第十一話 ~考察~
スープを食べながら、未由斗はこれからすべき事を考え始めた。
カシュガルやグラーツは召喚対象者である自分達を、何も知らせず何もさせず、ただ軟禁するのだと言っている。
そこまで思い返して、ふと、他の皆はどうなったのかと思い至った。
未由斗と涼子は光に包まれてから一緒にここへ現れたが、他の皆についてはあの真っ暗な空間で消えてからどうなったのか解らない。
郁恵と季織と莉音は淡い光に包まれ、同時に消えた。
その後、光が白から黒へと変わり、唯李と実星が同時に消え、その少し後に弥栄子が消えた。
そして、最後に未由斗と涼子が消え、ここに辿り着いた。
光の色や時間差で消えた事には恐らく意味がある。
本来、未由斗達が召喚されるはずだったのは別の場所だというのも解っている。
だとすると、郁恵達は恐らく正規の光に包まれて導かれたと思って良さそうだった。
(あの光は、禍々しさもなかった)
残りの5人はカシュガル達による妨害で間違いないだろう。
未由斗と涼子もそれぞれ別で引き離される予定だったことを思うと、カシュガルとグラーツの他に、彼らの仲間は2人いることになる。
そして、妨害するということは、正規の召喚者とは敵対関係にあると思った方が良さそうである。
ただし、カシュガルとグラーツの場合は、あくまでも戦力として与するのを止める意味合いが強そうだった。
残り2人のうち、どちらかが正規の召喚者と敵対、もしくは交戦状態にある可能性は高い。
当然、その勢力は異世界の人間を監禁だけするようなことはしないだろう。
ましてや、敵対している相手側にも、異世界の人間がいて、しかも互いに仲間同士なのだから、使わない手はない。
それらが全て、自分の誇大妄想によるものだと、未由斗は思いたかった。
少し状況を整理しようと思ったのがいけなかったのだろうか。
ぜひとも真実は自分の考えより斜め上をいってほしい。
「……ごちそうさまでした」
考え事をしている間に食べ終えてしまった。
「あまり期待には添えないだろうけど、力になるよ。
俺はラグーザ。君の事、色々教えてくれるか?」
名乗ってもらった以上、こちらも筋を通さねばと、未由斗はすぐに応える。
「アルヴェラ・サミュエルです。
友人達からはアル、もしくはサミ、と呼ばれてます」
咄嗟に思い付いた偽名で本名を隠す未由斗を、ラグーザは疑うことなく受け入れた。
「じゃあ、俺もアルって呼ばせてもらうな」
少しだけ、胸が痛む。
だが、状況が不透明な以上、本名を知られるリスクは冒せなかった。
考えすぎであると思いたいが、もしも、名前を使って拘束や制限を掛けられるとしたら─。
ラグーザにその気がなくとも、そこから知れ渡るのが怖い。
今はまだ、本当の名前を教える気にはなれなかった。
カシュガルには偽名だとすぐに露呈するだろうが、呼ぶのに困らなければ名など何でも良いと一蹴するつもりである。
「アルは元の世界では何やってるんだ?」
「何……と言われても。学生です。普通の」
「学生……って何の勉強を?」
「んー、歴史とか政治とか、算術……とかですね」
「政治家か文官にでもなるつもりなのか?」
この世界がどういった文明で、どういう教育が行われているのか解らないが、地球での教育水準よりは低いのかもしれない。
「私達の世界では、一般教養の範囲として学ぶんですよ」
「政治や算術を一般教養で⁉︎」
「代わりに、こちらで一般的なものを習わないというのはあるかと」
「あ……ああ、なるほど……」
この世界での教育事情も聞いてみたいところだが、自分から質問をすることは良い顔をされないだろうと、未由斗は聞かれた事に答えるだけにしていた。
「じゃあ、剣術とか戦術とか……魔術とかは習わないのか?」
「習わないですね。魔術に至っては存在すらしてません」
「え⁉︎魔術がない!⁉︎」
「お伽噺とか、別のものをそう呼ぶ事はあったりするんですが……」
ラグーザは改めて、未由斗の脅威について考え始める。
剣術や戦術については習っていないと言う。
魔術に至っては存在すらしない、つまり知らないという次元の話だと言う。
それならば、むしろ魔力切れを起こした事が不思議なくらい、彼女は無害ではないのか。
とはいえ、一般教養が政治家や文官並だとすると、戦闘以外のところで脅威にはなり得る。
総じて教養があれば、今からでも学ぶことで化ける可能性もあった。
「ラグーザ、何をしている」
ノックも断りもなく、カシュガルは平然と部屋に入って来た。
元々ここは彼の寝室の為、普通であれば遠慮などしなくてもよい。
が、今は未由斗を置いている別の部屋になっているのだから、多少の配慮はしてほしいとラグーザは溜息をついた。
「食事をあげてたんだ」
「……食べたのか」
少し意外そうにカシュガルが尋ねるので、ラグーザは苦笑しつつ頷く。
どうやら、毒でも入れられているのだと警戒して食べないと思っていたらしい。
「名は?」
「アル──」
「アルヴェラ・サミュエル、そう名乗りました」
ラグーザの声を遮り、未由斗はカシュガルを真っ直ぐに見詰めた。
彼女が名乗った名前に、カシュガルは眉をひそめる。
「偽名か……」
「え⁉︎」
「確かに『サミ』とは呼ばれていたが、もう一人の名とも雰囲気が違う」
「呼ぶのに困らなければ、名前はあるだけでいいでしょう?」
未由斗は想定していた答えを返す。
確かに名前に関しては後ろ黒い事がない限りは、呼ぶのに困らなければ良い。
別段、それを使って何か魔術をかけることまでは考えていなかったが、先手を打たれてはそれを証明する手立てもない。
「ラグーザ、解っただろう。こういう人間だ。
次は油断するな」
「油断て……これはお前が警戒させてるからであって、俺の過ちじゃないだろ」
「では、参考までに聞いておこう。アルヴェラといったな。
何故、偽名を迷いなく使った?」
どうにもカシュガルと睨み合うのは苦手な未由斗は、それでも負けじと目を逸らさず答える。
「私の世界には魔術は存在しない、と言われてます。
が、お伽噺や創造の産物にはそういったものも書かれています。
その中に、真名を使った呪術について記されているものもあるので。
この世界は元の世界の常識が通用しない。
その上、魔術が存在するのであれば、そういったものもあるかもしれない、と」
こんな目に遭ってなお、未由斗は現実から目を逸らさず、かつ、常識は早々に捨てるという荒業をやってのけた。
これまで身に付けたものが、何も通用しないと考えるなど、普通ならば恐ろしくて出来ない。
ラグーザは未由斗の思考に驚き、また感心していた。
「確かに、これはすごいな……」
「事が済むまで、ここで大人しくしていればいい。
それだけで、元の世界に還れるのだからな」
「……あなた方だけで、この事態を収拾できる、と?」
「どういう意味だ?」
「いえ……私は『何も知らない』ので。
事の大きさもどうすれば丸く収まるのかも解りません。
が、異世界からの召喚が行われ、異世界の人間を複数の勢力が獲得した。
その事実は、簡単に解決できるようなものではないのでは、と思いまして」
本当に厄介なことになったと、カシュガルは心の中で思っていた。
邪王が全員異世界の人間を手中に収め、かつ、召喚元の人間界の小国にも、同じく異世界の人間が渡ってしまった。
その中の何人か、あるいは全員が未由斗と同じような思考・能力を有していたとしたら──。
動けない未由斗と涼子は抑えられたとしても、それ以外は解らない。
ヴィアハスの様子では、彼が獲得した人間は自由に動くことだろう。
それがこちらにも影響するかもしれない。
未由斗はそれ以上は何も言わず視線を外したが、カシュガルは彼女の言葉を一蹴する事が出来なかった。
「まずは様子見、それが後手に回らなければ良いですね」
動くならば早い方が良い。
それはカシュガルにも解っていた。
「お前が動けば、状況は変わるとでも言いたげだな」
「均衡は保てると思います。
もっとも、元凶となってる勢力は、大人しく従わないでしょうけど」
元凶となる勢力、その言い回しにカシュガルは眉をひそめた。
「ラグーザ、何を話した?」
「話してないって!」
どこからか情報を得てなければ解らないだろうと、カシュガルはまずラグーザを疑う。
「私達が分断された時の状況を整理しただけです」
「何だと?」
「私達は『順番』に転送されています。
そして、私はその最後だったので、状況を判断しやすい立場でした」
転送の順番など、妨害側のカシュガル達が知れる情報ではない。
「八人いた私達は、5箇所にそれぞれ連れていかれています。
正しい転送先には3人、『こちら側』には1人ずつ3箇所と2人が1箇所。
それぞれがどこにいて、それがどんな勢力なのかまでは推測できませんが。
人数の多い勢力ほど、活発に動く可能性があることだけは解ります」
何も説明せずとも、ここが彼女にとって異世界であること、そして、関係する勢力構成まで推測している未由斗に、カシュガルは険しい表情を浮かべる。
状況把握能力、推察力、そして、過酷な状況下での冷静な対応力、どれも厄介なものだった。
この人間は思っていたよりも面倒な存在であることに、カシュガルはただ困惑するばかりである。
ふと、ヴィアハスの言葉が、脳裏を過る。
互いを知り、状況と目的を理解すれば、彼女であれば協力すると言うのではないか。
思わずそう考えさせられるほどには、未由斗の潜在能力を認めてしまっている。
カシュガルは何が最善かを今一度考えることになった。
カ「食事は何を作ったんだ?」
ラ「その辺に生えてた草とか木の実とかのスープだよ」
カ「なるほど。確かにこの辺にはそれくらいしかないな」
未(食べて本当に大丈夫だったのかな⁉︎)
邪族は魔力を摂る代わりに食事はせず、当然料理もしません。




