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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第8話 引越しについて


 私の師匠は、美的感覚がおかしい。


 「異論があるのだがね、君」


 師匠が右足を軽く持ち上げながら、無表情に言った。


 「まあ、とりあえず。こいつを何とかしてくれないか」


 師匠のその右足には、私達の新しい家族となった火噴き蜥蜴の『しろすけ』が噛み付き、ぶら下がっていた。


 なんて可愛いしろすけ!

 お前は賢い子だ!


 私が褒めてやると、しろすけは師匠からぱっと離れて嬉しそうに喉を鳴らし、私に頭を擦り付けた。

 それを私は、よしよしと撫でてやった。


 「特に優れているとは言わないが、別段おかしいとは思わないよ」


 師匠は足に付いたしろすけの涎を眺めながら、再び否定した。


 しかしこれは、間違えようの無い事実である。


 「だがなあ、君。今ある家具だって、持ち込むんだぞ」


 師匠はぐるりと視線をめぐらしながら言った。

 

 現在私達が立っている居間には、備え付けの箪笥が一つあるだけだ。

 師匠はドケチなので、装飾家具の類に出費をしたがらない。

 

 師匠の嫌なところなのだが、だとすると、今まで住んでいた小屋よりもいくらか広くなる分、有効活用されない空間が増えることとなってしまう。

 本来そういった場所にこそ、絵画を飾るだとか、花瓶に花を生けるだとか、大きな柱時計を設置するだとか、私のために化粧台を買うだとか、姿見を買うだとか、寝台を新品にするだとか、それからそれから・・・


 「君。少しは欲望を抑えなさい」


 とにかく、良い住居には良い家具や調度品が欠かせないのである。


 「余計な装飾が無い方が、良いと思わないか」


 嫌だ。殺風景すぎる。


 私は頬を膨らませ、しろすけを抱き上げて、にべもなく断った。


 せっかくあの貧相な住まいとおさらばできるのだ。

 ならばこの際、ぱぁっと豪勢なお家を選ぶのが良いに決まっている。




 私達は、引越し先となる住居を探していた。


 つい最近共に住むようになったしろすけは、今はまだ子どもだが、どんどん大きくなっていく。

 最終的には、現在の私と同じくらいに成長するのだ。


 今までのせまっ苦しい小屋のままでは、師匠が私の可愛い可愛いしろすけ誤って踏み潰してしまうのも時間の問題だった。

 そこで私の提案により、二人と一匹の新居を求めて貸家を取り扱う不動産屋へと訪れたのだ。


 案の定師匠は、私の案をことごとく否定した。


 やれ家賃が高いだの、掃除が大変だの、無駄に広いだけだの、文句ばかりだった。


 「君の方こそ、部屋の数が少ないだの、古臭いだの、見晴らしが悪いだの、文句ばかりだろう」


 と、まあ私も師匠もお互いに一歩も譲らず不動産屋から紹介された物件の先々で言い争いをするものだから、「あとは勝手にやってくださいや」と、物件の住所やら間取りやらが書かれた紙束だけを渡されて逃げられてしまった。


 すでに半日が経過しようとしていたが、この調子では今日中に引越し先を見つけるのは難しそうだった。


 五件目となったこの家屋も、日当たりは良いが部屋数が少なく、備え付けの家具類もほとんどない。

 私には物足りないものだった。

 しかたないから次にいこうかと二人が思い始めたところ。


 「お取り込み中、失礼!」


 突如、玄関から野太い声が響いた。

 師匠と同時にそちらに顔を向けると、顔中傷だらけの大男が立っていた。

 師匠以上のその巨躯は、服の上から見ても分かるほどに鍛え上げられていた。

 

 「おや、ゲドじゃないか」


 師匠が口調だけは気さくに声を掛けると、ゲドと呼ばれたその大男はぴしりと背筋を伸ばし、「ご無沙汰しております」と丁寧に頭を下げた。

 

 いつぞやの役人のときもそうだったが、師匠よりも明らかに年かさに見える人物が、何ゆえ下手に出るのだろうか。


 「それで、何か用か」

 「はっ。実は・・・」


 師匠と大男は、小声で何かを話し始めた。


 何か、以前に似たようなことがあったような気がする。

 となると、この後の展開もおおよそだが予想がついた。

 

 しばらくすると、師匠は「わかった」と短く返答し、私の方へ振り向いた。

 

 「とりあえず、家選びは保留だ。緊急の依頼だ」


 ほら、やっぱりだ。


 水を差された気分だったが、師匠との意見の対立は埒が空きそうになかった。いっそ気分転換に良いかもしれない。


 私は潔くうなずいた。


 「では、行くとしよう」




 

 依頼内容は、単純だった。


 犯罪組織の司令部を襲撃して、幹部を捕らえるのを手伝って欲しいというのだ。

 ただ、ちょっとした問題があった。

 

 「『銀の鷹団』は、猛者ぞろいなのです」

 「うん」


 師匠は真正面を見据えながら、どこか上の空と言った様子で返事をした。

 

 『銀の鷹団』は、街でも名の知れた犯罪者集団である。

 今回は長年の調査によって本拠地となるお屋敷を特定したのだが、下部組織やら横のつながりやら物流やらの情報をなんとしても手に入れたいため、構成員を生かして捕らえたいというのだ。


 「われら組合も選りすぐりをそろえましたが、万一に備えてあなた様にも後詰としてご助力いただくことになったのですが・・・。その、よろしかったのですか?」


 ゲドは、私の方を視線で示しながら、師匠に問うた。

 暗に戦力不足どころか足手まといになると指摘されたのだが、私はまったく気にしなかった。

 同じ立場だったら、十二そこそこの小娘になど大捕り物を任せはしない。


 「ああ、心配無用だ。この娘は、私の弟子だから」

 「はぁ・・・」

 

 師匠ののんきな返答に大男のゲドが首を傾げ、私に胡散臭そうな視線を向けきたが無視した。

 それ以上に、気になることがあったからだ。


 ちなみに師匠はいつもの通りのさえない格好だったが、私は剣だけを携えてきた。

 しろすけは戦いに巻き込めないので、小屋に置いてきた。


 私は、剣をぱちんぱちんと鞘から抜いたりしまったりしながら、目の前に集中していた。

 

 そう、目の前に広がる光景に、目を奪われていたのだ。


 「それにしても・・・」

 

 まったくもって・・・ 

 

 私と師匠はほとんど同時に、目の前の、犯罪者達が潜んでいるお屋敷をねめまわした。


 「日当たりがよさそうだ」

 

 広くて立派な作りだ。


 「井戸や市からも近いな」


 行きつけの菓子屋の近所だし。


 「台所も大きいに違いない」


 絶対に、家具や装飾品がたくさんある。


 「ふむ・・・」


 ほう・・・


 私と師匠は、顔を見合わせた。

 

 「あ、あの、お二方?」


 ぼそぼそと相談を始めた私達に言い知れぬ不安を感じたのか、ゲドが恐る恐る声を掛けてきた。

 師匠は、くるりとそちらに顔を向けた。


 「ああ、そうだ。依頼内容と報酬の件なんだが」

 「はっ?」


 




 「へい、どちらさんで?」


 お屋敷の中から誰何の声が聞こえた瞬間に、師匠は扉を蹴破った。

 さぞかし名のある職人の手によるものであろう細工がされた扉は、蝶番をねじ切られて吹き飛び、中にいた男を盛大に巻き込んで倒れた。


 「なんだてめぇぶっ!?」


 扉が倒れるよりも早く屋内に侵入していた師匠は、すぐそばにいた目つきの悪い小男を拳骨で昏倒させると、さっと一瞬だけ居間に顔を覗かせた。


 「五人だ。殺さないように。」


 合点承知!


 私は愛用の片手剣を、鞘をつけたまま構えた。

 このまま鈍器として使えば、殺さずに無力化できる。

 まだ体の小さい私では、かなり力を込めて殴りつけなければならないが。


 ほどなくして二階から窓硝子が割れる音が聞こえた。


 どうやら別働隊の組合員達が突入したらしい。こちらも遅れていられない。


 「剣一、小刀二、銃一、魔法一だ」


 言うが早いか師匠は居間へと跳び込んだ。

 そして襲撃に色めき立ち、剣を構えながら近づいてきていた男の首を掴み、そのまま持ち上げた。


 「ぐっげっ」


 大きな蛙のような声をひりだしたその男は抵抗する間もなく、別の短銃を構えた男へと投げつけられた。

 鈍い音を立て、二人の男達は重なり合うようにして倒れて動かなくなった。

 

 残り三人。


 『野郎っ!』 


 居間のど真ん中にあった大きな卓をよけ、師匠を左右から挟み撃ちにするようにして、小刀を構えた二人の男達が突進してきた。

 しかし、戦うのは師匠だけではない。


 居間の入り口の方で様子をうかがっていた私は、師匠の左側から攻撃をしかけようとする男に向かって、剣を前に突き出しながら突撃した。


 男は私の急襲に対処できずに、自ら前進していく勢いと、私の突撃の勢いが合わさった突きを額に食らってもんどりうって倒れた。


 やった!


 「お見事」


 師匠の方はというと、自分に対して突き出された小刀を相手の手首を握ることによって防ぎ、空いた手でしこたま平手打ちを見舞っていた。


 これで残り一人!


 私が居間の最奥に目を向けると、最後に残った男が何かを呟きながら、指先をこちらに向けていた。


 瞬間、怖気が走った。


 攻撃魔法が、来る。


 咄嗟に私は、卓の上に置いてあった、薄い生肉の盛られた値の張りそうな陶器の皿を、水平にして投げつけた。

 

 皿は美しく肉を撒き散らしながら回転し、今まさに魔法を放とうとしていた男の顔面を捉えた。


 がしゃん!


 相当に勢いがよかったのか、皿はくだけて、男の鼻からは血が噴出した。

 意識を断つにはまだ不足だったようで、鼻を押さえながらも、男は健気に再び魔法を放とうとした。


 しかし、間合いを詰めるのには十分な時間を捻出できた。


 私は、剣の峰の部分で力いっぱいに男をぶん殴った。


 




 「さて。私達が、『銀のなんとか』の首魁を捕らえたわけだが」

 「はっ」


 ゲドは師匠に詰め寄られて、大きな身体を縮こまらせて後じさった。

 対して師匠は、腰に手を当て、ふんぞり返るようにして言った。


 「私達が、最も敢闘したことになるわけだ」

 「おっしゃる通りであります」


 壁際に追い詰められたゲドは、困り顔で、冷や汗をかいていた。

 師匠はそんな彼に構わずに、さらに淡々とした調子で続けた。


 「それゆえに、私達はささやかな報酬を望んでいるんだ」

 「しかしながら、自分にはなんとも」


 ゲドは、視線を上下左右へと泳がせた。

 師匠は、そんな彼の視線を追うようにして、顔を上下左右へと動かした。


 「心配するな。組合長なら、二つ返事で受諾するさ」

 「あうう・・・」


 ついにゲドは頭を抱えて、膝を折った。


 師匠、ちょっとやりすぎでは。


 私は見かねて、助け舟を出した。

 いや、報酬については一歩も譲るつもりは無かったが。


 「普通に頼んだだけなのだが」


 師匠は、私とゲドを交互に見ながら言った。


 師匠が無表情で詰め寄ったら、お天道様だって泣いてしまう。


 「ふむ。そうか」


 師匠は震えるゲドの肩をやさしく叩くと、「よしなにたのむ」と捨て台詞を残して、踵を返した。


 「さあ、帰ろう。忙しくなるぞ」


 合点承知!


 楽しい楽しい引越し準備だ!









 「おやしきが、ただでもらえましたね!」

 「ああ。だが、家具だの調度品だのについては押収されることになった」

 「えっ」

 「ちなみに。君が壊した皿については、弁償してほしいそうだ」

 「・・・」

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