表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
8/222

第7話 小遣いについて 後


 火噴き蜥蜴はその名前こそ恐ろしいが、凶暴さなど持ち合わせてはおらず、寧ろ臆病な生き物だ。

 外見だって、草むらにいる普通の蜥蜴をそのまま私と同じくらいに大きくした程度だ。

 まあそれはそれで生理的に嫌だが。


 ただし生存圏が人間のそれと重なると、途端に厄介な存在になってしまう。


 何せこの蜥蜴は、その立派な体躯に反して草食である。

 木の実や花で胃袋が満たされればいいが、そうでなければ人間様の畑に糧を求めるのだ。

 もっと酷いときには、備蓄していた麦やら豆やらを残らず食われてしまうこともある。


 一対一で戦う際には、爪や牙、何よりも口から吐き出される炎は脅威である。

 熟練した戦士であっても、本気になった火噴き蜥蜴と真正面から戦えば、負傷は免れないだろう。


 しかし自分が少しでも不利な状況になってしまうと、途端に消極的になってしまうという一面も持っている。

 ちょっと腕の立つ人間が都合よく五人程もいれば、別に駆除しなくとも、脅かして追い立てるだけで簡単に巣を捨てて逃げ出してしまうことだってあるのだ。


 残念なことに、今回は私一人で立ち向かわなくてはならないため、駆除以外の選択肢はない。


 よって課題は、火噴き蜥蜴の巣の発見と殲滅である。


 巣の場所については、依頼をしてきた小さな村の村長から、村からちょっと離れたところにある洞穴が怪しいという話を聞くことができた。

 例の荒らされた畑の持ち主が、命からがら持ち帰った貴重な情報である。


 よく頑張った!敵はとってやるぞ!


 今回は親切なことに師匠が、『蜥蜴は全部で三頭だ』と教えてくれた。


 小遣いの増額がかかった重大な試験だというのに、どういう風の吹き回しかは分からないが、敵の数が分かっているというのはありがたい。


 それに火噴き蜥蜴については、師匠に半ば無理やりに押し付けられた学術書によって予習済みだった。 

 

 手抜かりは無い!





 ・・・そんなふうに、小遣いの増額に対する気のあせりと、情報を十分に持ち合わせているという油断が、現在の状況を招いてしまったわけだ。


 試験でなければ、ここまでの道程ですでに三度は師匠に怒られていることだろう。


 「・・・」


 だが、師匠は黙したままだ。

 いつもの小言がないと、逆に不安になってしまう。


 しかしながら、どんなに過程が悪くとも、結果さえ出せれば問題ない。


 私は、今度は油断するまいと気を引き締めて、洞穴の奥へと歩を進めた。


 


 洞穴はすぐに行き止まりになった。

 少しばかり曲がりくねったり狭くなったりはしたが、横穴はなく、完全な一本道だった。


 それなのに、残りの一頭とは未だに遭遇していない。

 

 ただ眼前には、枯れた木の枝だの草だのが敷き詰められた小さな空間、行き止まりがあるだけだった。

 火噴き蜥蜴の身体が隠れる場所など、どこにもありはしない。

 

 ひょっとすると、残りの一頭は外にいるのだろうか。

 

 だとしたら厄介だ。

 戦闘の後が盛大に残っているため、警戒心を持たせてしまう。

 この洞穴には隠れる場所が少なく、そもそも二頭目にはばれてしまったということもあるので、残りは外に探しに出る必要がある。


 そんなことを考えていると、ふと目の前で、小さい何かが動いたような気がした。


 私は思考を中断し、全ての感覚を目の前の『何か』に向けるつもりで、意識を集中した。


 小さい。


 白い。


 もぞもぞと動いている。


 私は油断せずに、ゆっくりと『何か』に近づいていった。


 『何か』は、私の接近には気が付いていないようだ。

 眠っているのか?


 なんだ、この『何か』の周りにあるものは。

 

 これは、卵の殻だろうか。

 割れて、散らばっている。

 では、その中にうずくまっているのは・・・?


 


 結論なら、一目見たときから出ていた。


 しかし、それを否定する材料を全力で探している私がいた。


 そんな私の目を覚まさせるような、師匠の冷たい言葉が放たれた。


 「子どもだ。生まれてから、あまり時間が経っていないようだね」


 巣穴に入ってから、初めての師匠の言葉だった。


 これが、火噴き蜥蜴の子ども。


 「それで、どうする」

 

 師匠は相変わらずの無表情で、私に問いかけてきた。

 だが私は、質問の意味をすぐには理解できなかった。


 ふと、小さな白い火噴き蜥蜴の子どもが、目を開いた。

 そして頭を持ち上げて、私の方を見た。


 『古今東西、魔物と動物の別なく、その赤子は等しく愛らしい』

 師匠の持つ学術書の一冊には、そのような言葉があった。


 読んだ当時は、何を馬鹿なと考えたものだが、今ならその言葉に共感できる。

 成体だった二頭はあれ程恐ろしげな顔つきだったのに、目の前の子どもはどうだ。


 可愛らしい蜥蜴の子どもが、その無垢な瞳を私に向けていた。


 「まだ、全滅させていないわけだが?」


 師匠のその言葉に、私は凍りついた。


 そうだ。師匠の出した条件は、この巣の蜥蜴を全滅させるということだった。

 

 大人の蜥蜴は全て殺しきった。

 だが、その子どもは?

 殺さなければならないのか?


 殺す?


 ころす?


 この、子どもを?


 「考えなさい」


 師匠は、相変わらず感情のこもらない声で言った。


 「とにかくまだ、条件は満たしていない」


 私は、まだ血に濡れていない小刀を握り締めた。

 

 師匠が、やけに親切に『蜥蜴は全部で三頭だ』と教えてくれた理由がやっと分かった。

 師匠は最初からこの洞穴を偵察しており、蜥蜴達が家族であると知っていたのだ。


 その上で、その始末を私にゆだねるとは。

 なんて嫌な師匠だ!


 ・・・もしも、もしも仮に、ここで依頼を放棄してしまったらどうなるだろうか。


 火噴き蜥蜴は、それなりに生命力が高い。

 完全に息の根を止めなければ、軽い外傷など二・三日で完治するし、ちぎれた手足どころか欠損した眼球さえも、時間を欠ければまた復活するのだ。


 まだ生まれたてとはいえ、うまくいけば大人になるまで生き残れるかもしれない。


 ならば、その後はどうなる。


 成長した火噴き蜥蜴は、また村へと、人間の領域へと侵入してくるだろう。

 そうなったら、同じことの繰り返しだ。


 今回は、村人一人が大怪我するだけで済んだ。

 だが次は死人が出るかもしれない。


 ならばいっそ、ここでころしてしまうほうが・・・?


 私は、くらくらする頭で考えた。


 いや、もっともらしい理屈を並べ立てているが、まだこいつは子どもだ。ころすだなんて、あんまりひどいんじゃないか。


 私がこいつをころすのは、自分のためだ。

 そう、小遣いの増額のためだ。

 なんてあさましいことか。

 それでは、強盗だの追剥だのとかわらない。


 いや、しかし、そうだ。


 金のために命を奪うなど、今まで散々やってきたことではないか。

 

 切り殺した小鬼なんて、すでに十を超えたし、犯罪者だってやむなく殺したことだってあった。つい今しがた殺してきた蜥蜴達だってそうだ。それが依頼なのだから、当たり前だ。


 そうだ。それの何が悪いのか。


 生きるということは、殺すことだ。


 命持つ者は、そのいずれも大なり小なり、他の命を奪わなくてはそれを維持できない。

 

 それが理だ。


 ましてこの蜥蜴が生きていることは、多くの人々の不幸へと繋がる可能性がある。


 私は、ゆっくりと、火噴き蜥蜴の子どもに歩み寄った。


 まだ人というものを見たことがなかったためか、私を警戒する様子はない。

 

 むしろそのつぶらな瞳からは、好奇心があふれ出しそうだった。



 やめてくれ。


 私は今から、お前をころすのだ。


 ほんの少しの、はした金のために、ころすのだ。


 だから私を、そんな目で見ないでくれ。


 「結論は出たかい」

 

 師匠の声が、残響のようにいつまでも私の頭の中で暴れまわった。


 たっぷりと時間をかけて、私は考えた。考えぬいた。


 その間師匠は、それ以上せかすようなことはせずに、静かに待っていた。

 

 私は、頷いた。


 




 














 「そいつの世話は、君がするんだぞ」

 「わかっています」

 「・・・今回は頑張ったから。そいつの餌代で、小遣いの増額分としよう」

 「それはどうも。ところでいまのこやだと、てぜまになってしまいますね」

 「えっ。それはまぁ、確かに、そうかもしれないが」

 「では、もっとおおきいいえにおひっこしですね」

 「・・・」 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ