第17話 帝都大学付属第一中学校 男子生徒の回想(あるいは、交流について 中)
「大変な、名誉です」
担任の平賀先生は、大変に申し訳なさそうな表情で、僕らにそう言った。
クラスの皆はしばらくしんと静まり返っていたけれど、無理の無いことだと思う。
僕も、現実感がもてなかったもの。
「“交流”って言ったって、私達中学生ですよ!?」
一番最初に口を開いてくれたのは、学級委員長のキョウちゃんだった。
それを皮切りにして、一斉にそうだそうだの大合唱が始まったが、僕には同意しかねた。
だって、異世界だよ?
スッゲェじゃん!
「軍人さんが、腕を切り落とされたって話じゃないですか!冗談じゃないですよ!」
「俺、魔法で焼かれたって聞いた・・・」
「呪いで子豚にされて食われたとか・・・」
「でっかい怪物がいるって、親父が言ってた・・・」
「南瓜の馬車に・・・」
「七人の小人が・・・」
「最後は泡になって・・・」
剣がどうの魔法がどうのとざわめき始めた教室の中で、ただ一人、僕だけが期待に胸を膨らませているようだった。
僕らの学び舎。帝都大学付属第一中学校は、国立ではあるが、帝國屈指のお坊ちゃま・お嬢様学校というやつだ。
学力・素行は勿論のこと、家族構成や家庭環境なんかも厳密に審査された上で、数十倍という受験者の荒波を掻き分けて、見事に百五十個の椅子の内の一つに座ることが出来た僕は、毎日を楽しく、それなりに勉強で忙しく過ごしていた。
僕らは一般校の人らと違って、帝都大学まで一直線に進学できる。もちろん成績が酷かったり、自分で望んで別の進学先を選んだりしてそのルートから外れる人もいるらしいけど、僕はそうじゃない。
そろそろ秋っていうこの時期になっても、『受験がなくて楽だねー』って、気楽に語る側なんだ。
そうしたらある日、平賀先生が悲壮感たっぷりに、『若年者による異世界との交流活動』についての話を始めたので、クラスの皆は恐慌状態に陥ってしまった。
僕らが知る限りでは“異世界”の人たちは、僕らと同じような人間で、でも魔法を使えて、僕達地球人を見下しているらしい。それと、すっごく乱暴らしい。
どうも半世紀にわたる“交流”の中で、不幸な事故が起こったらしく、こちらとあちらとで少なくない死人が出てしまったんだって。
だから地球の米ソのように、日本と異世界とで冷戦のような状態に陥っている、と近代史の授業で習ったのはつい最近のことなんだ。
「あまり、緊張はしないでいいですからね」
先生の後ろについて教室に入ってきた帝國陸軍少佐のおじさんは、笑顔でそう言った。
「なんで子どもの私達が、交流しなくちゃいけないんですか」
精強で知られる帝國軍人に対して、委員長は物怖じせずに質問した。
そりゃあ、異世界の魔法だの怪物だのよりは、同じ世界の人間の方が、よく分かっているだけ怖くはないんだろうけどさ。
「新世代の代表である君達に、二つの世界の架け橋となってもらう。というのが理由です」
「そういう表向きの話を聞いているんじゃありません!」
「表も裏も、ありません」
少佐さんは、笑顔を消した。
ちょっと、必死になっているように見えた。
「残りの四つのクラスも期間をあけて、同じように交流をしてもらう予定です。君達は、栄えある第一陣という訳です」
名誉なことでしょう、と若干やつれた平賀先生が、白けつつあったクラスの雰囲気をとりなすように、続けて言った。
まだまだ子どもの僕らには推し量れなかったけれど、帝國と異世界の偉い人どうしで、何かの取引があったんだろう。
それくらいは理解できた。
だから少佐さんの言い分が、空々しく感じられたんだ。
米ソだって、六十年以上続いている冷戦をどうにかしようと、一部の良識ある政治家同士が互いの国を訪問しあったり、学校ぐるみで交流したりするなんてニュースもある。あんまり効果はないみたいだけど。
だけど、僕らの交流する相手は、同じ地球人ではない。
五十年経っても、土産物以外にはまともに行き来すらできないような、異世界なんだ。
“環”の向こうには、未だに全貌のつかめない魔法という技術と、貿易ができればとてつもない経済効果が期待できる大勢の人間がいる。
そんな帝國の盛衰に関わる重大なことを、学生の身分である僕らに託すなんて、まともじゃあない。
僕らの行動如何で、帝國と異世界との関係がどうなるか決まってしまうのは、いやだ。
でも、僕はそれ以上に、異世界を見てみたい。
どんな人たちが住んでるのか。
どんな物を食べているのか。
魔法とは何ができるのか。
知りたいことは、山のようにある。
「そう、気負わないで下さい」
少佐さんは、再び笑顔になった。
なんとなく感じたが、作り笑いのようだった。
顔中に汗が浮かんでいたし。
「交流なんて言っても、大したことはありません。ちょっと“ロボット”を見学して、向こうでお昼ご飯を食べて、少しお土産を買って、それで終わりですから」
途端に、クラスの皆が顔を輝かせた。
「“ロボット”って、あのロボットですか!?」
「はい。あのロボットです」
「異世界のご飯、食べられるんですか!?」
「はい。私も食べたことがありますが、美味しいですよ」
「お土産買うって、お金はどうするんです!?」
「はい。向こうの貨幣をお小遣いとして、皆さんにお渡ししますよ」
おお~っ!と、にわかにクラスの熱気が最高潮になった。
交流なんていっているが、要するに簡単な見学。ともすれば、観光と考えても良い。
それなら気楽だよね。
「それでは、来るべき交流の第一回目のために、色々と準備をしましょう」
やっといつものクラスの雰囲気に戻ったからか、平賀先生は大きく溜息をついて言った。
準備はなかなか大変だった。
まず、全員で帝大病院で検査を受けた。大量に血を抜かれたが、これも異世界観光のためだ。
次に、パスポートを作った。悔しいことに、クラスの殆どの連中がすでに所有していた。
最後に、簡単な異世界についての知識を勉強した。見学するルートとか、日常会話とか、礼儀作法とか、そんなものだ。
交流当日まで一週間を切ると、もう学校全体どころか、帝都全体でお見送りのようなムードになってしまった。
せいぜい二時間程度しかいられないというのに大げさなことだったが、いろんなテレビ局や新聞社の人たちにまでちやほやされるというのは、なかなか嬉しかった。
「ショウちゃんは怖くない?」
「全然。キョウちゃんは」
「あんまり現実感ないのよね」
いつも通りに幼馴染同士で一緒に昼食をとりながら、いよいよ交流が明日へと迫ったことについて、僕らは話し合っていた。
最も、それはクラスの皆が同じようなもので、
「俺、遺書書いてきたぜ!」
「俺も、秘蔵のエロ本を全部弟に預けた!」
などという下らない会話や、
「どうしよう。私、本当に怖いよ」
「大丈夫よ。あの軍人さんだって、一緒に来てくれるんだもの」
という今になって不安そうな声が、そこかしこから聞こえてきた。
「ショウちゃんは、最初っから楽しそうだったわよね。どんな人たちなのか、分からないのに」
「分からないから、面白いんじゃないか」
僕は弁当の横に置いてあった、『交流のしおり』を手に取った。
楽しみで楽しみで、毎日毎日暇さえあれば読んでいるんだ。
たった二時間しかいられないのに、おかしいよね。
でも。
いよいよ明日、僕達は、異世界に一歩を踏み出すんだ。
「それに、分からなければ話し合って分かり合えばいい。僕達、そのために脳みそが付いてるんだぜ」
「案外ロマンチストね、ショウちゃん」
キョウちゃんは、呆れ顔でそう言った。
交流当日。
僕らは、白バイ隊に護衛されたバスに乗って、管理区画へと到着した。
厳重に封鎖されていたゲートを四つ程潜ると、ドーム状の部屋の床に、“環”があった。
空中に浮いたままの、巨大で、でも薄っぺらいフリスビーの様なそれは、地球と異世界をつなぐ出入り口だ。
ここから下は、僕らの地球とは全然違う土地。
いよいよ始まる、僕達の、“初接触”だ。
僕達は少佐さんを先頭にして、“環”に備え付けられていた螺旋階段を降りて行った。
皆、一様に緊張していた。
僕だってそうだ。
一つ段差を降りるたびに、期待が高まっていくのが分かる。
ああ、早く先を見たい。
一体何が、僕らを出迎えてくれるんだろう。
一体どんなものと、僕らは出会えるんだろう。
一歩一歩を踏みしめながら“環”を潜ると、そこに念願の、異世界の光景が広がっていた。
「なんつーか・・・」
「拍子抜けだね」
「マントとかつけてるけど、それ以外は特に・・・」
ひそひそと、クラスメイトが囁き合うのを、委員長はにらみつけることで止めさせようとした。
しかし、なんというか期待はずれの光景に、皆の緊張が一気にとけてしまっていたため、なかなか私語は止まらなかった。
僕達が降り立った異世界は、大きい倉庫のような場所だった。
天上からは蛍光灯みたいな光が降り注いでいたし、壁だって別に石材を積み上げて作ったって感じじゃない。コンクリートにそっくりだった。
要するに、僕らの世界と大した差を感じられなかった。
「ちょっと、ここで待ってなさい」
平賀先生はそう言うと、少佐さんと一緒に、離れた場所に立つマントを着けた男の方へと歩き出した。
「ちょっと、先生・・・!」
慌てて委員長が呼び止めるつもりで列から離れようとしたが、その途端にいや~な気配を感じた。
よくよく冷静に周囲を観察してみると、分かった。
僕らを取り囲むようにして、壁際に屈強な男達が何人も並び立ち、じっと僕らの方へと視線を向けていたのだ。
さっきのも、委員長が不審な動きをしたもんだから、警戒したのかもしれない。
委員長は、慌てて列に戻った。
「大丈夫?キョウちゃん」
「う、うん」
皆も自分達に注がれる視線に気が付いたのか、少しずつひそひそ声が消えいき、だんだんと不安な表情になってきた。
気おされるようにして、皆が肩を、身を寄せ合い、さながら押し競饅頭になりかけた頃。聞き覚えの無い男の声が掛かった。
「日本の皆さん、こんにちは」
僕が委員長から声のした方へと顔を向けると、背の高い男の人と、背の低い女の子が立っていた。
どちらもマントを着ているが、色が赤と青とで対照的だった。
「私が皆さんの案内人を務めることになりました。規則で名乗ることはできませんが、よろしくお願いします」
目を瞑って聞けば、同じ日本人が話していると確信するであろう。それくらいに、目の前の男の人の発音は、完璧だった。
燃えるように赤い髪と、僕らとは明らかに異なる顔立ちの男は、落ち着いた表情のまま、続けて言った。
「今回は交流ということですので、この娘もご一緒させていただきます」
目の前の案内人の余りの流暢さに若干あっけに取られていた僕らの前に、おずおずと、もう一人の小さい女の子が進み出た。
身長は僕らよりも頭一つ分程小さく、おそらく僕らよりも幼いのだろうと思えた。
やはり顔立ちが僕らと違ったが、赤毛の男のように無愛想ではなく、ちょっと緊張して、その整った顔をふにゃふにゃとさせているのが、なんとも可愛らしかった。
「こ、ん、に、ち、は」
その雪のように真っ白な髪の女の子は、顔を赤くしながら、ぎこちなく挨拶をした。
クラスメイトの、主に男子の口から、ため息が漏れた
うっわ。
すっごく、かわいい。
僕も、無意識に溜息を出していた。
さすが異世界!
来て早々に、こんなすばらしい出会いが待っていたとは!
「・・・」
「いてっ!」
委員長が。
キョウちゃんが、無言で僕に肘鉄をかました。




