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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第45話 帝國軍人大滝の悲哀

 夜だというのに、星一つ見つけられない暗い空。見ているだけで、体中の生気を吸い取られてしまいそうな陰鬱さを感じてしまう。 


 しかしそれに反して、地上は大変に賑わっている。

 

 文明の象徴たる明かりを、煌々とともしながら林立するビルディング。


 道路には休日の楽しみを終えた人々が、あるいは不条理な出勤を強要されたサラリーマンが運転する車で溢れている。


 歩道を行きかうは帝國臣民と、それに多種多様な人種の観光客であろうか。


 上空からこの場を一望すれば、誰でも暗い夜を美しく光りで装飾する風景を認めるとともに、次のように評するであろう。


 まことに、この帝都は日本に、いや世界に誇るべき大都市である、と。



 大滝は、盛大に人ごみに揉まれながらも、どうにか帝都駅から脱出することができた。


 すでに日は暮れ、大勢の帝都民が帰路へとついていた。大滝もその一人だ。


 大滝は、懐に大事に抱えている包みの感触を確かめながら、背筋を伸ばして規則正しいリズムで歩き出した。

 

 この包みの中には、一冊の大きな本がある。

 

 最愛の長男からのたっての頼みで、電車で五駅程往復して購入してきたのだ。


 本なんて、今では電子書籍でいくらでも読める。

 紙の本が良いという奇特な輩だって、ネット通販ならば少し時間がかかるにしても、家から出ることなく目的の品を手に入れる事ができる。古書だって同じだ。

 

 大滝にとっては、本とはそういうものだった。

 少なくとも、最愛の長男と二人がかりで帝都中の書店に電話を掛けたり、わざわざ悪友の胡散臭いルートに頼ったりしてまで読むようなものではないと思っていた。


 だが、大滝が命がけで自宅まで輸送中のこの本は、そこまでしなくては手に入らない一品なのだ。


 中学校時代からの付き合いの悪友の伝手で、どうにか一冊購入することができた、異界の書籍なのである。

 入荷されるたびに売り切れになる超がつくような貴重品だが、別に専門書のような類ではない。地球で言うところの、聖書のようなものだ。

 

 いや、おとぎ話と言ったほうが正しいというのが専門家の意見でもある。

 なにせ書かれていることは、別に説教や教訓などではなく、『誰それが何々をして、こうなった』程度のことしか書かれていないそうなのだ。しかもそれは、実在した人々の記録でもあるらしい。


 『地球の様々な聖書だって、まったくもって実在の人物のことについて書かれているのだろうがな?』


 大滝は、最愛の長男からの期待を一身に背負い、周囲に油断なく目配せをしながらそんなことを考えていた。


 とにかく。

 あの異世界の品というだけでなくとも、その長い歴史を記した書物ということで、特に研究者には大人気の品だ。


 大滝は、『なぜこんなものを欲しがるのか』、などと無粋に訊ねるような愚かな父親ではない。

 なにせ最愛の長男は、あの異世界へと二時間もの間旅立ち、生還した勇者なのだから。


 そんな勇者が、今度は学校ぐるみで異界で知り合った女の子との文通を始めたのだという。

 

 女の子というのがとても気になるところではあるが、日本男児が邪な気持ちで何かをすることなどありえないのだ。


 だから、良き父親としては最愛の長男のために微力を尽くしてやらねばならない。

 

 大滝は、ちらりと包みを見た。

 

 異世界の本。

 これは、その素材から何まで、すべてが異世界産だ。


 だが悪友から手渡されたこれは、そこいらの書店で売っている書籍との違いが分からない出来だった。

 精々文字が、大滝の知る限りの地球上のあらゆるものと異なるという点ぐらいか。


 『少なくとも、製本の技術があるということだ。それも、こちらに流通させても問題のない程度に』


 あの異世界の技術は、驚愕するべきものばかりだ。いや、畏怖すべきと形容するのが正しい。

 特に、“魔法”などという馬鹿げた技術体系だ。



 大東亜戦争直前。

 大日本帝國に到来した異界の少年からは、恐るべき魔法による技術の数々を習得することができたそうだ。


 弾丸や化学生物兵器、果ては大量破壊兵器すら無効化する可能性を示唆されている呪い(まじない)。


 非常に高い精度で未来を予測する占術。


 未知の物質の精製方法。


 これらの技術が提供されたことで、当時の帝國は飛躍的な革新を遂げた軍隊を作り上げることができた。


 当時のドイツ帝国をすら凌ぐほどのあまりに強大な力を持ちえたのは、ひとえにあの異世界とのつながりがあったからに他ならない。 


 そのファクターのおかげで、我が大日本帝國は広げた領土こそ失えども、本土に進行されることもなく、国体を維持することができた。


 他にも奇跡という、おそらく魔法の一種による秘薬を使えば、終末医療患者をすらスポーツ選手にしてしまうという。信憑性は薄いが、死者を蘇生することすら可能なのではないか、という意見があったりもするのだ。


 異世界から漏出しつつはあるが、いまだに解明しきれないこのような魔法というオカルティックな力は、地球上の物理・化学現象を捻じ曲げ、不可能を可能にする力だ。


 笑えることに、あの世界には空想の産物に過ぎない二足歩行型の大型ロボットがあるらしい。

 なにせ最愛の長男が証言したのだ。ぜひとも写真に撮ってきてほしかったが、情報統制の関係上不可能だった。しかも、かなり昔の戦争で使われていた兵器なのだという。


 『子どものころの、スーパーロボットのパイロットになるという夢は、ひょっとしたら果たせるのかもしれないなぁ』


 大滝は、懐の包みをひと撫でしながら、異世界でロボットを操縦する自分の姿を夢想した。

 どれだけ年をとっても、巨大なロボットを操縦するというのは健全な日本男児の変わらぬ夢なのだ。


 そう、巨大ロボット。異世界の戦争兵器。


 これも、魔法で動いているらしい。

 どうやら“魔力炉”なるエンジンのようなものがあり、空気中にある地球の技術では観測できない“魔力”というやつを吸い取って、エネルギーに変換するのだそうだ。


 もはや驚くのも馬鹿馬鹿しい。

 そのようなフリーエネルギーは、向こうでは一般家庭で様々な製品を動かすために使用されているらしい。


 技術体系からその水準まで、差がありすぎるのだ。 


 一度、その魔法の力やそれによる産物が発動すれば、我々地球の科学を結集した兵器群などまるで歯が立たない。

 これは、“初接触”の際の多大な犠牲とともに判明したことだった。


 それらの事実の一部が半世紀前に帝國の内外に暴露され、全世界の科学者の実に三割が聖職者へと鞍替えしたというのは、あながちくだらないジョークとも言い切れない。


 そしてそれでなくとも、圧倒的な身体能力の差がある。


 あの異世界の住人らは魔法の力で強化でもされているのか、ただの子どもですらも、我々軍人のように訓練を受けた地球人に拮抗する膂力を持つのだ。

 いわんや異界の軍人をや、である。



 情報や人間の行き来を制限しているため、恐らくまだ向こうにも露見はしていないのだろうが、彼我の戦闘能力の差は歴然としている。


 向こうはただの地方自治体レベルの武力であっても、わが帝國の全戦力を投入して拮抗できるか怪しいのだ。


 こんな恐ろしい隣人との交流は、しかし無限の可能性を秘めてもいる。

 なんとしても、異世界との関係を改善し、そこから技術を学ばなければならない。


 このまま膠着状態が続けば、向こうが痺れを切らして帝國に侵攻してくるかもしれない。

 そうなったら、我々に勝ち目はあるのか・・・?


 『などと、くそったれの政治家の方々は、椅子の上でふんぞり返って考えているのだろうなぁ』


 大滝は立ち止まって、恨めし気に駅周辺に設けられた喫煙スペースを見つめながら、そう思った。


 そのブースの中では帰宅ラッシュに取り残されるように、同志たちがさまざまな種類の銘柄を存分に味わっていた。


 河の流れに取り残された岩のような一角に対して、先を急ぐ人々は一瞥をくれてから足早に去っていく。

 大滝にはそれが、侮蔑や嫌悪が含まれた視線のように感じられた。


 大滝自身も同志たちに混ざりたかったが、先日大臣から直々に指導が下ったばかりだった。

 『制服を来ていない、いわゆるオフの時間であっても気を抜いてはいけない。絶えず帝國臣民には、帝國軍人として見られていると意識しなさい』と。

 

 どこぞの週刊誌に、パチンコなんぞに興じている新兵が特集されてしまったのが原因だった。


 その新兵は当時制服を着ておらず、したがって何ら周囲に気兼ねをしなくてもよい自由時間のはずだったのだが、くそったれの反戦主義者どもは盛りのついた犬のように、そのネタに飛びついてきた。

 

 『なんだって自分が、ネチネチと嫌味を言われなければならなかったんだ』


 大滝が直々に懲戒をすることになってしまったその新兵には可哀そうなことだったが、割を食った自分たちだって可哀そうなのだ。

 大滝は包みを抱きしめながら、香しい煙が吐き出されるブースから離れた。


 くそったれのマスコミめ。

 『帝國軍人の恥ずべき実態!』などとセンセーショナルに書き立てやがって。


 いつどこからカメラが狙っているか分からないので、公用の喫煙スペースに入ることすら躊躇してしまう。

 勿論最愛の家族のことを考えれば、自宅で吸うなんてのももっての他だ。


 というか、帝都条例で家庭内での喫煙を禁じるという話だって聞く。

 同志たちにはますます住みにくい世の中になりつつあるのだ。


 なにが帝都民ファーストだ、こんちくしょうめ。


 自分に、死ねというのか。


 くそったれの禁煙ファシスト党の女党首め。帝國のために命がけで働く自分に対して、強権的なことばかりしやがって。

 そのうち自分のことを、いや自分の最愛の家族も含めて、狭い壁の中に押し込め隔離しようとするに違いない。


 いつか服毒自殺したくなるほどに、精神的に追いつめられるがいい!

 

 『ロボットの件もあるが、正太郎と共に異世界に移住するというのもあながち悪くはないのかもなぁ』


 ぐるぐると直近の不満について考えていた大滝は、帰路を急ぎながらも今度は最愛の家族のことに思いをはせた。


 最近、初の女性政治家が帝都知事に当選したということで、昔から叫ばれていた女性の社会進出を訴える声がさらに大きくなってしまった。


 最愛の妻は、最近になってパートの仕事に出るようになってしまった。

 お前のように清楚な女房は、黙って家で自分の帰りを待っていて欲しいというささやかな願いは、『貴方ばかりに任せていられません』という笑顔を伴った言葉で却下されてしまった。


 最愛の長女は、最近になって異界との交流を管轄する管理局への転属を希望している。

 お前のような大和撫子は、自分のように立派な帝國軍人を夫として迎えて子どもを産めというささやかな願いは、『これからは、私たちの時代ですもの』という笑顔を伴った言葉で却下されてしまった。


 ついでに言うと、最愛の長男は、なんと将来は外交官になって異世界に住んでみたいのだと。

 お前のような日本男児は、自分のように立派な帝國軍人となり、お隣の十和田さんのような立派な大和撫子を嫁に貰えというささやかな願いは、『異世界には、すごいことがいっぱいあるんだよ!』という笑顔を伴った言葉で却下されてしまった。


 部下ですら、カビの生えたような考え方だと揶揄する大滝のささやかな願いは、こうして無残にも崩れ去っていったのだ。大滝の考え方は、もはやこの大日本帝國にはふさわしくないのかもしれない。


 つまるところ、自分の安息の地はこの地球にはないということだ。だったら、異世界に移住するというのも悪くはないではないか。


 目に入れてもいたくない程に長女と長男を溺愛する、恐妻家でありながら愛煙家でもある大滝には、このような祖国は、そして地球はまことに生き辛い。


 ささやかだが幸せだった大滝の生活に鑢をかけるが如く、様々な問題が降りかかってきていた。

 

 くそったれの政治家。


 くそったれのマスコミ。


 くそったれの反戦主義者。


 くそったれの帝都知事。


 最愛の家族のためにと我武者羅に働き、出世をしてきたはいいもの、その分余計に気をまわす必要が出たり、締め付けられたりしている気がする。


 『・・・まあ、そればかりでもないか』


 あのくそったれの女政治家の政策の中でも、一つだけ同意できるものがあった。


 異世界との、交流の健全化。



 最近の衆院選ではそのような政策を引っ提げて、新党禁煙ファシスト党・・・もとい、帝都民ファースト党の元締めとして永田町へと殴り込みをかけたはいいものの、結局与党が大勝してしまっていた。


 結果として民意を汲めなかったということなのだろうが、しかし大滝にはその一点には頷けるものがあった。

 

 なにせ自分の最愛の長男が、異世界に住みたいというのだ。

 ならば良き父親としては、それを叶えてやりたいではないか。


 大体過去のいきさつをいつまでも引きずるわけにはいかない。

 地球においても異世界においても、禍根を持つ古い世代は早々に退場して、エネルギッシュで強い意志を持つ若者たちに後を託すべきなのだ。


 ふと、大滝の脳裏に、赤毛の青年の顔が浮かんだ。


 あの時。

 

 血の海となった会議室からの去り際に、彼は呟いたのだ。


 『対話を諦めないでほしい』


 と。


 

 ほんの二時間の交流で、我が家の勇者は成果を誇らしげに語ってくれた。

 ロボットのことはもちろんだったが、ほとんどは“雪のように美しい髪の少女”のことばかりだった。

 だが話の端で“赤毛の通訳”と出会ったとも言っていた。

 

 『親類・・・。本人?まさかな・・・』

 

 あるいは赤毛というのは、向こうではそれ程珍しくはないのかもしれない。


 この懐の書籍をきっかけにして、少し異世界について話し合ってみよう。


 そして、最愛の長男が、無事に異世界との交流の懸け橋として成長してくれることに期待しようではないか。


 『だが、異世界の娘に自慢の息子をくれてやるわけにはいかないな』


 そこだけは、断固として譲れない。


 大滝は、我が家へと急いだ。














 「閣下」

 「外では社長と呼べ。なんだ?」

 「その、もう少し落ち着いて歩かれてはいかがですかな」

 「私は、冷静だ。息子が待っているんだ、急がねば」

 「そのように周囲を睨みつけていては。ほら、臣民が怯えておりますよ」

 「・・・」

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