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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
25/222

第24話 組合訓練生 ダンの日誌 (あるいは、自惚れについて 中)


 ゲド先生の元に来てから、丁度十年が経過した。

 つまり、この日誌を書くのも丁度十年目ということになる。

 

 そんな記念すべき記録だというのに、ちょっとばかり気の滅入るような出来事があったことを書かなければならないというのが残念だ。

 まあ気が滅入るというのは事実だが、得難い経験をしたことも事実だ。


 この日誌は文字の練習と、その日学んだことを振り返るための大切な日課として最初に教わったものだ。

 


 今日という節目の貴重な出来事を忘れないために。

 そして、もしかしたら未来の自分が忘れてしまってこの日誌を読むときのために。

 

 俺は、ここに、記す。








 今朝もいつも通りに起きると、まず眼鏡をかけた。

 そして部屋周りの掃除から一日が始まった。

 相部屋のモロのやつはいつも通りに寝坊をかましやがったから、引っぱたいて起こしてやった。


 「いってぇなダン。もうちょい、やさしく起こせよぉ」

 「るっせぇ寝坊助。早く掃除を手伝えっての」


 これまたいつも通りに、俺たち二人は軽口をたたきあいながら掃除を済ませた。最初の頃は面倒だったが、慣れればなんてことはない。人間てのは、習慣の生き物なんだよな。

 

 掃除を手早く終わらせて朝飯を食いに食堂に行くと、ゲド先生が待ち構えていた。

 

 『ハヨーザイマス!』

 「その、妙な言葉遣いは直せと言ってるだろうが」


 俺たちが挨拶をすると、先生は顔をしかめながらそう言った。

 そう言われても、入組して先輩方からまず叩き込まれたのがこの挨拶なのだ。そう簡単には治らない。

 

 「今日は客人が来る。失礼のないようにしろよ」

 「お客さんッスか?」

 「・・・」

 

 モロのやつが相変わらずの言葉遣いで訊ねたので、先生は恐ろしい目つきで睨みつけてきた。

 顔中の傷もあって、怒った先生はやっぱり怖え。


 「そうだ。客人の前でその腑抜けた顔見せたら、容赦せんからな」

 

 先生はそう宣言して、震える俺たちをしり目に食堂から出て行った。


 「あー、おっかねー」

 「お前のせいだぞ、このバカ」


 緊張が解けた俺たちは、自分たちがすきっ腹だったことを思い出して朝飯へと向かった。

 今日の品目は白麺麭と肉卵炒め。それに野菜の和え物に梨が丸々一つだ。これに牛乳が飲み放題。


 組合に入って一番良かったのは、やはり飯の質がいいことだ。

 かならず三食たらふく食わせてくれるし、料金を払えば菓子類も出してくれる。

 貧乏子だくさんだった実家とは大違いだ。


 「ダンー。赤茄子と梨、交換してくれよ」

 「ふざけんな。好き嫌いすんなって先生から言われてるだろ」


 またまたいつも通りに、俺たちは軽口をたたきあいながら朝飯に取り掛かった。


 よく訓練や任務中にヘマをして飯抜きの罰を食らっている仲間がいるが、俺たちの担当をしてくれているゲド先生は絶対にそんなことはしない。


 『人間の体は食ったもので出来ているんだ。だから食わなければ強くはならない。好き嫌いせずに何でも食べろ』


 『好き嫌いせず~』のくだりは、先生の口癖だった。なんでも、先生がまだ訓練生だった頃に教わったらしい。

 めったに飲まない酒が入ると、『俺が強くなれたのは好き嫌いしなかったおかげだ』などとも言うのだ。


 他の先生方の手前、俺たちがヘマをした時に飯抜き宣告をすることもあるが、後でこっそりと飯を届けてくれる優しい先生だ。

 訓練中は厳しく、鉄拳制裁を頂戴することも頻繁だが、実力・人格ともに組合では三指に入る人物だと俺は思っている。


 ゲド先生に担当してもらえて、本当によかったよ。


 「ごっさん!うまかった!」

 「早えぇよ!よく噛んで食え!」


 ちなみに、飯をよく噛んで食べろというのも先生の口癖だった。






 朝食が済むと、俺たち二人は早速客人をお迎えする準備に入った。

 今日の訓練と任務は延期になるのが、ちと残念だ。


 「なんでさ、楽でいいじゃん」

 「お前、もっと意識高く持てよ」


 客人は本部の方に来るのかと思っていたら、訓練場の掃除をやれと言われた。

 行政府の偉い文官様でもおいでになるのかと思っていたが、違うのだろうか。


 まあ誰が来るにしても、準備はしっかりしなければならない。

 俺たちがだらしなくしていては、俺たちの面倒を見てくれている先生方、ひいては組合への信頼に響いてしまう。


 早速俺たちは、他の仲間たちにも声をかけて訓練場へと向かった。

 

 本来訓練場の掃除や整備なんかは、各班の訓練生が持ち回りでやるもんだ。

 今日は俺たちゲド班とは違う班の連中がやってくれていたが、俺たちも協力する形で掃除とその点検をすることになった。


 「アレン班が外周を、ビヨン班が観覧席をやってくれる。俺たちは広場をやるぞ」

 「あいよー」

 「分かった」

 「おーす」

 「やるかー」 

 

 俺と同じゲド班の仲間たち。

 モロ、ビスト、サベッジ、ボスの四人は四葉の返事をして、掃除に取り掛かった。


 「しっかし誰が来るんだろうな」


 掃除をしながら、俺たちは当然そのことが気にかかって話し始めた。

 組合に来る人間なんて、依頼を持ってくるか入組希望かの二種類がせいぜいだ。


 そんな用事なら当然本部の方へ行くのだが、先生はわざわざ客人と言ったのだ。


 「なら、どこかの偉いさんが来るんじゃないのか」

 「訓練場にか?」

 「査察ってことでさ」


 ゲド班一の切れ者であるビストの言葉に、俺はなるほどと相槌を打った。


 俺たち組合は民間人から金銭と引き換えに依頼をこなす、いわば民間企業だ。

 たまに領主から直々に依頼をされることもある。例えば先日の『銀の鷹団』への手入れだ。

 

 本当だったら街の衛兵の仕事なんだろうが、議会のせいで大幅に予算が削減されていて万年人手不足になっちまっているらしい。

 ちょっと昔だったら衛兵なんて花形の職業だったのに、今では組合への入組希望者の方が多くなっちまった。


 どうも議会の連中は武力とか戦力ってものに拒絶反応を示すらしい。

 組合が過剰な戦力を保有することを、街の行政府としては面白く思わないのは当然だった。


 「なんだよ、難癖付けて課税でもしようってのか」


 モロが点検していた柵を引っぱたきながら言った。


 「おい、壊すなよ」

 「ワリィ。でもマジであり得る話だぜ、それ。最近になって色々設備新調したじゃん」


 モロの言葉に皆が周囲を見回した。


 ざっと目に付くだけでも、魔法防御発生装置や訓練用魔獣型機械人形。純粋に戦力には数えられないが、音響装置や夜間訓練用の照明器具も最近設置された。それにここにはいないが、軍馬も新しく三十頭程購入していたのだ。

 向こうがその気になれば、いくらでも突つける材料はあった。


 「でもさ、隠すとかそういうんじゃなくって掃除でしょ。ならお役人じゃないんじゃないの」

 「阿呆か!」

 「隠したら犯罪だっての!」


 間延びしたボスの言葉に、一斉に突っ込みが飛んだ。

 そんなことしたら、それこそ組合が手入れの対象になっちまう。


 それからしばらくして、先生がやってきた。


 「よし、なんとか終わったな」


 ゲド先生は広場を見渡し、満足げに言った。

 お客人が来るってのに、拳骨をくらった後の顔なんて誰も見られたくないから、いつも以上に丁寧にやったもんな。

 さすがに他の班の連中は担当している場所が広すぎて、間に合わなかったようだが。

 まあ、三十分程度でよくやったもんさ。


 「それで先生。お客さんってどんな人なんですか」

 「ああ・・・。まあ、古い知人だ。とにかく失礼のないようにしろよ」


 若干緊張気味に、先生はそういった。

 なんていうか先生のその雰囲気は、先生に試験として試合を見てもらってる時の俺たちと同じものを感じた。


 ・・・ってことは、ひょっとするとお客さんてのは先生にとっての恩師。

 つまりは組合の古株かもしれないってことだ。

 こりゃ、みっともないところは見せられねえぞ。


 他の仲間たちも同じ考えのようで、まだ見ぬお客様を待ちながら皆一様に背筋を伸ばした。

 いや、訂正。


 「楽しみッスねー」

 「モロ・・・」

 「お前は緊張感なさすぎ」


 一人だけ、いつも通りだった。









 しかし。

 おいでになられたお客様は、お役人ではなかった。

 というか、お偉いさんには見えなかった。


 「なんだありゃ」

 「女の子じゃん」

 「隣のは、保護者かな」


 連れ立ってやってきた赤毛の男と白髪の女の子に、俺たちは遠慮なく奇異な視線を注いだ。男の方は下町にでもいそうな兄ちゃんだし、子どもの方はいかにも今どきの街娘って感じだ。

 親子にしては年が近そうだが・・・


 「しゃんとしろよ、お前ら」


 一気に緊張感の解けた俺たちとは真逆に、先生は固い表情を崩さなかった。

 いや、冷や汗までかいているじゃないか。

 

 じゃあこの男って、実は大物なのか?


 「待たせてすまないね、ゲド」


 先生を呼び捨てにするこの男は、偉そうというよりは興味がなさそうな表情だった。

 なんというか、俺たちのことを気にも留めていないように思える目つきをしていやがる。

 気に入らねえ。


 それに引き換え、こっちの女の子はどうだ。


 「うっわ、ちっちぇー。君いくつ?」

 「馬鹿、怖がらせんなよ。ごめんねー、お嬢ちゃん」

 「サベッジ、顔にやけてんぞ。変態野郎」

 

 口々にそういって周りを取り囲んだ仲間たちに対して恐怖の表情を浮かべて、さっと男の後ろに隠れてしまった。

 怖がっているのは分かるが、すまん。

 その仕草が、ちょっと可愛いいって思っちまった。


 「いい加減にしろ、貴様ら!」


 とうとう先生の一喝が飛んだ。

 俺たちは慌てて元の位置に戻ると、整列した。

 その時、一瞬だけ男の視線が動いたのが見えた。


 俺たち全員を値踏みするような。

 いや、一瞬だったから、勘違いかもしれねぇけど。

 

 その後、なぜかこの得体のしれない男に先生が褒められ、そして先生がそれに対して喜ぶなんていう珍事が起こった。

 しかし俺にとっては、この後のことの方が問題だった。


 「他流試合って・・・」

 

 先生を呼び捨てにする男に指名され、あれよあれよという間に俺は訓練用の木剣を持たされて女の子の前に立たされた。


 冗談じゃない!

 俺はこんな年端もいかない女の子を痛めつけて喜ぶような、下種野郎じゃあないんだ。 

 こんな重たい木剣が、もし間違って顔にでもあたったらどうすんだよ!?


 「自惚れるんじゃない!きちんと組合の訓練生として行動しろ!」

 

 必死に先生に止めさせるように願い出たが、逆に怒鳴られてしまった。

 何だってんだよまったく。


 しょうがねぇ。

 これ以上、駄々をこねるわけにもいかない。

 精々痛くしないように、テキトーに小突いて終わりにしよう。


 広場を取り囲む仲間たちからの盛大な野次を浴びながら、俺はため息をついて木剣を構えた。

 

 「始めっ!」







 先生の合図と同時に。






 女の子が動いた。



 

 「えっ?」


 女の子は大上段に木剣を構え、俺の間合いへと踏み込んできた。

 まさかとは思うが、本気で俺から一本取ろうってのか?


 俺はとっさに上半身に意識を集中させ、相手の木剣を防ぐ構えをとった。


 しかし女の子は、一層踏み込みつつも姿勢を低くした。そして大上段から木剣を大きく円を描くようにして、横なぎに振りぬいてきた。


 「はやっ!?」


 女の子の木剣は、油断しきっていた俺の左足の脛を捉えた。

 たまらず俺は膝をつくが、そんな隙を見逃してもらえる筈がない。


 女の子は、木剣で俺の頭をちょっとだけ小突いた。


 ずり落ちた眼鏡を直しながら見上げると、女の子がどうだとばかりに自信に満ちた笑顔を見せていた。


 「一本!」


 ゲド先生の声が、静まり返った広場に響いた。

 周囲の仲間たちからの野次が消えていた。


 そりゃそうだ。

 

 訓練生とはいえ、曲がりなりにも組合の人間が、こんな小さな女の子に負けるだなんて。


 自分で言うのもなんだが、俺はそこそこ実力がある。ゲド班の中どころか、同期の中では一番だ。

 先輩方からも、一目置かれてるんだ。


 そんな俺が、一本取られた?


 ありえねぇだろ。


 「こんなものか、だらしない」


 突如。

 呆然としている俺に、というよりも、その場にいる全員に対して声がかかった。


 「たかが十二の小娘にしてやられるとは。組合の質も落ちたものだね、ゲド」


 一斉に、仲間たちが殺気立ったのが分かった。

 挑発してきたのは、あの男だった。

 

 一気に俺は、頭に血を登らせた。

 俺が不甲斐ないばかりに、先生が、そして組合が侮蔑されている。

 

 そんなこと、許せねぇ。


 「続けるか?」


 男からの言葉にまったく動じた様子のない先生は、俺にそう声をかけてきた。

 正直言って、ぶっ叩かれた脛がかなり痛い。


 女の子と思って油断していたが、かなり力があるようだ。

 だが、これ以上無様なところは見せられない。

 先生にも、仲間にも、客人にもだ。


 「やれます。やります!」


 俺は立ち上がり、再び木剣を構えた。

 今度はもう、油断はしない。















 十分後。

 広場には女の子と、少し離れた位置に俺がいるだけだった。


 女の子は柵に寄り掛り、膝を抱えて座っていた。顔を膝に埋めていたので表情は見えなかったが、恐らく泣いているのだろうということは分かった。


 あの後俺は、立て続けに二本取った。

 

 確かに彼女は強かったが、あくまでも年齢の割にはだ。

 本気になれば、最初から負ける相手ではなかった。


 「いい経験になっただろう」

 

 先生は、遠巻きに女の子を見ている俺に声をかけてきた。

 今更になって、あの子を力いっぱいにぶん殴っちまったことに罪悪感を覚えていた。


 「そんな、いい経験って・・・」


 子どもを、それも女の子を殴って泣かせるなんて、いい経験な筈ないだろうに。


 「この間の『銀の鷹団』への手入れに、お前も参加していたな?」

 「あ、はい。一応・・・」


 突然先生は、話題を変えた。先日の、組合の総力を挙げての作戦のことだ。

 その時は、俺たち訓練生も実戦に投入されていた。

 まあ側面に配置された部隊の、後詰でしかなかったが。


 「やつらの構成員の中に、少年兵がいたそうだ。丁度、あの娘くらいのな」

 「そんな。まさか」


 犯罪組織が子どもを使うという話は聞いたことがあったが、本当だったとは。

 つくづく許しがたい連中だ。

 

 「お前が躊躇しても、相手がそうとは限らないぞ。今回ので良く分かっただろう」

 「・・・はい」


 まったく、ぐうの音も出なかった。

 先生の言うとおりだ。

 俺は相手が子どもだと油断をして、無様に初っ端から一本取られてしまった。

 今にして思えば、三本勝負だったのも先生がそれを見越したのだろう。

 これが実戦だったなら・・・。

 

 「ちなみにな」


 先生が、俺から座り込んでいる女の子へと視線を移しながら続けた。


 「その少年兵を討ったのは、あの娘だ」

 「マジでっ・・・本当ですか!?」 

 

 俺はずり落ちかけた眼鏡を直して、思わず女の子を振り返った。

 

 俺との試合に負け、打ちひしがれている女の子。

 年齢や体つきの割には異様に動きがよかったが、まさか俺よりも実戦経験が豊富なのだろうか。

 

 見ていると、いまだ立ち上がろうとしない女の子に、保護者の男が歩み寄っていた。

 女の子の隣に膝をつき、何か言葉をかけていた。慰めてやっているのだろうか。


 あれほどに泣いているのは、俺に殴られたところが痛むからか。

 それとも、俺に負けたことを悔しがっているのか。・・・つまり、勝てる相手と思われてたってことか?

 

 「まあ、お前も侮られてたってことだ。おあいこだな」

 「はあ・・・」


 しばらくして女の子は立ち上がり、男の手を握ってこちらへと歩き出した。

 それを見て、先生は俺の肩を叩いた。


 「さあ。対戦相手に、挨拶をしてこい」

 「あ、はいっ!」


 俺は、こちらに歩いてくる二人に向かって走り出した。

 女の子は俺の姿に気づいたのか、ぷいっと顔を背けた。

 試合中は一端の戦士のようだったが、こういう仕草は年相応だった。


 あーあ。

 俺、こんな子どもを全力で殴っちまったんだなぁ。


 「今日は、ありがとうございました!」

 「こちらこそ、本当にありがとう」


 俺が大声で挨拶すると、男は相変わらず不愛想な顔付きでそう言った。

 男の左手は、いまだにふてくされている女の子の右手を握っていた。


 俺はそんな女の子をできるだけ見ないようにするために、男の方へ意識を集中させた。


 「その、大切なお嬢さんに、乱暴なことしてしまって・・・」

 「ああ。本気で戦ってくれて、助かったよ」

 「は、ええ!?」 


 俺は思わず男を凝視した。

 妹だかなんだか知らないが、身内の女の子をぶん殴られて礼を言うなんておかしいだろう。

 

 「この娘は、少しばかり増長していた。君のように実力のある人間と、一対一で戦ったことがなかったからな」


 ・・・ああそうか。そういうことか。

 俺のことも、侮っていたんだっけな。

 この女の子も、俺と同じで自惚れていたんだ。

 『自分のほうが、強い』って。


 「先刻は、“のってもらって”悪かったね」

 「え、いや、あれは・・・」


 あの時、この男からの挑発にカッとなってしまったのは本心からだった。

 結果として俺は手加減を止めたわけだが、成程それが狙いだったワケか。


 俺とそう年は変わらなそうなのに、食えない野郎だ。人を当て馬みたいに使いやがって。


 「やはり、ゲドはよい指導をしている。先生の言うことをよく聞きたまえよ」

 「え、あ、はい・・・」

 

 またもや先生を呼び捨てにされて、本来なら怒りを抱くべきだったのだろうが、そんな感情は浮かんでこなかった。

 むしろ、それが当然と受け入れている自分がいた。


 目の前の男が、本当は青年などではなく、数多の戦場を駆け抜けた老兵のような。

 あり得ないことだが、そんな風に感じてしまったのだ。


 「さあ。君も最後に挨拶をしなさい」


 男がそう言って女の子をみると、女の子の方は泣きはらした目で俺を睨みつけた。

 だが、俺はもう怯まなかった。

 

 そうさ、俺は君を打ちのめした。

 だが、後ろめたさなんか感じない。


 確かに年や身長は俺よりもずっと下だが、君も俺と同じ戦士の卵だ。

 だから、子どもだ女だと侮ったりはしない。


 ああそうとも。

 俺は自惚れていた。

 君みたいな子どもに、負けるはずなんかないと。おあいこだな。

 

 だが、これからは違うぞ。

 

 そんな俺の気持ちが通じたのかどうかは分からないが、女の子は俺に頭を下げた。


 俺もそれに倣って、大きく頭を下げて叫んだ。


 「アザッシター!!」


 こんな小さい女の子が、泣いて悔しい思いをして頑張ってんだ。

 

 俺も負けてらんねぇ!

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