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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第57話 不公平と嘘について 前


 私の師匠は、不公平な人間である


 「いや。だからね、君。私の聖職者としての人格を、否定しないでもらいたいのだが」


 師匠は車椅子を押しながら、私に訴えた。


 いやいや。

 先刻から、師匠はずっと不公平である。


 師匠という人間は、基本的には他人に対して怒りをぶつけない。

 ただし食べ物や、殊にお酒が絡むと悪鬼の如く怒り狂うのだ。


 先日は、憐れな若者たち数十人を怒りに任せて洗脳し、救済の女神の尖兵へと仕立てあげてしまった。


 「いや、その。その件については、主神にこっぴどく怒られてしまったよ」


 師匠は車椅子を押す姿勢を変えることなく、首だけを力なく垂れた。

 

 なんだか、首無し騎士みたいだ。


 「しかしそれが、なぜ不公平ということになるのだい?」

 

 師匠はあからさまに落ち込んで見せながら、私に問い返してきた。


 当然である。

 師匠は、先日の迷える若人たちにあれ程の暴虐の限りを尽くしておきながら、“この施設”の人々にはそうしないのだ。

 これが不公平でなくて、なんだというのか。


 私はのろのろと進む師匠を追い越して、さっさと先を急いだ。

 先刻畳んだ、大量の真っ白な敷布。

 早くこれらを片付けて、次の仕事に移りたいのだ。

 

 「先日のチンピラどもと、同じ扱いなどできるわけがないだろう」


 師匠は頭を上げると、私へと追い付こうと速度をあげた。

 ガラガラと大きな音を立てて車輪が回り、車椅子が小刻みに揺れた。 


 すると。


 「やめんか、馬鹿者!」


 甲高い声と共に、師匠の頭が杖で引っぱたかれた。


 「ゆっくり押せ!腰に響くんじゃ!」

 「・・・失礼した、ご老体」


 師匠は車椅子に座るお爺ちゃんに、優しく返答した。


 ほら。

 やっぱり不公平だ。


 私は嘆息した。


 この車椅子のお爺ちゃんは、先刻師匠が食べさせようとした療養食を、『食えるかっ!』と床にぶちまけたのだ。

 

 別に、このお爺ちゃんだけではない。

 

 この介護老人施設のお年寄りたちは、食事が食べきれなくて残したり、あるいは身体の不自由さからこぼしてしまったり、さらには暴れてひっくり返したりするのだ。


 もし仮に、先日のチンピラが同じことをしたのなら。

 いや、私が同じことをしたって、師匠は怒り狂うだろう。


 天からの恵みを無碍にするとは何事かー、だの。

 食べ物を粗末にすると目がつぶれるぞー、だのと言って。


 そして私を、小鬼の巣穴に放り込むのだ。

 性根を叩きなおすための鍛錬だー、だのと言って。



 だというのに、師匠ときたら。


 「年より扱いすんな!このバカ息子!」

 「申し訳ない・・・」


 杖で小突かれ、ひたすらに低頭するばかりであった。










 私たちの住む街は、医療技術が高度に発達している。従って、病気で死亡する人間は少ないと言える。


 勿論、稀に事故による大怪我で即死してしまうということはある。

 そして残念なことに、どうしようもない経済的な格差によって、街の素晴らしい医療を受けることのできない立場の人間もいる。


 それでも、天寿を全うする者がほとんどであるというのは、この街においては幸福と言って差し支えない常識であった。


 しかし長生きする者は、生きてはいても身体の様々な部分が衰えていく。


 足腰。


 五感。


 そして、思考力。


 場合によっては、心までも。



 そんなお年寄りたちは、普通の家庭では生活できなくなってしまう程に衰えてしまうことがある。


 「そんなときに利用されるのが、この介護施設だ」


 師匠は私を引きずりながら、そう言った。

 

 師匠は朝の鍛錬が終わると、『一週間、一週間・・・』などと意味不明なことをあぶない表情で呟きだしたのだ。

 

 いったいどうしたのかと尋ねると、師匠の主神にして偉大なる救済の女神アリシアさんが、先日の師匠の行いに激怒したらしい。


 償いのために、一週間の奉仕活動を命ぜられたのだそうな。



 それは、別にどうでもいい。ご愁傷様だ。


 師匠が下手をこいて、それを叱られたのだ。


 いい気味だとは思っても、憐れんだりなどしない。


 普段から嫌なことばかりする師匠は、この際奉仕活動でも慈善活動でもなんでもやって、心を入れ替えるべきなのだ。


 だが、何故私がそれに巻き込まれるのだ?

 

 「君は私の弟子であり、聖職者の卵なのだ。ならば師匠と同じ体験をして、老人たちを助けるというのは当然だろう」


 師匠は顔を真っ赤にして抵抗する私に対して、したりと言い放った。


 全体、まったくもって、最初から最後まで。

 私は年寄りの面倒を見るなんて嫌だ。


 自分で歩くことも、ご飯を食べることも、用を足すこともできない連中の世話をするなんて、まっぴらである。


 私は師匠の手を振りほどくと、歯をむき出しにして師匠を見上げた。

 

 「まったく、なんという娘だ。君が寝たきり高齢者なっても、私は絶対に介護してやらないからな」


 師匠は腕組みをして、私を無表情のまま睨みつけた。

 しかし、眼には怒りが宿っていない。

 どちらかと言えば、心配とか心細さが表れていた。


 いやいやいや。

 年齢的に、先に足腰立たなくなるのは師匠です。


 私は師匠の真意を見抜いて、軽くあしらった。


 「ここで貴重な体験をしておけば、きっと将来役に立つぞ」


 師匠は腕組みを解いて、私を無表情のまま睨みつけながら言った。

 眼の中の感情に、変化はない。


 全体、私は聖職者にも介護施設の職員にもなる気はありませんので。


 「すでに顕在化している少子高齢化問題は、きっと街の経済に影響を与える。将来の職業選択の上でも、間違いなく役に立つ活動だ」


 ええと、ええと。

 私はまだ子供なので、小難しいことは分かりませんです。


 「いや、その、なんだね」


 遂に挫けたのか、師匠は首筋を撫で始めた。


 精神的な勝利を収めた私は、小さく拳を握りしめた。

 

 「私はそれなりに長く生きているが、老人の介護というのは初めての体験なのだ。何が何やら分からない。だから・・・」


 歯切れも悪く、ちらちらと私を見る師匠に、私は盛大にため息をついた。

 何のことはない。一人ではやり遂げる自信がないということだ。


 ん、もう。

 しょうがないな。

 心細いのならば、素直にそう言えばよいのだ。


 「面目ない・・・」


 言われて師匠は、今度は素直に私に向かって頭を下げた。

 普段は強気で偉そうな師匠が、こうまで私にへりくだるというのは珍しい。


 そんな師匠に免じて、今回は手助けしてやるとしよう。


 「ありがとう」


 師匠は言いながら、私の頭を撫で繰り回した。


 その代わり、お小遣いの増額を希望いたします。


 「・・・」







 「慈善活動だなんて、とても嬉しいですよ。いつも人手が足りないんです」


 そう言って笑顔で歓迎してくれた職員だったが、別に覚悟していたほどに難しい仕事を任されることはなかった。


 要するに、お爺ちゃんお婆ちゃんの話し相手になってくれ、というだけだったのだ。


 なにせ自宅から、家族から離れて生活するお年寄りたちである。

 

 しょっちゅう子供や孫が会いに来てくれるような幸福な家庭ならばいざ知らず、仕事が忙しいだの“その他の事情”だので家族に会えないとなると、どんどん心身が痩せてしまうのだそうだ。


 そうならないためにも職員は様々な工夫や努力をしているが、何より重要なのは彼らと話すことなのだそうだ。


 私にはまったく分からなかったが、とにかく話し相手になってやれればそれで十分なのだそうだ。


 












 しかし。












 私には、“それこそ”が難しい。











 難しいのだ。











 それに、お年寄りたちが何をしゃべっているのかが聞き取りづらかったり、あるいは言葉の意味が分からなかったりするので、私ができることと言ったらテキトーに相槌を打つ程度だった。


 しかしながら、なぜだかそれが老人たちには好評だった。


 「リィルちゃんていうのかい?可愛いねぇ」

 「いやあ、バアさんの若いころにそっくりだよ」

 「お菓子、食べるかい?」


 などと、半ばもみくちゃにされながら、私はお年寄りの相手をしていた。

 

 「君、表情が硬いよ」


 大勢のお婆ちゃんたちに囲まれて口説かれながら、師匠が無表情にそう言った。


 あんただ、あんた!



 この介護施設はなかなか充実した設備があるが、中でも驚いたのは立派な中庭だった。

 私たちのお屋敷がすっぽりと入りそうな広い芝生に、数本の木が植えられていた。


 こういった環境づくりも、職員たちの努力の一環なのかもしれない。

 

 私は大勢のお爺ちゃんやお婆ちゃんたちと連れ立って、中庭のど真ん中で日向ぼっこをしながら、世間話や身の上話に興じていた。いや、私はもっぱら聞き手だったのだが。

 

 しかし残念ながら、聞き手でいるだけでは済まなかった。


 話をしている間に、無意識なのかなんなのか、変な行動をとるお年寄りたちもいるからだ。

 話を聞きながらも、危険な行動をとらないか眼を配るのは、なかなかに大変だった。


 あ、こらこら。

 その辺の草を食べたら駄目だってば!


 だめだめ!

 木に登るなんて、怪我するに決まっている!


 うわわっ!

 お尻を触ったな!この助平爺め!


 なんだか、自分よりも背の高い子供を世話している気分だった。


 「笑顔、笑顔」


 師匠はお婆ちゃんたちに噛みつかれながら、無表情にそう言った。


 あんただ、あんた!


 

 

 あっという間に午前中が終わると、昼食の時間がやってきた。

 

 「貴方たちも、一緒に食べてください」


 私と師匠は、お年寄りたちのための食堂に案内された。

 そこで職員の方々が用意してくれた昼食は、それはそれは見事なものだった。


 なにせ、お皿からして美しい。淵に金色の装飾がされた陶器の皿は、食事の質を確かに高めている。


 品数も、豊富だった。


 主食の麦飯は、赤茄子の醤で味付けされており、見た目も良い。


 鶏肉は、口の中で溶けるかのように柔らかく煮込まれている。


 根菜もしっかりと蒸されており、噛むのにほとんど力が要らない。


 汁物は、薄味ながらしっかりと出汁が効いている。


 果物は、甘く煮付けられた林檎だった。


 「これは、実に見事だ」


 師匠は各品を少しずつつつきながら、唸った。

 

 「咬合力の弱まっているお年寄りにも、食べやすい。それでいて味も良く、栄養の均衡も取れている」

 

 私も驚きだった。

 こういう介護施設のご飯って、病院食や精進料理みたいに味気のないものなのかと思っていたけど、これは見た目もすごいではないか。


 「それは、そうですよ」


 お年寄りの食事の補助をしながら、職員はちょっと自慢げに言った。


 「食べることって、生き物にとってはとても大切ですからね。美味しい料理を食べれば、身体だけではなく心にも力がつくんです!」

 「いや、まったくその通りだ」


 職員の言葉に、師匠が何度もうなずいていた。


 なんで師匠が偉そうにするのかなー?



 などと思っていると。




 がっしゃーん! 


 

 突如食堂に、大きな音が響いた。

 私と師匠が素早く音のした方向、食堂の入口に眼を向けると。


 「触るなっ!貴様らっ!」


 車椅子に乗ったお爺ちゃんが、杖を振り回していた。

 これから昼食だというのにそのお爺ちゃんは、自分をなだめようと近づいてくる職員を、次々に杖で滅多打ちにしていた。

 

 職員たちは、慣れているのか笑顔で接していたが、私は彼らの眼に浮かぶ感情に強烈な違和感を覚えていた。


 なんだか、表情と感情が不一致な状態というか。

 あるいはいっそ、乖離しているというか。


 私が首をかしげている間にも、どんどん犠牲者たちは増えていった。

 このままあたりかまわず暴れられては、他のお年寄りたちも危険である。


 師匠、師匠。

 

 「なんだい」


 職員が、暴力を振るわれて困っているではないか。

 ここは弱き人々を救うべく、師匠が立ち上がる時なのでは?

 

 師匠は私の言葉を聞きながら、しばらくの間その暴れまわるお爺ちゃんと職員たちを見つめていた。

 

 「・・・ふむ。そうだね」


 師匠は私からの挑発を真に受けて、そのお爺ちゃんに近づいて行った。


 お爺ちゃんから距離を取る職員をかき分けるようにして、師匠は車椅子の正面に到着した


 「ご老体。ご気分が優れないのかな?」


 師匠が膝をついてそう話しかけると、お爺ちゃんは不機嫌そうな顔のまま、師匠をぽかんと見つめた。


 いつもの職員とは違う男が目の前に現れたので、驚いたのだろうか。

 と、私が思っていると。


 「なんじゃ、やっと会いに来たか!トニィ!」


 お爺ちゃんは、先刻までの不機嫌そうな表情を捨て去り、満面の笑みを浮かべた。

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