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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第40話 神の所業に等しい行為について

すみません。

今回はちょっと下品な表現があります。



 私の師匠は、ひどい嘘つきである。


 「どうして君はそうも・・・。私の、聖職者としての人格を否定するようなことばかり言うんだい」


 卓の上に積まれた書物の山の向こう側から、師匠が言った。

 心なしか、老眼鏡から覗くその二つの瞳が恨めしげである。


 だが、これは不変の事実だ。

 師匠はもう、何年も前から私に嘘をついていたのだから。


 「いいや。私の主神に誓って、君に嘘をついたことなど一度もない」


 彫像のように動かないのにどこかしたり顔で、師匠は言った。


 ならば師匠。

 答えてほしい。


 「なんなりと」


 昔、私が『赤子はどこから来るのか?』と問うた際に、師匠が答えてくれた。


 仲睦まじい夫婦が同衾すると、夜な夜な寝所に神々の一柱が降り立ち、赤子を届けてくださるという話。


 あれは、嘘だったのだろうか。


 「いや、あれは嘘ではない。単なる比喩的表現だ」


 私は半目で師匠を睨みつけながら、さらに問うた。


 では、仲睦まじい夫婦が接吻をすると、夜な夜な寝所に神々の一柱が降り立ち、赤子を届けてくださるという話。


 あれは、嘘だったのだろうか。 

 

 「いや、あれも嘘ではない。単なる比喩的表現だ」


 師匠はだんだんと私の視線に耐え切れなくなってきたのか、微妙に顔を背けた。

 私は卓に身を乗り出しながら半目で、首筋を撫で続ける師匠を睨みつけた。


 では、なぜ改まって、“赤子の作り方”について講義をしてくださるというのだろうか。


 「いや、その、なんだね。そろそろ君も、そういうことについて知っておくべき年頃だと思ったんだ」


 師匠はあくまで私と目線を合わせないまま、淡々と語った。 


 しかし、師匠。

 先刻の話が嘘ではないというのならば、これ以上に何か教えてもらわなければならないことがあるというのだろうか。


 「ああ、あるとも。実のところ、先刻の話は嘘ではないが正確でもないんだ。今回は、より詳しい話をしようと思っていてね」


 ほほう。

 ならば、師匠。

 今日こそは詳しく事実を教えてもらおうではないか。

 赤子は、いったいどこからやってくるのかということを。


 「よかろう。心して聞きたまえ」


 師匠は老眼鏡をかけ直して、書物の一冊を手に取った。







 「・・・つまり、雄しべにある花粉が風や昆虫によって雌しべに運ばれることによって、受粉が行われるわけだ」


 成程。

 それが、他家受粉か。


 「その通りだ。逆に同じ花の中のみで受粉を行うことを、自家受粉と言う。さて、両者の違いは?」


 ええと、ええと。

 花粉が、同じ花につくか違う花につくかが違う。


 「正解だ。両者にはそれぞれ良い点と悪い点があり、どちらが優れているという訳ではない。表裏の問題だね」


 成程。 

 ところで師匠。


 「なんだい」


 なぜ赤子の作り方の講義が、植物の仕組みについての話に代わったのだろうか。


 「いや、その、なんだね。いきなり人間の具体例について学ぶよりも、心理的な負担が軽いと思ったんだ」


 師匠は首筋をなでながら、そう答えた。


 ふんふん、成程。

 では、続けてください。


 「・・・うん?いやに素直だね」


 まあまあ。

 いいからいいから。


 



 「・・・つまり、しろすけの様な爬虫類の場合は我々哺乳類たる人間とは異なり、一度卵を産んで、そこから赤子が誕生する」


 成程。

 それが卵生か。


 「その通りだ。逆に母親の胎内から直接赤子が生まれることを胎生という。さて、両者の違いは?」


 ええと、ええと。

 赤子として生まれるまでの状態だ。

 

 「正解だ。やはりこの場合も、両者にはそれぞれ良い点と悪い点があり、どちらが優れているという訳ではない。それぞれの生物に適合する戦略に基づいているんだ」


 成程。

 ところで師匠。


 「なんだい」

 

 なぜ赤子の作り方の講義が、しろすけの生い立ちについての話に代わったのだろうか。


 「いや、その、なんだね。もうひと段落置いた方が、心理的な負担が軽いと思ったんだ」


 師匠は首筋をなでながら、そう答えた。

 

 ふんふん、成程。

 では、そろそろ本題に入る頃だということか。


 「いや、その、うん・・・。そうしようか」


 師匠は歯切れ悪く言いながら、手にしていた書物を閉じて卓の上に置いた。

 そして老眼鏡を外すと、やはりそれを卓の上に置いて、椅子に座りなおした。


 なんとも神経質な行動だ。

 よほど“子づくりの方法”について語るのを躊躇しているらしい。


 「・・・ううん。やはり女の子にこれを教えるのは、なかなか精神的に負担を感じるな」


 師匠は二度ほど深呼吸をすると、意を決したように私の目を見つめた。


 彫像の様な顔でありながら真剣そのものの目に射貫かれ、少しばかり私の心臓が余計に跳ねた。

 これから師匠の口から語られるであろう話のことも相まって、少しばかり気持ちが高ぶってくる。


 「まずは、二人の男女がいるとする。彼らは、お互いのことを憎からず思っている」


 ふんふん。


 「その男女は神に祈り、お互いの気持ちを告白することにした。結果として、お互いは好きあっていたという事実に気が付き、神に感謝をした。そして二人はめでたく神の庭にて挙式し、神に感謝しながら夫婦となった」


 長い。

 師匠、とばして。


 「承った。その男女はある夜に神に祈り、赤子を授かろうと思った」


 ふんふん。


 「二人は神に祈りながら寝所に赴く」


 ふんふん。


 「二人は神に祈りながら、ともに寝台に入る」


 なんでその二人は、いちいち何をするにも神に祈るのだろうか。


 「それはもう。赤子を作るということは、新たな生命を創造するということだ。それは神の所業に等しい行いなんだよ」


 そんな大げさな。

 

 「大げさなものか。赤子をつくるというのは、元来とても神聖な行為なんだ。それを君たち若者ときたら・・・」


 あー・・・。師匠、話がそれている。


 「おっと、失礼。それで、その男女は、神に祈ったわけだ。・・・そうしたら、赤子ができた、と」


 ・・・それでは、昔聞いた話と大して変わっていないようだが。

 

 「いや、その、ひょっとしたら、神に祈りながら、接吻のようなことをしたのやも知れないね」


 ・・・それでも、昔聞いた話と大して変わっていないようだが。


 「いや、その、何と表現したものかな」


 師匠は先刻から、ずっと首筋を撫で続けていた。

 もはや、首から煙が出そうな勢いである。


 ああ、もう、じれったいなあ。


 「しかしだね、君・・・」


 なおも言いよどむ師匠に、私は嘆息した。


 要するに、男の〇〇〇した×××が女の×××に△△△△△されて、男が〇〇〇〇する。その結果、△△△が□□□に・・・


 「ちょ、ちょっと待ちたまえ、君。何を言っているんだ!?」


 師匠が急に、血の気が引いたような顔になった。

 いや、いつもの通りの彫像のような顔ではあったが。


 何だも何も、男と女の△△△△についての話だ。


 「馬鹿な・・・。なんで君のような若い娘が、そんな詳細な情報を知りえたんだ!?」

 

 師匠にはまったく、がっかりさせられる。

 今どきその程度の情報、十代の街娘ならだれだって知っている。


 街の書店で売られている女の子向けの雑誌にさえ、そんな程度のことは当たり前のように書かれているというのに。


 「おお・・・、我が主神よ。この街は、いや世界は穢れています・・・」


 頭を抱える師匠に対して、私はとどめの一言を放った。


 したがって、私も事前に“完璧に”予習済みだったのである!


 「そんな・・・」

 

 師匠は力なく椅子から崩れ落ち、床に尻もちをついた。

 相変わらずの無表情だったが、もはや完全に血色を失い、まさに彫像そのもののように生気のない顔であった。


 ・・・なんだ?

 師匠の、この無様な姿は?


 私の意志とは無関係に、口の端がひくひくと動いた。


 私は椅子からゆっくりと立ち上がると、しげしげと師匠を観察した。



 息が荒く、しかし顔が青白い。

 目の焦点が微妙に合っていない。


 これは、まさか。


 まさか、まさか。


 動揺しているのか、この師匠が。


 私が人質に取られた時よりも、ずっとひどく?


 「そんな、そんな・・・」


 彫像の様な顔のままに、無様に尻もちをついたまま後じさる師匠を追いながら、私は会心の笑みを浮かべていた。


 素晴らしい!


 何という素晴らしい気分だ!


 この師匠に!


 大嫌いな師匠に、一泡吹かせてやったのだ!



 私は師匠の目の前に立つと、勝ち誇ったように腰に手をあてて師匠を見下ろした。



 さあ、師匠。


 もっと情けない台詞を吐くがいい!























 「その若さで、すでに経験済みだったのかい?」






































  ち   が   う   わ   い   !





 










 私は丁度いい位置にある師匠の顔面に向かって、会心の蹴りによる一撃を見舞った。



 放心し、それを防ぎもかわしもしなかった師匠は、静かに床へとくずおれた。



 私だって、年頃の娘なのだ!

 

 そう簡単に、純潔を捨ててたまるものか!


 この朴念仁の、甲斐性なしの、無思慮な駄目男め!


 


 私は卓の上の書物を掴んで、次から次へと師匠の頭の上に落としていった。


















 「〇〇〇〇!×××!」

 「やめてくれ。年頃の娘が、そんな単語を連呼するだなんて」

 「くくく・・・。これでししょうに、あらたなじゃくてんが!」

 「いや、別にそういう訳ではないが」

 「・・・」

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