第二十九話 ~邪鬼~
アイユーヴ城の城壁の上から、リューベックは黙視で「敵」を確認した。
森に囲まれている城は、其処彼処から唸り声が聴こえ、まるでそれに包まれているような錯覚に陥る。
それからも、かなりの量の「敵」がいることが推測された。
「こうなるまで気付かないはずが……!」
憎々しげに、リューベックは吐き捨てる。
ここまで誰も気付かないなど、逆に不自然なのだ。
城壁には見張りも居り、「敵」を視認することもできる。
現に、今は皆「敵」を認識し、迎撃体制にあるのだから。
この襲撃はおかしい。
だが、それ以上の推測はできない。
まずは、退ける事が先決だった。
「弓兵、術士はこの場から可能な限り数を減らせ!」
「お前、相変わらずだな……」
慌てて指示を出すリューベックに、呆れた様子で話し掛ける青年は、白銀の鎧を身に付けた騎士だった。
城壁の上は風が強く、肩布がそれを受けてたなびいている。
髪の色は明るい茶色で肩に付く程の長さ、瞳の色はリューベックと同じ碧色だった。
「カール……」
「傭兵が一国の兵や術士、騎士に命令するのか?」
「っ……これは、その……」
言われて我に返り、リューベックは慌てた様子で返す言葉を探す。
「くっくっくっ……冗談だ。お前のことは皆が認めてる。
傭兵だが、アイユーヴでの地位は騎士相当と思っていいさ」
「それもどうなんだ……」
「近衛は女王の護衛に回した。殲滅は俺達の仕事だぞ」
カールと呼ばれた青年は手にした槍をリューベックに見せると、ウインクをした。
それに溜め息をもらし、リューベックは剣を抜く。
「おいおい、お前は残れよ。護衛対象がいるだろう?」
「女王の元へ避難させれば、護衛の手を割かずに済む」
「……そうやって、逃げるのか?」
「逃げてなどいない。俺が出た方が早く終わる。それだけだ」
直接的に守るわけではないが、邪鬼を倒すことで結果的に安全を勝ち取るのだから、これも護衛の仕事だと言える。
リューベックの理論は少々強引ではあるが、解らなくもない。
「では、行こうか、傭兵殿」
「せいぜい、怪我しないようにな、騎士様」
互いに声を掛け合うと、二人は城壁の上から飛び降りた。
問題なく着地し、目の前に飛び出してきたそれをリューベックが斬り捨てる。
腰の高さくらいまでの身長に、体毛のない肌──。
長く尖っている耳と、吊り上がった白目のない真っ赤な瞳──。
手足には鋭い爪が伸び、背中を丸めている──。
人型ではありそうだが、人間ではないそれは、邪鬼と呼ばれていた。
そして、この人型以外にも、狼のような獣型から、蜘蛛のような虫型まで、多種多様な形をしている。
共通しているのは色とその目的である。
色は褐色か真っ黒──。
形は違えども、色は必ずどちらかの色をしていた。
もう一つの共通項、それは人間を襲うということだった。
邪鬼は人間を襲い、殺し、喰う。
ただ、何故喰うのかは未だに解明されていない。
人間を食べたところで、邪鬼に力を与えるということもない。
そもそも、邪鬼は生物とは違う括りで定義されている。
どちらかというと、精霊に近く、その違いは肉体があり、物理的な接触が可能であるということ。
だが、致命傷を与えると、塵となって消えてしまう。
今でさえ、謎の多い存在なのだ。
そんな邪鬼の群れに、リューベックと騎士は斬り込んでいく。
ある程度の硬さはあるが、基本的に一撃で倒せるものらしい。
リューベックは斬り下ろしと返す剣で二体葬ると、グッと腕を引き、横一閃に凪ぎ払う。
剣の届かない距離にいる邪鬼も、時間差で倒れた。
よく見ると、リューベックが剣を振るうと、その度に斬撃が飛び、奥の邪鬼も巻き込んで倒しているようだ。
「俺も、負けていられないな」
「カールスヴァート様!援軍はいかが致しましょう?」
「必要ない……!」
騎士の名はカールスヴァートというらしい。
彼は城壁の上から声を掛けた兵に一言だけ返すと、槍を構え大きく踏み込み、正面の邪鬼を数体突き刺した。
それが完全に塵となる前に、木の上から飛び降りてきた邪鬼を斬り上げる。
さらにそのまま斜めに斬り下ろし、槍のリーチを活かして敵を凪ぎ払っていく。
前へ前へと踏み出すスタイルの為、しばらくすると、体勢を立て直す意味も含めて、後方宙返りをすることもあった。
しかも、その状態でも槍を邪鬼に当てることを忘れない。
やがて、邪鬼の数が目に見えて減ってくると、二人は背中合わせに立つ。
「どっちが早く裏門まで辿り着くか、競争するか?」
「真面目にやれ!」
「解った解った……。じゃあ、後でな」
二人はそれぞれの方向へと駆け出す。
城は囲まれているのだ。
今二人が掃討したのは正門側であり、まだまだ邪鬼は残っている。
二手に別れ、城の裏手で落ち合う。
それまでに遭遇した邪鬼を倒していけば良い。
互いに声に出さずとも、二人は同じ結論に辿り着いていた。
二人が別れた直後、城壁の上ではアモイに連れて来られたロンシャン達が唖然としていた。
邪鬼を初めて見たこともそうだが、リューベックとカールスヴァートの戦いぶりに驚いるようだ。
「……あれくらい、普通だろ」
というか、普通だと言えるようになってもらわないと困る。
「こっちは何から何まで初めてなの!」
「邪王は……あれより全然強いんだよね……?」
出鱈目な強さに八つ当たり気味のセラヴィーンと、不安そうなマーシアに、ロンシャンも声を掛けられずにいる。
自分も、彼らの強さには開いた口が塞がらない状態だ。
自分達が召喚された意味すら疑問に思っても不思議ではない。
「まあ、何だ……。あれが、邪鬼だ」
「あれって何なの?」
「一言で表すと、人を襲う化け物、だな」
「何で……襲うんですか?」
動物の場合は、人間が襲われる理由がある。
縄張りに侵入した場合や、食料と見られてるなど、何かしらの理由が。
だが、邪鬼には理由がない。
襲った人間を喰っているが、栄養を求めているわけではない。
「さあな。こればかりは神ですら解らねぇんだとよ。
いつから現れるようになったのかも、その目的も、な」
「……怖い、怖いよ……。あんなのと、戦うの……?」
マーシアは、ずっと武器を持つということに抵抗を感じていた。
傷付くのも、傷付けられるのも、どちらも怖くて、武器を持つ手はいつも震えている。
どうして、自分は剣なのだろうと、魔術を習うセラヴィーンに嫉妬すらした。
「戦う為には理由がいるもんだ。
あちらさんになくても、自分は持っておくべきだな」
「戦う、理由……」
邪鬼の消えた森を見詰め、マーシアは苦しそうな表情を浮かべる。
「ちょっと!あんまうちの後輩いじめないでくれる⁉︎」
「誰がいついじめたんだよ⁉︎」
心外だと、ロンシャンに抗議したアモイは、同調しているアルヴェラに笑われた。
──アモイ、私の言葉、伝えてくれる?
──それなら、自分で伝えた方が早いだろ。
──え?
──意識を同調させてるんだ。お前に「渡す」から話せよ。
どうやら、アモイを通して会話も可能なようだ。
ただ、アモイの姿のまま話しても、自分の言葉だと通じるだろうか。
──意識がそっち寄りになるから、見た目も変わるぞ?
──マジですか。精霊ってどうなってんの……。
こういう時には便利だが、まだまだ納得するには知識が足りなさ過ぎた。
ひとまず、いきなりアモイがアルヴェラの姿に変わるのも驚かせるので、一言断りを入れてもらった。
「主殿が、お前らに言っておきたいことがあるってよ」
「え?さみが?」
「今から同調してる主殿と『変わる』から驚くなよ」
「は?何て⁉︎」
全く解らない説明をされ、混乱するロンシャンの前で、アモイは光に包まれる。
眩しくはないが、アモイの姿が輪郭でしか解らない。
その光は色を変え、淡い青色となり、少し縮んだ。
アモイとは別の輪郭を形成したところで、光が弾ける。
そこには、ロンシャン達が見慣れている、黒いセーラー服を着た少女が立っていた。
「……さみ?」
呼ばれて、彼女は照れ臭そうに微笑んだ。
「すごく、久し振りな気がするね。今はロンシャン、だっけ」
ロンシャンは、足を引き摺るように、ふらふらと前に出る。
たったの一日か二日、それくらいしか経っていないはずなのに、とても懐かしい。
後輩を守って、引っ張って行かねばと気を張り続けていたのだろう。
その緊張の糸が、切れてしまった。
普段は見せない辛い表情を浮かべ、ロンシャンはそれでも笑おうとして、複雑な顔になる。
「頑張ったね、郁さん」
「っ……さみ……!」
堪らず、ロンシャンはアルヴェラに抱き付こうとした。
「あ」
止めようとしたアルヴェラの手は間に合わない。
ロンシャンはアルヴェラの体をすり抜けて、勢いそのままでドシャアと倒れた。
一瞬の静寂。
倒れたロンシャンが、ふるふると震えながら体を起こす。
「何なのよ!」
「私は今、アモイの意識を借りてるだけだから……。
つまりは、肉体のない精霊の体な訳で」
触れることは出来ないだろうとアルヴェラは肩を竦めて見せる。
「そういうことは最初に言いなさいよ!」
「さっきまでアモイだったものが私になったら大体解るよぉ」
「解るか!」
放送室でよく見掛ける、二人の掛け合いにセラヴィーンとマーシアは吹き出した。
まるで、放送室の日常が戻ってきたかのように思えたのだ。
この世界に来て、腹を抱えて笑ったのは初めてだった。
先輩達と一緒で良かった。
一人だったら、心細くて何も出来なかっただろう。
「二人とも、笑い過ぎ」
「だって、先輩達、緊張感無さすぎ!あっはははは!」
「りおん、そんな笑っちゃ……ふふ、失礼だよ。ふふふふ」
セラヴィーンとマーシアも大丈夫だと、アルヴェラは安堵した。
どういう形であれ、笑う心の余裕がある。
「……ええと、それで、何か言いたいことがあるって?」
気を取り直して立ち上がったロンシャンに、アルヴェラはこくりと頷いた。
「皆のことは、私が必ず地球に還す。
だから、というのは卑怯だけど……。
一緒に戦って欲しいんだ」
選択権を取り戻したロンシャン達は、どうすべきか迷っていた。
そこに、アルヴェラのこの発言である。
少し、驚いた。
彼女ならば、親しい者達が戦いに向かうのを、むしろ止めたいのではと思っていたのだ。
なので、一人で残って頑張る、という選択肢に向かうと考えていた。
だが、実際はここに引き留め、共闘を持ち掛けている。
「考えを聞いても?」
乞われたのなら、残っても良い。
だが、理由ははっきりさせておきたかった。
「私一人では、解決できないんだ。
みんながそれぞれ、役目を持ってここにいる。
少なくとも私はそう考えているの。
だから、全員で事に当たりたい」
そう来たか、とロンシャンは苦笑する。
八人全員がここに来た理由として、アルヴェラは「意味のあるもの」を求めているのかもしれない。
何しろ、彼女は情報を制限されていたのだから「知らない」のだ。
「さみ、あたしらはね、本当は四人のはずだったんだって。
召喚できる人数が、それくらいが限界らしくて。
だから今は、関係なかったはずの四人が混ざってる状況なの」
その言葉に、アルヴェラは少しだけ思慮する。
やがて落とした視線を戻すと、首を振った。
「私達は、間違いなく八人が喚ばれた。
この国の人がそのつもりじゃなかったとしても、ね」
「へ?」
「この先は、残って戦う道を選んだら話そう。
還るなら、深入りしない方がいいもの」
狡い、とは思ったが、話だけ聞いてさようなら、は確かに無責任かもしれない。
どちらかというと、判断材料として聞いておきたかったが、聞けば恐らく残る選択肢を選ばざるを得ないのだろう。
聞いてしまった後で、後ろ髪引かれつつ還ることになるなら、聞かない方が良い。
いまだ邪鬼との戦闘の喧騒が続く中で、ロンシャンはまたしても決断を迫られていたのだった。
アル「ところで何で制服?」
アモ「俺はその辺制御してないぜ?」
アル「……つまり、私の意識が自分でこの姿を選んだと」
アモ「そうなるな」
アル「……自分が悲しい」
真剣に悩む人の前でこんなやり取りがされてることを誰も知らない。




