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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第86話 ちっぽけなお金の重さについて


 「ししょうの、どろぼう!」

 

 そう叫んで飛び掛かる私の身体を、しかし師匠は一瞥すらせずにひょいとかわした。

 私はそのままの勢いで来客用の席寝椅子に飛び込むような形になったが、そこは日々の鍛錬の賜物!咄嗟に両手をついて衝撃を吸収すると、逆にその反動を利用して身体をひねって着地し、再び師匠に向かって飛び掛かった。


 「これは、保護者として当然の義務だよ」


 そう言いながら師匠は、手の中の“私の勝ち取った成果”を宙に放り投げた。それにつられるようにして視線が一瞬動くと同時に、私は自分の失態を呪った。

 

 師匠は、油断した私の首根っこを器用につかむと、そのまま宙づりにしてしまったのだ。


 完全に小動物扱いされている私は、無駄と分かっていてもじたばたと抵抗をした。


 「かえして、かえして!」

 「駄目だよ。こんな大金、子供が持つべきではない」


 師匠は右手で私を御しつつ、左手の中のそれを弄んだ。その革袋からは、ちゃりちゃりと小気味のよい音が響いてきていた。


 しろすけは避難していた食卓の上で、一連の追いかけっこを欠伸をしながら眺めていた。








 

 つい先日のこと。


 “誘拐事件解決の糸口となる貴重な情報”をもたらした私には、騎士団から賞金が下賜された。

 まあ情報どころか、誘拐事件の被害者全員を見つけ出してしまったのだが。


 あの時私は誘拐犯の一味をひっ捕らえたつもりだったのだが、なんと彼らは誘拐された少年少女本人たちだったのだ。

 どうやら彼らは皆一様に、何者かの“魅了”や“洗脳”によって従わされており、誘拐事件の片棒を担がされていたらしい。

 犯人を特定することができなかったのも当然で、誘拐するたびに“魅了”だの“洗脳”だのをされていた彼らが交代しながら新たな子供を攫っていたのだそうな。


 この誘拐事件の原因であり、魔法士と目される犯人につながる情報は一切得られなかったのだが、それでも行方不明となっていたすべての子供たちを救い出すことができたのは、我ながら大きな功績だった。

 私は大手を振って賞金と、ついでに表彰状を貰うつもりだったのだが・・・


 『お騒がせして、大変に申し訳ない。・・・ああ、賞金だけいただいておくよ。ではさようなら』


 しゃしゃり出てきた師匠のせいで、賞金は奪われ表彰式は土壇場で立ち消え。

 私が一躍街の英雄として名を馳せる機会は、おじゃんになってしまったのだ。


 呆気にとられた騎士団と報道陣の御一同は、ほとんど誘拐されるようにして引きずられていく私のことをどのようにして街の人々に伝えるべきか、ほとほと困り果てているのだろう。


 だがこの際、表彰の方はもういいのだ。

 目下のところ・・・


 「わたしの!わたしの!」

 「馬鹿をお言いでないよ。そもそも、親切な少年の助力があったればこその手柄だろうに」

 「ちがうもん!そのこはつかまってたもん!かつやくしたのはわたしだもん!」


 しつけのなっていない犬猫の様に扱われる私は、帰宅してからずっと必死に師匠の左手に手を伸ばしていた。


 賞金の、金貨十枚が入った革袋!

 それは本来、私のものなのだから!

 この街の有名人になるという夢はついえたとしても、せめてこれだけは奪われたくない!


 「駄目だよ。これは、きちんと保管しておくから」

 「うそだ!うそだ!」


 そのような追いかけっこに巻き込まれたくないのであろう、しろすけは早々に傍観を決め込んでいた。

 全体、この時期には冬眠を開始している筈のしろすけにとっては、この寒さは堪えるらしい。いつもいつも温かいところを探し出してはじっとしていた。

 

 今も空調の温風がよく当たる食卓の上に陣取り、眠そうな目をこちらに向けているのだ。


 「しゅぎょうのせいかだもん!ほめてくれたって、いいでしょ!」

 「師匠の言いつけを破った弟子の言葉とは思えないね」


 私の必死の訴えをあしらい続ける師匠に対して、私はいい加減に我慢の限界を迎えそうだった。

 

 師匠の言い分も分かるが、それでもその賞金は紛れもない私の成果なのだ。

 どうしてそれを認めてくれないのだろうか。


 金貨十枚をかすめ取られたこと、師匠が褒めてくれなかったこと、そしてもう一つ。それらが悔しくて、私は目じりに涙を浮かべた。

 

 「わたしががんばって、かちとったおかねだもん!だからわたしのものだもん!」

 「ふむ」


 私の表情を見て眼を細めた師匠は、短く息をついて暴れる私の身体をそっと床に降ろした。

 

 師匠の急変した態度に私が眼を白黒させていると、今度は師匠は私の眼前に左手の革袋を差し出した。


 金貨十枚!

 私の小遣いの・・・・・・

 ええと、ええと、百年分くらいかな?


 眼前の革袋の中に詰まった黄金の輝きを想像して、私はごくりと生唾を飲み込んだ。


 師匠はそんな私に対して冷たい視線を送りながら、無表情に言った。


 「この革袋の中には、君の小遣いのざっと八十三年分の大金が入っている」


 ありゃ。

 なんだかちょっとだけ計算を間違えたようだった。

 でもまあ、この際それはどうでもいいや。

 

 目と鼻の先にある八十三年分の私のお小遣いに向かって、恐る恐る手を伸ばすと。

 師匠はもう、それを遮ろうとはしなかった。


 お預けは終わりということなのだろう。

 

 やっと分かってくれたのかとという思いと共に革袋を掴むと。

 師匠は革袋から手を放して、代りに私のその手を両手で包んだ。


 大きく、温かく、力強い。

 安心する手だ。

 

 いつも私を元気づけてくれていたその手が、なんだか今日は少しだけ冷たいように感じられた。


 「君はこんな大金を使って、一体何を買うんだい?」


 私の手を優しく握りながら、私の両目をじっと見つめる師匠は、そう問うた。


 何を買うか?

 そんなの簡単である。


 「ほしいものを、たくさんかう!」


 当然のことである。

 こんなにたくさんのお金があったら、さぞかしいろいろなものが買えるだろう。


 街一番の職人の手による菓子。

 街一番の職人の手による服。

 街一番の職人の手による家具。


 それからそれから、ええとええと・・・


 涎をたらしそうな程にだらしなく歪ませた顔で、私は皮算用を始めた。

 その欲望まみれの弟子を、しかし聖職者である師匠は顔をしかめもせずに見つめていた。

 全体、師匠の顔はいつもいつも変化のない無表情なのだが、今日はその眼に何かが宿っている。


 「私はそれなりに長く生きてきたが、時折このお金というやつが恐ろしくなるんだ」


 師匠はそう言いながら、少しだけ手に力を込めた。


 守銭奴の言葉とは思えなかったが、茶化す気にはならなかった。

 それくらいに、師匠の眼は真剣だったからだ。


 私の手の中の革袋が揺れて、中の金貨がちゃりちゃりと存在を主張していた。 


 「ある人は、お金を手に入れるために健康を害してまで働く。ある人は、お金を手に入れるために他人の命を奪う。そうまでして手に入れたいお金とは、一体何なのだろうね?」

 「え?ええと、ええと・・・」


 そう言われて、私は首を傾げた。

 

 お金って、何だろうか?


 お金は、大切なもの。

 お金は、欲しいもの手に入れる手段。

 お金は、人間の地位の証明。

 お金は・・・


 私が唸り始めたのを見て、師匠の眼に少しずつ温かみが戻ってきた。


 「私は昨日、たまらなく恐ろしい気持ちになったよ。なにせ私の弟子が“たかだか”金貨十枚のために、危険を顧みずに誘拐犯に接触しようなどと考えたのだから」


 う、と私はたじろいだ。

 その件については、昨晩に散々叱られていたのだ。


 やれ『自分の実力を分かっていない』だの、『相手が使い手の魔法士だったら危なかった』だの、仮定の話ばかりだった。だが実際に私を“魅了”しようとしたのは、まだまだ子供の組合の訓練生だったのだ。


 組合の中でも貴重な魔法の指導を受けている少年だったようだが、いかんせん以前遭遇した恐ろしい狂魔法士に比すれば、その魔法は稚拙に過ぎた。

 “魅了”された振りをして誘拐犯の根城に忍び込んだつもりだったのだが、さらにその場にいたのも到底脅威にならないような子供ばかりだったのだ。


 万一を考えて秘密兵器である“煙幕音響爆弾”を使ったのだが、はっきり言って不要であった。

 騎士たちの使用する鎮圧用の装備を真似て、市販の火薬やらなにやらをくっつけてでっち上げた代物であったが、予想以上の効果だった。

 なにせその場にいた五人の“誘拐犯”の内、二人はその爆発音で気絶してしまっていたからだ。


 呆気なくその場を鎮圧し、意気揚々と騎士団に通報し、駆けつけてきた偉そうな聖騎士に事の顛末を説明し終えて、最後に思い出したように通話装置で師匠に連絡を取ると。


 『この大馬鹿者奴!』


 その十分後に、大勢の騎士やら衛兵やら周辺住民やらの視線を浴びる中で同じ台詞で叱咤され、自宅に戻って詳しい話をした上でさらに叱責されて。


 私は不承不承認めたのだ。

 私が犯した、三つの過ちについてを。

 

 一つは、師匠の言いつけを破って無茶をしたこと。

 一つは、自分の命を軽んじたこと。

 一つは・・・


 「もう一度、聞きたい。君は自分と“他人”の命をかけて手に入れたこの大金で、何を買うのだい?」

 「それは・・・」


 私は、自分の実力を過大評価していた。

 相手が子供ばかりだったから良かったものの、もしもあの場に実力のある犯罪者がいたら、私を追いかけて来てくれたクリス君はどうなっていたのか。あるいは、あの誘拐事件の被害者の少年少女たちも巻き込んで戦闘をすることになったかもしれなかった。都合よく逃げられたかどうかだって、怪しいものだ。


 それを師匠から指摘されて、私は少しばかり自分の行動を顧みたのだ。


 私が自分の実力を過信して、自分の命を。そして無関係の子供の命までもを危険にさらして手に入れた、金貨十枚。


 そう考えてみると、今私の手の中にあるこの金貨は、思ったよりもちっぽけなものではないか。


 「別に、使うなだとか全額寄付しろだとか言うのではないんだ。ただ、君が危険を冒して勝ち取った成果を、その重みを無為にして欲しくないんだよ」


 金貨十枚の重み。


 私が支払った、労苦に対する正当な報酬の重み。 


 ひょっとしたら私の、あるいはあの子供たちや新しい友人も含めた全ての命の重み。


 ちっぽけだがずっしりとしているように感じるのは、そもそも金という比重の重い金属が詰まっているからなのか、それとも・・・


 私はしばらくの間それをじっと見つめていた。


 そして師匠は、そんな私をじっと見つめていた。


 「わかった・・・」


 私は、眼に決意の色を浮かべて師匠を見据えた。


 そうだ。

 この“ちっぽけ”な大金は、その“重み”をしっかりと受け止めたうえで、使っていくべきなのだ。


 「このおかねは、ちゃんとけいかくてきにつかう!」


 私は大きく息を吸い込んで、宣言した。

 それを聞いた師匠は、無表情のままに眼の中に喜びの感情を浮かべた。


 「そうか、分かってくれたのか!」


 師匠はその無表情を崩さずに、しかし安堵したように何度もうなずくと、私の手から両手を離して立ち上がった。


 途端に外気にさらされて、私の手が少しだけ震えた。

 

 ああ、やはり師匠の手は温かい。

 その、私に対する気遣いの様に。


 私は師匠の思いに応えるつもりで、朗々と計画を述べることとした。


 「とりあえず、まちじゅうのおかしをたべる!つぎに、あたらしいふくをかう!あと、かぐをしんちょうする!それからそれから・・・」


 師匠が私の壮大な計画を聞いて、絶句した。


 食卓の上で、しろすけが何度目かの大きな欠伸をした。


 私が最後に、鷲獅子を購入する旨を述べて宣誓を締めくくると。

 半ば呆然としていた師匠が、にわかに動き出した。


 「・・・君という娘はっ!」


 眉の端を少しだけ釣り上げた師匠が、珍しく声を荒げて私に手を伸ばしてきた。

 私はそれをかわしながら、居間中を逃げ回った。


 攻守逆転した追いかけっこは、こうして再開されたのだった。







 








 「どうしてこう、君は欲望に忠実なのだ」

 「だって、ほしいんだもん」

 「少しは我慢というものを覚えたまえ」

 「じゃあ、ししょうもおさけをがまんして!」

 「・・・」

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