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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
51/222

第50話 恐怖の吸血鬼について 後

 

 『大丈夫ですか?』


 そう語りかけてくる金髪の娘は、しかしあまり心配そうな表情ではなかった。


 なんというか、その頬を膨らませた表情は、不満気である。


 『ふんだ。私は別に、偉そうになんてしていません!』


 そう言って、質素な白装束に身を包んだ娘は、そっぽを向いた。


 度々出会うことのある娘だが、いまいち正体がつかめない。

 この意味不明な言動についても、何について話しているのかさっぱりだ。


 『はぁ・・・。もう、いいです』


 娘はわざとらしく大きなため息をつくと、私に向き直った。

 もう、機嫌を損ねている様子はない。


 『またもや“彼女”からのちょっかいを受けているようだったので。こうして謝罪に参りました』


 本当に申し訳ありません、と深々と頭を下げる娘に対して、私は気にしないでほしいと返した。

 全体、“彼女”とやらが何者なのか、ちょっかいとは何なのかが分からなかったが、少なくとも目の前の娘が私に対して何かをしたわけではないのだ。

 

 『とにかく、あれは貴女の恐れる吸血鬼などではありません。安心してください』


 まるで見てきたように語るものだが、どうやらここは夢の世界のようだし、問題はないだろう。

 私の脳内で作り出したであろうこの娘が、私の置かれている状況について詳しいのも当然である


 ・・・しかし、いつだったかは現実の世界で出会ったような気がするのだが・・・? 

 それに、いやに師匠のことにも詳しい。私の知らなかった情報まで・・・?


 『ああっと!もうすぐ、貴女の師匠が戻ります!さあ、目を覚ましてください!』

 

 娘は慌てて、誤魔化すようにそう言った。









 ちょっと待って!


 私はそう叫んで跳び起きた。


 周囲は薄暗く、窓の外は相変わらずのどんよりした曇り空だ。

 どうやら、夢の世界から戻ってきたらしい。

 私の傍らで行儀よく待っていてくれたらしいしろすけは、私の帰還を喜んでいるのか、しきりに私の頬を舐めまわした。


 私は、そんな可愛いしろすけの頭を優しく撫でると、ゆっくりと立ち上がった。

 

 私よりも感覚の鋭いしろすけが警戒していないとなると、周囲には脅威となる者は存在していないはずだ。


 とりあえず、吸血鬼は去ったらしい。


 ・・・いや?


 『あれは貴女の恐れる吸血鬼などではありません』


 夢の中で、娘が言っていた。

 あれは、本当なのだろうか?


 などと考えていると。

 





 「おおい、君。開けてくれ」


 玄関から、待ち望んだ声が響いてきた。


 師匠!

 

 お待ちしておりました!


 「頼むよ、自分では開けられないんだ」


 師匠の懇願するような声に、私はほいほいと玄関へと駆け寄った。


 そして、まさに取っ手に手をかけた瞬間に。




 ぴしゃあぁん。



 と、稲光が走った。



 「さあ、早く開けてくれたまえ」



 その師匠の言葉に、私は従えなかった。


 ふと、疑問が湧いたのだ。



 なぜ、師匠は自分で入ってこないのだろうか、と。


 



 ほんの一瞬だけ、暗い室内に強い光が差し込んだ。

 それから遅れること数秒。


 ぴしゃあぁん、ごろごろ・・・。

  

 という、大小様々な種類な太鼓を律動的に叩くような音が、周囲に響き渡った。


 「・・・おおい、君。早く入れてくれたまえよ」


 稲妻の音にまぎれるようにして、玄関の扉の向こうから、くぐもった師匠の声が語り掛けてきた。


 

 私は、思い起こしていた。


 吸血鬼は許可がない限り、他人の家に入れない。

 吸血鬼は、人を惑わす。

 


 「・・・君、いるんだろう?」


 師匠の、助けを求めるような声が聞こえてくる。

 

 しかし私は、動かなかった。


 私の心の中では、一つの疑念が確信へと変わっていた。


 今。

 

 扉の向こうにいるのは。


 師匠ではない。

 


 ぴしゃあぁん。


 と、またも空気を裂くような音が響き渡った。


 「・・・なあ、君。私を中に入れてくれたまえ」


 私はしろすけを抱きしめながら、そっと居間へと引き換えした。


 騙されるものか。

 “あいつ”は、師匠に化けた吸血鬼だ!

 きっと私が、のこのこと扉を開けに行くのをまっているに違いない!


 「ええい、仕方がないな。・・・ああっ!」


 師匠の悲痛な叫び声が聞こえた。

 

 うん。


 普通の叫び声って、こういうもんだよな。

 かような危機的状況に置いて、なぜか私はそんな能天気な感想を抱いた。


 「あー、あー、あー・・・」


 どうやら、何か良からぬことが起こったらしい。

 彫像の様な顔のままで、ひどく落胆した眼をした師匠の様子が目に浮かぶ。

 

 それほどに師匠にそっくりな声が、扉の向こうから聞こえてきた。


 本当に吸血鬼という奴は、人を惑わすのが上手いのだな。


 「もったいないなあ、まったく・・・」


 がちゃ、がちゃん。


 と、外から鍵をこじ開けるような音が聞こえた。


 一向に開かない扉に痺れを切らしたのか、外にいる吸血鬼が我が家へと侵入してくるらしい。


 なんてこった。


 退散させるどころか、師匠が帰ってくるまでの時間稼ぎすらできなかったではないか。


 




 ほら、














 今にも、















 自ら扉を開けて・・・


 



























 え?


 自ら扉を開けて?


 許可がないと、入れないのでは?





 「ただいま。ああ、まったく。けっこう割れてしまったな」


 吸血鬼などではなく、師匠その人は、ぼやきながら帰宅を宣言した。


 師匠は扉を開け放つと、地面においてあった紙袋の山を持ち上げた。その周囲には、卵が五つ程割れた状態で転がっていた。

 そして師匠が両手で抱える紙袋の山の頂上には、卵の容器が顔をのぞかせていた。


 「安定を崩すと落としてしまいそうだったから、君に扉を開けてほしかったんだ。案の定、地面に置いた拍子に卵が崩れてしまった」

 

 自身の肉体の積載限界を考えずに買い込んでしまったという失態には触れずに、扉を開けようとしなかった私に対する非難を込めて、師匠はぐちぐちと小言を放った。


 私はそれには構わずに、師匠へと飛びついた。


 「おおっと!君、これ以上落とすのはまずいよ」


 師匠が紙袋をかばうようにして身をよじったが、私は構わず師匠の身体に縋り付いた。



 







 「吸血鬼?」


 そう!

 さっきまでいた!


 「そんな馬鹿な。まったくそれらしい気配はなかったよ」


 紙袋の中身を丁寧に取り出しながら、師匠は首をかしげていた。

 聖職者であり、聖戦士でもある師匠は、吸血鬼のような邪悪な存在を嗅ぎ取る能力が高いはずだ。それなのに、気配がしなかった?


 と、言うことは、夢の中で娘が言ったとおりに、あれは吸血鬼ではなかったということなのか?


 「全体、この屋敷の敷地内には邪な者が入れないように、様々な結界が張られている。吸血鬼如き、扉にも触れられないよ」


 でもでも!

 確かに見た!


 なおも言いすがる私に、師匠は呆れたような眼をむけた。


 「君。昨日は、何時に寝たんだい?」


 ・・・十二時くらいには、寝台に入った・・・。

 と、思う。


 「そんなに夜更かししていては、昼間に眠ってしまうのも仕方がないね」


 師匠はそう言って、私の頭にぽんぽんと手を置いた。

 



 ・・・寝ぼけていた?

 

 では、今までのは全部、夢?

 

 そういえば、しろすけはずっと警戒していなかった。

 

 つまり、脅威となる者はいなかったということだ。

 


 私は、へなへなと床に座り込んだ。



 なあんだ、そうだったのか。


 謎が解けて、虚脱していた私は一気に安心感に包まれた。


 なんてことはない。

 あの恐ろしい吸血鬼の姿をした者どもは、私の恐怖心が生んだ幻影にすぎなかったのだ。

 

 ああ、よかった、よかった!

 

 私は、大きく腕を上げて伸びをした。


 ああ、吸血鬼なんていないんだ!


 なんて素晴らしい気分だ!





 そして腕を下ろすと。






 右手には、白粉のようなものが付いていた。






 なんだろうな、これは。


 我が家では、白粉なんて使う人間はいない。


 そういえば、あのニタニタ笑っていた吸血鬼の幻影。


 私がぶん殴ったんだっけ。


 右手で。

 

 ひょっとすると、これは。


 その時についたのかな。

 


 え。



 それじゃあ。




 あれは。




 幻じゃあ・・・



 



 





 「君、どうしたんだい。顔色が悪いようだが」



















     ぴ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  !



 






 自分でも、どこからこれだけの声を出しているのか分からなかった。

 だがとにかく私は、叫びながらしろすけを抱きかかえて、ぐるぐると師匠の周りを走り回ったのだ。


 恥も外聞もなく、涙と鼻水で顔を汚しながら、それはもう必死に叫んだのである。





















 「あっはっは!傑作だったわ!」

 「うう、すごく痛かった・・・」

 「アンタがあの娘に殴られたときの、なっさけない顔!最高だったわ!」

 「・・・」

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