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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第61話 邂逅

胸糞パート開始です。

内容に、気分を害する方が多くいらっしゃるかと思います。

ですが、侮蔑や揶揄、差別的な考えを持って書いている訳ではありません。


これは、少女リィルとその師匠ディンの、日常と冒険と、そして心の成長の物語です。


許容していただけるならば、もう少しお付き合いください。



 見渡す限り何もない荒野で。

 

 私とその人は向かい合っていた。


 「リィル、ここでお別れだ」


 彼は、“笑顔”でそう言った。


 「短い間だったが、楽しかったよ」


 一方的に告げて背を向けるその人に、私は必死になって追いすがった。


 お願いだ。

 私を一人にしないでほしい。


 「一人ではない。しろすけがいる。そして、君が出会った大勢の人々が」


 そうではない。

 私はあなたから、まだまだ教わらなければならないことが、たくさんある。

 

 「いや、君はもう立派に生きていける。それだけの力を、君はすでに持っているよ」


 そうではない。

 そうではないのだ。


 私には、貴方が必要なのだ。

 私は、貴方と共に生きたいのだ。


 「ししょう」


 私は必死に口を動かした。

 気持ちが高ぶり、舌が上手く回らない。


 「いかないで」


 まるで、幼児のようなしゃべり方。

 我ながら、なんと聞き苦しいことか。


 「いっしょに、いて」


 だが、言わねばならない。

 今こそ私は、伝えねばならない。


 私の気持ちを、想いを、あの人に。 


 「きいて」


 上手く言葉にできない。

 上手く言葉が出ない。


 「わたしの、きもち」


 伝えられない。

 伝わらない。


 「おねがい、だから・・・」


 何と呪わしいことか。

 たった一言ですむような短い気持ちを、自分の言葉で伝えることが、これ程に難しいだなんて。


 「ししょう・・・」


 私は。


 「あなたを・・・」


 心から。


 「あ、い・・・」






























 突然、私の頭の上に師匠の手が置かれた。























 大きく、温かく、力強い。


 安心する手だ。

 

 初めて出会った時から、何度も何度もこうして頭を撫でてくれた。


 「ありがとう、リィル」


 師匠は、やさしく言った。


 「最後の弟子が、貴女で本当によかった」


 私の眼から、涙があふれだした。


 いやだ。


 ちがう。


 聞きたいのは、そんな言葉ではない。


 「さようなら、リィル」


 師匠、私は・・・


 口を開こうとした瞬間に、私の体は光に包まれた。
















 「願わくは、君の人生に幸多からんことを」


























 「ししょうっ!?」


 リィルは叫び、毛布をはねのけ寝台から跳び起きた。


 そこには彼女の、大嫌いな師匠の姿はなかった。


 当然である。


 ここは彼女の城にして聖域。

 お屋敷の中の自室なのだから。


 部屋は薄暗かったが、机の上の時計を見る限りではまだまだ昼すぎだった。


 どうやら天気が悪いらしい。

 窓には、小粒の水滴がぴたぴたと張り付いていた。


 リィルは額の汗を拭うと、寝台から飛び降りた。


 奇妙な夢だった。

 なんだか、嫌に現実味があったのだ。

 あの、嫌な師匠と永遠に離れ離れになってしまうという、嫌な夢。

 

 リィルはそんな悪夢にあてられて、無性に、大嫌いな師匠の顔を見たくなった。

 しかし、それが不可能であるということも徐々に思い出してきていた。


 昼食の後に、彼女の師匠は買い物に出かけたのだ。

 

 同じ品でも他店と銅貨一枚でも値段が違えば拘泥する守銭奴であるために、往々にして長時間の強行軍になる。

 長年の付き合いで、リィルはそれをよく理解していた。


 本当ならば弟子である彼女もついていくのが道理なのだが、あいにくと体調を崩してしまった。


 なにせ折り悪く、月ごとの痛みが発生してしまっていたからだ。


 女性特有の苦痛ともなれば、いかに尊敬する師匠の頼みとは言え容易に遂行できはしない。

 賢明なる彼女の師匠は、疑いもせずに休息を命じて、単独で出立していった。


 こうして彼女は涙を呑んで寝台に潜り込み、また一つ賢くなった自分自身を褒めつつも、睡眠不足の解消のために貴重なこの時間を使うことにしたのだ。

 しかし、せっかくの昼寝中にあんな酷い夢を見てしまっては、心が休まらない。


 心細くなったリィルは、あたりを見回した。

 忠実な僕である、火吹き蜥蜴の姿を探していたのである。


 「・・・しろすけ?」


 しかし、精神安定のための抱き人形になってくれる存在は見当たらなかった。

 秋になり、暖房をつけていないときにはリィルを湯たんぽ代わりにするかの如くまとわりついてくるのだが、珍しく今はその尻尾の影すらない。


 ここにいないとなれば、一階の居間であろう。


 あそこは、空調が効いているからだ。


 そう判断したリィルは、さっそく自室を飛び出した。


 口うるさい師匠がいないので、彼女はいつも通りの下着姿だった。

 別に構うことはない。

 見られて困るような人物など、この家にはいないのだから。


 リィルは二段飛ばしで律動的に階段を降りると、居間へと飛び込んだ。


 「しろすけっ・・・!?」


 リィルは薄暗い居間の中で、眼を凝らした。


 果たして居間には、彼女の愛しいしろすけの姿があった。


 しかし、様子がおかしい。

 その小さく可愛らしい身体を一杯に縮こまらせながらも、懸命に威嚇するような鳴き声を上げていたのだ。


 「しろすけ?」


 リィルの呼びかけに、しろすけは応えなかった。

 その、いっそ番犬の様に頼もしい赤ちゃん蜥蜴の視線の先には、一つの影があった。


 来客用の寝椅子に、見知らぬ女性が座っていのだ。


 その女性は、リィルに挨拶どころか一瞥すらくれずに、ただ忌々しげに舌打ちをした。


 「ディンがいるってのに、そんなカッコなの?まったく・・・」


 リィルはその女性に対して、こちらから挨拶をするべきか、あるいは誰何の声を上げるべきかが分からず後じさった。


 彼女の知る限りにおいて、このお屋敷には泥棒や邪な存在が侵入することなどできはしないはずなのだ。

 なぜならば、このお屋敷に越してきた当日に、彼女の師匠が様々な種類の結界術を施したからだ。

 

 それならば、この女性は客人である可能性が高い。

 リィルの師匠が、彼女が自室で臥せっている間に招き入れ、買い物の間ここで待たせている。


 考えられるのはそんなところであるが。


 そんな風に必死に考えているリィルに構おうともせずに、女性は薄暗い居間の中で何かの書物を読んでいた。


 「来る日も来る日も、師匠、師匠、師匠・・・。他に書くことない訳?」

 

 女性は嫌悪感をたっぷりに込めてそう言うと、読んでいた書物を卓上に投げ出した。

 

 「あぁっ!?」


 それは、リィルの日記だった。

 

 先刻寝台に入る前に記帳し、しっかりと隠しておいたはずのに、なぜだか今はそこにある。


 「ひょっとしてアンタ、ディンに気があんの?」


 女性は相変わらずリィルに顔を向けずに、今度は卓上にあった硝子の容器を手に取った。


 良く見えないが、中には透明な液体が入っているらしい。

 女性はそれを一気に傾けると、ふぅっ、となんとも艶やかに息を吐いた。

 

 同じく卓上には、その液体の正体を示す瓶があった。


 リィルが必死になって勉強している、異界の文字。

 確か、『八つの海と山』という意味合いの名を持つ、貴重な酒だ。


 師匠がいつの間にか購入していたのを、摘まみ食いをしに台所へ潜入した際に発見していたのだ。


 未開封の状態で床下の鍵付き貯蔵庫に秘蔵してあったはずなのに、なぜだか今はそこにある。


 「今度のもなかなか、美味しいじゃない」


 栗毛色の髪の女性は満足げに呟くと、その貴重な酒瓶を傾けて、中身を容器に注いでいった。

 すでに瓶の中身は、半分もなくなっていた。


 その横顔は、暗がりからでもわかる程度には赤らんでいた。



 成程。

 この女は、自分の敵だ。



 リィルは、そう結論した。


 しろすけが、全身全霊で警戒をしている。


 自分の大切な思い出をつづった日記を、勝手に読んでいる。


 生臭坊主な師匠が大切にしまっていたお酒を、勝手に飲んでいる。



 これだけでも十分すぎる要因があったが、それ以上にリィルには気に入らない点があった。



 リィルは、その女性をねめつけた。


 年の頃は、二十歳そこそこ。

 身長はリィルよりも少し高いくらいだが、その胸部はお世辞にも大きいとは言えない。

 同じ年齢になったら、その点については間違いなくリィルが上回るだろう。


 しかしその女性は、細い体つきを強調するような絹の一枚立ちの女性服を着ていた。

 身体の線を際立たせるその黒い出で立ちは、街の流行とは言えないにしても、この女性の大人びた魅力を存分に引き出している。


 この女は自分の女としての魅力を、いや武器を、最大限に有効活用する方法を熟知しているのだ。

 リィルはそのように直感した。


 さらに気に入らないのは、彼女の師匠を呼び捨てにしたことだ。


 彼女の師匠は、他人からは必ず敬称をつけて呼ばれる。

 『ディン様』、『ディン殿』。大体がこのどちらかだ。

 あの軽薄なグレンですらも、きちんと『さん』をつけて呼ぶのだ。


 それなのに、この女は師匠を馴れ馴れしく『ディン』と呼び捨てにした。



 その、同じ女であるリィルから見ても魅力的な姿と彼女の師匠との深い関係を匂わせる口ぶりは、リィルの警戒心を最大限に引き上げるのには十分な要素だった。


 この女は、自分の全力を持って排除するべき敵である。


 リィルは、そのように結論したのである。

 

 「なによぅ」


 リィルが黙って睨みつけると、その女性はまた不機嫌そうな顔に戻った。


 「ここはディンの家なんだから、アタシが好き勝手したって問題ないのよ」


 その瞬間、リィルは激高した。


 「・・・お、ぉまえわぁっ!」


 身勝手な物言いにリィルはとうとう我慢できなくなり、女性に対して怒鳴った。


 そう、“怒りに任せて怒鳴った”のである。


 「おぉまぇわぁ、だ、れだ!?」


 リィルのその“言葉”に、女性はやっと顔を向けた。

 先刻までの不機嫌さは消し飛び、気抜けした表情になっていた。


 「・・・はぁ?」


 女性は、薄暗い部屋の中にあって、奇妙に光る眼をリィルに向けていた。

 

 しろすけの威嚇するような鳴き声が、一段と強くなった。

 

 「おぉまぇわぁ、だれ、だって、いぃってんだ!」

 「・・・」


 女性の、暗闇の中で金色に輝く二つの眼が、きゅっと細くなった。


 「・・・何よ、アンタ」


 女性は首を傾げながら、続けて言った。


























 「まともに、話せないの?」















 リィルの顔が、凍り付いた。

何度挫けても、何度でも立ち上がる。

そんな心の持ち主は、とても素敵だと思っています。


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