第一話 ~何気ない日常~
照りつける太陽─
澄み渡る青い空─
学生の多くが待ち望んでいるだろう、夏休み。
これを謳歌しないものは学生生活を楽しんでいないも同然だ。
青春の1ページとして必要なものだと認識してもらいたい。
さぁ、愛する放送局員達よ。
今こそ放送室に集うのだ。
ここに、我々の青春が待っている!
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ふざけているのかと突っ込みたくなるような文面を読み返し、思わず頭を抱えてしまう。
夏休みの過ごし方は人それぞれで、楽しみ方も十人十色だろう。
何が悲しくて、わざわざ休みの間に登校しなければならないのか。
スマートフォンを机の上に置き、彼女はそんなことを考えながら着替えを始めた。
このメールだけ見ると、何をしたいのかが伝わらないが、彼女には解っていた。
これが「放送室の清掃」の呼び出しであることを。
休み前に、放送局の局長が大掃除をすると意気込んでいたのだ。
ただ掃除をするからと言ってしまえば、誰も行くはずがない。
だからこそ、掃除をするとは言わずに呼び出すような文面にしたのだろう。
ただし、休み前に大掃除についての局長の話を聞いていれば、この呼び出しがそれだとはすぐ解る。
局長はそういう茶目っ気がある人物であった。
小さく溜め息を漏らし、彼女は着慣れたセーラー服に袖を通す。
夏服に衣替えされたそれは白を基調としており、襟は夏冬変わらず黒である。
スカートは生地こそ違えど夏も冬も黒で、彼女の場合は裾が膝下と長めだった。
元々短いスカートが苦手なのもあるが、制服が姉からのお下がりであるため、若干サイズが大きめなのだ。
長めのスカートに異議がない彼女は、姉からのお下がりを有効活用しているというわけである。
手慣れた様子で着替え終えると、部屋の時計を見上げる。
夏休みの登校ということもあり、時間の指定は良心的だった。
朝一からだと反感を買うというのもありそうだが、ひとまずはまだ時間がある。
「さて、どうしたものか……」
一人で向かうならもう出てしまっても良いのだが、生憎と件の局長と待ち合わせをしている。
一時間くらいは余裕があるので、彼女は夏休みの宿題に手を付けることにした。
机に向かい、問題を解いていると、上階から階段を降りてくる音が聞こえてくる。
彼女の部屋は一階の居間の隣にあり、二階は他の家族の寝室があるが、この時間に降りてくる人物は一人しかいなかった。
「あれ?未由斗、起きてるの?珍しい」
居間からひょっこり顔を出し、からかうようにそう言ったのは、未由斗とどことなく似た雰囲気の女性である。
「言うと思った……。生憎と今日明日は迷惑なくらい晴れだよ」
「むしろ雨降らせなさいよ」
「雨乞いでもしてくださいな」
そんな他愛もない会話を交わすと、未由斗は再び時計を見上げる。
「さて、そろそろ行きますかね」
「どっか行くんだっけ」
「ちょっと学校まで」
「あれ?夏期講習受けてないよね?」
そう、未由斗は個人的な理由から、学校側が主催する夏期講習には参加していない。
「部活の集まりだよ」
「放送局でしょ?休みになにやるの?」
「大掃除だそうで」
「わぁ……。なんていうか……うわぁ……」
未由斗は最上級の憐れみの視線を受けた。
「ほら、姉上様もさっさと仕度しないと」
「今日は遅番なのよ」
「まあ、こんな時間だしね。遅番じゃなかったら大遅刻だね」
未由斗の姉は出掛ける準備を始める彼女を、名残惜しそうな表情で見詰めている。
「じゃあ、行ってくる」
「青春したまえ、JK」
先程までの表情をまるでなかったかのように、姉は笑顔で未由斗を送り出した。
「しぃも仕事頑張ってね」
バタバタと玄関へ向かいながら、未由斗は振り向きもせずそう投げ掛ける。
姉の返しも待たず、いってきます、と言うとドアを開けて出て行ってしまった。
「もう、あのバカ、可愛すぎるんだけど!」
「母さんから見たらあんたの方がよっぽどバカみたいに見えるわよ」
この姉はシスコンである。
本人にだけはばれないようにしているようだ。
家族は全てを承知で見ているので、ほとほと呆れ顔だが。
そんな何気ない日常のやりとりが、この家が「普通」であることを示している。
そう、未由斗とその家族は「普通」だった。
どこにでもある、ごくごく普通の、一般家庭。
彼ら自身も、それを信じて疑わなかった。
だからこそ、この日から一変するなどとは、誰も想像だにしていなかった。
姉「元担任から定期的に連絡もらってるんだぁ」
母「……家族でもストーカーになるのかしら」
姉「お前の妹、スカート長いぞって怒られた」
母「長くて怒られるのも珍しいわよね」
姉「お前の妹だし、真面目だから許容してるとも」
母「校則違反とか嫌がるくらいだからね」
姉「さすが私の妹よね!」
母「……この子はどうしてこうなったのかしら」
姉妹で仲が良いのはいいことだと思う。(たぶん)