第二十七話 ~彼女の事情~
アモイがアイユーヴで事情を説明している頃、リヴォニアではアルヴェラがカシュガルと向き合っていた。
話し合おうと言ったそばから気を失うなど、何とも間抜けな自分を叱咤し、アルヴェラは目覚めて早々に頭を下げた。
礼を言ったり倒れたり謝ったりと、忙しないことだ。
倒れたときに呼ばれたらしいラグーザと並び、カシュガルは苦笑している。
実のところ、アルヴェラはアモイから連絡があるまで、意識がなかった。
彼の声で目覚めたと言っても過言ではない。
アモイとの会話が終わってから、目を開け体を起こした。
すぐ側にカシュガルとラグーザがいることに気付き、頭を下げる。
順番としてはそれが正しかった。
「まだ体調が万全じゃないんだ。ゆっくり休めよ」
「あ、いえ……これは体調とは関係ないので……」
「どういうことだ?」
「時々、発作のように起こるんです。
頭がひどく病んで……痛みが強いと気を失うことも」
傷が病んだ、ではないのかとラグーザは首を傾げる。
「……昔、頭を強く殴られたことがあって。
その後遺症だと言われてます」
「打った、じゃなくて、殴られた、なのか?」
静かに頷くアルヴェラに、ラグーザは険しい表情を浮かべた。
今でさえ、アルヴェラは幼く見える。
そんな彼女が昔と言うのだから、本当に子供の頃、ということではないのか。
子供が頭を強く殴られる、など普通ではない。
「子供同士の喧嘩で殴られたとか……?」
あまり詮索するのも憚られるが、聞いておかなければという思いもあった。
すると、アルヴェラは苦い表情で笑った。
どこか儚げに見えるその笑みに、ラグーザは思わず眉をひそめる。
「私達のいた世界は戦のない世界だったけど……。
愚かな人間がいないわけではないから」
怪我をした箇所のあたりを手で押さえながら、アルヴェラは目を伏せた。
「涼ちゃんを誘拐しようとした男に、金属製の棒で殴られたの」
想定していたよりもより酷い話が出て来て、ラグーザは言葉を失う。
「誘拐だと?
……ここへ来た時もお前はあの娘を守ろうとしていたな。
あの娘は一体何者だ?」
アルヴェラが殴られたことよりも、カシュガルはそちらの方を気に掛けた。
「涼ちゃんは裕福な家の一人娘なんだ。
物心ついた時から、金目当ての人間に狙われていたんだって。
近付いて来る人はほとんど金目当てな環境で育ったみたい。
それでも、彼女は真っ直ぐに……強く生きてる」
その言葉に、ラグーザは二人の絆のようなものを感じ取る。
「お前はあの娘か親に雇われた護衛か?」
「カシュガル、それ本気で言ってるのか……?」
信じられないものを見る目でカシュガルを見詰め、ラグーザは聞き返した。
「家が裕福で、娘が危険にさらされるならまずそう考えるだろう」
「おま……はぁ……。アルのこと、全然解ってないんだな」
「っ……お前も大差ないだろう」
「少なくとも、お前よりは解ってやれると思うぞ」
自分の前で飛び交う言葉を聞きながら、アルヴェラは視線を左右に忙しなく振る。
「アルが不憫だよ。
せっかく色々話してくれても、全然理解されないなんて」
「黙れ!」
つい声を荒げてしまい、カシュガルはハッとしてアルヴェラへ視線を向けた。
どうしたのだろうと首を傾げる彼女に安堵する。
「……しかも、怖がられてないか気にするしな」
「ラグーザ!」
取り繕うこともできず、カシュガルはただラグーザを怒鳴りつける。
そんな二人のやりとりが面白くて、アルヴェラは自然と笑みをこぼしていた。
口の端が上がるだけだったそれを、ラグーザは見逃さない。
「お前は言葉で伝えない上に態度も曖昧で解り難いんだよ。
ちょっと倒れただけで慌てふためくくせに、起きてる間は無愛想って……」
肩を竦め、ラグーザは容赦なくカシュガルの短所を指摘する。
「そ、それは関係ないだろう⁉︎」
「お前、どう見てもアルのこと気に入ってるくせになぁ。
何でそう自己表現が残念なんだよ」
「今日はやけに絡んでくるな、ラグーザ」
らしくないと言わんばかりのカシュガルに、ラグーザはちらりとアルヴェラを確認する。
困ったような表情で、口元に手を当てている。
頬は赤らんでおり、微かに震えてすらいた。
もう一押しかとラグーザはカシュガルに視線を戻す。
「たまにはちゃんと言っておかないとな。
特に、こんな可愛らしい客人がいるんだし」
「ラグーザ、貴様……まさか……」
ラグーザが「可愛らしい」と口にしたところで、カシュガルの顔色が変わった。
「冷静になったと思ったら反応するのそこかよ……」
「妙にこの人間の肩を持つと思っていたが……」
「何?そんなんで立場逆転できると思ってんの?」
言い包められたままなのが気に食わないカシュガルだが、ラグーザは余裕の表情である。
「いくら俺がお前の半身でも、話術で勝てると思うなよ」
「なっ……」
図星なのかカシュガルは言葉を返せず詰まってしまった。
「んん……ふ……や、ダメ……も……」
その時、アルヴェラの様子が目に見えて変わる。
いつの間にか腹を抱える姿勢になっており、手を当てている口から塞ぎ切れなかった声が漏れて来た。
どうしたのかとカシュガルが眉をひそめる横で、ラグーザはグッと拳を作っている。
「っふふふ!あはははは!」
ツボに入ったかの如く、アルヴェラは大笑いし始めた。
「アルさ、ここに来てからちゃんと笑ったこと、なかったろ」
そうだったかなとカシュガルは記憶を辿る。
「こんな風に笑ってくれるなら、道化師になるのも悪くないだろ」
「なるなら一人でなれ。俺を巻き込むな」
「一人じゃ駄目だから言ってるんだよ」
笑いが止まらないらしいアルヴェラを前に、ラグーザはうんうんと頷いた。
時折、苦しそうにはぁはぁと呼吸を整えるも、またすぐに笑い出す。
「笑い過ぎだ!」
「ご、ごめ……ごめんなさい。っ……くく……」
目の端に溜まった涙を拭いながら、アルヴェラは謝った。
何がそれほど面白いのかと、カシュガルは眉間の皺を深くする。
ひとしきり笑った後で、アルヴェラは呼吸を整えた。
「はあ……うん、もう大丈夫。あまりにおかしくて」
「そんなに笑うとは思わなかったよ。
何がそんなに面白かったんだ?」
参考までにラグーザが尋ねると、アルヴェラはちらりとカシュガルを一瞥する。
「カシュガルが言い負かされて慌ててるところ?」
「まあ、全部本当のことを指摘しているだけなんだがな」
「何ていうか、私には毅然とした態度でいるから余計に……」
「ああ、大丈夫だよ。
君が来てからのカシュガルはずっとこんなだったから」
何がどう大丈夫なのかは解らないが、普段とは違う状態が続いているらしい。
「君が倒れたりすると慌てふためいて頼りないのなんのって」
「ラグーザ!余計なことを……!」
ここまで来ると、取り繕う方が返ってみじめに見えて来るのが不思議だ。
「落ち着いたところで話を戻そうか。
あの子はアルが体を張って護ろうと思う程の友、ということだよね?」
「はい。涼ちゃんは芯が強くて、とても優しい子で。
裕福な家庭に生まれたとは思えないくらい、周りへの気配りも出来て。
屈託なく笑う彼女を、守りたいと……思ったんだ」
男ならその気持ちも解っただろう。
だが、この場合、アルヴェラは間違いなく女である。
守りたいと思うことはあっても、本気で体を張ることなど、本来ならばあり得ない。
「その結果、悪漢に殴られることになった……でいいか?」
「まあ、概ね間違ってないかな。
七日くらい生死の境をさまよったらしいよ。
その時連れ去られた彼女は、無事助け出されてた」
だからか、とカシュガルは視線を落とす。
殴られ、意識を失い、護るべき──護りたいと願ったものを、護れず連れ去られた。
アルヴェラにとっては心身ともに深い傷だったことだろう。
だからこそ、相手が敵わぬ力を持っていようとも、今度こそはと必死になった。
自分達と同じだ。
俯いたままのカシュガルに溜息をつき、ラグーザはアルヴェラへと視線を向ける。
見かけによらず随分と波乱万丈な人生を歩んでいるようだ。
「それで、今のところは痛みはないのか?」
「起きてからは大丈夫です」
「昔と同じ個所を再度打ち付けたせいもあったりするのか……?」
「そ、れは……」
そこで、アルヴェラは言い淀む。
恐らく、今回の傷口の病みは、複数の要因が重なったが故だろうとアルヴェラは思っていた。
類似箇所への強打──。
ディリスティアを護れなかったことへの精神的ダメージ──。
それに加えて、現状に対する不安感。
己の心の弱さに、アルヴェラは呆れるばかりだった。
「そうそう倒れる事はない、ということならば、話を進めるぞ」
「はい、そうしましょう。
私のことは気にせずで大丈夫です」
今は自分のことなど構っていられない。
自分の弱さはよく知っている。
だが、ここからは弱くとも弱さを押し込め、強く在らねばならないのだ。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、アルヴェラは心を落ち着けた。
「えーと、これからのこと、でしたよね」
「ああ、そうだ」
「そちらの意思に沿えず申し訳ないのですが……。
私はじっとしているつもりはありません」
話を戻すや否や、アルヴェラは反抗的とも言える言葉を向ける。
不快そうに目を細め、カシュガルは返す言葉に悩んだ。
「この世界のことも知る必要があるけど……。
そこは時の精霊を活用するからいいかな。
私自身、動く為に必要な力も身に付けないと……」
続けて発せられた内容があまりに規模の小さい話で、カシュガルは細めた目をすぐに見開くことになる。
「アル、その……じっとしてないっていうのは……」
「せめて、この城の中を自由にうろつけるようにはなりたいです!」
何とも質素な願いだった。
「精霊と契約したと言っても、私が何も出来ないのは変わってませんから。
まずは、私が色々できるようにならなければと」
胸の高さで両手をグッと握り、やる気を示す。
ラグーザは敵わないと苦笑し頭を掻いていた。
「カシュガル、もう……いいんじゃないのか?」
彼女は──アルヴェラは信用に足る。
利己的な考えが無いわけではないだろうが、自分達と衝突することはない。
媚びることをせず、だが、こちらが忌避するところに踏み込むこともまたない。
しかし、何もさせないつもりだったのだから、当然、この後のことも考えてはいないのだ。
そもそも、今後の見通しも立っていなかったのだから仕方がないのだが。
前途多難な状況が覆ったわけではないので、カシュガルは溜め息を漏らした。
ア「何か、生意気言ってすみません……」
ラ「それで生意気だったら、カシュガルはどうなることか……」
カ「まだ絡むのか、お前は」
ラ「こんな機会、滅多にないからな」
カ「……良い度胸だ」
調子に乗った彼はこの後、大量の仕事を押し付けられるらしい。




