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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第84話 誘拐について(あるいは、少年と少女 中)



 あわてん坊で泣き虫の少年との出会いから、ちょっと時間を巻き戻そう。


 今日は休日だったということもあり、私と師匠はややゆったりとした朝食の時間を過ごしていた。

 否、私の方は、食が進んではいなかった。

 

 私はしろすけに向かって葉野菜を投げようとし、師匠はそれを止めようと私の腕を引っ掴もうとする。私はそれをかわそうとさらに食卓と椅子の上に登り、師匠はそれを止めようとさらに私の首根っこを引っ掴もうとする。


 そんな奇妙な組体操のような状態で、私たち二人は完全に静止していたのだ。


 「よくない」

 「良くないことだね」


 その台詞は、しかしお互いに対して発せられたものではなかった。

 なにせ私たちの視線は、お互いには向けられていなかったのだから。


 『両騎士団は、営利目的の“誘拐事件”ではないかとの疑いを強め、さらなる捜査に乗り出しています』


 私と師匠は、淡々と良くない街の情勢についてを報道する受像機を、食い入るようにして見つめていた。


 誘拐事件。


 最近になって街をにわかに騒がせている、行方不明者続出の報道。

 先週から始まったそれが今日でついに五人目となり、いよいよ誘拐事件として扱われることになったのだ。


 「まったく、ゆるせない!」

 「ああ、まったくだとも!」

 

 私と師匠は憤りながら、動き出した。


 私の放り投げた葉野菜を師匠が左手で受け止め、私の右足が師匠の顔面にめり込んだ。

 そのまま師匠を蹴り飛ばす勢いで跳躍しようとした私は、しかし師匠の右手に首根っこをしっかりと掴まれてしまい、師匠の右手を軸にするようにして空中でぐるりと一回転した。


 そして。


 ほんの刹那の遅れと共に、葉野菜を食べようとしたしろすけが師匠の左手に噛みついた。

 


 「こういうときこそ、ししょうのでばん!」

 「うん?」


 宙づりにされたまま大嫌いな葉野菜を口の中にねじ込まれてしまったため、私は口の中に広がる苦みに辟易しながらも、師匠にそう訴えた。

 

 別に、気をそらそうという訳ではないのだ。

 純粋に、誘拐事件の被害者になった“子供たち”が心配だったのだ。


 そう。


 この誘拐事件の被害者と目されている行方不明者は、全て未成年者であった。

 

 一人目のそれは、十歳の男の子。お使いに行ったきり、帰ってこなかったそうだ。

 二人目は、十三歳の組合員見習いの訓練生。休日に同じ訓練生同士で連れ立って遊びに行って、ふと眼を離したら彼だけが消えていたそうだ。

 三人目と四人目は、まだ七歳と六歳の姉妹。自宅近くで遊んでいたのが最後に目撃されている。

 そして最後の五人目は、十二歳の男の子。


 無視するには大きすぎる共通点であった。


 「せいせんしとして、わるいやつらをやっつけなきゃ!」


 そう叫ぶ私の口に、今度は小口に切られた人参が数個放り込まれた。その独特の匂いが気に入らなかったが、師匠に口をふさがれていたために吐き出すことはできなかった。


 「それは、まあ、難しいね」


 諦めて咀嚼する私を満足げに眺めながら、師匠は言った。

 そして、ようやっと朝食の野菜の和え物を完食した私を床におろすと、首筋を撫で始めた。


 「なんで!?」


 私は野菜の食べかすを口からまき散らして、師匠に詰め寄った。

 普段自分の聖職者、あるいは聖戦士としての在り方についてを偉そうにのたまうというのに、街を騒がす大事件で活躍することを拒絶しようとは。


 「この、なまぐさぼうず!」

 「そう言わないでくれ給えよ、君」


 師匠は彫像の様な顔のままに、首筋を撫でながら情けなくうなだれた。

 

 苦手な野菜を無理やり食べさせられたことに対して鬱憤が溜まっていたために、それをぶつける形で発した言葉だったのだが。

 存外、師匠は気にしておられるようだった。


 「こういった事件への対応には、組織の力が必要不可欠なんだよ」

 「そしきのちから?」

 「そうとも。私一人では、誘拐された子供たちを探し出すことも、誘拐犯を見つけ出すこともできないんだよ」


 組織の力。

 それはつまり、集団の力だ。


 個人としては恐るべき戦闘能力を持つ師匠であるが、それはあくまでも師匠個人としての力に過ぎない。


 広い街の何処かに跳梁する犯罪者を見つけ出し、殲滅し、誘拐された子供たちを救い出すなどという芸当は、流石の師匠にも不可能ということだ。

 

 「私は、何でもできる無敵の男ではないんだ」


 無意識のうちに肩を落とした私の頭を優しく撫でながら、師匠はそう言った。

 そこには取り繕おうなどという卑小な感情は微塵も籠っておらず、ただ淡々と自分の限界を語る疲れた大人のような印象だけが感じられた。


 「でもでも、アリシアさまだったら、どうにかならないの?」

 

 私はなんだか師匠の態度が気に入らなくて、反発した。 

 私は師匠のことが好きではないが、だとしても格好の悪いままでいて欲しい訳ではないのだ。


 「残念ながら、私の主神だって全能ではないんだ。この地上の、いやこの街の中でさえも、全てを見通すのは不可能だ。なにせ、魔法で溢れかえっているからね」

 「まほう・・・」


 以前聞いたことがあったが、奇跡と魔法とは相反する力なのだそうだ。奇跡の力が強まれば魔法のそれは弱まり、その逆もまた然りなのだとか。


 救済の女神たる師匠の主神アリシア様は、奇跡の力の権化でもある。

 

 大小様々な魔法によって機能する製品が溢れかえっており、いっそ一つの巨大な魔法装置とも言うべき街は、彼女の奇跡の眼でも見透かすことができないということだろう。


 「まことに申し訳ないが、この件においては私は一個人としてしか活動できないだろう」

 「そっかぁ・・・」


 私は、がっくりとうなだれた。

 師匠に失望したわけではない。


 ただ、自分の嫌いな師匠が活躍できないというのが残念だったのだ。


 そんな私の様子を見ながら、師匠はえへんえへん、とわざとらしく咳払いをした。


 「さて、と。食器は自分で片しておくのだよ」


 三十分前に自分の食器を片付け終えていた師匠は、そう言って自室へと引っ込んだ。


 そして五分もしないうちに出てきた師匠は、なぜか余所行き用の服に着替えていた。

 その服装はかつての野暮ったさを微塵も感じさせず、遊び人のグレンから指導を受けたためかちょっとはマシになってきていた。


 ・・・って、余所行きの服?


 「ししょう、でかけるの?」


 食器を流し台に放置した私は、師匠に問いかけた。


 「言っただろう、組織の力が必要だと。・・・ちゃんと、洗っておくんだよ」


 そう私に釘を刺しながら、師匠は玄関に向かって歩き出した。

 私はそれを聞き流して、師匠に追随した。私の後ろには、しろすけがちょこちょこと追随していた。


 「そしきのちからって、なにをするつもりなの?」

 「私も聖職者の端くれとして、微力ながら行方不明者の捜索に助力するんだ」


 ついてくる私の肩を掴んで無理やり後ろを向かせると、師匠はまた歩き出した。

 しかし私は、しつこく師匠の後ろに縋り付いた。


 先刻の口ぶりとは打って変わった積極的なその態度が、非常に気になったのだ。

 聖戦士としての活躍が見込めない師匠が、一体何をするのか。


 その答えは、実に単純なものであった。


 「街中の聖職者が団結して事件の情報を探すことで、騎士団に協力することになったんだ。以前の魔法陣騒ぎの副産物で、各宗派間の軋轢が眼に見えて減っているようだね」

 「じょうほうって?どんなの?」

 「誘拐された子供たちの特徴や移動経路、犯人と思しき人物の容姿、何でもいい。これらの情報は、騎士団が賞金を懸けても欲しがるほどのものなんだ」


 成程。

 確かに今日までの報道によれば、判明しているのは誘拐されたと思しき行方不明者の細々とした個人情報だけである。当然、事件解決には繋がっていないようだった。


 おぼろげな犯人像すら浮かび上がっていない現在、突破口として新たな情報を探すというのは理にかなっているように思えた。


 しかし。


 それ以上に、私の思考をかき乱す素敵な単語が耳に残っていた。


 「しょうきんっ・・・!?」


 思わず叫びかけて、私は慌てて声を押さえた。

 幸いにして、不自然とは思われなかったらしい。師匠は続けて言った。


 「ああ。有益な情報には、金貨十枚が支払われることになっているんだ」

 

 その言葉に。

 

 私の頭脳は、ぎゅんぎゅんと高速回転を始めた。

 

 私に背を向けていた師匠は、気づくことはなかった。


 私の、表情に。


 「君も、くれぐれも気を付けるんだよ」

 「・・・わたしも?なんで?」


 突如振り返った師匠に対して、私がわざとらしくきょとんとしながら聞き返すと。

 師匠は彫像の様な顔のままに呆れたようなため息をついた。 

 

 なんだろう。そこはかとなく、イラつく。


 冷や汗と憤りを内心にて混ぜこぜにしながら、私が露骨に眉をしかめて歯をむき出しにして見せると、師匠はやれやれと頭を振って言った。


 「君、報道をしっかり見ていただろう。行方不明者は、そのすべてが未成年である、と」

 「・・・あ、そっかぁ」


 私はこれまたわざとらしく、今まで気づいていませんでした、という体を装った。

 どうやら単純な師匠はあっさりと騙されてくれたらしく、さっさと玄関の扉を開けた。


 「私はご近所に聞き込みをしてくるが、君は外出を避けるんだよ。昼には、一度戻るから」


 そう言い残して出かけていく師匠を、私としろすけは見送った。


 さて、と。


 「しろすけ」


 私が呼びかけると、しろすけは目玉をくりくりと動かして私を見上げた。


 「せいしょくしゃをめざすわたしは、ひとのために、はたらくべきだとおもう」


 私の気持ちを分かっているのかいないのか。

 しろすけは、可愛らしく小首を傾げて見せた。


 「おまえはいいこだから、ひとりでもおるすばん、できるよね?」


 しろすけは短く一鳴きすると、私の足元からちょこちょこと離れていき、席寝椅子の上に飛び乗って行儀よく座った。


 流石は私の可愛いしろすけだ。

 後で林檎を買ってきてやろう。


 私は素早く階段を昇ると、二階の自室へと駆け込んだ。

 そして防寒用の上着に黒色の外套を羽織り、机の中を引っ掻き回して携行品を取り出していった。

 通話装置と、財布と、護身用の短刀と、銀の小片の首飾りと・・・、それと、これこれ!

 この、秘密兵器!


 私はそれらを全身の様々な部分に隠して、準備を完了した。


 「よし、いくぞぅ!」


 私はぎゅっと拳を握りしめると、また自室を跳び出した。


 

 誘拐犯。


 それは、弱き人を自分の目的のために攫う悪人である。 

 騎士団にも衛兵にも尻尾を掴ませないその手腕から、それなりの手練れであると予想される。

 まだ修行中の身である私が敵うかどうかは怪しいところだ。


 だが、悪い面ばかりではない。


 この誘拐犯は、子供ばかりを狙う。ならば、私のことだって狙うだろう。

 そうすれば、誘拐犯の元に一足飛びに近づくことができる。


 要するに、だ。


 誘拐犯たちと正面切って戦うのは私の手には余るが、情報を持ち帰るぐらいならばできる。

 それに私には、数々の修羅場をくぐってきたという経験があるではないか。



 私はにやりとほくそ笑みながら、階段を二段飛ばしで降りて行った。


 ここは善意でもって、おとり捜査をしてやらねばならない。

 私が誘拐犯たちの情報を持ち帰れば、騎士たちは大層喜ぶだろう。

 そして、人助けをした私もうれしい気持ちになる。


 みんなが喜ぶ、理想的な解決策だ!



 決して。


 決して、情報料の金貨十枚に眼がくらんだわけではないのだ。


 

 

 私は、可愛そうな子供たちを救いたいという高潔な意志を胸に抱き、家を飛び出した!


 

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