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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
202/222

第198話 師匠とお師様について

 

 ひょう、と風が吹きすさぶ。

 その拍子に砂埃が舞い、足元のしろすけが不快そうな鳴き声を上げた。


 どうやらグレンは、“瞬間移動”を使ったらしい。

 

 以前、街の地下施設から戦天城へと呼び出されたときと同じ魔法。

 対象を、距離を無視して異なる場所へと送り届ける非常に有用な力。

 そこそこ高位の魔法士でなければ使用できないため、地上で最も発展した“街”においても使用が限られる高級役務だ。

 

 師匠の講義によれば、昔起こった“戦争”というやつで大活躍したらしい。なにせ戦力や物資を即座に目的地に輸送できるのだ。その戦略的価値は凄まじいものだっただろう。場合によっては、敵陣地に直接殴り込みをかけるなどという使用法もあったようだ。

 そして、それに対抗するために“次元封鎖”だの“次元錠”だのといった対抗魔法が開発されたとか。


 まあ、それはともかく。


 「どこなの、ここ?」


 砂ばかりの寂寞とした、しかしどうにも落ち着かないこの地にあって、私は寄り添うようにして師匠に問いかけた。

 何だか嫌な場所だ。方向性のない怒りや悲しみ、そして呪詛。そんな負の感情を周囲から浴びせられるような気がする。

 

 長く留まっていたくない。


 そんな、言い知れぬ恐れに身を震わせていると、師匠が優しく答えてくれた。


 「・・・彼女と私にとっては、いろいろと因縁のある地だよ」

 「いんねん?」

 「ああ。正確に言えば、彼女と私が対立する原因となった始まりの地さ」


 言われて私は、周囲を見渡した。


 荒野だ。


 見える範囲には、何もない。


 広がるのは、ただただ荒涼たる砂地ばかり。


 十万年という永い時を生き続けてきた師匠にとって、この地にどんな思い入れがあるのかなど、“ごく最近”になってから出会った私には知る由もなかった。

 

 だが、何故か見覚えがある。

 

 訪れたことなどない筈なのに、確信をもって言える。


 私は、この死の荒野を知っている。でも、どこで。 

  

 必死になって、記憶の奥底をさらっていると。

 

 ぞわり。

 

 背筋に走った悪寒に、私は顔を上げた。

 傍らに立っていたグレンが身構え、しろすけが驚いたように私の脚にしがみつく。


 

 ここにいるのは、私と師匠。

 しろすけとグレン。

 

 そして。

 

 すこし離れたところに・・・、もう二人いた。



 「待たせるわねぇ、ディン。聖職者を自称するくせに、時間にだらしないったらないわ」

 「ほんの十分程度ではないか。全体、開始時間なんぞ決めていなかっただろう」

 「屁理屈言ってんじゃぁないわよ、大馬鹿のくせに」


 “笑顔”で応じる師匠に対して、“いけ好かない女”は初っ端から喧嘩腰であった。

 

 相変わらずの、黒を基調とした一枚立ちの衣服に奇妙な尖った帽子。四度目の邂逅を経ても、同じまま。確かにこの女にはこの上なく似あうかもしれないが、変化を受容しないという点においては落第と評せざるを得ない。

 自らを装飾する手段の可能性を追求しないようでは、いずれ私の方が魅力で上回るに違いない。


 だっさい女奴!


 仇敵をそんな風に罵ってやろうかという考えが、脳裏をよぎった。

 だが、できなかった。

 

 女の傍らに立つ、もう一人の頼りなさげな人物。

 その見覚えの在り過ぎる顔に、気を取られたのだ。


 「く、くりすくんっ!?」


 私は、この場にそぐわぬ人物の登場に仰天してしまった。


 そう。

 まさしく、あの女魔法士の隣に立っていたのは、私の親友であるクリス君だった。

 その瞬間に、私は稲妻に撃たれたかのよう衝撃を受けつつ理解した。


 彼が逢瀬のたびに語ってくれた、偉大なる“お師様”という女性。

 それはつまり、彼女のことだったのだ。


 命の恩人。 

 優しく賢く美しい指導者。

 そして、憧れの女性。

 

 彼の自慢話から思い描いていた人物像は、こんな悍ましい女ではなかった筈なのに。


 「そんな、どうして・・・」


 こんな酷い偶然が。

 その言葉を飲み込んで、私は親友を睨みつけた。


 私の家に勝手に上がり込み、好き勝手をした“いけすかない女”。

  

 そんな許されざる存在の弟子であった彼が、何故その事実を語ってくれなかったのか。

 知らなかったのか。あるいは、知っていたのに黙っていたのか。

 もし、そうだとするならば・・・

   

 「・・・」

 「くりすくん?」


 そんな非難めいた強い視線を向けたが、クリス君は無反応だった。


 後ろめたさを覚えている様子はない。

 かと言って、状況が飲み込めていないわけでもなさそうだ。


 なんだろう。


 彼の眼に浮かぶ、虚ろで暗い光。

 

 まるでそれは。


 絶望・・・?


 「そうか。クリス君のお師様というのは、君だったのか」

 「そーよ、黙ってて悪かったわねぇ」

 「いや、何。薄々ではあるが、そうではないかと思っていたんだよ」


 新事実に驚きと憤りを隠せないでいる私を余所に、不死者同士の会話は続いていた。

 穏やかな師匠と、つんけんする女。だが、険悪ではない、

 これから凄惨な滅ぼし合いを始めようとする雰囲気などなく、そこに漂うのは久方ぶりの会話を楽しむ友人同士のそれだ。

 

 むしろ、もっともっと深く親密な想いが読み取れるような気もするのだが。

 

 「・・・それよりさぁ、ずっと気になってたんだけど」


 二人の間の空気というか、距離感というか。そういったものから、どうにかして両者の関係性を推し量ろうとしていると。


 いけ好かない女が、しかめっ面で言った。














































 「アンタね、その口調止めなさいよ。“オッサン”みたいで気色悪いわ」















 その瞬間。

 師匠が、“引きつったような”表情を浮かべた。


 「お、オッサンって・・・。いや、これくらいは年相応だろう。至って普通だとも」


 そうして、いかにも不服といった様子で、ちらちらと私やグレン、ついでにしろすけに目配せをする。

 ひょっとしたら同意して欲しいのかも知れないが、師匠とこの女の関係が気になっている私にそんな余裕はなかった。

 グレンも、我関せずといった様子だ。ここに来てからというもの、腕組みをしたまま一言も発さない。


 救援が見込めないと理解したのか、師匠は単独での舌戦に復帰した。


 「確かに外見的には若いが、精神年齢は成熟しきっているんだ。まったく問題はないよ」

 「いや、アンタにはちっとも似合わないわ。なんつーかこう・・・、背伸びしてる感じ?」

 「いや、俺は・・・。私はあれから、精神的に成長したんだよ。それで自然と、こういう口調になったんだ」

 「はん。どうせ格好いい大人の振りしようとして、あのオッサンの真似したんでしょ?浅いわねぇ」

 「ち、違うわいっ!・・・いや、違う!」


 らしくない口調で叫んだ師匠が慌ててそれを正すと、女がそれ見たことかと鼻を鳴らす。


 ・・・いやもう、何だろうか、この茶番は。

 

 私は盛大に嘆息した。

 するとすぐ隣からも、同じようにため息の漏れる音がする。そちらを向くと、顔をしかめるグレンと眼が合った。


 彼もまた、この成り行きに呆れていたようだ。

 私の脚から背中まで這い上がり、しがみついていたしろすけもまた、ごろごろと不機嫌そうな鳴き声を上げる。


 蚊帳の外に置かれて傍観するしかない私たちは、予想外の展開についていけなかったのだ。


 あんた方、一体何しにここに来たの?

 伝説に名を遺すような、奇跡と魔法の化け物たちが、互いの存亡をかけて闘うんじゃあなかったの?


 しかし当の化け物二名は、げんなりしつつある外野を余所に過熱を続けていた。

 女が師匠に詰め寄り、鼻先に指を突きつける。


 「それとっ!若い娘を何人も拾って育てたのって、どういうつもりなの!?アタシへの当てつけのつもり!?」

 「いや、違うよ!俺は純粋に、助けてやろうとしただけだ!それに男だって助けて・・・」

 「不幸な境遇の女に優しくして惚れさせて、“捌け口”にしようとか考えてたワケ?とんだ助平親父だわっ!」

 「や、やめろよ!子どもが聞いてるだろ!?それに、そんなつもりは毛頭ないよ!」

 「子どもを出汁に使うんじゃねぇーわよ!酔っ払って“あのエルフ娘”に手ぇ出したじゃないの!」

 「誤解だ!メアリとは肉体関係を持っちゃいない!君に誓って本当だ!」

 「嘘こくんじゃぁねぇーわよ!?“あの夜”しこたま酒飲んで、娘の寝床に潜り込んでたじゃないの!」

 「未遂だよ!あの時は家が火事で燃えたから・・・。って、何でお前が知ってるんだ?あ!まさかあの落雷は!?」

 「は、はぁ!?な、何よ!?」

 

 どんどん調子が崩れてきた師匠の姿を眺める私は、ふと、自分の動悸が激しくなっているのを感じた。

 こんな益体のない寸劇を見ていても、心が躍ることなどない。

 だが二人の男女の口喧嘩を聞いていると、どうしてか胸が痛くなるのだ。

 

 何だろう。

 何か、とても不快な気分だ。

 でも、その正体が分からない。


 悶々としている私を余所に、二人の男女の口論は続く。

  

 「お前!今までずっと“占術”で監視してたんじゃないだろうな!?いや、そう言えば思い当たる節があるぞ・・・?」

 「う、うっさいわねぇ!話をすり替えるんじゃねぇーわよ!」

 「そうだった、イリーナ!お前、リィルに酷いことを言っただろ!?この娘は酷く傷ついたんだぞ!きちんと謝ってやれ!」

 「はぁぁぁぁ!?アタシは別に酷い事なんて言ってませんけどぉ!?ってか子どもを出汁に使うなって言ってんでしょーが!」

 「いででででっ!?ちょ、やめっ、やめてっ!」

 「やっかましいわよ!こんな年端もいかない小娘にまで手を出しよってからに!」

 「いくら何でもそんなことはしない!・・・って、やっぱり監視してたんじゃないか!?」

 

 とうとう偉大なる英雄様は、真なる不死人の女魔法士と取っ組み合いを始めた。

 まあ、耳だの鼻だのを摘まむ女に対して、師匠はそれを防ごうとするばかりであったが。


 「はぁ・・・」


 もう、ここに来てからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 私は、何度となくため息をつきながら、二人の罵り合いを眺めていた。


 彼らを見ていると、何だかとてもせつない気分になってしまう。

 眼を閉じ、耳を塞いで、この愚にもつかない言葉の応酬を締め出してしまいたくて仕方がない。


 いや、違う。

 彼らがやっているのは、ただの喧嘩ではない。

 

 私は、その本質に気付き始めていた。


 「ああ、そっか」


 呟く私の眼から、一筋の涙が零れ落ちた。


 胸にぽっかりと穴が開いた様な、酷い喪失感。

 いや、失ったのではない。

 最初から、師匠は私のものではなかったのだ。


 だって。こうして怒鳴り合い、引っ掴み合ってはいても、この二人の男女は。

  

 この決着の地に至って、ようやく二人の関係が理解できた、その時。


 「うう・・・」


 どこかから、押し殺したような。むせび泣く声が聞こえてきた。

 一瞬、私の声かと思ってしまったが、違った。

 私の親友。魔法士見習いの、クリス君だ。 


 「あ、ううう・・・」


 彼は必死に耐える様に、両の拳を握りしめていた。

 溢れ出す涙を両腕で拭う少年は、軋むほどに噛み締めていた歯を解き、絞り出すようにして言った。

 

 「お師様、ディンさん。どうして、どうして二人が滅ぼし合わなければならないんですか?」


 少年からの言葉に、不死者たちは諍いを中止し、ばつが悪そうに顔を背けて離れた。

 そんな二人に向かって、クリス君は続けて言う。


 「お二人はそんなに、お互いを知っているじゃあないですか。想い合っているじゃあないですか。滅ぼし合うだなんて、馬鹿げてる。きちんと話し合えばきっと、きっと・・・」


 親友の言葉に、私も思わず頷いていた。


 もう、この女が仇敵だとか、真なる不死人だとかはどうでもよくなっていた。

 それは実に、些末な問題だったのだ。

 

 重要なことは、ただ一つ。

 師匠と彼女は、滅ぼし合ってはいけないということだ。


 聖職者としても、人間の女としても未成熟な私でも、それくらいは分かる。

 

 だってだって。


 師匠と、この女は・・・

























 「ありがとう、少年」







 ふわり、と。

 いけすかない女が、少しばかり背の高いクリス君の頭に手を置いた。

 私の師匠のとは比較にもならないほど小さく華奢であるが、優しく親友の頭を撫でるそれには確かな愛情が込められているように見える。


 「でもね。もうアタシたちは、元には戻れないの」


 穏やかな口調で言いつつ、彼女は私の師匠に視線を向けた。


 「アタシは、ディンのことを許せない。彼の裏切りには、十万年経った今でもどうしようもない怒りが湧いてくる。そしてそれは、彼も同じ」


 呪いの言葉を呟きつつも、師匠を見つめる眼には怒りも憎悪もない。

 その“温かい”視線を受け、師匠が応える。

 

 「その通りだ。外法に手を染め、人ならざる者へと堕ちてしまった存在を、許してはおけない」


 お互いの明確な敵意を確認し合う両者。

 だがその内容とは裏腹に、その顔に浮かぶのは意気投合する“男女”のそれだ。

 

 「だからアタシたちは、最後に自分たちでけじめをつけるの。それについては、もうお互いに納得しているのよ」

 

 その言葉に、とうとうクリス君は膝をついた。

 頭を抱えるようにして、おいおいと声を上げる。

 両眼から零れ落ちる大量の雫が、砂に吸い込まれていった。


 『とめなきゃ』


 くずおれたクリス君と、それを介抱する“お師様”と。そしてそれを、“哀し気な笑顔”で眺める師匠を見つめながら、私は強く思った。


 『絶対に、とめなきゃ。十万年も生きて大勢の人を助けてきたのに、最後の最後でこんな結末なんて、酷過ぎるよ』


 師匠の使命とは、不死人を滅ぼすことだ。である以上、真なる不死人であるこの女を滅ぼすことは、避けては通れない道だ。

  

 だがだからこそ、止めねばならない。


 だって。


 だってだって。


 “愛する人と滅ぼし合う”最後だなんて、そんなのあんまりではないか!?


 「師匠っ!?」

 

 叫ぶ私が、師匠へと向き直った途端に。





































 「リィル、ここでお別れだ」













 師匠は、“笑顔”でそう言った。

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