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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第89話 街の歴史について 後

書いてて頭がこんがらがってきました


 「二万年に及ぶ街の歴史の始まりは、とても大きな戦いだった。それが・・・」

 「おにびとの、だいぎゃくさつ!」


 今度は私は、元気よく即答した。これだけは自信があったからだ。

 とういうか、これ以外はまともに知らなかったのだが。


 しかし師匠は頷かなかった。彫像の様な顔のまま、その眉根を少しだけ下げている。


 付き合いの少ない人間にはまずもって分からないような微小な変化だが、その不満気な表情は私の回答のどこかが不服だったということだ。

 

 間違い、などということはあり得ない。


 街の成り立ちの、最初の出来事。

 “悲劇”。


 これは二万年も昔から確かに語り継がれてきた、この街の住人ならば誰でも知る話なのだから。


 「いや、その、まあ一応そういうことになってはいるのだが・・・」


 師匠は右手の親指と人差し指で白墨を摘まんだまま、器用に首筋を撫でだした。


 本日の師匠の出で立ちは、いつもの襯衣の上に毛糸の袖無し胴着をつけている。

 紺色のそれは、師匠の無感動な態度・・・もとい、落ち着きはらった態度にぴったりである。


 片手が分厚い参考図書で埋まっているから仕方がないのだろうが、せっかくの師匠なりのお洒落が台無しになってしまいそうである。


 「だからと言って、それが必ずしも正しいとは限らないものだよ」

 「うんにゃ!ぜったいただしい!」


 先刻までの無気力さは何処へやら。私は目の前にあった精巧な街の模型を押しのけると、卓に身を乗り出した。


 そして師匠の手に合った参考図書を引っ掴むと、その最初の頁を開いて見せた。


 「ほら、ここ!」


 私の小さい指が指示した最初の頁の一画には、でかでかと『鬼人事変』と書かれていた。


 この分厚い参考図書は、街の歴史を隅々まで記載した書物である。

 

 いちいち歴代の領主の名前と在任期間とその輝かしい功績が書かれているあたり、恐らくお偉い方々の息がかかった出版物なのだろうが、それでも学者たちの評価はおおむね高い一品だ。

 

 つまり、信頼性が高いということなのだ。


 「こんなにはっきりかかれてるんだから、ただしいにきまってる!」


 私は自分の意見の正しさを押し通そうとするような勢いで、卓上に登り師匠を見下ろした。

 鼻息も荒く腕組みをする私に対して怒ろうともせずに、師匠は逆に優しく諭すように言った。


 「だが、街の書物の記述が絶対的な真実とは限らないよ。もっと、多角的に物事を観るというのも必要だ」

 「たかくてき?」

 「別の視点から、その“鬼人事変”を観てみるんだ」


 師匠はそう言って、足元に積んでいた歴史書物の塔の一つに触れた。

 一見すると今にも崩れそうなそれは、しかし師匠が真ん中あたりから書物を引き抜いても危なげなく安定を保ち続けた。


 「そら、見てごらん」


 そう言って師匠が私の足元に。つまり卓上に置いた書物は、鬼人語で記されていた。

 私はぎょっとして街の歴史書を閉じると、それを脇に置いた。

 そして卓上に膝をつくと、今度は鬼人語で記された書物を食い入るように見つめた。


 間違いない。鬼人の手による歴史書である。


 「これによれば、『勇猛なる戦人たたかいびとが、邪悪なる無能人の要塞を陥落させた』となっている」

 「そんなの、うそだ!」


 私は即座に切り捨てた。

 それは、街の歴史とは正反対の記述である。


 真実は、『ただ平穏に生きていた人間たちが邪悪なる鬼人の軍勢に虐殺されて、僅かな生き残りが街を再建した』である。

 

 「そんなの、なんのしょうこもない!うそっぱちのれきしだもん!」


 私はそう言って鬼人の歴史書を閉じると、それを乱暴に師匠につき返した。


 自分の信じていたものが、実は嘘っぱちだった。

 師匠はそんな恐ろしいことを言っているのだ。


 「こんなの、なんのしょうめいにもならない!」


 頬を膨らませて反論する私に対して、師匠は静かに、だが強い口調で答えた。

 

 「では街の歴史が絶対の真実であると、君はどうやって証明するんだい?」

 「それは・・・」


 言いかけて、私は口ごもった。


 歴史書があるのは、この街も鬼人も同じことだ。


 そして二万年という気が遠くなる程に昔のことを経験した街の人間などいる筈がないし、それだって鬼人も同じだ。


 結局のところ、お互いの条件は同じ。

 どちらが本当に正しいのかを証明するのは、少なくとも私たちにはできそうにない。


 街の人間ではなく、鬼人でもない。

 完全なる第三者的視点で記された歴史書でもあればよいのだが・・・


 「・・・この話題はやめよう。無益にもほどがある」

 「・・・わかった」


 私も師匠に同意見だった。

 私は鬼人のこととなるとついついむきになってしまうらしい。

 ちょっと前に依頼を受けた、あの美しい鬼人の女との出会いがきっかけだったのだが、あれ以来妙に鬼人が気に入らなくなってしまったのだ。

 

 同時に、師匠が何故だかその鬼人を庇いだてするのも気に入らなかった。

 最初はあの鬼人の女への執着が原因なのかと思ったが、どうやらそうではないらしのだ。


 何やら師匠は鬼人という種族に特別な思い入れがあるらしく、私が少しでも鬼人を軽んじる発言をすると、無表情に、しかし断固とした態度で反論してくるのだ。


 ともすれば、それが醜く下らない論争に発展してしまう。いい加減にそんな展開になることがお互いに分かっていたのだ。


 私は黙って卓上から降りると、椅子に座りなおした。

 師匠も彫像の様な顔のまま、どこかきまり悪そうに言った。


 「・・・とにかく。鬼人云々は関係なしに、確かなことがあるんだ」

 「・・・なんですか」

 

 これ以上口論の火種が飛び出てこないこと祈りつつ、私は師匠の言葉に耳を傾けた。

 師匠はそんな私を横目で見ながら、少しだけ声の調子を落として言った。


 「全体、“二万年前の事変の日まで、地上に機動要塞はなかった”んだ」


 その言葉に、私は仰天した。

 

 私は、こう考えていたのだ。


 この街は、実は二万年をすら超える程の古代に建築された機動要塞だった。

 しかし今から二万年前に鬼人たちに攻め滅ぼされて、僅かばかりに生き残った人々がどうにか街として復興させたが、技術を知る者が殺されてしまったために施設を完全回復することはできなかった。

  

 これならば、街の歴史とも合致する。


 だが師匠のその言葉によれば、私の説は矛盾をはらむことになる。

 

 「それじゃあ・・・」


 



 


 「この機動要塞というものは、いつ頃創られたんだろうか?」


 僕はお師様の持つ歴史関係の書籍を片っ端から引っ張り出しては、読み比べていきました。

 お師様はとてもやさしい人なので、この家にあるすべての書物の閲覧は無条件に許してくれています。


 僕はそんなお師様の心遣いに感謝しつつも、しかし今一つ腑に落ちない気分でいっぱいでした。


 「駄目だ、どれもこれも二万年よりも以前の記録がない・・・」


 結局のところ、僕の疑問を解消してくれるような材料がないのです。

 

 どうにかして、この謎を解明できないものか・・・


 そう思っていると。


 「熱心ね、少年」


 聞きなれたその声に振り向くと、いつの間にかお師様が帰宅していました。

 夕食までに帰ると言っていたのに、一時間も経っていません。

 

 一体どんな用事だったのかは少しだけ気になりましたが、その顔に浮かぶ優しい笑みに、僕はうれしくなってしまいました。

  

 「お師様!お帰りなさい!」

 「ただいま。ほら、これをあげるわ」


 お師様はそう言って、手に持っていた数冊の書籍を突き出してきました。

 お師様が片手で持つそれらは、しかし一冊一冊がすさまじい分厚さです。

 その見た目にたがわず、相当な質量なのでしょう。


 僕は足を踏ん張り、腰と腕に力を込めてそれらを受け取りました。


 「うわわっ!」


 どさどさどさっ!


 案の定、僕の細腕と頼りない足腰では受け止めきれずに、僕は本に引っ張られるようにして床に飛び込んでしまいました。


 その際に本の固い表紙に鼻をぶつけてしまい、涙が流れてしまいました。


 「それは、森人たちの歴史書よ」

 

 泣き出しそうになった僕を見かねたわけではないのでしょうが、お師様はそう言いました。


 「森人?あ、そうか!」


 僕は床にうつぶせになったまま、顔をほころばせました。


 街の外。

 龍山のふもとの大きな大きな森に住まう森人たちの一族。

 彼らならば、街の変遷をしっかりと観察しているに違いありません。


 なにせ森人たちはいずれも長命であり、数千年、高位の存在になれば数万年を生きるそうです。


 ひょっとしたら人間でも鬼人でもない第三者として、街の二万年よりも前の姿をこれらの書物に記録しているかもしれません!


 「しっかり勉強しなさいな、少年」


 お師様はそう言って安楽椅子に身体を預けると、懐から一冊の本を取り出しました。

 

 お師様が読み始めた真新しく見えるその本は、この街で購入したものではないようです。

 僕の知識の外にある文字で書かれたその本は、お師様のお気に入りの一冊なのだそうです。

 

 なんの本なのかについては教えて貰えませんでしたが、恐らくとても素晴らしい内容なのでしょう。

 なにせそれを読んでいる時のお師様は、まるで少女の様に眼を輝かせているのですから。


 僕は邪魔をしないように心の中でお師様にお礼を言うと、のそのそと森人の歴史書を拾い上げました。


 どうやら最古の資料は、おおよそ二万七千年前から記されているようです。

 これならば、街の成り立ちの真実を解き明かすことができるでしょう。

 

 僕は早速その歴史書の頁を開くと、一心不乱に読み解き始めました。

 

 僕は身体を動かしたり、魔法の実技をしたりするのは苦手なのですが、こうして本を読んだり座学をしたりするのは大好きなのです。

 

 机に向かって一つのことに集中できるというのは、なんとも幸福なことなのですから。


 僕は時間を忘れるようにして、森人の歴史研究に没頭しました。




 そしておおよそ一時間が経過し、そろそろ外が暗くなり始めてきたころ。


 僕はようやく、嫌な予感を覚えました。


 「二万年前・・・。ここから突然、街の様子についての記録が始まっている・・・?」


 森人の歴史書によれば、二万二千年程昔にこの近辺に人間の集落が形成されたと記されています。

 しかしその規模は小さく、せいぜい百人ちょっとという程度。


 しかもそこから人口爆発が起こったというわけでもなく、平穏に、緩やかに集落が村になったようです。どう考えても、街といえるほどの規模には成長している様子はありません。


 それなのに、二万年前に突然巨大な構造物についての記載が始まります。


 曰く、『突如現れた邪悪な魔法の産物と思われる巨大な城に対して、鬼人の軍勢が攻め入った』そうです。


 これは、街の歴史書の年号と一致する内容でした。

 鬼人の軍勢のことも書かれていますし、間違いないでしょう。


 しかし、突如出現したとはどういう意味でしょうか。


 こんなに大きな街が一日やそこらで、いや一年や十年でだって作れるはずはありません。

 森人と人間との時間の感覚の違いが、このような表記となって表れたのでしょうか。


 まさか建築されているのに気づかなかったとでも言うのでしょうか。

 

 「魔法技術の塊みたいな街が目の前で建築されていったら、森人たちが気にしない筈はないのに・・・」


 森人たちは、自然と共に生きる種族です。

 その自然に対する信仰の深さは、時として魔法による革新的な技術発展を忌むべきものと評することがあります。


 曰く、地上の在り様を変えすぎる、とのことです。

 

 彼らの言うことも分からなくもないのですが、そもそも魔法というもの自体が世界を捻じ曲げる術なのです。


 この地上を創造した神々の力を顕現させる奇跡とは正反対のその力は、しかし森人たちだって日常的に使用しているものでもあります。


 一体どのあたりから彼らの中で線引きされているのかは分かりませんが、聖職者の人達から見ればどちらも同じく世界の理に反する存在だと思うのですが。


 とにかく、そんな魔法技術の結晶のような街が目の前でにょきにょきと立ち上がっていったら、森人たちは嫌悪と共に『無能人どもが醜悪な住宅を建てた』などと歴史に記してもおかしくはないのですが。

 

 「まさか本当に。二万年前に突然、機動要塞が現れた・・・?」


 僕のその呟きに応じるようにして。

 

 お師様の安楽椅子が、きぃ、と揺れました。
























 『きょうわたしは、まちのれきしをべんきょうしたの!』

 『僕もです!この街の秘密を色々と勉強しました!』

 『じつは、このまちのしょうたいは・・・』

 『機動要塞というもので・・・』

 『・・・え?』

 『・・・あれ?』

 『・・・』

矛盾が見つかったら急いで直します

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