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愛しの師匠  作者: 正太郎&シン・ゴジラ
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第187話 神話の一節 (あるいは、語りたくない昔ばなし その8)


 『娘のお供の少年は勇気を振り絞り、“邪神”の首を切り付けました。


 すると“邪神”は地に伏し、地上に光が戻ったのです。  


 ですが・・・・・・』















 ぐがぁぁぁぁぁっ!



 蜥蜴の如き醜い口から、世界を震わす絶叫が響き渡った。

 その瞬間に、地上を覆いつくさんとしていた闇が晴れていく。

 太陽は再び輝きを取り戻し、空を埋め尽くす程だったデーモンの軍勢は、忽然とその姿を消していた。

 それの意味するところは、ただ一つ。


 「や、やった!」

 

 推移を見守っていたアリシアは、歓声を上げた。

 隣に着地したレオンも、誇らしげに笑みを浮かべる。


 勝利だ。

 ちっぽけな定命の自分たちがもぎ取った、完全なる勝利なのだ!


 ぐるるるるるぅ・・・


 “首筋”の急所を穿たれた“常闇”が、底冷えする様な唸り声をあげて、ゆっくりと死の荒野に膝をついた。禍々しい髑髏の杖を手放してはいないが、それでも戦闘を続行できる状態には見えない。 

 同時に、空から少年剣士が降ってきて・・・


 「あいでっ!」

 

 着地をしそこない、背中から砂の上に飛び込んでしまった。

 盛大に砂を巻き上げ、ごろごろと何度もひっくり返って、アリシアとレオンの足元まで滑ってきたところでようやく止まる。


 “常闇”の周囲を囲んでいたデヴィルたちは、信じられないという表情で固まっていた。当然であろう。

 この場で“最も弱い”存在であるはずの少年が、この場で最強である筈のデーモン・プリンスを見事に討ち取ったのだ。


 「お見事です!アイザックさん!」


 そう言ってアリシアは、横たわったままの“英雄”に覆いかぶさるように抱き着いた。


 背後で軽快な口笛が鳴る。


 敬虔な娘には相応しくない振舞であったが、神話級の偉業を為した仲間への賞賛としては、これでもまだ不足と言えた。

 全体、囮を買って出たのは良かったが、偉大なる主神ですら倒し切れない相手を前に、あわや粗相をしでかす寸前だったのだ。


 「あ、あ、あ、アリシアさんっ!?」


 驚き、慌てふためく少年の大きな身体を、娘はより強く抱擁した。

 

 大切な女性を目の前で失い、心を壊しかけていた優しい少年。そんな弱い人物が、あり得ない奇跡を成し遂げたことが誇らしかった。

 

 いや、それ以上に。


 『無事で、本当に良かった・・・』

 

 アリシアは眼に涙を浮かべ、主神への感謝の祈りをささげた。

 そんな娘の背中に、少年剣士の手がゆっくりと回されて・・・


 「ふざっけんじゃぁねーわよ・・・」


 頭上から響いてきた“親友”の声に、アリシアは慌てて立ち上がった。そしてそのまま、恥じるようにして少年から距離を取る。

 突如、拒絶されるような形になってしまったアイザックは、如何にも不服と言った表情になった。

 しかしそんな間抜け面も、すぐに笑顔に変わってしまう。


 「い~い気なもんねぇ・・・。このアタシが、血反吐を吐きながら助けてやったってのに・・・」


 そう言いながら、アリシアとアイザックのちょうど中間に降り立ってきたのは、イリーナであった。

 愛用の杖を握りしめ、肩を怒らせ、小柄な身体から一杯に怒気を振りまいている。


 それはきっと、意中の少年に自分が抱き着いたことを、非難をしているのだろう。


 無垢で初心ではあっても、決して愚かではない娘は、そのように推測した。


 「イリーナ!」


 しかし空気の読めない少年剣士は、此度の闘いにおける一番の功労者に向かって、無思慮に手を伸ばした。身体は砂地に横たわったままである。

 

 引っ張り起こしてくれ。


 そう言う意味にしか、取れない行為だ。

 だが意外なことに、あるいは当然なことに、魔法士の少女は腕を組むと、ぷいっと顔を背けてしまう。

  

 この闘いの直前まで甲斐甲斐しく少年に膝枕をしてやり、尚且つ手を差し伸べて立たせてやった人物とは思えない行為であった。だが先刻のアリシアとの身体的接触を考えれば、仕方のない事なのかも知れない。


 「あー・・・。こりゃぁ、振出しに戻っちまったかなぁ・・・?」

 

 完全に蚊帳の外に置かれているレオンが、そう呟いた。彼もまた、アリシアと同意見であるらしい。二人の男女を眺めながら、脂汗をかいていた。

 

 渦中の少年剣士はしばらく訳が分からないと言った表情で首を傾げていたが、やがて自分で立ち上がると、体中についた砂を払いのけた。


 そして両腕を一杯に広げると、三人の仲間に向かって突撃を敢行した。

 

 「ちょっ!なにすんのよ助平!」

 「止めろよ、おい」 

 「あ、アイザックさん・・・」


 口々に抗議する仲間たちを、しかし少年は一層強く抱きしめた。その時アリシアは、少年の力強い腕から伝わってくる想いを、鋭敏に感じ取った。


 世界を滅ぼすデーモン・プリンスとの闘いで、恐怖していたからではないだろう。

 自らが英雄であるという証を立てたからでもないのだろう。


 屈した心に手を差し伸べ、引っ張り上げてくれた素晴らしい仲間たちと、もう片時ですら離れたくない。だから彼は、こうして力いっぱいに私たちを抱きしめるのだ。


 少年の腕の中で、アリシアはそう確信した。


 「俺たちは最強だ!最高だ!そうだろ!」 


 そう言って涙を流しながらも笑う少年に、アリシアを含めた三人の仲間たちはまず苦笑を。そして結局、満面の笑みを返した。

 彼らもまた、この少年を救ってやれたことを、心の底から喜んでいたのだろう。








 アリシアたち四人の英雄は、そうやって“最後”に笑い合った。












 「主上、ご無事で何よりです」


 九柱のアーク・デヴィルらは創造主の眼前に跪くと、そう言って恭しく首を垂れた。

 こうして直に顔を合わせるのは久しぶりだが、壮健なようである。


 彼らの忠誠心は、創造されたその時から少しも変ってはいない。

 いや。あの恐ろしい“原初大戦”を経験してもなお、この窮地に参じてくれたその心意気は、以前にもまして輝いている。

 やはり彼らは、自慢の息子たちだ。


 そんなことを考えつつ“名も無き神”は、哀し気な表情で“友人”を見下ろしていた。

 

 この地上と、そして創造主たる自分を滅ぼさんと欲する、悍ましいデーモン・プリンス。

 そして、同じく高次の存在である、“常闇”というなの友人。

 

 未だに闘志衰えぬその表情に反して、物質的な肉体は機能不全を起こしている。最早勝敗は決しているというのに、生まれ故郷である混沌の宇宙へ帰ろうともしない。

 

 信じられず、信じたくもないのだろう。

 

 塵と侮った存在に、こうまで無様に後れを取ってしまったことを。


 『よくもやりやがったな・・・』


 “名も無き神”の見つめる前で、“常闇”はそう悪態をついた。 


 その金色に輝く瞳は、最早好敵手には向けられていない。

 定命の分際でありながらも、見事に闘い抜いた小さき者。脆弱ながらも、折れことなく耐えきった少年を、じっと見つめていたのだ。

 

 “名も無き神”は剣を構えると、そんな未練がましい邪神に最後通告を行った。



 デーモン・プリンスよ、無限に沸き立つ宇宙へと去るがいい。

 貴方は確かにこの場で最も強壮だが、決して私たちに勝つことはできない。

 貴方が小兵と侮る存在たちは、しかしそれ故に信頼し合い、支え合って、やがて貴方をすら凌ぐ力となるのだ。

 私の自慢の子どもたちは、貴方が何度この地上に訪れようとも、私と共に勇敢に闘い、そして何度でも貴方を打倒すだろう!



 その勇ましい言葉は、敗北という事実に苛まれる邪神の心に、強く突き刺さった。

 


 “常闇”の巨大な身体が、霞の様に朧げになっていく。 

 この地上から、去ろうとしているのだ。


 だがその金に輝く瞳には、消し切れない憎悪が燃え盛っていた。


 『お前も・・・』


 それは妄念。あるいは、単なる逆恨みだった。


 “常闇”は数多の世界を渡り歩いて、数えきれない程の高位の存在を打倒してきた。

 

 時には敗北を喫することもあったが、それはあくまでもその時点で“常闇”の実力を上回る者が相手の時だったし、再戦の後にはそういう存在は、綺麗に消え去ることとなったものだ。


 だが、今回は違う。


 明らかに、格下の者に敗北してしまった。

 それも“遊び”ではなく、本気のぶつかり合いに際してだ。


 “常闇”にとっては、それは“死ぬよりも恐ろしい事”だった。


 絶対に認めてはならない、許し難い事だった。


 だから彼の存在は、最後の最後にどうにか留飲を下げようと、強く願ったのだ。






























 『お前も俺と、同じ目に遭えっ!』
































 たったそれだけの。

 

 しかし、強い強い呪いの込められた言葉によって。


 少年剣士は、静かに、砂地に身体を横たえた。


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