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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第30話 神話の一節(あるいは、単なる昔ばなし その1)

 

 はるか昔。

 

 まだ、天上におわす神がただ一人だった頃のこと。


 あるところに、一人の敬虔な娘がおりました。


 その娘はとても慈愛に満ちた温かい心を持っており、自分の力を弱き人々を救うために使いたいと思い、旅に出ました。


 しかしながら、その娘はいまだ十五歳という若さ。


 己の実力も世間についてもまるで分かっておらず、一人の力で救うことのできる人の数が、あまりにも少ないということに絶望してしまいました。


 それでも、そんなことで挫けるような娘ではありませんでした。


 その娘は旅先で、自分と同じく心の清い二人の人間と一人の小人と出会いました。


 それ以来、その三人をお供として旅を続け、娘は数多くの人々を救うことになったのです。













 港町への途中の村で、俺は頼みごとをされた。

 村の近くにゴブリンが巣を作ったから、駆除して欲しいんだと。

 

 頭のニブいウスノロどもを助けるなんて気が進まなかったが、路銀が尽きかけていたからしょうがねえ。

 ま、ゴブリン退治で金貨二十枚なんてぼろいもんさ。

 俺一人でも、あんな下等生物なんざ五十も百も一ひねりだ。


 「よろしくな!」


 などと思いながら早速ゴブリンの巣穴に向かおうとしていたら、他にも参加希望者がいた。

 何やらでかい剣を背中に吊って、村人の話を聞くや否や俺の元へと跳ぶようにやってきやがったのは、猪みてーなガキだった。


 「三人で頑張ろうぜ!」

 「ちょっと!アタシを数に入れないでよ!」


 この猪みてーなガキに引っ張られてきたのは、これまた体に膨らみの少ないガキだった。

 無理やり連れてこられてキーキー喚いていたが、こいつはゴブリン退治の参加にゃ不本意らしい。


 俺としても、分け前が減るってのは御免被りたかった。

 まあそれ以前に、こんな素人臭い連中の面倒を見るなんざ、断固拒否だね。


 「アタシはまだ魔法士になったばっかりなのよ!戦力に数えないで!」

 「でもさ!勉強始めてから三日で魔法を使えるようになったんだろ!?すごいじゃん!」

 「う・・・。まあ、それほどでも・・・」


 一丁前に照れてやがるが、その話が本当なら多少は役に立つかもしれねえ。

 しかし、俺の見たところ・・・


 「盛り上がってるとこ悪いんだけど、素人はいらねぇよ」

 「・・・はぁ?何言ってんの、アンタ?」


 俺の言葉に対して、“平坦なガキ”が突っかかってきやがった。

 やれやれ、意味が分からねぇらしいや。


 「言葉通りだよ。経験のない奴なんざ足手まといなの」


 いくらひ弱なゴブリンって言っても、数が多いと面倒なんだ。

 俺ほどにもなれば多対一なんざ楽勝だが、覚えたての連中はとにかく視野が狭い。

 一度に五匹もかかってきたら、経験の浅い奴らを守りながら戦うなんてのは、流石の俺様でも無理だってーの。


 「ちょ、ちょと落ち着けよ!」


 “猪のガキ”がおろおろしながら仲裁しようとしてきたのを押しのけて、“延べ板のガキ”が顔を赤くして詰め寄ってきた。


 「あんですってぇ!?このチビ!」

 「おーおー吠えるねぇ、この地平線女」

 

 ウスノロどもは、どいつもこいつも俺たちの身体的特徴をからかうもんだ。

 ガキだのチビだの、お子様だのってな。

 ま、そうやって見た目に騙されてくれてる分には、扱いやすくて楽なんだけどよ。


 俺の挑発返しに“ぺちゃんこのガキ”は、んがっ、と口を開いて固まった。

 なんだ、皮肉が理解できる程度には脳みそがあるのかよ。


 見る見るうちに顔を赤くして殺気を放ち始めた“壁のガキ”に、俺は嘆息した。

 まったく、ウスノロどもはどいつもこいつも阿呆ばかりだな。

 ちっとは自分の実力ってものを考えればいいのによ。


 「こ、こ、この・・・!」


 “平べったいガキ”が杖を振りかぶり、俺が腰の刺突剣に手を伸ばしたその時。


 「あのー、すみません」


 いかにも申し訳なさそうってな感じで、また新しい顔が横入りしてきた。

 

 金髪で、鎧を着込み、他のガキどもと同じく背が高い。

 要するに、こいつもウスノロの仲間だ。

 

 いやそれよりも、この状況で割って入ってくるってことは・・・


 「私も、ゴブリン退治をしようかと思っているのですが、お邪魔でしたか?」

 「いやいや!いいところに来てくれたぜ!」


 “猪のガキ”が、助かったとばかりに“鎧のガキ”の両肩をがっしりと掴んだ。

 おいこら、余計なことを言うんじゃねーよ。

 お荷物が増えるじゃねーか。


 「これで四人だ!これなら大丈夫だな!」

 「だから!アタシを数に入れるなっての!」


 俺から矛先を変えた“まな板のガキ”が、怒りをそのまま“猪のガキ”へとぶつけた。

 しかし“猪のガキ”は、今度は慌てた様子もなく、俺たちを見回した。


 「魔法士がいるだろ、狩人もいる。それからあんたは、聖職者様だろ?」

 「あ、はい。そうです」


 “鎧のガキ”は、良くお分かりになりましたねと、“猪のガキ”に賞賛の言葉を贈った。

 

 へえ、なんか他のガキとは雰囲気が違うって思ったけど、聖職者だったのか。

 けっ。お高くとまりやがってよぉ。


 「そんで俺は、剣士だ!」


 “猪のガキ”は、えっちらおっちらと背中の剣を抜き放って、高らかに宣言した。

 まさか、格好いいとか思ってねえだろうな。


 「俺が正面でゴブリンを抑える!そんで、お前たちがとどめを刺す!これで楽勝だ!」


 その言葉に、俺たち三人は絶句した。


 今、なんて言いやがったんだ?

 自分ではなく、俺たちがとどめを刺す、と言ったのか?


 「アンタ、剣士でしょ?前に出て戦うんじゃないの?」


  “表裏両面のガキ”の当然すぎる疑問に、“猪のガキ”は胸を張って答えた。 


 「いやあ!お師様に散々言われてたんだけど、俺って剣の才能はからっきしなんだ!」


 なんじゃそら。

 素人どころか、それ以前の問題じゃねえか。

 こいつは猪じゃなくてただの馬鹿だ。


 いくらゴブリンっつったって、素人が簡単に相手をできるようなもんじゃねえ。

 俺以外の二人のガキが一匹をしとめるのに、どれだけ時間がかかるか分かったもんじゃねえんだ。

 

 襲い掛かってくるのが五匹だの六匹だのなら何とかなるかも知れねえが、十匹だったらどうなる?

 抑えるってことは、俺たちがもたもたとゴブリン共を一匹ずつ片づけてる最中に、盾も持たずにその貧相な皮鎧で他のゴブリン共を引き付けようってことだ。

 

 自殺願望でもあんのか?このガキは。


 自分の命を軽々しく扱うなんざ、剣士以前に生き物として失格だ。

 やっぱりこんなやつ、連れていけねぇ。


 「根性と丈夫さだけは並み以上だって褒められたんだ!だから、お前らが戦うための盾役はできるぜ!」

 

 そう言って、また危なっかしく剣を仕舞うと、“馬鹿なガキ”は俺たちを三人を強引に抱きかかえた。


 「ええっ?」

 「おい、何すんだよ」

 「ちょっと、痛いじゃないの!」

 「へへっ!これで俺たちは仲間だ!」

 

 髪の毛の色と同じく、暑苦しいガキだ。

 しかも、仲間ときたもんだ。


 初対面の俺たちを、完全に信頼しきっているらしい。

 ということは、“抑える”ってな本気の言葉だったのか。

 

 俺は“馬鹿ガキ”の拘束からするりと脱出すると、大きくため息を一つついた。


 やれやれだ。

 これからこいつら全員の面倒を見てやらなくちゃならないと思うと、気が滅入るぜ。まったく。

 ま、もしも本格的に足手まといになるようなら、遠慮せずに肉の壁として使ってやるさ。


 そんな俺の思惑に気づくようすもなく、“馬鹿ガキ”は思い出したように叫んだ。

 

 「そうだ!自己紹介がまだだったな!俺の名前は・・・」













 「あー、くそ。またかぁ・・・」


 俺は体を起こして、かぶりを振った。

 

 最近よく見る昔の夢は、寿命が近いことの知らせのように考えてしまうし、未熟だったころを思い出してしまってうっとおしい。


 『おはようございます』


 俺が起きると同時に天井からくぐもった声が響き、ガチャリと部屋の扉が開けられた。

 いつも通りに、がっちり鍛えたウスノロの一人が、鍵をぶら下げて俺の寝台へと近づいてきた。


 「今日は、随分と遅いお目覚めですな」

 

 そう言いながら戒めを解くウスノロに、俺は「ほっとけ」と返した。

 

 いつもいつも観察しやがって。

 最近疲れがとれねーんだよ。


 「朝食のご用意はできております。その後は、いつも通りです」

 

 扉を指し示され、俺はノロノロと床に飛び降りた。

 

 体が重い。

 もうじきお迎えが来るってのもマジかもしれねぇ。

 そういや爺さんがぽっくり逝っちまったのも、大体俺と同じ年の頃じゃなかったっけな?


 俺はそんなことを考えながら体を伸ばし、関節をほぐして扉へと向かった。

 

 俺は種族的な特徴から、肉体的に老いることがない。

 ただし短命で、大体四十歳であの世行きになっちまう。丁度今の俺の年齢だ。


 もう、時間がねぇ。


 廊下に出ると、ウスノロが扉を閉めるのを待ってから俺は歩き出した。

 

 いつも朝食をいただく食堂までの道のりには、必ず四人のウスノロが立っている。

 いつも同じ顔ぶれで、いつも同じ制服を着ている。

 だから、丁度いい“箪笥”代りになった。


 誰かが持っているものが欲しいからと言って、そいつを殺して奪おうなんてのは三流のやることだ。

 誰かが持っているものが欲しいからと言って、そいつから盗もうなんてのは二流のやることだ。


 なら一流の俺はどうなのか?


 そもそも一流は、誰かの持っているものを欲しがったりなんかしない。

 なぜならこの世にあるすべてのものは、俺のものなんだから。


 そこいらにボケっと突っ立ってる連中ってのは、つまり俺の持ち物を一時的に保管しておくための入れ物に過ぎねえのさ。


 こいつらだってそうだ。


 いつもいつも代わり映えのしねぇ同じ服。

 仕舞っておくには簡単すぎる。


 下服の裾。

 上着の袖。

 襟の後ろ。

 衿の裏。

 そして俺の後ろをついてくるウスノロの、帽子の中。


 材料は、全て揃った。


 俺は廊下の曲がり角に差し掛かったところで、ほんの少しだけ、不自然にならない程度に早足になった。

 

 一瞬、ウスノロから視界が切れる。

 その一瞬で、全ては完了だ。


 壁を蹴って跳躍し、遅れて角を曲がったウスノロのこめかみに、膝蹴りを一発。


 これで十分だった。


 音もなくくずおれたウスノロの帽子を頂戴すると、俺は四人のウスノロからすれ違いざまに“取り出していた”部品をすべて、ひっくり返した帽子の中に入れた

 そしてそれらを組み上げながら、事前に確認していた非常口へと向かった。


 この異世界に飛ばされてきてから約半年。


 小出しにする魔法技術や知識を対価にして得られた本や玩具などで、この世界の技術水準と言語体系はすでに完全に把握していた。


 まったく、世界は違ってもウスノロはウスノロだ。

 あっさり見た目に騙されて、頼んだものは何でもホイホイよこしてくれた。

 流石に酒は駄目だったけどな、畜生。


 外から響く宣伝音やこの施設のウスノロたちの会話を盗み聞くことで、日本語の会話は完全に習得していたし、情勢についても理解できていた。


 今、この国は戦争中だ。


 ならば混乱に乗じて、いくらでも身を隠せる。


 もとより、ウスノロどもはその体躯のせいで、頭に血が巡るのが遅いもんだ。

 この大盗賊レオン様を、見つけられるものかよ。


 俺は模造の鍵を組み上げると、非常口を難なく解錠して外へと飛び出した。

 

 時間は早朝。

 とっととずらかろう。


 目の前の高い塀を駆け上がり周囲を一望すると、音の反響具合から想像していたとおりに、俺は今まで小高い丘の上にある建物の中にいたようだった。

 俺は眼下の街並みを睥睨し、見える範囲の地図を頭の中で描き上げた。


 もう、時間がねぇ。

 俺の目的を果たすためにも、急がなけりゃな。


 「絶対に、お前を殺してやるからな、ダチ公」


 俺は、日本の帝都へと飛び出した。


 必ず殺す。

 

 待ってろよ、ディン。


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