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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
23/222

第22話 他流試合について


 「腕試し?」


 そう。

 今の私は、どの程度の実力があるのか。

 それを知りたくなったのだ。


 師匠は、蒸し焼きにされた鶏肉を口の中に入れながら、しばし考える素振りを見せた。


 私は、師匠の元に来てから七年。休むことなく鍛錬を続けてきた。


 「食べながら口を開けない」


 そのおかげで、犯罪者どころか魔物相手でさえ、上手く立ち回れば倒すことができるようになった。 


 「食器を振り回さない」


 先日は油断してしまったが、一対一でなら正面で戦える程度の実力はついてきているのではないだろうか。


 「卓を揺らさない」


 そういうわけで、腕試しをしてみたく思うのであった。


 「ふむ」


 師匠は、綺麗になった皿の上に肉刀と肉叉をそろえて置くと、腕組みをして考え出した。


 




 私は、実戦経験ならそれなりに積んできた。

 魔物も人間も、自分より明らかに実力が上の相手ばかりだったが、師匠の助けもあってなんとか倒してこれた。


 しかし、純粋に自分ひとりだけの力で戦い抜いたことは、ただの一度も無い。

 しろすけの時だって、そうだった。


 実戦形式の鍛錬だって、いつも相手は師匠ばかりだ。

 

 だから私は、今どの程度の実力なのかが分からない。

 だから、知りたい。


 私は強くなっているのか、と。




 「よし!」


 師匠が膝を打って椅子から立ち上がった。


 私が提案してから十分後。

 あまりに返事が遅いので、すでに朝食を平らげてしまっていた私は、出し抜けに師匠が大声を上げたので、片付けようとしていた皿を落としかけてしまった。


 「では近所にある、カンズの道場を覗いてみよう」


 カンズの道場。

 たしか、このお屋敷からはご近所にある剣術道場だった。

 なるほど、他流試合というわけか。 


 「まあ、別に私は流派なんて持っていないんだが」






 「この剣術道場は、何代も続く由緒正しい武家が師範をやっていた筈なんだが・・・」

 

 師匠が首をかしげながら見上げたのは、件のカンズ道場であった。


 高級住宅街の大通りに面した人目を引く立地にあるのに、さらにわざわざのぼりをいくつも立てて宣伝をしていた。

 かなり昔から増改築を繰り返しつつずっとこの地域に根ざしてはいたが、育ちのいい人たちにはあまり人気がなかった。




 昔は刃引きをした刀剣を使い、筋力や体力をつけるような鍛錬を殆どせずに、とにかく対戦形式の試合を繰り返しており、怪我人が耐えなかった。

 それによって、実戦向きの無駄の無い肉体や技術を身につけさせるという極めて危険で無茶な道場だったが、街の歴史に名を残すような武人は必ずこの道場の出身か、あるいは出身者に師事した者だった。


 かつては入門したら最後、立派な殺戮兵器として生まれ変わるまでは引き返すことは許されないという恐ろしい道場だったが、今代の師範になってから経営方針ががらりと変わった。


 今では怪我のしにくい樹脂性の柔らかい模造剣を使用し、無理の無いように指導員がしっかりとひとりひとりをきめ細かく手厚く支援。


 ちょっと習い事をしたいお子様からちょっとお腹周りが気になる奥様まで。

 運動不足気味のお嬢様から本気で衛兵を目指したいお兄様まで。


 その目標に向かって、堅実にお客様の背中を押していきます!




 「いやに詳しいじゃないか」


 そこにいる客引きのお兄さんがくれた、小冊子を読んだだけである。




 

 道場に入ると、着飾った受付け嬢が、営業用の笑顔で私達を出迎えた。


 「入門をご希望ですか?」

 「いや、ちょっと違うんだ・・・」


 師匠は一瞬私を見ると、受付け嬢に何事かを耳打ちした。

 しかし私は、それを気にしているほどの余裕がなかった。

 師匠が話している間、私は目を輝かせて道場の中を見ていた。


 対人訓練用の機械人形。

 大型で多種多様な筋力鍛錬用の器具。

 自身の肉体について詳細な情報を提示してくれる装置。

 様々な種類の自販機。

 標識を見ると、大型の浴室まであるようだ。

 

 最新の設備が、これでもかと言わんばかりにてんこ盛りである。


 

 すごいすごい!

 こんなすごいところで鍛錬をしている人たちならば、さぞかし強いのだろう!

 

 「随分と、雰囲気が変わったな・・・」


 はしゃぐ私とは対照的に、なぜか師匠はしんみりとした口調で言った。


 「まあ、これで少しは・・・」


 師匠、何か言った?


 「いや、別に」



 





 「総員、礼っ!」


 簡素な青色の上下服を着た凄まじい青髭の大男が、同じ格好の弟子達に号令をした。


 ざっ!


 という音が聞こえてきそうな勢いで、広い室内鍛錬場を埋め尽くさんばかりの弟子達が、一斉に私たちに頭を下げた。


 壮観である。

 一体何人いるのであろうか。

 しかも彼らは、道場の中でもほんの一部の弟子達であるらしい。

 建物の上の階では、さらに大勢の弟子達が鍛錬に勤しんでいるのだそうな。

 

 「今回は、このリィルさんとの他流試合を行います」


 弟子の前で椅子に座っている白髪交じりの老人が、そう弟子達に語りかけた。

 

 どうやらこの人がカンズ道場の師範であるらしい。

 それにしては、なんだかひょろひょろだが。

  

 師匠は私の保護者として、カンズ師範よりも少し小さい椅子に座っていた。

 師範と並んで、私の戦いぶりを観戦するのである。


 青髭男が弟子達を道場の壁際へと移動させると、身体を硬くしている私の方へと歩み寄ってきた。


 「こちらを、お使いください」


 そう言って手渡してきたのは、模造剣だった。やわらかく、軽く、おぼつかない。

 なんだか手で握っていると、心細くなるような代物だった。


 「これを相手の身体のどこかに当てた次点で、試合終了となります」


 そう言って青髭男は、私に笑いかけた。

 どうやら緊張を解そうとしてくれたらしい。


 心遣いはありがたいが、これほど大勢の視線にさらされては緊張するなというのは無茶だ。


 「では対戦相手、前へっ」


 青髭の言葉と共に、大勢の弟子達の中から一人がすっくと立ち上がった。





 「あれ?」


 師匠の声が、静まり返っていた道場に響いた。


 弟子達の中から現れて私の正面に立ったのは、私と同い年くらいの利発そうな少年だった。

 きりりとした顔立ちに、強い意志を感じさせる目つき。

 まだ身体つきは細いが、年齢以上に鍛えられているようだった。 


 「師範殿、話が違うじゃあないか」

 「いや、ちょうど良い程度でしょう」


 なにやら笑みを浮かべるカンズ師範に対して師匠が食って掛かっているようだが、どうしたのだろうか。

 というか、保護者の立場である師匠がみっともない真似をするのは止めて貰いたい。

 戦うのは私なのだから。


 「双方、礼っ」


 青髭男が、私と少年の間に立って言った。

 

 少年はびしっと背筋を伸ばし、格好良く礼をした。対して私は、その余りに自信に満ちた動きに気おされるようにして、びくびくしながらぎこちなく頭を下げた。


 「構えっ」


 青髭男の言葉に、少年はすっと模造剣を正眼に構えた。

 私もおずおずと、剣を構えた。

 少年の真似をして、正眼でだ。

 

 「はじめっ」


 すぱぁんっ


 合図から少し遅れて、乾いた音が道場内に響き渡った。


 私は剣を下ろして、元の立ち位置へと戻った。

 私の眼前には、右手を押さえてうずくまる少年がいた。


 まず、一勝だ。


 「これは、まずいな」


 またも師匠の呟きが聞こえた。


 何がまずかったのだろうか。

 大上段に構えて突撃してきたので、咄嗟に相手の手を狙ったのだが。


 「師範殿?」

 

 師匠が師範を睨め付けた。


 「いやいや、まだまだこれからですから。おいっ」

 「はい!」


 指図された青髭男は、弟子達の方へと顔を向けた。


 「おい、アプレ!」

 「はいっ!」


 青髭男の呼びかけに元気よく応じて立ち上がったのは、私よりも年上の青年だった。

 以前出会った異界の少年達よりも、一回り程大きい。

 身体つきも、年相応に筋肉質だった。


 青年は、私が打ち倒した少年が退場するのを待って、私に相対した。

 

 「礼っ」


 合図と同時に、今度は私も上手くお辞儀をすることができた。

 

 どうだ師匠、偉いだろう。

 

 師匠の方をちらと見ると、なにやら不安げな顔で私を見つめていた。


 なんだ、心配してくれているのか。

 ならば、ちょっとだけ本気を出すとしよう。


 「構えっ」


 青年は、模造剣をやはり正眼に構えた。

 対して私は右手に模造剣を構えて半身になった。そして、左手をそっと懐へと這わせた。


 「はじめっ」


 合図と同時に、私は左手で掴んでいた“財布”を青年の顔に向かって投げつけた。

 青年は咄嗟に顔をかばって、財布を弾いた。


 胸から下が、がら空きだ。

 こんな軽い棒っ切れを当てるだけでよいのだから、簡単だ。


 私は姿勢を低くして間合いをつめ、相手の足を模造で引っ叩いた。

 

 これで、二勝だ。


 相手に向かって物を投げつけて隙を作れ。

 

 師匠の教えだ。



 「お手合わせ、誠にありがとう。では、私達はこれで失礼する」


 そう言って突然椅子から立ち上がった師匠を、師範は慌てて引きとめた。


 「いやいやいや!まだ一番腕の立つ者が残っておりますから!」


 勝ち逃げなどさせてなるものかと、必死の形相で師匠に追いすがるその老人は、自分の弟子達からの訝るような視線に気づいていないようだった。


 「いや、私達も色々と忙しいし」

 「いやいやいやいや!今度こそは!今度こそは大丈夫ですから!おい!」

 「は、はい!」


 指図された青髭男は、弟子達の方へと顔を向けた。

 

 「おい、ジライ!」

 「おう!」


 青髭男の呼びかけに元気よく応じて立ち上がったのは、私よりも大分背丈がある大男だった。ひょっとしたら、師匠くらいに大きいんじゃないだろうか。

 身体つきも、師匠のように逞しい。力比べになったら適わないだろう。


 大男は、私に足を引っ叩かれて悶えている青年を蹴り飛ばして、私に相対した。


 「礼っ」


 私はもう緊張もせずに、滑らかにお辞儀をした。

 

 「構えっ」


 大男は、今度も正眼に構えてきた。


 恐らくさっきの手はもう使えないだろう。

 正真正銘、正面からのぶつかり合いだ。

 これで私の実力も分かるに違いない。


 「はじ・・・」

 

 合図が掛かる最中に、大男はすでに動き出していた。

 

 軽い模造剣を素早く振るって、私のそれを狙った一撃を見舞ってきた。

 抵抗をすることもできずに、私は模造剣を弾き飛ばされてしまった。


 合図が出されるまでは試合は始まらない。

 そんな風に油断していた自分が愚かしい。

 だが、私自身はまだ叩かれてはいない。


 ならば、まだ戦える!


 大男の繰り出してきた二撃目を掻い潜り、私はその巨体へと密着した。


 そして、相手の服の右腕部分を両手でしっかりと掴んだ。 

 そのままの状態で、私はくるりと向きを変えて、大男を背負うような姿勢になった。

 

 なんだ、師匠よりも随分と軽いじゃあないか。 

 ちゃんと好き嫌いをせずに、何でも食べなきゃだめだぞ。



 背負っていた重い荷物を、剣を大上段から振り抜くようにして。


 私は、大男を床へと投げ飛ばした。



 密着するほどに相手が近いのならば、いっそ投げ技を仕掛けたほうがいい。


 師匠の教えだ。


 

 私がどうだとばかりに師匠の方を見ると、口を開けてこちらを見つめる師範の横で、師匠は頭を抱えていた。

 一体何がまずかったのだろうか



 ・・・ああ、そうか。

 この模造剣で叩かなければ、試合が終わらないのだった。

 

 私は模造剣を拾い上げた。

 そして床にのびている大男に向かって、無造作に振り下ろした。




 「まったく、名門道場が聞いて呆れる」


 師匠はうなだれながら、私の横を歩いていた。その両手には、菓子折りが山ほど入った袋を携えていた。

 あの他流試合の後、道場の師範は私達を客室へと引っ張り込んだ。

 そして『他言無用』の四文字と共に、有名菓子職人による高級品をしこたま師匠に押し付けたのだ。


 「あの程度の搦め手に対応できないとは、大分質が落ちたな」


 師匠はそう独り言ちた。


 なにやら不満なようだが、弟子が勝ったのに嬉しくないのだろうか。

 

 「君に実力がついてきたことは、素直に嬉しいことだ。だがそれ以上に、あの道場が落ちぶれたことが残念でならない」


 師匠はそう言って一層肩を落とした。


 しかしあの道場は、ご近所の子ども達も通っていると聞いている。

 設備も充実していたし、一体何が不満なのだろうか。


 「あれでは単なる、健康維持のための練習場だ。十代くらい昔は、衛兵の指南役を任ぜられるほどの実戦派だったのに・・・」

 

 十代?


 「いや、こっちの話だ」


 師匠は無表情ながら不機嫌そうに、大きな荷物を揺らして歩いていた。


 とにかく、私は大勝利を収めて大変に気分がいい。

 とても高価なお菓子もたくさんもらえたし、万々歳だ。

 すべて私の実力でもぎ取った結果である。


 「増長しおってからに」
















 「それにしても、なにをあわてていたんですか」

 「ん?いや、別に」

 「やおちょうでも、しようとしたんですか」

 「・・・」

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