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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第23話 自惚れについて 前


 私の師匠は、他人の気持ちというものが分からない人間である。


 「いや、分かるぞ。最近君は、体重が増えてきたことを気にしているだろう」


 私の横を歩く師匠は彫像の様な顔のまま、私に告げた。


 そういうことを平気な顔をして言うから、事実なのだ!


 「何故だい。最近風呂上りには、十分くらい体重計の前で唸っているだろう」


 少しだけ面食らったような表情の変化を見せながら、師匠は言った。


 全然、まったく分かっちゃいない!

 そういうことを言われたら、相手がどういう気持ちになるのか。

 それが分からない人間だと言っているのだ!


 「・・・すまない」


 師匠はちょっとだけうつむき、首筋を撫でながら謝った。


 ふんだ。

 そんな口だけの謝罪で、許してなどやるものか。


 「いや、悪かった。だからそんな膨れっ面は止めてくれ」


 私は師匠の言葉を無視して、足早に師匠を抜き去った。

 師匠は慌てて、しかし表情は変えないままに私へと追いすがった。

 

 「それに体重の増加は、筋力が付いてきたからだ。菓子の食べ過ぎで太ったわけではないんだよ」


 とりなすような言葉に私は足を止めて、追いついてきた師匠に向かって回し蹴りを見舞った。

 道行く通行人が、ぎょっとした顔を私たちへと向けていた。







 私達がいま向かっているのは、組合である。

 師匠から話だけは聞いていたが、足を踏み入れるのは初めてであった。

 

 組合は、街の南区のど真ん中に広大な施設を構えていた。

 主に依頼の受付けや処理、金銭や情報の管理などの雑務を行う本部と、組合員用の宿舎。

 そしてそれに隣接する形で、補給兼娯楽施設が備えられていた。


 最近は異世界から取り入れた“学校”という概念を基にして、多人数を一度に教育する施設も開設していた。


 「私としては、反対の立場なんだがね」


 師匠は、組合員用の宿舎の隣にある真新しい建物を眺めながら言った。

 

 「数十人の弟子を一度に教育するだなんて、正気の沙汰ではない」


 しかしながら、以前出会った異世界の子ども達は皆“学校”というところに行っていたそうだ。

 それも、全員が学士になれるという非常に質の高い教育を施しているらしい。

 一度に多くの人間に高度な知識を伝授するには、なかなかに良い機構なのではないだろうか。


 「人というのは、一人として同じものはいない。それをすべて同時に面倒見ようだなんて、考えるだけでも恐ろしいよ」


 珍しく身振り手振りをして感情を表現しようとしている師匠であったが、無表情なのでいまいち伝わってこなかった。


 それにしたって、異世界では上手くいっているようだが。


 「どのような方法があるのか、ぜひ知りたいものだ。私なんて、君一人ですら・・・」


 一人ですら?


 「・・・いや、うん、なんでもない」


 師匠はなにやら含みを持たせつつも否定した。







 組合の訓練場入り口には、少年と青年の中間くらいの男の子が二人、箒を手にして立っていた。

 私と師匠の姿を認めると、彼らは門前の掃除をする手を止めて背筋を伸ばした。


 「チィースッ!」

 「チャッス!」


 二人の男の子は訓練場へと入っていく私たちに向かって、同時に頭を下げてそう叫んだ。


 なんだ?いまのは。

 何かの呪文だろうか。


 「こんにちは」


 師匠は男の子達に対して、挨拶で返事をした。

 ということは、さっきの男の子達は独特な言葉遣いで挨拶をしてきたらしい。

 とりあえず私も、二人の間を通り過ぎながら頭だけ下げておいた。


 なんとも不思議な言葉だ。

 どこか地方からやってきたのかな?

 

 そう思いながら私が後ろを振り返ると、男の子達は顔を寄せ合って囁きあっていた。


 「おい見たか、あの娘」

 「可愛いかったなー。でも、こんなとこに何の様なんだろ」


 遠ざかっていく私達をちらちらと見ながら、そうささやきあっていた。

 どうやら、訛りのない標準語のようだった。

 それよりも。


 師匠!師匠!


 「なんだい」


 今、可愛いと言われた!


 「さっきの可愛いは、女性として・・・」


 女性として?


 「・・・いや、うん、よかったね」


 師匠は何やら含みを持たせつつもそう言った。

 私はちょっとだけ機嫌を直して、再び男の子達の方を見た。

 

 「親子かな?」

 「いやー、兄妹だろ」


 どっちもちがうっ!


 「君、情緒不安定だぞ」

 

 腕を振り上げた私の首根っこを引っ掴みながら、師匠が言った。


 







 「今日は、改めて君の腕試しをしに来たんだ」


 訓練場の中にいる大勢の、やはり少年と青年の中間くらいの男の子達に挨拶をしながら、師匠はやっと私に説明をした。

 やはり彼らも、『チワッス』だの『コンチャーッス』だのよく分からない言葉で挨拶をしてきた。



 朝食の後、何も言わずにここまで引っ張ってこられたので、私はずっと機嫌が悪かった。

 木剣を担いで道を歩くというのも人目を引いて嫌だったし。


 「人目を引くのは、君があば・・・」


 あば?


 「いや、うん、何も」


 師匠は何やら含みを持たせつつも、結局何も言わなかった。

  

 それにしても、先日しっかり私の腕前を見せたばかりだというのに。

 またもこうして腕試しの機会を用意してくれるとは、師匠も私の実力を認めてくれているらしい。


 「あんな試合もどきでは、ほん・・・」


 ほん?


 「いや、うん、その・・・」

 

 先刻からなんとも煮え切らない師匠に少しばかり私がイラついていると、木でできた簡素な柵に囲まれた広場へと到着した。

 そこは砂を引いただけの殺風景な広場で、中心には数人の男たちが立っていた。

 いや正確には、見知った顔の男が一人と知らない男の子たちであった。


 「お待ちしておりました」

 「待たせてすまないね、ゲド」


 いつも通り背筋をまっすぐに伸ばして挨拶をするゲドに、私は軽く会釈をした。

 彼もすでに私の顔を覚えているようで、少しだけ微笑んくれた。


 しかし彼の周りにいる男の子たちは、珍しいものを見つけたという視線を遠慮なく私に注いできた。

 

 「先生ー、なんスかこの人ら」

 「入組希望の娘?」

 「うっわ、ちっちぇー。君いくつ?」


 そういいながら取り囲んできた男の子たちに驚いて、私は思わず師匠の背中に隠れた。

 

 からかわれているのか、あるいは歓迎してくれているのか、それとも威嚇されているのか。

 年の近い人間との付き合いが極端に少ない私にはそれが分からず、ただただ困惑するばかりだったからだ。


 私のそんな子どもっぽい仕草が気に入ったのか、彼らは一斉に『かーわいー!』と叫んだ。


 「いい加減にしろ、貴様ら!」


 見かねたゲドが一括すると、男の子たちは先ほどの軽薄な笑顔をきれいに捨て去った。

 そしてゲドの隣に背筋を伸ばして、びしりと整列した。

 

 その一糸乱れぬ動きは、まさに訓練された組合の戦闘員として確かな実力を感じさせた。


 「まだ、卵だがね」


 師匠はそう言って背中に隠れていた私を正面へと引っ張り出し、彼らに向かって頭を下げさせた。


 「ゲドは組合でも指折りの実力者だ。見ての通りに後継の育成にも才覚を見せている」

 「そんな、過分な評価です」


 言われたゲドは背筋を伸ばして謙遜したが、少し顔が赤かった。どうやら師匠に褒められて嬉しかったらしい。


 明らかに年下の師匠などに褒められて、どうしてこんな反応をするのだろうか。


 ゲドの弟子達も私と同じ考えのようで、師匠とゲドを見比べながら不思議そうな顔をしていた。


 「そういうわけで、今度こそ本当の他流試合だ」


 師匠はそう言って、砂の上に膝をついた。

 ちょうど私の顔の高さに、師匠のそれが下がってきた。


 「君は、誰と戦いたい?」


 師匠からの問いに、私は先刻の困惑しきっていた頭を切り替えて正面を見据えた。


 私達とはちょうど対面。ゲドの隣にずらりと並んだ五人の男の子達は、皆一様に背筋を伸ばし、手を後ろで組んで格好良く立っていた。

 いずれも鍛錬用の簡素な運動着の上からでも分かるほどに鍛え上げられおり、先刻とは打って変わった真剣な表情はきつい訓練を潜り抜けてきたことを示していた。


 しかし。


 誠に申し訳ないが、彼らの一人ひとりの違いが分からなかった。

 まあ、戦うのならばもっとも強い相手の方がいいに決まっている。


 「成る程。では、そこの彼にお願いしよう」


 師匠は、ゲドのすぐ隣に立っていた男の子を指名した。

 他の男の子たちとそれ程体格は違わなかったが、彼だけは唯一眼鏡をかけていた。

 

 するとその場の、私と師匠以外の全員がざわめいた。


 「お言葉ですが、こいつとそちらのお嬢さんでは・・・」

 「いや、だからいいんだ」


 




 先日のカンズ剣術道場での他流試合とは、まったく雰囲気が違っていた。

 あの時も大勢観戦する弟子達がいたが、皆一様に落ち着いていた。

 対して彼らはどうだ。


 「いじめんなよー」

 「なに赤くなってんだよ!」

 「怪我させんなよっ」 

 

 周囲から飛び交う、野次、野次、野次。


 しかも、それをぶつける相手が私ではなく、身内のはずのゲドの弟子なのだ。


 「うるっせーな、もう!」


 柵に囲まれた砂だけの広場のど真ん中。


 私と正対した眼鏡の男の子は、顔を真っ赤にしながら周囲ではやし立てる仲間達に怒鳴り返していた。

 これから試合を行うというのに、まったくもって集中していない。

 ゲドに怒鳴られた時にはきりっとして格好よく見えたのに、他の訓練生と思しき男の子たちが騒ぎを聞きつけて大勢集まってくると、こんな調子になってしまったのだ。


 やれやれ。

 どうやら今回も、楽勝のようだ。


 「・・・まあ、せいぜい気をつけなさい」


 そう、師匠が私に声をかけた。

 いつもの抑揚のない声だったが、なぜだかすごく冷たく感じた。

 

 「三本勝負。上半身に木剣を命中させるか、関節技などで十秒以上動きを封じることができた場合に一本とする」


 私と男の子の間に立ったゲドがそう言った。

 どうやら審判をしてくれるらしい。


 「いや、でも・・・女の子ッスよ!?」

 

 なぜか木剣を私から遠ざけるようにしながら、眼鏡の男の子は必死にゲドに訴えていた。


 人を見た目で判断するとは、この男の子もまだまだだ。

 私のように、子供でも強い人間がいるということを教育してやるとしよう。

 

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