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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第39話 保証と保障と補償について 後

 


 「ううん。なんともちぐはぐだな」


 師匠は腕組みをしながら私たちを見つめて、そう呟いた。

 

 私以外の三人。

 つまり、強盗団の伏兵たちは、『ああん?』という顔で師匠を見た。


 「どうにも動きが素人臭いし、覇気がない。その癖、計画は周到のようにも思える。どういうことなんだろうか」


 素人臭い。

 それについては同意できた。


 なにせ奴らときたら、私がただの可憐でか弱く美しい女の子だと思い込み、油断した挙句に簡単に倒されてしまった。

 美しくも強い私の実力があったればこそだが、あれではチンピラに毛が生えた程度だ。


 「自分でお言いでないよ。それに、君の現状はその油断があったればこそだ」


 うぐ。

 それを言われると、どうにも言い訳ができない。


 「まあ、油断していたのは私も同じだ。こうして、予備戦力が隠れていたことにまったく気づけなかった。守衛や警備装置を無力化している点からも、実力者がいるのは間違いないのだろうが・・・」


 腕組みをしたまま、昏倒している強盗団や新たに立ち上がった伏兵へと視線を巡らせながら、師匠は嘆息した。


 「少なくとも、この場にはそう言った脅威はいないように思える。だから、ちぐはぐなんだ」

 

 ・・・うん?

 いったいどういうことだろうか。


 「つまりだね。自分たちを妨害する要素を徹底的に取り除こうと計画しているのに、肝心の主戦力がそれに釣り合っていないんだ。そこがおかしいように思える」


 成程。

 つまりこの銀行強盗は、計画やら下準備やらはよくできているのに、それを実行する連中のほとんどが素人集団ということか。


 「そうかもしれないね。ひょっとしたら地下金庫にはすでに実力者が到達しているのかもしれないが、その背中を守るのは毛も生えていないチンピラ紛いだよ」


 そのあまりにもあまりな師匠の言葉に、チンピラ紛い、もとい銀行強盗一味は怒りをあらわにした。

 

 「・・・さっきから聞いてりゃ、馬鹿にしていやがるのか!?」


 そう言って師匠に小刀を突きつけたのは、三人の中でも最も痩せている男だった。

 病的なまでの細さのその男は、脅されてじりじりと後ずさる師匠を、ゆっくりと追いながら言った。


 「大人しくしな。そうすりゃ、娘もお前にも危害は加えねぇ」

 「・・・成程。君は、優しい人間だね」


 師匠のその言葉に、『へっ?』とその場にいた師匠以外の全員が口を開けた。



 「な、なに?」


 いぶかる痩せすぎの男を見ながら、師匠はうんうんと頷いた。


 「“目の前の男を傷つけたくない”とは。こんな大それたことをしている割には、性根は腐っていないようだね」


 そう言いつつ、師匠は床に落ちていた剣を蹴り上げた。師匠が素手で昏倒させた、銀行強盗が持っていたものだ。後じさりながらも、この剣が落ちている場所へと移動していたらしい。


 宙へと舞い上がった剣は、師匠と痩せすぎな男の視線のぶつかり合う丁度中心のあたりで、一瞬だけ静止した。


 その一瞬のうちに。


 師匠は右手で剣の柄を握り、空のまま握った左手を振るって、目の前の男の鳩尾をえぐる様に殴りつけていた。


 「おっぐぅ・・・」


 白目を向いて口から舌と泡を吹出した男は、身体を折って床へと転がった。

 

 うわぁ。

 可哀そうに。

 目を覚ましても、丸一日は水の一杯すら飲めないだろう。


 「やめろ!動くなって言ってるだろ!こいつを殺すぞ!?」


 そう言いながら、もう一人の少し太めの男は、そばにいた人質の女性の腕をつかんで立ち上がらせて、私と同じように後ろから押さえつけながら首に小刀を突きつけた。


 女性の顔が恐怖にゆがみ、残った人質たちの顔にさらなる動揺が走った。


 絶対絶命。


 そんな四文字が、私達の脳裏を駆け巡った。

 

 しかし。


 「・・・君もまた、優しい人間だね」


 師匠のその言葉に、またも『へっ?』とその場にいた師匠以外の全員が口を開けた。


 女性を人質に取っておきながら、優しいもへったくれもあったものではないではないか。

 

 しかし師匠は、やはりうんうんと頷きながら、剣を構えていた。

 

 「“万が一にも、無関係の人間を傷つけたくはない”とは。やはり君たちは、銀行強盗などするべき人間ではないよ」


 そう言いつつ師匠は、大きく頭上に振りかぶった剣を、躊躇なく二人に向けて振り下ろした。


 剣の峰が二人の頭頂部に同時に命中すると、剣から解き放たれた魔力が強力な電流を形成し、強盗と人質の両方の体を貫いた。


 少しばかり焦げ臭いにおいを漂わせながら強盗と人質は、仲良く床へと横たわった。

 時折ぴくりぴくりと痙攣するようにして動いていることから、死んではいないことは分かった。




 ・・・って、何をやっているのだ!?


 無関係の一般市民を巻き添えにするだなんて!?



 「いや。この女性は、彼らの仲間だよ」


 師匠のその言葉に、またまた『へっ?』とその場にいた師匠以外の全員が口を開けた。

 

 先刻の女性が人質ではなく、そうと偽っていた強盗団の一味?

 いったい・・・


 「な、なんでわかって・・・?」

 「ん・・・いや。それは私が、聖職者だからだ」


 その場の全員の疑問を代弁するような呆然と恐怖の入り混じった女の言葉に、師匠は少しだけ顔を背けながらそう答えた。

 前にも聞いたような気がするが、理由になっていないぞ師匠。


 師匠は取り繕うように剣の峰で自分の肩をトントンと叩くと、半ば呆れているような人質たちを見回した。

 

 「しかしまあ、この期に及んでさらに予備戦力を隠していたとは驚きだ。この作戦を立案した者は、よほど用意周到なのか、あるいは肝が小さいとか神経質なのかな?」


 師匠は、ただ感じたままを口に出したのだろう。


 あるいは、私に同意を求めたのかもしれない。


 しかし、意外な人物が予想だにしていなかった反応をしてきた。







 「“彼”を侮辱するな!」





 女は私の耳元でそう叫ぶと、私の首へと小刀を押し付けてきた。


 痛い。


 血が出ているのだろうか。



 私は、急に激高した女に驚いた。

 

 だがしかし、それ以上に師匠の無表情の中の微妙な変化に驚いていた。


 ただ一人残った女が怒り始めた瞬間に、師匠はなぜか少しだけ目を細めた。


 それは師匠が何かをしくじったり、予想外のことが起きた時の表情のようだったのだ。



 「いや、失礼した。別に、君の大切な人を侮辱するようなつもりはなかったんだ」


 師匠は急に剣を下げると、私を押さえつけている女に向かって謝罪をした。


 「よくも言いやがったな!?この娘を殺してやる!」

 「いや、それは困るな」


 師匠は剣から左手を離すと、そのまま首筋を撫でた。


 「それは、困るよ。困るんだ」


 師匠はそう言いつつも、無表情だった。


 いつも通りの、無表情だったのだ。


 

 「武器を捨てやがれ!本当に殺すぞ!?」

 「そうか、分かった」


 激高して喚き散らす犯人に、師匠はいつもの通りの無表情で答えた。

 

 そして師匠は手にしていた剣をゆっくりと屈んで床に置くと、視線を私たちから離さないままに背筋を伸ばして再び立ち上がった。


 「動くんじゃねぇ!」

 「動かないさ。動かないとも」


 師匠は、犯人の指示通りに直立不動であった。

 いつもの無表情で、とても落ち着いているように見える。

 

 沈着冷静そのものな師匠であるが、それがかえって癇に障ったのだろうか。この犯人はますます手に握った小刀を私の首へと押し付けてきた。


 痛い。


 血が出ているのが分かる。


 だが、安心だ。


 私には、頼れる師匠がいるのだから。


 「てめぇ!ふざけやがって!」

 「ふざけてなどいない。これ、この通りに私は無抵抗だ」


 師匠は空になった両の手の平を私たちへと向けながら、大仰に肩をすくめた。



 ・・・何故だろう。

 師匠は、冷静の筈だ。

 少なくとも、その物腰や口調はいつも通りに穏やかだ。


 しかし、何故だろうか。

 いつもと、少しだけ違う。


 何だろう。

 焦り?

 

 それとも、恐怖?


 だが、師匠が何を恐れるのだ?

 





 「おい、てめぇ」


 急に女が、静かに言った。


 何か、嫌なことの前触れだ。


 私はそう直感した。



 「・・・なんだい」


 師匠も同じことを直感したようで、少し間を開けてから女に返事をした。


 「この娘が大事か」

 「勿論だ」

 「なら、証明して見せろ」


 女は、師匠の足元の剣を顎でしゃくって示した。

 

 先ほど師匠に捨てろと命令した筈なのに、今度は拾えというのか。

 いったいどういうつもりなのだろうか。


 そんな私の無垢ともいえる疑問に、すぐに答えは示された。

 





 「誰でもいい。切って見せろ」


 


 その瞬間に、私の心臓が凍り付いたように感じた。





 切って見せろ。


 それはつまり。


 私の命を保障する代わりに。


 別の誰かの命を奪えと。




 「やれよ、聖職者のお父さん?」


 その嘲るような女の口調に、私の凍り付いていた胸中にふつふつと怒りが湧いてきた。





 師匠。


 駄目だ。

 

 こんな屑女の言うことなど、聞いてはいけない。



 「誰でもいいのか?」



 師匠の静かな問いかけに、私は驚愕した。



 まさか。


 まさか、本当に。


 切るつもりなのか。



 「ああ、誰でもいい。この娘が大切だって言うなら、誰かを代りに切って証明して見せろ」



 師匠はゆっくりと剣を拾い上げて、立ち上がった。


 ひっ、という人質の誰かの声が聞こえてきた。



 駄目だ、師匠。


 貴方は聖職者。


 聖なる戦士だ。


 先走った愚かな私のために、その誇り高き職務に背くべきではない。





 だが師匠は、私には目もくれていなかった。

 







 「分かった」


 




 



 師匠は。









 すっ、と。







 


 その剣を。



 





 その刃を。









 自分の首に押し当てた。











 「誰でもいいんだったな?」



 驚いた女が答えるよりも早く、師匠の首から血が噴き出した。


 

 







 ガシャン!


 

 




 


 硝子の割れる音とともに、銀行の広間に無数の小石のような物体が転がってきた。


 よく見れば円筒の、明らかに人工物とわかる形であるそれは、一瞬の間をおいて周囲を深い深い暗闇で包んだ。魔法の一種だと直感した。




 同時に、世界から一切の音が消え去った。




 光と音のない世界で、私は誰かに押し倒された。












 先刻まで私に刃物を突き付けていた女が、組み伏せられながらも何かを喚いているのが見えた。

 

 聞こえたのではなく、見えたのだ。


 なぜなら、まったく音が聞こえなかったのだ。


 どうやら同じく組み伏せられていたらしい私は、屈強な衛兵から体中をまさぐられていた。

 私が何か危険なものを持っていないか。無害かどうかを判断するためのものだと即座に理解はできたのだが、いい気分はしなかった。


 しばらくすると、人質を含めた私たちは全員、縄でつながれて銀行の外へと歩かされていた。


 師匠も同じく、縄につながれて歩いていた。

 

 首筋には、一切の傷はなかった。

 



 「我々に代わり、強盗団を制圧してくださったことに礼を言わせていただく」


 世界に音が戻って来ると、まず聞こえてきたのは怒りを押し殺したような、だが歌う様な美しい声だった。

 師匠の目の前で装飾のされた兜を脱ぎはなったその男は、声と同様に美しいその顔を、しかし怒りに染めていた。

 

 「だが!こういう状況においては、あなた方一般市民の勝手な行動一つで取り返しのつかない被害が出る。二度とこのような無茶はしないでいただきたい!」


 そのように強く迫ってくる騎士に対して、師匠は潔く頭を下げた。


 「まことに申し訳ない。あなた方の職務を妨害してしまったことを、謝罪させていただく」


 先走った私ではなく、なぜ師匠に対して怒りと叱責をぶつけるのか。


 憤る私の首根っこを掴みながら、師匠は何度もその騎士様に頭を下げていた。








 「“沈黙”で魔法による反撃と逃走を一気に封じると共に聴覚を奪い、“暗闇”で視覚を奪いながらも自分たちは“直視”で突入をかける。あのように魔法を組み合わせて対処するのか」


 師匠は一人で納得したように、しきりにうんうんと頷いていた。

 

 そんな師匠を横目で見ながら、私は頬を膨らませていた。



 数時間に及ぶ事情聴取の後。

 私たちは街の一番大きな詰所から脱出を果たし、旨い空気を吸っていた。


 流石に今日はもう、口座を作りに行く気分ではなかった。


 「いやはや、危なかったな」


 師匠が大きく伸びをしながら言った。

 普段は疲れを表に出さない人なだけに、珍しい。


 危なかった?


 「ああ。君が殺されそうになった時には、流石に心臓が破裂しそうになったよ」


 そう言って師匠は、首筋を撫でた。

 いつもの通りの無表情でいっているので、冗談のように聞こえてしまう。


 「いいや、本気だったとも。いつもの鍛錬や依頼では私が君の命を保障してやれていたが、あの状況ではその限りではなかった」


 ・・・いつもの鍛錬や依頼だって、いつ死んでもおかしくないようなものばかりだというのに。

 自分がそばにいるときには、きちんと守ってやっているという主張なのだろうか。

 

 「あの状況は、良くなかった。私の無思慮な一言で、君を人質に取った女を怒らせてしまった。感情に任せた行動をとられるのではないかと気が気ではなかったよ」


 ・・・そうか。

 やはりあの時私が感じていた師匠の不安気な様子は、正しかったようだ。


 なんだろうな。

 師匠はいつも同じ無表情でいるように見えても、実は様々な感情が隠していることが分かってきたぞ。


 「今回は運よく無事だったが、次からはこんな無茶はしないでくれよ」


 では師匠。

 今後の安全保障のためにも、同じ事態に陥った場合の対処方法を伝授していただきたい。


 「私もそれなりに長く生きてはきたが、銀行強盗の人質になるというのは初めての体験だったんだ。だから、知りうる対処の仕方は一つだけだ」


 というと?


 「その場をかき乱すようなことは絶対にしない。可能な限り大人しく犯人たちに従う。始末はすべて、騎士や衛兵たちに任せる」


 なんだそりゃ!

 そんなんで、よくもまあ聖戦士だなどと言えたものだ!


 「そうは言うがな、君。多数の人質がいる状態で戦うのは、途方もない危険が伴うんだ。対処法が分からないのに独断専行して犠牲を出したら、それこそ聖戦士としては失格だ」


 その言葉に、私は歯ぎしりをした。


 成程、その通りだ。

 師匠の言う通り、私は勝手に暴れまわって、結果として師匠や周りのお客様方に迷惑をかけてしまった。

 先走ったりしなければ、あんな無様なことにはならなかったというのに。


 「・・・まあ、そう落ち込んでばかりいなくてもいい。たとえ失敗であっても大切な経験だ。経験は、将来の自分の進むべき道を保障してくれるんだよ」


 師匠は私にそう言って、うなだれる私の頭を撫でた。


 大きく、温かく、力強い。


 安心する手だった。

 

 

 私はふと師匠を見上げた。


 師匠の首。

 自分で剣をあてがい、切った。


 しかし、すでにその痕跡は消え去っている。

 いつか見たのと、同じだ。


 



 ・・・師匠。


 「なんだい」


 師匠は、無敵の男?


 「・・・まさか」


 では、不死人?


 「いいや。ただの人間。ただの戦士だよ」


 嘘ばっかり。


 「・・・本当だよ」


 無表情ながら、少しだけ傷ついたように言う師匠に、私は慌てた。

 そして師匠の左手をとると、力いっぱいに握りしめた。


 師匠は、おずおずと、それを握り返してくれた。


  



 「・・・ああ、それと。中央銀行から連絡があったんだが、君が壊した便所の扉を弁償してほしいそうだ」

 

 ええ・・・。
















 「ししょう、ししょう!このまえのぎんこうごうとうじけんが、ほうどうされてる!」

 「うわぁ。ばっちり写されてしまっているな」

 「・・・あ!おなじじこくに、ろうごくからだつごくがあったそうですよ!」

 「何!?」

 「へんなぐうぜんも、あったものですね」

 「・・・」

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