第十三話 ~胸に宿る想い~
まるで自分だけが悪者のように、カシュガルは思えた。
異世界の人間に全て話したヴィアハス──
話を聞いて、それをアルヴェラに伝えようとするレオナ──
カシュガルの意向を無視し、この場にアルヴェラを連れて来たラグーザ──
仲間であるレオナと会う為に、体調を押して寝室から出て来たアルヴェラ──
自分が正しいと思うことをしているはずなのに、周りはそれを否定するかのように動く。
さらには、真実を伝えようとしたレオナを、アルヴェラが止めたのだ。
ヴィアハスから聞いた情報を、レオナから聞くわけにはいかないと。
「誠意」を見せる為だと言って。
それは恐らく、カシュガルが情報を与えない事への「誠意」ということだろう。
何も知らないままいろと言っているカシュガルに対し、アルヴェラもそれを通すことで「誠意」とする。
どう考えても被害者である彼女が誠意を見せる必要など、本来はない。
それが余計に罪悪感を生んでいた。
「カシュ、今日のところは帰るよ」
ヴィアハスの声で、カシュガルは我に返る。
見やれば、ヴィアハスはどこか嬉しそうな表情でレオナとアルヴェラを見ていた。
「カシュ……彼女達とは上手くやれる。
今なら確信をもってそう言えるよ」
「……俺は──」
「きっと、彼女は待ってくれる。
でも、時間はあまりないのも確かだ。
早く答えを出した方がいいと思うよ」
何も返すことができず、カシュガルは黙り込む。
これ幸いと、ヴィアハスは軽やかな足取りでレオナの背後から近付いた。
「レーオナ!」
「きゃあ⁉︎」
背後から抱き付かれ、レオナは痴漢にでも遭ったかのように叫ぶ。
「そろそろ帰ろう。僕達の城に」
「ち、ちょっと!だから、抱き付かないでって……」
どうやら、レオナはこういったセクハラに悩まされているようだ。
「仲、いいね」
「どこが⁉︎うち、被害者だよ⁉︎」
クスクスと笑いながら、アルヴェラは羨ましげにレオナとヴィアハスを見守る。
「アル……だっけ?カシュのこと、よろしくね」
「え?」
「あんなだけど、ホントは──」
「っヴィアハス!帰るなら早く帰れ!」
余計なことを口走られる前にと、カシュガルはヴィアハスの言葉を遮った。
「大丈夫です。私なりにやっていくので」
「……ふふ、カシュにはもったいないな、君は。
改めて、僕はヴィアハス、よろしくね」
「アルヴェラです。レオナのこと、お願いします」
「それは任せて!もう、昼も夜もずっと一緒だから!」
別の意味で、レオナに危険が迫っているのではと不安になる。
だが、レオナもどうやらやぶさかではないようなので、恐らく問題ないだろう。
「何言ってんのよ⁉︎サイテー!」
「……賑やかだな」
「レオナにはちょうどいいんじゃないかな……」
相手が気兼ねなく接してくるので、レオナも遠慮せずに済んでいる。
今は、この状況に押し潰されない環境が必要だった。
「せめて何か一個くらい教えたいのにぃ」
「んー……じゃあ、この世界の名前は教えてもらった?」
「あ、解る解る!ディヴァースだって」
他人から仕入れても差し支えないものを選び、レオナの気を晴らす。
「ありがと、レオナ。あんまり無茶しないでね?
あと、わがまま言って困らせちゃ駄目だよ?」
「あれ?何で私の方が心配されてるのかな?」
誰かに支えられないと立っていられないアルヴェラの方が、色々と心配の種が多い。
「俺に支えられてる時点で、人のこと言えないよな」
「う……」
無茶もわがままも通しているアルヴェラは、反論できずに口籠る。
「じゃあ、行こうか、レオナ。
どのみち、またすぐすることになりそうだし」
横目でカシュガルを見てから、ヴィアハスは笑みを浮かべた。
「うん……。またね、アル」
「また、ね。レオナ」
「カシュガル、僕達は帰るよ」
ヴィアハスの言葉に、カシュガルは眉をひそめる。
早く帰れと言いたげである。
色々と収穫はあったので、ヴィアハスは満足そうに鼻唄混じりに去っていく。
レオナは何度かアルヴェラを振り返り、不安そうな表情を見せていた。
彼女ににっこりと余裕の笑顔を返すと、レオナも安堵の笑みを見せる。
ヴィアハスとレオナが広間から出ていくと、途端に静かになった。
嫌な沈黙が続き、ラグーザは困り果てる。
「……どういうつもりだ」
来た、とラグーザは反論しようと振り返る。
「落ち着けよ、これには──」
「お前ではない、ラグーザ。アルヴェラに聞いている」
「へ?」
まともに歩けないアルヴェラをわざわざ連れてきたラグーザではなく、アルヴェラに矛先が向いている。
また理不尽な怒りがアルヴェラにぶつけられるのではないかとラグーザは不安になる。
「私は何も知らなくていい、のでしょう?」
「っ……そうだ」
カシュガルも気付いた。
アルヴェラを咎める理由などないことに。
疑問に思うことはあれど、それがカシュガルにとって不利益ではない以上、何も言うことはできない。
「……ラグーザ、貸せ」
「は?」
今度は何だとラグーザは怪訝そうな表情で聞き返す。
動かないラグーザに苛立ち、カシュガルは返事を待たずに動いた。
アルヴェラの手首を掴み、乱暴に引き寄せる。
「おい!カシュガル⁉︎」
「わ……!」
強引にラグーザから引き離され、支えを失ったアルヴェラは顔からカシュガルの胸に激突した。
「カシュガル!何を──」
事によってはカシュガルを止めようと手を伸ばしたラグーザは、カシュガルの行動を見て思い止まる。
アルヴェラが思うように動けないのをこれ幸いと、カシュガルは彼女を軽々と抱き上げたのだ。
「え?……え⁉︎」
「まともに歩けないのならばこの方が早く、こちらも楽だ」
誰も頼んでない、とラグーザもアルヴェラも思ったが、予想外のカシュガルの行動に驚き、言葉が出ない。
「ラグーザ、しばらく任せる」
「……はいはい」
何となくだがカシュガルのやりたいことを理解し、ラグーザは溜め息をついた。
アルヴェラはというと、何をされるのか解らず、戸惑いと不安の表情でラグーザに助けを求めるような視線を送っている。
「噛みついたりはしないから、付き合ってやってくれ、アル」
「えぇ……?」
ラグーザとアルヴェラのやり取りを不機嫌そうに見ていたカシュガルは、会話が途切れたところで歩き始めた。
アルヴェラがカシュガルを見上げると、眉間に皺を作った状態で前を見ている。
その皺の原因は自分だろうかと、アルヴェラはいたたまれなくなる。
抱き上げられていることに対して何も感じないくらいには、不機嫌の原因についての罪悪感が上回っていた。
アルヴェラがぐるぐる考えている間に、カシュガルは寝室へと向かう。
彼女を抱き上げ、両手が使えないはずだが、カシュガルの背後で扉は閉まった。
広間よりもさらに静かな寝室に、アルヴェラも緊張が甦る。
「……傷は痛むか?」
「え!?……いえ、特に痛みとかは……」
「そうか」
何の確認だろうかと思いながらも、ひとまず素直に答えたアルヴェラに、カシュガルはそれ以上続けない。
それだけで会話が終わると、余計に何がしたいのか解らず、アルヴェラは混乱する。
カシュガルは、彼女が起きてきたままの状態だったベッドに、再び彼女を寝かせる。
布団まで掛けられたところで、アルヴェラはようやく首を傾げる反応を見せた。
「あ……の?」
「まずは休め。魔力切れはそう簡単に回復しない」
「え、あ、はい……」
「話はまともに動けるようになってからだ」
先程の言動について何か言われると思ったアルヴェラは、その事に触れてこないカシュガルに疑問を抱く。
もう何もせず寝ろ、ということなのだろうが、どことなく消化不良で寝るに寝られない。
さらには、カシュガルが側にあった椅子に座り、監視するかのように居座り始めた。
余計なことをしないよう、自ら監視することにしたのだろうかとアルヴェラは困惑する。
何も言われず見られている状態はとても落ち着かない。
とはいえ、アルヴェラから切り出すような話題もないので、仕方がなく目を閉じる。
が、すぐに何かを思い立ったように目を開けた。
カシュガルの方へと顔を倒し、彼を見詰める。
それに気付いたカシュガルは、何か言われるかと眉をひそめた。
「……何だ」
「……ありがとう」
穏やかな笑みを湛え、アルヴェラはカシュガルにそう一言だけ礼を言った。
何故礼を言われたのか解らず、カシュガルは驚いた表情のまま、アルヴェラを見詰める。
伝えられたことに安心し、アルヴェラはそのまま目を閉じると、意識を手放した。
彼女の感謝は、ここまで運んでもらったことと、余計なことをした自分への咎めがなかった──後回しにされた──ことに対するものだった。
どちらもカシュガルにとっては感謝の対象になるとは思っておらず、ただただ困惑するだけである。
恨まれはすれど、礼を言われるようなことはしていない。
何故、この人間はこうも自分を掻き乱すのか。
だが、礼を言われたこと、そして、その時のアルヴェラの笑顔は、カシュガルの心を穏やかにした。
カ「変な奴だ」
ラ「人に世話押し付けたのに、世話したら機嫌悪くなる奴に言われたかない」
カ「お前ではない」
ラ「知ってるさ。ただの愚痴だ」
前に進めない二人。




