第二話 ~サプライズ~
待ち合わせ場所のT字路で、未由斗はスマートフォンを操作していた。
彼女はゲーム好きだが、登下校を含め、学校に居る間は決して遊ばない。
根が真面目というのもあるが、どうにも集中できないのが不満だと漏らしていた。
メッセージアプリで、他の局員の状況を確認していたようだが、見事に誰も反応していない。
既読すら付かないところを見ると、余程急いでいて気が付かないか、寝ているかのどちらかだろう。
溜め息をついて未由斗はスマートフォンを鞄にしまい込んだ。
「溜め息つくと幸せが逃げるぞー」
その溜め息の元凶が現れた。
清々しいまでの笑顔で颯爽と駆け寄ってきたその人を、未由斗はじっと見詰める。
ほんのり赤みを帯びた髪は派手すぎず、学校の染髪チェックにギリギリ引っ掛からない色味だった。
髪型はショートヘアで、毛先を遊ばせているのか、不規則に跳ねている。
服装は当然ながら未由斗と同じセーラー服だが、スカートの丈は膝上で、未由斗と並ぶとその長さの差がよく解った。
「郁さん、あのメールはないわぁ」
「えー?いいじゃん。少しは楽しそうな感じでやらないと」
彼女の名は「宮木 郁恵」、未由斗が所属する放送局の局長である。
「さみも、あんな事務的な返しじゃなくて、もっと楽しもうよ」
未由斗は一部の友人に「さみ」という渾名で呼ばれている。
名字が「斎木」であり、名字と名前の頭文字を取って「さみ」だそうだ。
「現実を忘れないようにね。誰かがちゃんとしないと」
「お堅いんだから」
未由斗の隣で肩を竦め、郁恵は歩き出す。
「あまり真面目すぎると、損することもあるんだよ?」
「性分だもの。損してるかどうかも私がどう思うかだし」
学校へ向かって歩き出した二人は先のない会話を切り上げ、今日のことについて話し始める。
どれくらい綺麗にしてやろうか、お宝が発掘できるかも、など、身がありそうでなさそうな内容ではあったが。
そんなことを話している間に、学校が目前に迫る。
未由斗たちの通う高校は山の麓にあり、正門側は急勾配の坂を上る必要があった。
ただし、未由斗の家は正門とは逆方向に位置しており、裏の道から入ることが可能である。
未由斗の家もある程度高い位置にあるので、登校で急勾配の坂はない。
学校の裏手にある石段を上ると、すぐ側にテニスコートがあり、少し奥には体育館とグラウンドが目に入る。
石段を上りきり、左に曲がると校舎が見えてきた。
夏休みの間はさすがに生徒の数は疎らだが、学期中であれば多くの生徒が行き来する。
未由斗と郁恵は真っ直ぐ生徒玄関へ向かい、靴を履き替え、二階へと向かって行った。
上階への階段は東西に分かれているが、放送室の位置は中央付近のため、どちらの階段を使っても大差はない。
今回は生徒玄関から入って右方向の、東階段を使った。
二階に上がるとすぐに職員室が目の前にある。
放送室の鍵は顧問の教師が所持しているので、郁恵はそれを取りに職員室へと入って行った。
未由斗は先に放送室へと向かう。
特に言葉を交わさず別れたが、これが日常のため、互いに気にすることなく行動していた。
放送室の前まで来ると、未由斗はまた溜め息を漏らす。
何故だか、今朝の早起きの理由にもなった、夢見の悪さが胸に引っ掛かっていた。
夢の内容は全く覚えていないが、二度寝を拒むくらいのインパクトがあったということだろう。
年に一回もそういったことがない未由斗にとっては、気持ちの悪い出来事なのかもしれない。
どうしても気になってしまうが、切り替えなければと、未由斗は軽く首を振る。
すぐに郁恵がやって来たので、未由斗は暗い表情を押し込めた。
「ごめんごめん、先生に捕まってた」
「大丈夫?変なこと押し付けられたりとかした?」
「いや、そういうんじゃなかったから」
個人的なことだろうと、未由斗はそれ以上の追及はしなかった。
「開けるね」
鍵を差し込み、中へ開くタイプの扉を押し開ける。
郁恵に続き未由斗も放送室に入った。
入って左側と奥側にまた扉がある。
左はミキサー室で放送を行う際に使う機器があり、
奥がアナウンス室で、アナウンサーが放送時にアナウンスを行ったり、その練習をするスペースだった。
どちらも掃除をするだろうが、まずは荷物を置くために広いアナウンス室へと向かう。
郁恵の後に続いて、未由斗も靴を脱ぎ、アナウンス室に足を踏み入れた。
その時─
パン!パン!パパン!!
けたたましい破裂音と共に、細い紙テープやら紙吹雪が舞う。
何が起きたのか一瞬解らなかったが、クラッカーであることに遅れて気付いた。
「ハッピーバースデー!さみー!」
アナウンス室には、放送局の仲間達が皆揃っていた。
誰一人として反応がなかったはずなのに、ここには全員が揃っている。
呆気に取られている未由斗に、郁恵が笑った。
「驚いた?驚いた?サプラーイズ!」
「……うん、驚いた」
未由斗は恥ずかしそうに頬をかく仕草をする。
「企画したの、郁さん?」
「そうだよー」
「そっか……。じゃあ…わざとだね?」
にっこりと感情のこもっていない笑顔を向け、未由斗は腰に手を当てた。
「ほらほら、主役はさっさと座る!」
ポニーテールに赤い縁の眼鏡をかけた女子に腕を引かれ─
「上座だよ?特等席だよ?」
アナウンス室の一番奥に用意された席で、お下げ髪の女子が未由斗を待っている。
「先輩!おめでとうございます!」
ショートボブの女子は未由斗のひとつ下の後輩だった。
「おめでとうございますぅ」
その隣で手を叩いている女子も後輩で、艶やかな黒髪が肩の位置で揺れている。
「さみさんもこれでまたひとつ大人になったね!」
同じく黒だがやや癖があり、緩やかに波打つ髪と左目の泣き黒子が印象的な女子と──
「さみさん、なんか……うん、ごめん」
最後に一人だけ様子の違う、内気そうなシヨートヘアの女子が声を掛けてきた。
「そうだね。そろそろ茶番はやめようか」
大きな溜め息をつき、未由斗は目を細めて宣言する。
「私の誕生日、2月なんだけど」
未「誕生日でもないのに誕生日を祝われるとか驚くよね」
郁「ドッキリ大成功!」
未「しかもちゃんとパーティーの準備されてるしね」
郁「やるなら全力だよ」
未「力入れるとこ間違ってるわぁ」
この日はおろか、この月が誕生日の人もいないっていう。