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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第49話 恐怖の吸血鬼について 中


 人というものは誰しも、その時の感情に伴って、大なり小なり叫ぶ習性があるものだと思う。


 例えば、うれしい時には。


 やったぜ。

 だとか。


 よっしゃ。

 だとか。


 

 そんなものである。 


 例えば、逆に驚いた時には。




 きゃあっ。

 だとか。



 ひぃっ。

 だとか。



 うわぁっ。

 だとか。



 そんな類の声を上げるのだ。


 

 もちろん人ではないしろすけだって、驚いたり怒ったりしたときには、甲高い鳴き声を上げるのだ。


 成程。

 深く思慮してみれば、気持ちに任せて声を上げるのは、声帯を持つものの宿命なのかもしれない。

 

 特に、不意を突かれた際に上げる声というものは、自分の意志によらずに、まさしく“思わず”変な声が出るものなのだろう。








 前置きが長くなったが。







 私の場合においては。

 



















     ぴ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  !



 










 で、あった。




 自分でも、小さい身体のどこからこれだけ奇妙な声を出しているのか分からなかった。

 だが、とにかく私はそのように叫びながら、しろすけを抱きかかえて自室を飛び出していたのだ。


 後に冷静になってから、流石に『ピャー』はないよなぁ、と思ったものだが。

 その時は本当に怖かったのだ。


 本当に、本当に。

 

 とにかく。

 その時の正気を失っていた私は恥も外聞もなく、涙と鼻水で顔を汚しながら、それはもう必死に走ったのである。


 勿論、窓の外でニタニタと笑う“あいつ”とは反対側の、廊下に向かってだ。


 そのまま扉を突き破る勢いで自室を飛び出し、階段を転げ落ちるようにして降りると、一目散に玄関を目指した。


 “あいつ”から逃れようという一心で、左腕でしろすけを抱きかかえたまま、右手を取っ手に伸ばして扉を開くと。


 

 

 





 「やあ!」










 “そいつ”は、すでに先回りをしていた。


 


 相変わらずのニタニタとした嫌らしい笑顔で、つり上がった口の端からは牙が覗いていた。

















  ぴ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  あ  !



 






 私は取っ手から右手を離すと、しろすけを抱きかかえたまま“そいつ”の顔面に、自身が持ちうる全力を乗せた拳骨を叩き込んだ。


 「ぎゃっ!?」


 “そいつ”は私の右手を左の頬のあたりにめり込ませながら、くるりと一回転して地面へと倒れた。

 手ごたえはあったが、なんとなく軽い感触だった。


 「いたた。ちょ、ちょっと・・・」


 “そいつ”は上半身だけを起こして、私を見上げていた。

 涙目になりながら左の頬をおさえており、その視線にはうっすらと非難めいた感情が浮かんでいた。


 私は右手に残る確かな感触とともに、“そいつ”の妙に気の抜けた台詞をはっきりと聞き取った。

 

 しかし、恐怖と興奮の冷めやらぬ私は、それに応じることなく扉を閉めると、鍵をしっかりと二つかけた。


 「ええっ!?待ってよう!」





 鍵をかけたところで、やっと少しだけ正常な思考ができるようになった。


 

 あの、青白い肌!


 

 口からちらりと覗いた牙!



 吸血鬼だ!



 吸血鬼が、私の血を吸いにやってきたのだ!



 師匠に頼んで、やっつけてもらおう!



 私はしろすけを抱きかかえたまま、居間へと転がり込んだ。

 いつの間にか、居間の魔力光は消えていた。

 


 ・・・師匠!師匠!



 私は、暗い居間の中で小さく呼びかけた。

 返事は、なかった。


 ・・・ああ、そう言えば。

 師匠は買い物中だった。



 ・・・あれ、そうなると。



 今のこの状況って。



 かなり、まずくないか?



 暗がりの中、しろすけと二人きり・・・。もとい、一人と一匹きりの状態にすさまじい心細さを感じた私は、せめて居間に明かりをともそうとした。


 しかし、壁の突起を押すが、反応がない。

 魔力が供給されていないのだろうか?

 

 慌てて他の製品も起動を試みたが、どれ一つとして私の起動命令に応じるものはいなかった。

 どうやら、このお屋敷の魔力炉が停止しているらしい。

 故障したのだろうか?



 あるいは。


 “あいつ”がやったのか・・・?


 

 恐怖にかられた私は、師匠が積み上げた書籍の山へと飛び込んだ。

 

 つい先ほどまで師匠と二人で読んでいたのだから、すぐ手の届く範囲にある筈だ。

 そしてその推測は、的中した。


 ・・・あった!

 これだ!


 薄暗い室内で、どうにかして師匠から見せてもらった図鑑を取り出した。


 そこには、師匠から講義をしてもらった吸血鬼に関する情報が詳細に書かれていた。


 ・・・くっくっく。

 よくも脅かしてくれたな、吸血鬼め!

 この借りは高くつくぞぉ・・・!?


 私は図鑑の記載に眼を走らせながら、半ば狂気に染まりつつあった表情を歪ませた。

 腕の中のしろすけが、なんとも言えない眼つきで私を見ていた。


 吸血鬼の弱点その一!

 日光!


 私は、さっと窓の外に眼を向けた。


 今にも雨が降り出しそうな、分厚く黒い雲が空を埋め尽くしていた。

 さらに、遠くの方から。


 ごろごろごろ・・・。


 という、不吉な音まで聞こえてきていた。

 

 ・・・駄目だこりゃ。


 次!


 吸血鬼の弱点その二!

 にんにく!


 私は、しろすけを寝椅子の上に置くと、台所へと這いずる様にして移動した。


 外から見られているかも知れなかったし、何より腰が抜けていたのかもしれない。


 台所には、師匠のお気に入りの大型冷蔵魔法庫があった。

 

 こいつは、師匠が五年前に購入した製品であり、冷蔵室、冷凍室、野菜室、製氷室と、様々な機能を持った、師匠の大切な宝物である。

 師匠の持つどんな装備よりも高価であり、そしてその値段に見合うだけの高い性能を持ってもいた。

 

 やはり魔力が供給されていないためか、いつもの低く唸るような音が聞こえなかった。


 私は野菜類を冷蔵しておく野菜室の扉を開いて、中身を物色した。

 

 ・・・あった!

 真っ白な、ユリ科の球根によく似た形の小さな塊が六個!

 にんにくだ!


 私は冷蔵されていたそれを、五個とも持ち出して扉を閉めた。


 ついでに冷凍庫の氷菓子も頂戴しておいた。

 

 どうせ魔力が供給されていないのだ。

 このまま溶けて無駄なってしまうよりも、私の腹の中に納まる方が随分とましではないか。



 私は居間へと戻ると、部屋の四隅とど真ん中ににんにくを設置した。

 これで、にんにくによる結界を張ることができた。


 そうやすやすとは、侵入してこれまい。

 私は駄目押しとして、ついでに神様に祈ることにした。



 ええと、ええと。


 天にまします偉そうな神さま。


 私、吸血鬼に襲われそうです。


 血を吸われるのは嫌なので、ちゃちゃっと退散させてください。


 にんにくを五つお供えしますから、どうぞお願いします。



 私は氷菓子を頬張りながら片膝をついて瞑目し、そのようにテキトーに祈った。

 

 なんだか、にんにくを使用したいかがわしい儀式のようにも見えるが、特に問題はないだろう。


 よし!

 これで効果はでるだろう!

 だが心配だから、もっといろいろ試してみよう!


 しろすけが寝椅子の上で、首をかしげながら私を見つめていた。



 吸血鬼の弱点その三!


 胸に杭を打ち込んでから、首を撥ねる!


 杭は、庭の倉庫の中にあったな。

 それに、鎚もだ。


 どうにかして吸血鬼の眼を欺いて、庭の倉庫に到達する手段は・・・


 しろすけとにらめっこをしながら、私は必死に考えていた。


 ・・・って、ちょっと待て待て私。

 杭を打ち込むってことは、接近しなければならないではないか!


 ・・・却下だ、却下!

 無理無理無理!


 あんな恐ろしい吸血鬼に近づくだなんて、冗談ではない!


 次!



 吸血鬼の弱点その四!

 

 聖印を掲げる!


 ・・・師匠が持っていたような気がするが、全然形が分からない。


 まいったなあ。

 こんなことになると分かっていたら、少しは聖職関係のことを勉強していたというのに。


 仕方がないから、次だ次。



 吸血鬼の弱点その五!


 鏡に映らない!


 だから何だってんだ!?


 次!



 吸血鬼の弱点その六!


 銀の武器!


 ・・・師匠の部屋にならあるかなぁ?

 

 でも、部屋のどこにあるのか分からないし、勝手に入ったら怒られそうだ。


 本気で怒った師匠と吸血鬼。

 どちらがより恐ろしいかと言うと・・・



 次!


 吸血鬼の弱点その七!


 水が苦手!


 よし、これなら簡単だ!


 私は早速、居間の隅に置いてある霧吹きを手に取った。

 これは本来、衣服のしわ伸ばしの時に使うものだが、相手に水を吹きかけるという一点においては非常に効果的だろう。


 私は右手に霧吹きを。

 左手には余ったにんにくを持った。


 完全武装だ。


 これならば、吸血鬼を退散させることができるだろう。


 行くぞ、にっくき吸血鬼め!


 覚悟しろ!


 しろすけの呆れるような視線を受けながらも、私がそのように決意した、まさにその時。

 


 突如、お屋敷がカタカタと揺れ動き始めた。



 

 それは軽い地揺れのときのような、軽い物が少しずつ動くような、そんな小さい揺れであった。


 

 私は、ひっ、と短く叫んで両手の武装を放り投げた。


 そして、寝椅子の上であくびをしていたしろすけへと飛びついた。




 その揺れに伴って。





 「入れてくれよぉぉぉぉ・・・」


 「開けてぇぇぇぇぇ・・・」


 「寂しいよぉぉぉぉ・・・」 

 



 居間にある、窓という窓から。

 

 暗がりでも猫のように緑色に光る眼で。

 

 一斉に私をねめつけながら。


 その大勢の吸血鬼たちは、私に語り掛けてきた。




 私はしろすけを抱きしめたまま。


 ただ意識だけを手放した。


 


 

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