ければ上位精霊に、時には大精霊にもなる」
「魔力って、自然に漂ってるものなの?」
そもそも縁のない魔力についてから聞いた方が良いかと、アルヴェラは質問を変える。
「ああ。元は大地に宿ってるものだ。
地表から溢れ出て、ありとあらゆる場所に漂う。
濃い薄いはあるが、どこにでもあるぜ。
空気と一緒だな」
大地に宿ると聞き、アルヴェラは床─地面を見詰める。
「大地……ってことは、私達の世界にもあるの?」
「なかったら、俺とも契約出来てねぇし、そもそもここにいねぇだろうな」
「……そっか」
そこに住む人間達が気付かないだけで、魔力はある。
ただそれだけなのだが、アルヴェラは何故だかとても嬉しかった。
物語やゲームの中でしか存在しないと思っていたものが、実は身近にあったのだと。
「アモイは他の精霊とは違うんだよね?」
「ああ。俺は元人間だ」
とんでもない発言に、アルヴェラは固まる。
「時の精霊は代々、魔力の高い魔術師から選定される。
人間としての肉体と寿命を犠牲にして、な。
代わりに特別な力と膨大な知識と魔力を授かるんだ。
そして、神に仕え、任務を行使する。
強制はされねぇけど、辞退すると二度となれねぇ」
「時の精霊の主と同じかそれ以上の選定条件がありそうだね」
「まあな」
肩を竦めるアモイに、アルヴェラは少し間を開けてから口を開く。
「すごいな……。そんな決断、私には無理だ」
「俺の場合は知識を貪欲に求めた結果だからなぁ」
「人生の全てを懸けられるものがあるんだから、やっぱりすごいよ」
「俺からすりゃ、アルの方がよっぽどすごいと思うぜ?」
そう言って苦笑するアモイだが、アルヴェラには何の事だか解らない。
きょとんと首を傾げる彼女の頭を、アモイは乱雑に撫でる。
「わっ⁉︎ちょ……」
「他人から見えるすごいところなんざ、自分じゃ解んねぇもんだよ」
「うー、頭ボサボサ……。
そもそも、何で触れるの?精霊なのに」
ロンシャンが抱き付こうとして転んだのを見ているので、アルヴェラは理不尽だと口を尖らせる。
「魔力による物理干渉だよ。
ま、ちょっとコツがいるけどな」
「むう……?」
しばらくアルヴェラは無言でアモイを見詰める。
何かまだ文句でも言いたいのかとアモイは後退りした。
「……それで、私達の契約についてだけど」
至って普通に話を戻され、アモイも気が抜ける。
「あ、ああ」
「精霊なんて見るのすら初めてだけど、どうすればいいの?」
「どうもしないさ。
魂が繋がり、契約した精霊を使役できる。
これは俺も普通の精霊も同じだ」
使役する、というのが魔術を使うということなのだろうとアルヴェラは考えたが、それだけではないだろうと更に尋ねる。
「魔力と魔術と精霊の関係みたいなのってどういうもの?」
「魔術は魔力を使って行う、一種の儀式だな。
精霊は基本的に魔力を補う為の存在だ。
術の発動に足る魔力がありゃ、精霊契約は必須じゃねぇよ」
アモイはそのまま魔術と魔力について説明を続けた。
魔力は使えば使うほど身に宿るものなので、初心者は精霊契約である程度の底上げをする。
使える術の幅が広がり、魔力を鍛えるのにも効率が上がるからだ。
ただし、人によって増える魔力にも制限がある。
そこは「器」の問題なので、どうにもならない。
また、限界に達した状態で精霊と契約しても魔力は増えず、意味がない。
才能によって歴然とした差が付くのが魔力なのだ。
どれくらいの魔力を身に付けられるかは、おおよそでしか解らない。
しかも、それが解るのは上位の、一握りの魔術師くらいである。
魔力の増え方も人それぞれで、早熟型だったり晩成型だったり、様々な為、思いも寄らぬところから天才が現れることもある。
もうひとつ、魔力の「器」はある程度だが遺伝もする。
魔術師の名門と呼ばれる家系があるくらいだ。
だが、ある程度の魔力があれば、あとは工夫次第でいくらでも強力な術は使えるし、作ることも出来る。
魔術とは想像力と魔力量で、効果も威力も自在に操れるのだ。
どちらも兼ね備えるのが、いわゆる天才というものである。
アルヴェラはその説明を真剣に聞いていた。
この世界で新しく覚えることは、出来るだけ基礎知識からしっかり学びたい。
そんな確固たる意思があった。
「想像力と魔力量……」
「んじゃ、次は魔術についてもう少し掘り下げるか」
「はい!お願いします!」
既にアモイのことを講師として崇めているアルヴェラは、すっかり自分の精霊だということを忘れている。
そんな様子に苦笑しながらも、アモイは求められていることが嬉しかった。
そして、魔術について更に話を続ける。
魔術には三種類あると言われている。
ひとつは精霊を行使する、精霊魔術。
ひとつは詠唱によって儀式を完遂する、詠唱魔術。
ひとつは神の力を借り受ける、古代魔術。
先の説明の通り、精霊魔術は精霊と契約し、命令することで発動させる。
欠点としては、契約する精霊の属性によって、出来ることと出来ないことがある。
火の精霊は攻撃は得意だが、治癒は出来ない。
水の精霊は治癒は得意だが、攻撃は苦手な為、威力が落ちる。
風の精霊は攻撃も治癒も可能だが、どちらも威力は低い。
土の精霊は結界は強固だが、治癒が出来ず攻撃の威力も低い。
ただ、上位の精霊になるとある程度の欠点を補うことも可能だ。
また、契約する精霊の個性によっても変わってくる。
精霊魔術は低級の魔術だと侮ることはできないのだ。
詠唱魔術は呪文を唱えることで、言葉に魔力を与え、具現化し、発動する。
ただ言葉に魔力を込めるだけではなく、想像力によって効果をはっきりと思い描く必要があった。
それさえ出来れば、効果は自由自在で、魔力量による威力の調整も可能である。
精霊を使わない為、完全に自分の力量によって術の効果と威力が左右される。
魔術師の質はこの魔術をどう扱えるかで決まると言っても良い。
また、単純な術であれば無詠唱での発動も可能な場合がある。
思い描く力が強ければ、言葉での補助は必要ない。
詠唱が不要な為、発動も早い。
使い慣れた術は無詠唱で発動できるように練習するのが良いだろう。
詠唱魔術の制限は、発動させるに足る魔力があるということ。
そして、いくら想像できても、現実に起こり得ない事象は発動しない。
死んだ人間を生き返らせたり、失った肉体を再生させたり、時を操るなどがそれにあたる。
なお、時を操るのは時の精霊なら可能だが、厳密に言うと魔術ではない。
最後に古代魔術だが、これは扱える術者も少なく、文献も残っていないことが多く、詳細は不明だ。
古に存在した神の力を大地から引き出し、絶大な威力の術を操れるのだという。
古代魔術だけは、さすがのアモイも解らないらしい。
人間時代にも習得できなかったとのこと。
「聞いた限りだと、大地に眠る神の力を使うから、自分の魔力以上の威力を出せる感じ?」
「たぶんな。
どうすれば使えるのかも解らねぇし……。
昔から情報の少ない魔術なんだ」
あまりに文献がなさすぎふこともあり、幻の魔術とまで言われているようだ。
「そうそう、詠唱魔術にふくまれるんだが、邪術ってのもある。
邪族が扱える、邪気ってのを含んだ術がこう呼ばれるな」
「何か違いがあるの?」
「魔力以外の力が含まれるから、威力が桁違いってことくらいか」
「属性攻撃みたいなものかな」
「そんぐらいの解釈で大丈夫だな」
一息ついたところで、アルヴェラは思案する。
質問したいが、たくさんありすぎて困っているのだ。
「……アモイに命令して何かしてもらうのは精霊魔術に入る?」
「俺は特別だから入らねぇな。
俺との契約は魔術を行使するためのものじゃねぇし」
契約によって魔力が高まるのは他と同じだし、契約による魂の繋がりもあるが、根本の契約内容が違った。
「なるほど。うーん……他の質問は一旦いいかな。
習い始めてから都度聞けば良さそう」
そうだ、とアルヴェラは思い出したように顔を上げる。
「さっき、ロンシャン達に話した私の推論、アモイ的にはどう?」
「どう、って言われてもなぁ……」
「あ、答えられないならそれでいいんだけど」
理を正すという契約とは別の使命がある以上、そこに触れることには答えられないこともあるだろうと、アルヴェラは割り切っていた。
「だから、何でそう、当たり前のように……」
「?何か違ってたりおかしかったら言ってね?」
「むしろその通りだよ。答えられねぇ」
「あ、やっぱり。うん、解った」
アルヴェラにとっては、アモイが答えられない、ということが答えだった。
今回の召喚には アイユーヴ以外の、高位の存在の干渉がある。
それが解っただけでも十分な収穫だった。
「……理不尽だとか、思わねぇのか?」
「私の中で納得できないってわけじゃないし。
今話せないなら、まだその段階に行くには早すぎるんだろうし」
物事には順序がある。
やるべきこと、やらなければいけないこと、この中には順番にこなさなければいけないことも多い。
順序を間違えれば手痛い目に遭うかもしれないのだから、無理を通すことはしない。
「参ったな。完璧だよ、マスター」
「え?何が?
いまだに何も出来てない人間のどこがどう完璧なの⁉︎」
むしろもっと知識を吸収したいくらいだと慌てるアルヴェラに、アモイは笑った。
そして、契約したのがアルヴェラとで良かったと、改めて感じたのだった。
アモ「アルをマスターに選んで良かったよ」
アル「ありがとう?」
アモ「俺が人間だったら確実に惚れてたな!」
アル「そ、そう?ってか、精霊だとそういう感情ってなくなるもの?」
アモ「ああ。基本的に感情は消える……んだが……」
アル「が??」
アモ「……いや、気のせいだな、うん」
アル「???」
彼がこの違和感をはっきりと自覚するのはもう少し後の話である。




