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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第32話 偏見について 前


 「お願い申し上げる!どうか、私の島を救ってくだされ!」

 「ああ、分かった」


 本気か師匠!?


 卓の上に両手を叩きつけた依頼人と、その対面でこぼれかけたお茶を受け止めた師匠の顔を交互に見ながら、私はしばし呆然とした。


 「本当に、本当によろしいのか!?」

 「ああ。では、急いで用意をしてくる」


 そう言ってお茶を置き、席を立とうとする師匠に、私は食って掛かった。


 駄目だ、師匠!

 この依頼を受けてはいけない!


 「なぜだい。こんなに困っているだろう」


 そう私に問いかける師匠は、いつもの彫像のような表情の中に微妙ながら、私の意図を理解できないという怪訝さが表れていた。


 「や、やはり何か、まずいのですか?」

 「いや。そんなことはないよ」


 戸惑う依頼人に答えて、師匠は私をやんわりと押しのけた。


 冗談ではない!

 “鬼人”からの依頼を引き受ける人間が、この街のどこにいるのだ!?


 「いなかったのだろうから、私のところに来たのだろう」


 師匠は相変わらずの彫像のような表情のまま、何を言っているのだ君は、と続けた。

 

 なんで私がおかしいみたいなことになっているのだ!


 そりゃそうだろう!

 人間が、鬼人なんぞと積極的に関わり合いを持つ筈がないのだ!

 だからといっていつものように、師匠が引き受けなければならないという法はない!


 「いいや。私の主神の法では、弱き者はすべて救え、となっているよ」


 そう言って師匠は、自室へと準備に向かった。


 後に残された私と依頼人は、気まずい空気のまま顔を背けた。


 


 今回の依頼は、単なる薬草探しだ。

 カムイと名乗る依頼人は数名の仲間を引き連れて、わざわざ遠くの島から飛行船を乗り継いでやってきたのだそうな。


 私たちの街の周辺の森で採れる薬草には、解毒作用や滋養強壮効果を持つものが複数ある。

 その島では採れない貴重な薬草を探すために、知識と土地勘のある人間を街で探していたんだと。

 

 それ自体は、まあいい。

 こんな簡単な依頼、組合どころかちょっと知識のある子どもにだってできるのだ。

 

 重要な問題なのは、依頼人が鬼人だということだ。


 鬼人は、大鬼と人間のちょうど中間のような存在であり、その象徴たる立派な角を頭に生やしている。

 大鬼程ではないにしても、私たち人間よりも強靭な肉体を持ち、それに裏打ちされた高い戦闘能力は、並みの人間の戦士の追随を許さない。


 それだけならば森人や鉱人と同じ亜人の一種だが、私たち人間と鬼人の間には古くから続く軋轢がある。


 鬼人ははるか昔に、この街の住人だった人間たちを襲い、ことごとく惨殺したのだという。

 

 これは街の人間ならば誰でも知っている歴史であり、最近、師匠から押し付けられた神話聖書の一冊にも、鬼人の軍団による殺戮劇が記されていた。

 

 この事実は街の外にも広く知られているらしく、鬼人の住まう土地が辺境の島にしかないというのもそれを裏付けていた。


 「それは、かなり誤謬があるね」


 居間に戻ってきた師匠が、手袋と手ぬぐいと虫よけ薬剤と水筒と空き袋数枚を、雑嚢の中に詰め込みながら言った。


 断じて、誤りなのではない。

 鬼人は私たち人間を嘲り、襲い、肉として食べるのだ。


 昔から言い伝えられていることでもあるし、師匠の本にも載っていた。


 だから、鬼人など信用してはならないのだ!


 「わかった、わかった。準備ができたから、行くよ」

 「は、はい」


 師匠は私に構わずに雑嚢を背負い、依頼人を連れ立って出発した。


 私は慌てて外に出ると、師匠を追いかけた。

 お屋敷の戸締りをしていないが、しろすけがいるから問題ない。

 むしろ、大問題が目の前にあるのだ。

 

 師匠は分かっていない。

 鬼人は、私たち人間のことなど虫けら程度にしか考えていないのだ。

 それは、あの大鬼と同じ。

 優れた能力を持つが故の、傲慢に他ならない。


 人間の中でだって貴族や文官らによる平民へのそれがあるが、種族が違えばその感情は段違いに膨れ上がるものだ。


 私たち人間と鬼人とは、決して相いれない存在なのだ。


 そうでなければ、組合を始めとする街の住人たちが冷遇などするものか。

 

 鬼人からの依頼など、受けてはならないのだ!


 決して依頼人が美しく艶やかな黒髪を持ち、着込んだ鎧の上からでも分かる豊満な肉体を見せつけてくる、見目麗しい顔立ちの女性だからではないのだ!


 「あの、さっきから何なのですか、この娘は」

 「すまない。少し興奮しているようだ」


 ああもう、まったく!


 私は悶えながらも二人の後ろにくっついて歩いた。

 まったくもって、気に入らない。


 いけすかない鬼人の依頼を受けるのもそうだが、この女そのものもだ。

 

 私の前を並んで歩く師匠と依頼人のカムイは、ほぼ同じ身長であった。

 そんな二人を見ていると、なんというか、少しもやもやとした感情が湧いてきてしまう。


 私は小柄で、師匠の肩にようやく届く程度の身長しかない。

 そんな私が師匠と並んで歩いても、良くて兄妹、酷い時には親子に間違われてしまうのだ。


 それなのに、この二人はどうだ。


 「本当に、助かりました」

 「気にしないでくれ」


 カムイは鬼人特有の角を頭巾でごまかしていたが、美しい顔はそのままだ。

 おまけにその、いやらしい体つき。

 師匠に対して、馴れ馴れしく笑顔を向けよってからに。

 

 こんな女が師匠の隣にいたら、ご近所さんに誤解されてしまうではないか。


 私はやむを得ず、嫌々ながら、心ならずも二人の間に割って入り、少しでも間隔が開くようにと両手に力を込めて、大きな体二つを押しのけた。


 「なんだなんだ」

 「けったいな娘ですな」


 私は鼻息も荒く、二人の真ん中を維持しつつ歩き続けた。

 

 そんな私たちを見たご近所のおばさま方が、何やらこそこそと話し始めた。


 「あらまあ。随分と年の近そうな親子ねぇ」

 「でも、お子さんと親御さんのお顔があんまり似てないわねぇ」

 「およしなさいな。きっと、複雑な事情のご家庭なのよ」


 ちがうわいっ!


 「君、いい加減に落ち着きなさい」

 「訳が分かりませぬ・・・」


 憤る私の両腕を、二人の巨人が両脇から引っ張り上げた。







 件の森の入口には、すでにカムイの仲間が三人待ち構えていた。

 いずれもカムイと同じように屈強な鎧姿で、頭には角が生えていた。


 「私の部下の、ミズホ、スミカ、そしてカイです」

 「ああ、よろしく」


 師匠の彫像の様な顔から放たれた挨拶は、先方には受けが悪かったらしい。

 その三人の鬼人たちは、見るからに不満そうな顔をして、不承不承頭を下げた。


 これだから、鬼人というやつらは駄目なのだ。

 さあ、帰ろう師匠。


 「まあ、そう言うな。いい機会だから君も一緒に来なさい」


 そう言うと、師匠は臆することなく鬼人連中を先導して森に入って行った。


 「さあ、私たちも行くぞ」


 鬼人達も、わらわらと師匠の後をついていく。


 一人取り残されるかっこうになった私は、慌てて鬼人達の間をすり抜けて師匠の背中にしがみついた。

 

 師匠、やめよう。

 鬼人と仲良くしていたら、ご近所さんに白い目で見られてしまう。


 そんな私の訴えに、師匠は毅然と言い放った。


 「人から聞いたり、書物で読んだりしただけでは、本質には近づけないこともある。実際に彼らと語り合ってみなさい」


 


 

 

 師匠を先頭にして、私たちは三十分程森の中を進んだ。

 それ程険しい森でもないが、土地勘のない者では迷ってしまう危険がある。

 いくら屈強な鬼人と言えども、見知らぬ土地で無茶を通すことはしないということか。


 「この辺りになら、君たちの探している薬草がある。私と弟子も手伝うから、手分けして集めよう」

 「分かりました。ではお前たち、向こうの方を頼む」


 カムイの指示で、他の三人は少し離れた場所で薬草を探し始めた。


 なんであんたは、こっちに残るのだ!?


 「丁度、三人ずつに分かれるからだろう」


 そう言って師匠は、雑嚢から手袋と空き袋を取り出して、私に押し付けてきた。


 「薬草の特徴は以前に教えていたから、君も探せるだろう」


 なんで、こんな連中を助けてやらなければならないのだ!


 「まあ、そう言わずに。君も手伝いなさい」


 師匠は手袋をつけると、さっそく薬草を摘み始めた。

 なんだか、カムイと距離が近くに見えるが。


 「カムイ。その黄色い花がついているものは、毒がある別物だ。気をつけてくれ」

 「なるほど、わかりました」


 ふんだ。

 色情魔の、嫌な師匠め。

 

 私は舌打ちをして、師匠のすぐ隣の草むらを探した。


 師匠、これだろうか。


 「それは毒草だよ。ちがう」


 では師匠、これだろうか。


 「それは毒茸だよ」


 では・・・


 「毒の実だ。分かった。やる気がないのなら、そこで見ていなさい」


 強くはないが、はっきりとした口調で言い残し、師匠は薬草探しを続けた。

 

 師匠!師匠ってば!


 なおも食い下がる私に対して、師匠は作業の手を止めずに、背中越しに語り掛けてきた。


 「ろくな根拠もないままに、何かを否定的に見る行為を何と言うか、知っているかい」


 そう少し強めに言う師匠の声は、怒っているというよりも、どこか悲しげだった。

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