第十九話 ~過去・出会い~
斎木 未由斗は内気で人見知りが激しく、大人しい子供だった。
家族の前では屈託なく笑い、感情豊かな表情を見せるが、ひとたび外に出ると、畏縮して母親の陰に隠れてしまう。
友達と呼べる存在はいたが、自分から増やすようなことはなかった。
そんな彼女が、父親の仕事の都合で転校となったのは、小学四年生になる頃だった。
一人でいることも苦ではない彼女は、新しい環境で新しい友達を積極的に作ることはしなかった。
そんなある日のことである。
未由斗は学校のすぐ裏にある自宅へ帰る為に、いつものように校舎裏の抜け道を通ろうとした。
本来の通学路とは違うが、そこを通る方が早いのだ。
だが、そこは人通りも少なく、密会ややましいことを企むには丁度良い場所だった。
その日は運悪く「先客」がいる状態で、未由斗は困ってしまった。
誰が何をしていても興味はないが、絡まれたりするのではないかと不安になる。
怖い思いをするくらいならば、遠回りして帰ろうか。
そう考え、未由斗が身を翻した時、「先客」の声が聞こえてきた。
「お前んち、金持ちなんだろ?
おれたちにも小遣いくれよ、な?いいだろ?」
出し掛けていた足を戻した未由斗は、自分の行動に驚く。
どう考えても、「怖い人たち」がいるこの場に留まる理由はない。
しかも、相手は自分よりも年上の男の子で、複数人いると思われた。
興味本位というわけではなかったが、未由斗は被害に遭ってるだろう人を確かめる。
「金持ち」の被害者はどんな子なのだろうと。
「わ、わたし、学校にはお金持ってきてない、です」
自分と同じくらいの背格好の女の子が、泣きそうな顔で俯いている。
小綺麗なワンピースを着ているのを見る限り、それだけでも「お金持ち」な雰囲気だった。
ただ、未由斗の中の「お金持ち」とはイメージが違っていて、少し驚いた。
「ちっ……何だよ、つっかえねぇなあ」
「あ、でも、鞄の中に高そうなものとか入ってんじゃね?」
「あ!かえして!わたしのかばん!」
女の子は鞄をふんだくられ、中身を物色されている。
必死に取り返そうと、手をバタバタさせる女の子を、男達は片手で押さえていた。
「お!何だこれ、高そうじゃね?」
男の子の一人が鞄の中から何かの石を取り出した。
綺麗に磨かれたその石を、男の子はご機嫌な様子で掲げる。
「だめ!かえして!わたしのおまもり!
お母さんからもらった大切なおまもりなの!」
「おっと、そうはいかないって」
三人の男の子達は奪った石を、女の子の手が届かない高さで投げ合う。
自分よりも年上なのに、やっていることが低俗すぎて、未由斗は呆れてしまった。
とはいえ、自分に何が出来るだろうか。
「お母さんの石、かえして!」
泣きながら必死に石を追う女の子に、未由斗は自然と足が向いていた。
タイミングよく、石を受け取ろうとした男の子にぶつかり、彼が手にするはずだった石が落ちてくる。
「あ!何だ、お前!」
「お兄さんたち、それ、何ていうか知ってる?」
「は?」
突然現れた未由斗に、女の子も男の子達も唖然としている。
「きょうかつ、ぼうこう、せっとう。
どれも犯罪だよ。悪いひとがやることだ」
「何だよ、お前!返せよ!」
「……これは、その子のでしょ?
何でお兄さん達が返せって言うの?」
もっともな返しに、男の子の一人はたじろぐ。
「うっせぇ!いいから寄越せ!」
その時、けたたましい音が響いた。
驚き足を止めた男の子達は、未由斗の手に防犯ブザーを見る。
近所の住人が音を聞き付け、窓を開けてこちらを窺い始めた。
女の子が二人いて、片方は泣いており、もう片方が防犯ブザーを持っている。
拳を振り上げた男の子の姿も見られては、言い訳はできない。
「く、くそ!行くぞ!」
「子供でも、犯罪は犯罪。
わたしのお父さん、警察署で働いてるの。
お兄さん達のこと、調べてもらうから」
「おお覚えとけよ!」
「……覚えておくよ。お兄さん達の特徴。名前も」
クスリと笑いながら、未由斗は男の子達の胸元を指差す。
慌てて名札を隠したが、もう遅い。
どこへ行くかも見ないまま、未由斗は防犯ブザーを止めた。
「あ、あの……あの……ありが、とう」
「はい、これ。大切なものなんでしょう?」
「……うん」
まだ涙の残る瞳を嬉しそうに細めて笑うその子を、未由斗は素直に可愛いなと思った。
同時に、それまで平気だったはずなのに、全身が震え出す。
怖かった。
全く知らない相手と向き合うことすら、普段はできない未由斗に、何故このようなことが出来たのか。
何度思い出しても不思議だった。
ただ、その女の子を、そのままにしておけなかったのと、大切なものを奪う理不尽さが許せなかった。
「わたし、宮内 涼子。あなたは?」
「……斎木 未由斗」
「みゆとちゃん!かわいい名前だね!」
二人の出会いは、そんな不思議な出来事というか、縁から始まった。
「同じ四年生だったんだねぇ。クラス違うから解らなかったよ。
しかも転校生ならわたしのこと、知らなくて当たり前だね」
涼子は区内一のお金持ちの家の子で、知らない人間はいないのだという。
自分とは住む世界の違う人間だな、と未由斗は率直に感じていた。
「お金持ちだからって近付いてくる子、多いの。
何かね、そういう人、判るようになっちゃって」
男子の場合は無視するだけで済むが、女子の場合は厄介だと涼子は話す。
今日、ここに来たのも、クラスの女子から相談があると言われたからだそうだ。
来てみたら、あの男の子達がいて、後は未由斗が見た通りということらしい。
「……そんなに、お金が欲しいのかな」
「欲しい」
悪びれることなく、未由斗は即答した。
「お金があれば、元気出してって飲み物もお菓子も買えるもの。
……でも、お小遣いももらってないわたしは、話を聞くだけ」
「それだけ?もっと、欲しいものとか……」
驚いた様子で、涼子は尋ねる。
「欲しいものが……お金で買えるものが、
自分を幸せにしてくれるとは限らないでしょう?」
「それ……は……」
「わたしは普段からお金持たないけど、不幸でもない」
娯楽は一時の幸せをもたらすかもしれないが、本当の幸せとは違うと未由斗は思っていた。
「さっきの男の子達だって、お金を手にしても楽しいのはその時だけ。
お金がなくなれば、またつまらないと言って同じ事を繰り返す。
そんなのは幸せとは違う」
「……すごいね!みゆとちゃんは」
「え?」
涼子は目を輝かせて近付いてきた。
「そんな風に言う人、初めてだよ!」
「だって、宮内さんだって、お金持ちだから幸せ、
だなんて思ってないでしょう?」
何もすごいことなどではないと、未由斗は首を捻る。
「涼子でいいよ!ね?またここでお話ししよう!」
有名人が教室に押し掛けるのは迷惑だからと遠慮したものの、未由斗は困ったように首を振る。
「……人のいないところには行かない方がいいと思う」
先程の男の子達がまた狙ってくるかもしれない。
あ、と涼子の顔が不安に歪む。
「放課後は図書室にいることが、多いかな」
先生や他の生徒の目があり、奴らが近付いて来ない場所ならと未由斗は言った。
それを聞いた涼子はとても嬉しそうに笑う。
こうして、未由斗と涼子の縁は結ばれた。
放課後の図書室で、少ない時間を過ごすうち、二人はすぐに仲良くなっていった。
好きなことや趣味も違う二人だったが、それは些細なことで、もっと深いところで二人は繋がっているようだった。
小学校に通う間は同じクラスになることはなかったが、それはそれで都合が良かった。
どういう関係かを問われることもなく、それでひがまれることもないからだ。
小学校時代の二人は、とても幸せだった。
よもや、この後、二人を引き裂く出来事が待っていようなどとは、夢にも思っていなかった。
そして、それが、今の未由斗に呪縛のように絡み付いている。
図書室は夕日に照らされ、紅く染まる。
その色が、未由斗の瞳に宿るようになったのは、中学に入って初めての夏休みの事だった。
涼「みゆとちゃん、みゆとちゃん!」
未「なぁに?」
涼「呼んでみただけ!」
未「そ、そう……」
こんな調子で(嘘)しばらく過去の話が続くらしい。




