第二十八話 ~初めての同調~
「お前の処遇について再検討する。
結論が出るまではここから出るな」
そう言って、カシュガルは玉座の間へと戻って行った。
ラグーザとも相談するらしく、アルヴェラは寝室に一人残される。
当然ながらすることもなく、アルヴェラは寝台を転がるばかりだった。
しばらくしてから、思い出したように体を起こす。
アモイはどうなったのだろうと。
事情の説明をするよう伝えたが、その後どうなったか連絡はない。
アモイから声を掛けられた時は驚いたが、相手を頭に思い描いて心の中で呼び掛けたら、こちらの声も届いたらしい。
アモイ自身の力なのか、契約したものとの繋がりの一種なのかは解らない。
物は試しだと、アルヴェラは目を閉じて集中する。
──アモイ、そちらはどうなりましたか?
これで届かなければ随分と間抜けな図であるが、すぐに返答があったので、アルヴェラは安堵した。
──簡単に事情は説明したところだ。……が、ちょっとキナ臭くなってきてる。
また状況が変わったのだろうか。
アモイ側の状況が解らず、アルヴェラは気を揉むばかりだった。
──そうだ。同調してマスターもこっちの状況を一緒に見ようぜ。
どうやるのかは解らないが、何を言いたいのかは何となくのレベルで理解できる。
そして、アモイが提案するものなのだから、危険もないのだろう。
──同調……というのはどうすれば?
──まず、これやるとそっちで動けなくなる。だから、寝てる状態を作っておく方がいいぜ。
アモイ側の状況に集中するのだろうから、そこは疑問に思わない。
ふかふかのベッドに身を埋め、アルヴェラは準備よしと笑みを浮かべる。
──こっちは大丈夫。しばらく邪魔も入らないと思う。
──了解。んじゃ、こっちに意識を引っ張るからな。
──あ、それって最初の時みたく精神体を持ってくの?
──いや、そこまではしねぇよ。意識だけだ。
互いの意識を溶け込ませ、どちらかに寄せる。
そういった類のものだとアルヴェラは推測していた。
あながち間違ってはいないようだ。
──じゃあ、お願いします。
目を閉じて横たわっていたアルヴェラは、次の瞬間には何かに引っ張られているような感覚に囚われる。
体は動いていない。
だが、意識だけはジャンプした。
目は開けていないが、暗闇しかなかったそこに、景色が広がる。
自分の視界、というよりはテレビを見ている感覚に近かった。
アモイの目というカメラを通して、あちらの様子を見て見ている。
そういう意味では間違った表現ではなさそうだ。
──完了だぜ。どうだ?
──何か、不思議な感じ。
アモイと同調したことで、互いの状況が一瞬で把握できた。
まるで、自分が体験したことのように記憶に刻まれる。
郁恵達の無事な姿に思わずホッとした。
そして、アモイ曰く「キナ臭くなってきた」状況を理解する。
それは、アルヴェラが同調する数分前に遡る。
アモイの主人と目的を理解したロンシャンは、これからどうすべきか考え始めた。
敵対しているのがシャイレンドラという邪王のみで、他の邪王についてはアルヴェラが対策を取ってくれることを期待する。
少々危ういが、それを前提とした時、これから自分達が進むべき道はいずれが良いか。
だが、それを考えようにも邪王の強さが解らない。
目指すべき最終目標は見えているが、どうすればそこへ辿り着けるかが見当も付かないのだ。
その時、最終目標という単語に考えが止まる。
「えーと、アモイ……さん?」
呼び掛けられ、アモイは視線を向けた。
「あの……もしかして、あたしらを元の世界に還すことって……できます?
あ、勿論、あの子がそういう命令を貴方にするという前提で」
主の命令にしか従わないと言ったのを思い出し、慌てて付け加えておく。
その質問に、セラヴィーンとマーシアはハッとした。
思えば、還ることができないから戦う道を選んだのだ。
その前提が覆るのならば、こちらにも選択権が出てくる。
「……ああ、出来るぜ」
少しだけ答えるのを迷う素振りを見せたものの、やはり彼は出来ると答えた。
セラヴィーンとマーシアの表情がぱぁっと明るくなる。
八人のうちの誰かがとんでも能力を身に付けるなど、雲を掴むようなものだと思っていたのだが。
もし、それをやるのだとすればアルヴェラかグラディズだと思ってはいたが。
まさか、本当にこの難題をクリアしてしまうとは思わなかった。
「少し間があったったってことは、何か問題か条件が……?」
「お前らを送り還すことについては問題も条件もないさ。
……けど、主殿は別だ」
「主……あの子の、さみのこと……だっけ。
別って……いうのはどういう?」
アモイは少しだけロンシャンの事を評価していた。
彼女はこの理不尽な召喚の犠牲によって、選択権も与えられないままに戦う事を強いられている。
だがそれは、還ることができないから受け入れるしかなかっただけだ。
還ることができるようになった今、彼女はもたらされた理不尽に対しての憤りをぶつけても良い。
むしろ、多くの人間はそうするだろう。
実際、アモイが見て来た人間の大多数はそういう奴らだった。
だからこそ、ロンシャンがいまだ冷静に相対していることを「出来た人間」だと思った。
「俺の主である以上、この世界と無関係ではなくなったからな」
「!……そういうこと、ですか」
「この世界で精霊と契約したから……ですか?
それなら私だって契約しちゃってますけど……」
セラヴィーンが首を捻りながら会話に入って来る。
「セラ、それはこの人……じゃないや、精霊が特別だからだよ」
「『時の精霊』……でしたっけ。
確かに、私が契約した精霊とは全然違いますけど……」
普通の人間と変わらぬアモイは、むしろ精霊には見えなかった。
魔術を扱う為に、基礎として精霊の契約を行ったセラヴィーンでも、アモイが「違う」というのは理解できるようだ。
「ったりめぇだ!
理の大精霊をその辺の雑魚精霊なんかと一緒にすんじゃねぇよ」
「雑魚とは何よ⁉︎
私にも力を貸してくれるいい子達なのよ⁉︎」
それまで呆けていたコウライがセラヴィーンと口論を始める。
すると、ロンシャンとマーシアは「また始まった」とばかりに頭を抱えた。
どうやらこの二人の口論は日常茶飯事のようだ。
「理の大精霊は、ディヴァースの調和を保っていると言われているんだ。
世界を揺るがすような大きな事件が起きると、人間界に降りて来ると言われてる。
魔術師が残した歴史書に、時折その存在について書かれてるんだけど……。
詳しい事は何一つとして残されていないんだよ」
だから、魔術師の間でもその存在を認めるかどうかで意見が分かれるのだという。
こうして、目の前に存在することが知られれば、世の魔術師達が黙っていないだろう。
「時の精霊は主を選ぶ。
選定される人間が、歴史の表に出るような人間とは真逆な事が多いからな。
書物として残すような人間も、俺の代だと記憶にない。
契約するだけで、絶大な力が手に入るんだ。
こちらだって慎重にもなるさ」
故に、お伽噺や伝説のようにしか語られていなかった「時の精霊」が目の前にいる。
コウライとコウセイはある種の歴史的瞬間にいるのだと興奮気味のようだ。
「まぁ、そんなわけで、ディヴァースの理を守るお役目が、俺にはある。
つまりは今回の一連の事態の収拾、だな。
だから、お前らを送り還しても、主殿には残ってもらわないと困るってわけだ」
セラヴィーンは理解できたようだが、納得はしていないらしく、口を尖らせている。
そんな様子に苦笑し、アモイは成り行きを見守っていたリューベックへと視線を向けた。
「ところで、この城囲まれてるみてぇだが……大丈夫か?」
唐突な報告に、リューベックは目を見開く。
そんなバカなと振り向き、遠くの気配を探り始めた。
「くそ!嘘だろ……!」
「え?え⁉︎」
「全員、持ち場に戻れ!邪鬼が来るぞ!」
アイユーヴ城は、彼らの知らない間に、囲まれていた。
「邪鬼」というこの世界に来て初めて聞く単語に、ロンシャン達は戸惑うばかりである。
「……おい、まさか『邪鬼』の説明も受けてねぇのかよ?」
「今、初めて聞きました」
「主殿は自分で情報を遮断してるからしゃあねぇが、お前らは違うだろ……」
ロンシャン達を指導しているだろう男達を順に見やるが、今はそれどころではなさそうだ。
どうしたものかと考えているうちに、アルヴェラから声がかかった。
正直なところ、まだ精霊と魔術について何も教えていないので、こちらから声を掛けた時ですら、よく返答があったものだと驚いていた。
しかし、あの主はとことんアモイの期待を良い意味で裏切ってくれる。
まさか、やり方も原理も何も教えていない主側から声が掛かるなどとは思わなかった。
ここまでが、同調する以前の話である。
──そんなに驚かなくても……。
──だってよ!説明もなしにこんだけやってのけたんだぜ?
──出来るかな、くらいの考えで、確証があったわけじゃ……。
──それでも、だよ!
少々興奮気味のアモイは無視し、改めて状況を確認する。
この城は人間界にあるアイユーヴという国の城らしい。
今回の召喚の首謀者で、郁恵──ロンシャン達が喚ばれた場所だった。
安全が確保されていたと思われるこの場所に、敵襲の報がもたらされ、今は混乱状態だ。
さすがにロンシャン達も困惑している。
キナ臭い、どころかヤバい、ではないだろうか。
アルヴェラは呆れた様子で見守る。
──で、どうする?邪鬼ごときにやられはしねぇと思うが……。
──私も邪鬼が何か知らないからなぁ……。
襲撃ということは、人間を襲う何かだと思われるが、未知の相手に対してどうするかなど、さすがに考えられない。
──まあ、一目見りゃ解るもんだけどな。
──あ、じゃあ、見たいかも。
──了解、マスター!
──……もういいや。郁……じゃない、ロンシャン達も連れて行こう。
自分と同様に「知らない」のであれば、見て知るところからだと、アルヴェラは進言した。
──反対されそうだが……この城の奴らに。
──危険がなければ文句を言われる筋合いもないでしょ。
──危険だから言ってんだよ……。雑魚でも異世界人には危なすぎる。
──?……危なくなったらアモイが助けてくれるでしょ?
至極当然のように言うアルヴェラに、アモイは頭を抱えた。
主以外の人間を守る義理も義務もない。
ロンシャン達に危険が迫ろうと、アモイが動く利点もない。
当然のように言われても困る。
──俺の仕事じゃねぇだろ、それは……。
──んー……じゃあ、主命令ならいい?
──まあ、それなら……。
──ロンシャン達に邪鬼を見せて、危なくなったら助けること!
よろしくね、と明るい声色で伝えてくるアルヴェラの表情が目に浮かぶようだった。
きっと、満面の笑みで、否と言わせない雰囲気だったことだろう。
主命令であれば、受ける選択肢しかアモイには残されていなかった。
ライ「理の大精霊とか、すげぇよな!」
セイ「うん!僕は肯定派だったし、会えて嬉しいな!」
ア「喜んでくれてるついでに、こいつら連れてっても良いか?」
ライ「あ?どこ行くんだ?」
ア「ちょっと邪鬼の見学に城壁あたりまで」
セイ「危険じゃない……?」
ア「何かあったら俺が対処するよ」
ライ・セイ「是非どうぞ!」
ア「お、おう……?」
双子は時の精霊が使う魔術を見たくて仕方がないもよう。




