第三十話 ~選ぶ道~
この世界に来て、何度目かになる重要な選択に、ロンシャンは深く息を吐く。
文字通り、命が懸かった選択になる。
慎重になるのは当たり前だった。
とはいえ、実のところ、答はもう決まっている。
それを、口にする勇気がないだけだった。
アルヴェラは三人ともに選択権を与えているが、実際にはロンシャンの答が、全員の総意になる。
放送局の皆は、局長の決定には逆らわない。
逆らえない、のではなく、逆らわない、のだ。
勿論、彼女が間違わないわけではない。
それでも、全幅の信頼を寄せる存在、それが局長──宮木郁恵だった。
何が皆をそうさせているのか、本人には解らない。
何か特別なことをしているわけではない。
どうしてこうなったのか、彼女自身が知りたいくらいだった。
おかげで、重い決断も下さなければならないし、責任や重圧もかなりのものだ。
だが、独りではない。
それが、何よりの救いだった。
決断の後に、それを成す為の苦しい過程も、共に歩んでくれる仲間がいるからこそ頑張れる。
だから──
「さみ一人だけ残すとか、あり得ないから」
ロンシャンは、沈黙を破った。
その答えを解っていたのか、アルヴェラの表情は動かない。
「……ありがとう、郁さん」
「乗り掛かった船だものね。最後まで、付き合うよ」
「先輩ならそう言うと思いました……」
「ちゃんと出来るか不安だけど……」
セラヴィーンとマーシアも、半ば呆れ顔でロンシャンの選択を受け入れる。
「でも、あんま時間掛けてらんないよね?
あっちじゃ、あたしら行方不明者じゃん?」
「そこは大丈夫だよ。あっちの時間、止まってるから」
さらりと問題発言するアルヴェラに、ロンシャンは眉をひそめる。
「は?」
「アモイは時の精霊。時間を操れるんだよ。
理を乱す行為に関係していれば、特別に使用が許可されてるみたい」
同調したときに垣間見たアモイの記憶から、アルヴェラは状況を伝えた。
「事後処理が面倒ってのはあるみたいだけど……。
今、地球の時は止まってる。
そういう意味では時間の心配はしなくていいかな」
とんでも能力もここまで来ると恐ろしいものだ。
アルヴェラが直接力を持っている訳ではないにしろ、彼女の意のままなのだから。
さすがに、制限も多いだろうが、使えるところでは使う。
「つまり……一日かそこらで何とかする必要はない?」
「こんな大事件、一日二日で何とかなったら奇跡でしょ」
「そっか……そう、だよね」
追い詰められていた状況に思えていたロンシャンは、何だか気が抜けてしまった。
「さて、じゃあ改めて私の推測を話そうか」
「あ、うん」
召喚は四人が限度のはずなのに、八人も召喚された。
それが、事故ではなく意図的なものであるようにアルヴェラは言った。
その理由である。
「召喚側は八人も喚ぶ力はない。
でも、私達は最初から八人いたよね?
あの暗闇の空間に迷い込んだ時、すでに召喚の術は発動してた」
「確かに……おかしなことが起きた時には、八人いたけど……」
事故で巻き込まれた、と考えれば不思議ではないとロンシャンは首を傾げる。
「世界を越える召喚なんて、どれくらいの力が必要か……。
それが十分どころか不足してるのに、事故で倍の人数になるわけないよ」
「で、でも、術が暴走したとか……それに、妨害もあったんだし。
妨害した側の力が合わさって、って、可能性も」
「ないね」
あっさりと否定されてしまう。
「妨害が入ったのはあの空間に移動した『後』だもの。
既に、世界間移動は完了してたと思って良い。
あの空間からなら、そんなに力を使わず移動させられると思う」
「じゃあ、どういうこと……?」
アルヴェラは、徐に空を見上げた。
何かがいるわけでも、何かを見付けたわけでもない。
だが、そこに何かが「居る」かのように、アルヴェラは睨み付ける。
「何者かが、八人の召喚を成功させた。
不足分の力を補ったのか、元から八人分の力で召喚したか。
どちらにせよ、その何者かの意思によって、私達はこの世界に召喚された」
セラヴィーンは青褪める。
この期に及んで、まだ黒幕か何かがいるのだろうかと。
「だから、私達には全員、この世界での役目があると思ってる。
八人じゃないといけなかった理由が、あるんだよ、きっと」
「なら……その、何者かも……敵で、倒さなきゃいけない?」
不安げに呟くロンシャンに、アルヴェラは目を丸くする。
「……ロンシャンはこっち来て随分と好戦的になったね?」
「今の状況で、戦う以外の目的があるとは思えないよ」
「召喚者は、私達が戦えるとは思ってないんじゃないかな。
私達に望むのは、戦いじゃないと思う」
アルヴェラの推論が理解できず、ロンシャンは困り果てる。
それに気付いたアルヴェラは苦笑してしまった。
不確かな情報のみで話を進めるべきではなかったと。
「最後の方は気にしないでいいよ。
私も確証があるわけじゃないし。
ただ、私達は間違いなく、八人が召喚された。
それだけは、覚えておいてね」
四人の召喚に、後の四人が巻き込まれたのではない。
全員に役割があってここにいる。
それだけでも、胸にしまっておいてほしかった。
「そして、私達は自ら戦う道を選んだ。
これから、辛いことも苦しいこともたくさんあると思う。
そんな時は、戦う目的を思い出してほしい。
ロンシャンが選んだ、とかじゃなくてね。
自分が、今ここにいる理由。
私達が、ロンシャンの選択を受け入れた理由。
それは……必ず、私達自身の力になるから。
忘れないで」
邪鬼を目の当たりにしたことで、戦うことへの恐怖が生まれた。
生半可な覚悟では対峙できない。
これを乗り越えなければ、前には進めない。
だからこそ、今、アルヴェラは伝えておきたかった。
「無理をしろと言ってるわけじゃないよ?
どうしても動けないとか、窮地に立たされた時、
何もできないのは……怖いし、嫌だもの。
悔いを残さない為に、出来ることをやろう。
誰もが初めての経験だし、解らない出来ないは当たり前。
そこに、どう立ち向かうかが、大切だと思う」
そう簡単ではないことは、アルヴェラ自身もよく解っている。
ただ、恐怖に負けて立ち向かうことすらせずに諦めてほしくない。
その言葉に、マーシアは俯いた。
「大丈夫。私達は独りじゃないから。
それに、今のうちは慎重なくらいで良いと思う。
まだまともに戦えないのに、無謀な戦いに挑むのは危険だからね」
「……ずっと、このままだったら──」
自分が戦えるようになるビジョンが見えない。
マーシアは泣きそうな顔をアルヴェラに向ける。
「元々、戦うことには期待されてないもの。
どうしても駄目なら、仲間が助けてくれるよ。
だから、マーシアはそれ以外のところで仲間を助ければ良い」
「もし……孤立しちゃって戦うことになったら……」
どこまでもネガティブな発言に、アルヴェラは根気よく答えていく。
「その時は逃げることだけ考えたら良いよ。
無事に仲間と合流するにはどうすれば良いか。
最低限、身を守る術は教わってるでしょう?
それを駆使して、ひたすら逃げる!」
「で、でも、逃げたら別の人が襲われるかも……」
「その考えは立派だけど、自分が死んだら意味がないよ。
出来ることは何かを、考えないと。
ああなったら、こうなったら、って考えるのは良いことだよ。
色んな道が見えてくる。
そこから、自分が出来ることを選べば良いんだ」
自分の力量以上のことを、信念からやろうとするのは危険すぎる。
無理だと尻込みする方が、生存率が上がるのは道理である。
「まあ、まだ自分の実力も解らないと思うから……。
一度は無理してみないと駄目かもだけど。
無理だと思ったことも、案外できちゃったりするからね」
やったこともないのだから、怖いのも足踏みするのも仕方がない。
最初の一歩はどうしても必要になる。
ならば、それは万全の状態で迎えるべきだった。
仲間がいて、助け合える存在があるうちに、自分がどこまでできるのかを把握する。
「最初は師の判断を基準にするといいんじゃないかな。
師というのは、出来ないことをやれとは言わないよ。
出来ると確信しているから、やらせるんだ。
その人が駄目だと言えば、それは出来ないこと。
少なくとも、その人の中では、ね」
「うーん……」
言いたいことは伝わっているようだが、マーシアはまだ納得していない。
これは今すぐにどうにかするのが難しそうなので、アルヴェラは一旦そこで切り上げることにした。
「心配しなくても『その時』は来ちゃうから。
怖いとか思うより先に、体が動くと思う」
アルヴェラは優しげな笑みを浮かべる。
これにはロンシャンも驚いた。
アルヴェラは普段から感情を表に出さない。
表面上は笑ったり困ったりといったように見せるが、本来の感情がこもったものではなかった。
感情的な行動を取らないようにしているのだと、以前聞いていたので、ロンシャンは余計に驚いたのだ。
「そんな風に笑うなんて、珍しいじゃない」
「っ⁉︎」
ハッとしたアルヴェラから笑みはすぐに消えた。
意識だけここにいるせいで、感情がそのまま表に出てくるのだと推測し、慌てた様子で取り繕う。
「と、とにかく!それぞれ、やるべきことをやろう。
私はアルヴェラって名で、もう少しリヴォニアにいるから」
「アモイって精霊は大丈夫だって言ってたけど……ホント?」
「うん。今まさに、待遇改善の話し合いしてくれてるし」
自由に動けるまで諦めないと苦笑する。
「さて、そろそろ邪鬼も全滅したかな。
私も戻らないと」
あまりにも自然にこの場にいるので、アルヴェラがこのまま残るのではと錯覚してしまう。
「ちゃんと会えるまで、無事でいなさいよ?」
「何か変な別れ文句だね。でも……うん、解ったよ」
どこか嬉しそうに笑ったアルヴェラは、幼く見えた。
その時、邪鬼を討伐し終えたリューベックが城壁の上に戻って来て、それを目撃した。
アルヴェラとは面識のないリューベックだったが、ロンシャン達が着ていた服と同じものを着ていたので、すぐに彼女が何者かを理解する。
だが、彼女の笑顔に、問い質す言葉が出せない。
リューベックに驚いたアルヴェラから、笑顔が消えると同時に、彼女の姿も光に包まれた。
「っ……おい⁉︎」
「あ、リューさん、おかえりなさい」
「お前ら…何故ここにいる⁉︎危険だろう!」
ずっと城内にいると思っていたリューベックは慌てた様子で事情を尋ねる。
その後、簡単に許可を出した双子の魔術師が長々と説教されたのは言うまでもない。
セ「何か、今日明日は休めって言われた」
マ「いいなぁ。私も休みたいぃ」
ロ「じゃあ、マーシアのところで一緒にやれば?」
セ「それもいいですねぇ。暇だし」
マ「でも、休んでる暇なんかないって言ってたのにどうしたのかな」
説教を受けた双子がさらに罰も受けていたことを彼女達は知らない。




