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放送室は異世界への扉  作者: 雷華
第一部 初めての異世界召喚
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第八話 ~身勝手な希望~

明るい陽の光が差し込む中庭で、木陰に座り込んだまま、郁恵達は溜め息をもらした。

溜め息の原因は、少し前に彼女達が知ることとなった現状である。

改めて、その時のことを思い起こす。


状況を正しく理解するには、この場の全員が冷静になる必要がある。

郁恵は自分がしっかりせねばと、常軌を逸した出来事を何とか受け入れようとしていた。

「すみません、ひとつずつでいいので、説明してもらえますか?」

ここが元の場所──地球とは別の世界で、自分達は何かしらの手段でここに連れてこられたことまでは理解した。

だが、圧倒的に足りない状況への説明と、これからの見通しが全く立っていない状態は看過できない。

「あ、そう……ですよね。すみません」

「ここでは何ですから、場所を変えましょう」

初老の男性がダミエッタの隣でそう提案する。

確かに、今いる場所は窓がなく、壁に取り付けられた蝋燭の灯りだけで室内が照らされており、ともすれば不気味にも見える部屋である。

「こちらです。どうぞ、付いて来てください」

「はぁ……」

初老の男性とダミエッタが郁恵達に背を向けて歩き出すと、郁恵達もそれに付いて行く。

そこでようやく気付いたのだが、この部屋には扉がなかったようだ。

出入口の先は上り階段になっており、見上げてみると、緩やかにカーブしている。

石の階段を上り終えると、打って変わって明るい場所に出たため、郁恵は眩しさに目を細めた。

そこは「外」だった。

周りを建物の壁で囲まれているため、中庭のようなものだろう。

目の前には噴水があり、側には大きな木が一本生えている。

「きれい……」

現状を忘れ、季織が思わずそう漏らすほど、そこは綺麗に整えられていた。

「オックス、ここで良いでしょう。

 皆さんもあまり堅苦しい場所では緊張するでしょうし」

「そうですね……。畏まりました」

噴水の傍まで来ると、初老の男性は郁恵達を噴水の縁に座るよう促す。

郁恵達が噴水の縁に腰かけると、初老の男性が一度ダミエッタの方へ顔を向けた。

無言でダミエッタが頷くと、初老の男性は郁恵達に説明を始める。

「私は神官長のオックスフォードと申します。

 ダミエッタ様の求めに応じ、私があなた方を召喚しました」

召喚──その単語に郁恵は眉をひそめた。

「この世界、ディヴァースは人間界と邪界に分かれております。

 そして今、人間界は邪界の侵攻を受けているのです。

 私達は邪界に対抗する為の力を求め、異世界から戦士を召喚する決断をしました」

初老の男性──オックスフォードにそう説明され、郁恵は困惑する。

ダミエッタも、召喚によって現れた郁恵達を「戦士」と呼んだが、実際には郁恵達は戦士ではない。

召喚した人数も共にいた八人全員ではなかったということも踏まえ、ダミエッタ達の行った召喚自体が成功したとは言えない気がした。

「あたし達は戦士じゃありません。何かの、間違いでは……」

「いいえ。あなた方で間違いはありません」

首を振り、ダミエッタは迷いのない瞳で郁恵達を見詰める。

「あなた方からは温かい光を感じます。

 その光は、あなた方の力となるはずです」

「ええ。あなた方には素質があります。

 今はまだ、戦う事は出来ないかもしれませんが……。

 あなた方は人間界の──アイユーヴの希望なのです」

郁恵が返す言葉に困っていると、ダミエッタの表情が曇った。

「本来ならば、この世界の問題に、異世界の方々を巻き込むなど許されません。

 ですが、どうか力を貸していただきたいのです」

「あの……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「ええ、何なりと」

どうしても聞いておかなければならないことがある。

あまり気は進まないが、問題を先送りにはできなかった。

深刻な表情で、郁恵はダミエッタとオックスフォードに尋ねる。


「あたし達……元の世界には帰れるんですか?」


最初に「召喚」と聞いた時から気になっていた。

転移や転送ではなく、彼らは召喚と言っているのだ。

喚ぶ術があるのなら、送り還す為の術もあると信じたい。

この不安が解消されなければ、先に進むことなどできなかった。

だが、郁恵の不安の答はダミエッタとオックスフォードの表情から見ても、明らかだった。

「申しわけ……ありません……。私達の力では召喚するのがやっとなのです」

「異世界との道を作ること、そして目標をこちらへ引き寄せることはできます。

 ですが、そちらの世界を知らない私達には、送るということができません」

「う……そ……?」

帰れないと知り、季織は思わず立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、ぺたりと座り込んでしまった。

「何故、そんな一方的なことを……?」

ダミエッタ達も必死なのだろう。

恐らく、そうさせるほど、状況がひっ迫しているということなのかもしれない。

それでも、巻き込まれた側からでは、あまりにも傲慢な仕打ちに思えてならなかった。

「あなた方には、酷な事と存じております。ですが──」

「酷な事……?」

しばらく茫然としていた莉音がポツリと呟く。

「私達、帰れないんですよね?もう、家族にも会えないんですよね?

 それが……酷な事、の一言ですか」

「莉音ちゃん、待──」

郁恵は莉音を止めようとしたが、彼女はやはり聞く耳を持たない。

「こんなの、ただの人攫いじゃない!

 希望だのなんだの……勝手に押し付けないでよ!」

元の場所に戻せない上に、強制的な召喚である以上、ダミエッタ達が悪者とされるのは仕方のない事だった。

郁恵は興奮して呼吸の荒くなっている莉音の肩にそっと触れる。

それから、もう一度ダミエッタを見詰めた。

「全く何も考えずに召喚したわけではないんですよね?」

それこそ、あまりにも無責任すぎる。

遅かれ早かれ、被召喚者は帰れないことを知ることとなるのだから、無策ではないだろうと郁恵は考えていた。

「……召喚の対象となるのは、素質のある方々です。

 だからこそ、私達はひとつの賭けに出ました。

 私達が送り還せない以上、召喚した方々自らの力で戻るしかないと」

それはそれで無責任ではないかと、郁恵は嫌悪の表情を浮かべる。

どんな素質があるのか知らないが、そんな常識はずれな力を持っているとは信じ難い。

だからこそ「賭け」と言ったのだろうが、あまりにも望み薄な賭けとしか思えなかった。

「自力で帰る方法を見付けろ、ということですか」

「……はい、そうなります」

「少し、考えさせてください……」

恐らく、道はひとつしかないのだろうが、それでも郁恵は自分達で「考える」事が大事だと敢えて時間をもらうことにした。

ダミエッタとオックスフォードは顔を見合わせ、静かに頷く。

「後でまた来ます」

郁恵達をその場に残し、ダミエッタはオックスフォードと共に中庭を後にする。

途中で兵に声を掛け、郁恵達を見守るよう伝え、ダミエッタは一度だけ郁恵達の方を振り返った。


木陰の方へと移動したのは、誤って噴水の方へ落ちてしまわないようにする為である。

実際、莉音などは癇癪を起して暴れ、落ちそうになったりもした。

各々、理不尽な現状に罵倒したり、文句を言ったりと、しばらく好き放題した後で、ようやく落ち着いてきたところでもあった。

「どうしよう……」

「……たぶん、やるしかないんだよ」

「やるって……」

「具体的に何をやるのかはまだ聞いてなかったけど……。

 あの人達に力を貸すことを、かな……」

莉音と季織は納得できず、俯いてしまう。

「あんな、どこぞの独裁者とやってること同じな人達の力になんて……」

「じゃあ、考え方を変えてみようよ。

 あの人達は私達を利用する。だから、私達もあの人達を利用する」

「どういう……ことですか?」

郁恵は不敵な笑みを浮かべながら続けた。

「私達には素質があるってことみたいだし、才能を開花させてもらおうじゃない。

 たぶん、あの人達はそのつもりだろうから、それは拒まないはずだよ」

「でも、それで帰れる保障は……」

「うん……あの人達も言ってた通り、『賭け』になるね」

三人のうちの一人でも帰る術を身に着けることができれば勝ちでだが、確証などはない。

「他のみんなも、別の場所だけど……この世界にいるかもしれない。

 ゆいりんとかさみとか……こういう状況をむしろ楽しんでるかもね。

 誰か一人でもそんなとんでもな力を持ってくれてれば……」

望みを捨てるのはまだ早い、と郁恵は苦笑した。

「あの人達も、全部解っててやったとはいえ、罪悪感も持ってるみたいだし。

 きっと、悪い人達じゃないよ。だから、やろう」

「はぁ、他に道も方法もないですしね……」

「なんか、怖いですけど……帰る為、ですもんね!」

莉音と季織もどうにか前向きになり、郁恵は安堵していた。

我ながら何の確証もない話でよく説得できたなとさえ思う。

今は、どんな不確定なことでも、前に進む為の希望に変えられるなら縋ろう。

本当は郁恵自身も不安に押し潰されそうではあったが、二人の手前、そんな姿は見せられない。

今すぐに帰ることができないと解った以上、この三人で手を取り合っていくしかないのだ。

空を見上げ、郁恵はその決意を、自分の胸に深く刻んだ。

季「とりあえず、おなかすいたよ!りおん!」

莉「食べてる途中だったものねぇ」

郁「食べながら話聞きたいねぇ」

莉「あ、それ最高です」


三人いるとちょっと強気になれる子たち。

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