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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第37話 保証と保障と補償について 前


 「武器を捨てやがれ!本当に殺すぞ!?」

 「そうか、分かった」


 激高して喚き散らす犯人に、師匠はいつもの通りの無表情で答えた。

 

 そして師匠は手にしていた剣をゆっくりと屈んで床に置くと、視線を私たちから離さないままに背筋を伸ばして再び立ち上がった。


 師匠の周囲には悪漢が五人ほど、白目を向いたり口から泡を吹いたりして倒れていた。

 皆一様にして、意識を失っている。


 そのまた周囲には、床に小さく縮こまりながら這いつくばって、恐々と私たち三人を見守る大勢のお客様方がいた。

 恐らく、もうこれ以上は隠れていないのだろう。


 「動くんじゃねぇ!」

 「動かないさ。動かないとも」


 師匠は、犯人の指示通りに直立不動であった。

 いつもの無表情で、とても落ち着いているように見える。

 

 沈着冷静そのものな師匠であるが、それがかえって癇に障ったのだろうか。この犯人はますます手に握った小刀を私の首へと押し付けてきた。


 痛い。


 血が出ているのが分かる。


 だが、安心だ。


 私には、頼れる師匠がいるのだから。


 「てめぇ!ふざけやがって!」

 「ふざけてなどいない。これ、この通りに私は無抵抗だ」


 師匠は空になった両の手の平を私たちへと向けながら、大仰に肩をすくめた。

 

 一見すると従順な一市民でしかない師匠の本質が、恐るべき暴力の権化であるということを、私は嫌という程に理解している。


 私を盾にしているこの愚かな犯人にも少しは理解できたのだろうが、普段は甲斐性なしのむっつり助平の小児性愛嗜好者ではある師匠は、かような修羅場においては無類の実力を発揮するのだ。

 この愚かな犯人には、もはや未来はないのだ。


 「君。貶しているのか頼っているのか分からないよ」

 「何をごちゃごちゃ言っていやがる!?」


 さらに興奮する犯人をしり目に、私はにやりとほくそ笑んだ。


 私の身の安全は、保証・・・

 もとい、保障されているのだ。





 ちょっと、時間を巻き戻そう。


 「今日は、君の口座を作りに行こう。・・・その甘唐辛子をちゃんと食べなさい」


 日課の鍛錬を終えた後の朝食の最中に、師匠はそう私に言った。


 こうざ?

 初めて聞く単語だが、いったい何だろうか。


 「銀行で作ることができる、自分のお金を預けておく場所のようなものだよ。ここからなら、街の中央銀行が近い。そろそろ自分でしっかりと、財産の管理をするようにしないとね。・・・その豆をちゃんと食べなさい」


 私は小遣いの管理はしっかりとできている。

 昨日購入したのは、揚げ菓子と甘乳菓子と愛読している月刊の絵草紙だ。

 丁度明日が月に一度の小遣いをもらえる日なので、きちんと管理してお金を使っているのだ。


 「君は、衝動的な散財が目に付く。だから、お金の大切さを学ばせたいんだ。・・・その小魚をちゃんと食べなさい」

 

 全体、そういうものを作ろうとすると面倒くさい書類に記入したり難しい計算をしたりと、厄介な手続きが多いものだ。

 今日は来月の小遣いの使い道を考えたいので、正直言って行きたくはない。


 「口座を作るには確かに煩雑な手続きがあるかもしれないが、その反面非常に便利でもある。作っておいても損はないよ。・・・好き嫌いをせずにちゃんと食べなさい」


 ううん。

 行きたくないなぁ。

 面倒くさいなぁ。


 「ふむ、そうか。では今日は、月末の大掃除をしようか。当然家にいるのならば手伝ってくれるのだろうね」


 委細承知いたしました、師匠殿。

 私リィルは、銀行にて口座を作る所存であります。


 「現金な娘だね、君は」






 師匠は概ね、かような実地的な活動を通して様々な社会的な常識を教えてくれる。


 師匠曰く、『机の上だけでは分からないこともある』のだそうだ。

 その言葉の意味自体が、まだ私にはよく分からないのだが。


 「さて。現在私たちが向かっている銀行というやつには、大雑把に分けて三つの仕事がある。その内の一つが、給料の支払いに役立つ口座というやつだ」

 

 給料。

 たしか仕事をしている人が、上司からもらっている小遣いのことだったか。

 組合員のゲドは組合から。

 偉そうな文官たちは、街の行政からもらっているということか。

 そうなると、師匠からもらっている私の小遣いは給料の一種とも言えるということだろうか。


 「そうかもしれないね。これからは手渡しの小遣いではなく、給料という形で君の口座に毎月定額を送金するようにしたいんだ。そうすれば、いろいろと都合がいい」


 成程。

 私も仕事をしている人たちと同じように、その“口座”に小遣いが。

 もとい、給料が振り込まれるということか。

 

 しかし、なんでそんなことをするのだろうか。

 手渡しではなく口座にお金が入っていくということは、即座には自分の手元にお金が入らないということだ。

 なにか急に欲しいものがあったときには不便だろうに。


 「それは、口座を作ることに様々な良い点があるからだよ。盗まれる心配のない頑丈な金庫にしまってもらえるという、分かりやすい点が挙げられるね。無駄遣いを抑えるという隠れた役割もある」


なるほど、絶対安全な貯金箱と言うわけか。

でも、私たちのお屋敷に忍び込むような間抜けな泥棒なんている筈ないし。

全体、私は無駄遣いはしないし。


「他にも、街の経済活動に一役買うことができるという点もあるんだよ」


 なんだそりゃ。

 なんで私が個人的に口座を作ることが、街の経済活動の役に立つのだろうか。


 「それに関係してくるのが、銀行の二つ目の仕事だ。誰かが銀行の口座に預けたお金は、銀行が別の誰かにまた貸しすることができる」


 なんだそりゃ。

 そんなことが許されるはずがない。

 師匠は昔から言っていたが、人から借りたものを別の人に貸すようなことは絶対にしてはいけないのだ。その上それがお金だったのならば、もはや泥棒の所業だ。

 なぜ大人たちは、泥棒の金庫に大切なお金を預けるような真似をするのだ。


 「まあ、聞きなさい。例えば君が預けた銀貨十枚の内、銀行は九割を別の人に貸すことができる。

さて、銀貨十枚の内の九割は?」


 ええと、ええと。

 九枚だ。


 「正解だ。さて、その銀貨九枚を借りた人は、別の銀行にその九枚を預けることになった。すると、その銀行はどうする?」


 ええと、ええと。

 もしかして、またもやその銀行がまた貸しをする?


 「正解だ。その人が預けた銀貨九枚の内、また九割をさらに別の人に貸すことができる。さて、銀貨九枚の内の九割は?」


 ええと、ええと。

 銀貨八枚と銅貨十枚だ。


 「素晴らしい。算術の勉強の成果が出ているね。そして、その銀貨八枚と銅貨十枚を借りたさらにさらに別の人は、さらにさらに別の銀行にその全額を預けることになった。・・・となると?」


 そんなの、堂々巡りだ。きりがない。

 結局最後には、どうなってしまうのだろうか。


 「不思議なことに、最終的にそれらの銀行に預けられるお金の総額は、元々君が預けた額の十倍。銀貨百枚になるんだ」


 ・・・?

 なんだそりゃ。

 何をどう間違ったら、十枚の銀貨が百枚の銀貨に増えるというのだ。

 なにかの悪い魔法でも使っているのだろうか。


 「ひょっとしたら、そうかもしれないね。とにかくそうして街の人々の使えるお金が増えるんだ。要するに、銀行は街全体の経済活動を保証し、活発にするという大切な役割を持っているんだ。」

 

 ううん。良く分からん。

 なんだか詐欺のような話のように感じてしまう。

 算術の勉強の成果を褒められたが、これは算術で計算できることなのだろうか。

 ・・・まあ実際にそうしてお金が増えるとしても、私には特に利益がないのではないだろうか。


 「そこで君に利益をもたらしてくれるのが、銀行の三つ目の仕事だ。銀行は大勢のお客さんに口座を作ってもらって、たくさんのお金を預けてもらうことになるね」


 うん。それは分かる。

 私一人の作る口座では精々銀貨十枚程度だとしても、街の住人数百万人が口座を作って同じ額を預けたならば、途方もない額になる。

 なんだか悪いことを企めそうだ。


 「そうかもしれないね。実際、そんなにたくさんのお金をただ使わずにしまっておくのはもったいない。そこで銀行は、例えば企業が何か大きな計画を立てるときに必要になるお金を貸して、その計画が上手くいったらいくらかの利益と一緒にそのお金を返してもらうんだ」


 成程。

 それならばよーくわかるぞ。

 お金を貸してあげるから、色を付けて返せよってなことか。

 任侠物の戯曲でよく出てくる、悪い金貸しの男が言っている台詞だ。

 

 「あー・・・。まあ、概ねそうかもしれないね。そしてそのような仕事をたくさんすれば、当然たくさんの利益を得られる。銀行は、その利益の一部を口座を作っているお客様に返してくれるんだ」


 おお、それは素晴らしい!

 それならば、銀行に口座を作ってお金を預けておけば、だんだんとそれが増えていくということだ!


 「どうだい。口座を作るという意欲が、湧いてきただろう?」


 湧いてきた!

 さあさあ、行こう!

 今すぐに、口座を作りに行こう!


 「・・・ううん。本当に君は、現金な娘だね」


 ・・・あ、そう言えば。

 今の話では、銀行からお金を借りることもできるという話だったが。

 ひょっとして、私も借りることができるのだろうか。


 「うぐ、しまったな。まあ、一応はできる」

 

 おお、それも素晴らしい!

 それならば、銀行に口座を作るついでにお金を借りよう!

 実は受像機に取り付ける録画装置が欲しいのだ。


 「いやいや。君みたいな未成年がお金を借りるなんて無理だよ。第一、保証人が必要なんだぞ」


 じゃあ、師匠。

 保証人になって欲しい。


 「本当に、君というやつは・・・」



 


 


 師匠の講義を受けながら、お屋敷から歩くこと十五分。


 石造りで、静かで、堅牢で、それでいて豪華な建物が見えてきた。

 三階建てのそれは大きな旗をいくつも掲揚しており、その旗の中心には中央銀行を象徴すると思しき印がでかでかと印字されていた。


 一階部分は全面硝子張りになっており、同じく硝子張りの正面扉を構えていた。

 外からも建物の中の立派な調度品の数々や大勢のお客様方と思しき人々がはっきりと見え、その豪華な造りも相まって一種の上層階級の舞踏会場のように思えた。


 「そら、着いたぞ。ここが街では三番目に大きい中央銀行だ」


 師匠がいつも通りに無表情で言ったその言葉に、私は笑顔で跳び上がった。


 うわあ、すごい!

 まるで、近未来のお城のようではないか!


 「その評価は概ね正しいね。実際に、蓄えられた大金を狙って襲撃してくる犯罪者に対しての防御機能も備えているんだ。しかし、どうにも様子がおかしいような?」


 言われて私は、まじまじと銀行の一階を覗き込んだ。

 大勢の人たちがいる。

 それはまあ、おかしくはない。


 なぜ、このお客様方と思しき人々は皆一様に床に膝をついて、両手を頭の後ろに置いているのだろうか。


 そんなことを考えながら、私と師匠がのこのこと銀行の扉をくぐると。


 『動くんじゃねぇ!』


 一斉に周囲から、乱暴な命令と様々な武器による大歓迎を受けて。


 私と師匠は、黙って両手を上げた。



 大きな銀行の真ん中で。


 大勢の、怯えるお客様方の視線を浴びて。


 数人の柄の悪い連中に、武器を突きつけられて。


 『動くな』と命令されている。



 ひょっとしてこの状況って。

 いや、ひょっとしなくとも。


 「うん。どうやら銀行強盗の現場に入り込んでしまったようだね。生まれて初めての体験だ」


 師匠がいつも通りに無表情で言ったその言葉に、私は笑顔で跳び上がった。

 

 うわあ、すごい!

 まるで、衛兵戯曲のようではないか!


 「君、この状況でもなかなか肝が据わっているね」

 

 いつも無表情の師匠程ではないです。

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